地歌。
謡曲の関寺小町より取材したもの。作曲は、岸野治郎三。
思ひ出づれば懐しや、人の恨みの積り来て、いつの頃より浮れ出で、頼む物には竹の杖、泣いつ笑ひつ物狂ひと、人は仇し野夢なれや。問ふは恨し昔は小町、今は姿も恥しや。誰は泊めねど関寺の、庵淋しき折り折りは、都の町に浮れ出でて、往来の袖に縋りつつ、憂きことの数々を見給へや人々。春は木末の袖に花にのみ、心を寄せて短夜の、ほととぎす雪見草。浅沢の燕子花。菖蒲藻の葉も枯れ枯れに、螢も薄く、残る朝の、名も広沢の月影。かこち顔なる我が涙。落葉、時雨に濡れ初めて、我ながら恥し。百夜忍ぶの通ひ路は、雨の降る夜も降らぬ夜も、まして雪霜いとひなく。心尽しに身を砕く、一夜を待たで死したりし、深草の少将の、其怨念の付き添ひて、斯様に物を思ふぞや。彼方へ走り、こなたへ走り。ざらり、ざらり、ざらざらざらつと、恋ひ得ぬ時は。悪心又狂乱の心付きて声変り、怪しからず見ゆれば、すごすごと関寺の庵に帰る有様は、山田の畦の案山子よの、呆果てたりや我姿。
- 底本: 今井通郎『生田山田両流 箏唄全解』中、武蔵野書院、1975年。
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