青木繁書簡 明治38年4月20日付 蒲原隼雄宛

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    四月二十日 本鄕駒込󠄁明町

    蒲原隼雄樣

 拜啓、御送󠄁被下候玉稿難有鳴謝仕候、御蔭を以て、多少の故障は有之候へども、漸く進󠄁涉仕候

儀に候、追󠄁て第二輯(畫稿集)を撰み申候場合は重ねて御盡力の程󠄁偏に願望申上候。先日より着

手の下圖漸く成就、又󠄂外の物に取かかり居り候。モデルの程󠄁好き物發見、甚だ力を得申候。

 突然ながら拙作『海の幸』の望み人無之ものに候哉。あの樣なものにて候へども誰か望み人あ

らば譲渡したく存居候。急には無之ものに候べければ、その中を擔保として金策二百圓許出來六

ケしかるべきや。又󠄂は一時に幾何かを受取り、殘額は追󠄁々等の事に相成候得ば小生非常の幸に

候。何もかも打明け候へば、野生目今財政上に却々の苦痛を覺え、甚しき時は今日の生活に影響

する事なども有之候。此度の製作には材料購込󠄁に生活費の殆ど全󠄁部を繰込󠄁み候有樣、且又󠄂執務候

かの日光美術󠄁館の方も目下自辨特志の約定にして報酬等無之有樣に候・・・・・・・・・只今より六ケ月は製

作にのみ時日を費し候覺悟にて聊か心細き事に存居候。又󠄂大カンバスを取扱ふには到底只今の所

にてはせまく、何處か適󠄁當なる家へ引越すべく計畫致居候。

 先日の國木田氏は二百圓位の餘裕はむづかしかるべくや、又󠄂は擔保として何れとか融通󠄁の都合

は出來間敷哉。何れにしても今月中位に二百圓許の 合つかば、甚だ安心して、此六ケ月間の製

作に他を顕慮する事なく從事し得べく心組居申候。實は故家の有樣も舊の如くならず、製作費の

支出は到底堪へ得ざる所󠄁にして、後來財貨の上には多少の困苦を嘗むべきものと心得居候。

 此度の製作は一丈󠄁一寸と五尺五寸二分に候。枠を見た丈󠄁にて一寸心地よく候。未だ何れの下繪

を用ふべきかは考慮中に候。

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