青木繁書簡 明治38年3月17日付 蒲原隼雄宛

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    三月十七日 本鄕駒込󠄁明町

    蒲原隼雄樣

 謹啓、昨日は遲くまで御邪魔󠄁、御好情拜謝仕候。

 扨其御話申上候木版の伊上凡骨氏へ、明日午前󠄁小生方へ參る樣貴君より御申聞被下度、別に

も小生少し尋󠄁ね度事有之候間御頼み申上候。本日泣蓳氏へ書面差出可申候。

 例の挿畫の儀は木版と談合熟考の上可致候。「春鳥集」の名が少し氣に入らぬ心地致居候。ま

だ外に工夫なきものにや、僕が題名を推進󠄁したきものに候。

 一、かがひ (嬥歌)

 一、赧雲集

 一、甘荼集

 一、紅罌粟集

はイヤに候や 右は僕のウタなり。(君に水彩畫の富士山あり、僕のウタを怪みたまふな。)

    赧雲あけぐものほほら峰雲沖を高う筑紫島が根白浪よする。

    蒸す宵󠄁を燈籠めぐる甘茶亭阮咸の調まだととのはぬ。

  大ばれん、血罌粟に張りし銀の、蜘蛛のゑばりのななめよこ、地は金襴の垂錦こは几帳の縫

  模樣......

から出て來たので、甘茶は『誰言茶苦、其甘如飴』の十九首中の古詩から來た。しかし畫にすれ

ば春鳥集は甚だ愉快なるものに相違󠄁なし。名は氣に入らず。口繪一つ、挿畫ニつに致度し。(註

表紙の意匠図あり、略す。)

 1 發作(男性) 蒲原氏

 2 同  (女性) 同

 3 秘    與謝野氏

 4 運 命   同

 5 流轉    晶子

 6 同     同

 7 倚伏    泣董氏

 8 同     同

とやうに相成申候。與謝野氏御住所󠄁御知らせ被下度候。

  (註 以上は此の時計畫中なりし『畫稿集』に収むべき圖題及びその圖題に因める詩を依嘱すべき詩人に

 就きての畫家の心組なり。この外に岩野泡鳴氏は素より加はり居たるなり。『畫稿集』は其後發刊中止とな

 りたり。.......政敎刊畫集編者)

 拙作『海の幸』の儀、歸來愚姉ともはかり候處許容致呉れ候間、500,にて賣渡可致候。就ては

御手數ながら國木田氏へ至急󠄁貴兄より御交渉被下間敷哉。なるべくならば來ニ十五日頃までに引

渡し仕度候。猶󠄁右は來八月九月のニケ月間に金泥をかへ額緣を更󠄁へ、成就致度存じ候。是又󠄂御承

知被下度候。至急󠄁御話被下間敷哉、御願申上候。

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