古語に依らずばあるべからず。それには、祕史の蒙古文は、最も善き材料なり。
今本キンポンは、盧州府ロシウフの張太守チヤウタイシユ 以來イライ、數囘スウクワイの轉寫テンシヤを經ヘたれども、通體ツウタイ 完善クワンゼンにして、誤脫ゴダツ 甚だ少し。字の偏旁ヘンバウの誤り、字の左ヒダリなる音符オンフの脫オちたるなどは、往往ワウ〳〵あれども、前後にある同じ語を探サガして比較ヒカクすれば、改正せられざること無し。稀マレには慥タシカに脫語 脫文ダツゴ ダツブンありと思はるゝ處あり。補オギナひ得る限カギリは、補ひて譯せり。又 原文には脫語ダツゴなけれども、譯すれば語コトバの足らざることあり。賴朝ヨリトモの妻ツマ 政子マサコと云ふべきを、蒙古文にては賴朝ヨリトモの政子マサコと云ふことあり。其等は[妻ツマ]の字を補へり。すべて補へる文には、蓋フタと底ソコとの符シルシ[ ]を用ひて、注釋チウシヤクに用ふる括弧クワツコの符( )と區別せり。又 明の時に已スデに解しかねたりと見えて旁譯ハウヤクを施ホドコさざる處あり。其等は、解し得らるゝだけは譯し、解せられざる者︀は、敢アヘてごまかさず、原語をそのまゝに擧げたり。其等も、今の蒙古語と比較して考へなば、解せられざる事も無かるべければ、他日 又 試コヽロみん。
此書の本文は、處處トコロ〴〵に段落ダンラクを切キりて、別項ベツコウに書き出せり。其ソは、蒙古字の原本に初より然りしにはあらで、明人の譯したる時、譯文を本文の閒に挿サシハサまんが爲に切りたりと見えて、無理ムリなる處あり。例へば「何何ナニ〳〵を望ノゾみ見ミて言イはく云云シカジカ」とある「見ミて」にて前段を止トヾめ、「言イはく云云」より後段の始まるが如き類︀タグヒ 屢シバ〳〵あり。