Page:小倉進平『南部朝鮮の方言』.djvu/211

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  1. 發音 著しく相違したものとてはないが、對馬のラ行音は一種異樣の發音を有 して居る。卽ら「あます」「こが」等の如きすべての「り」「れ」、又地名「さじきばら」 「しもばら」等に於ける「ら」は、何れも「る」の如く發音される。而して此等を十分注意し て聞くと决して「る」ではなく、全くLの音に相違ないのである。つまり「ら」・「り」・ 「る」・「れ」はすべて母音を伴はざるL音に發音されるのである。例へば「しもばら」は shimo-bal「あります」はal-masu「見る人」はmil-hito「これが」はkol-gaと發音 されるのである。「下ばる」・「あるます」・「こるが」と聞えるのも全く此の理由に基 くものである。朝鮮人康遇聖の著にかゝる日本語學書「捷解新語」の初版(康熙十五年)に 「すこし不足なとも」(不足なりとも)、「御とうの時」(御通りの時)、「こがかどやまひではな し」(之が假病ではなし)、「きかしらても」(聞かせられても)など「り」・「れ」を「る」と書けるものが多 い。康遇聖は通事として屢〻日本に赴き、對馬にも徃復した人であるから、本書 の誤も或は對馬方言を傳へたものとも考へられる。兎に角此の島の方言に母音を