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金槐和歌集/卷之中

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  金 槐 和 歌 集   卷 之 中

      戀  部


戀の歌の中に
(四〇七) 春ふかみ峰のあらしに散る花のさだめなき夜に戀づまぞすつつぞふる 類從本定家所傳本には結句「戀つつる」とあり。
(四〇八) 思ひのみ深きみ山の郭公ほほとぎす人こそ知らねをのみぞ鳴く
(四〇九) 鹿じかふす夏野の草の露よりも知らじなしげき思ひありとは 眞淵この歌に○を附す。
(四一〇) わが戀はみ山の松にはふくずのしげきを人の問はずぞありける 定家所傳本には第三句「はふつたの」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(四一一) 山しげみしたがくれ行く水のおと聞きしより我や忘るる
(四一二) 夏ふかきもり空蟬うつせみおのれのみむなしき戀に身をくだくらむ
(四一三) 我宿のませははそはたてにはふうりのなりもならずもふたり寢なまし 類從本には「戀」と題して、「雜」の部にあり。
類從本定家所傳本には第二句「ませのはたてに」とあり。
(四一四) がくれて物をおもへば空蟬うつせみにおく露の消えやかへらむ
(四一五) かささぎにおく露の丸木橋まるきばし踏み見ぬさきに消えやわたらむ 定家所傳本には第三句「ま木橋」とあり。
眞淵は、「二三の句のつづきいかが」と評せり。
(四一六) さ夜ふけてつばさにおくの消えても物は思ふかぎり 類從本には「戀のこころをよめる」と題し、類從本定家所傳本には第三句の「霜」が「露」とあり。
(四一七) 逢ふ事を雲井のよそに行く雁の遠ざかればや聲もきこえぬ
(四一八) おく山のふみならすさを鹿もふかき心のほどは知らなむ 類從本定家所傳本には第二句の「草」が「苔」とあり。
(四一九) はみのぼる鮎すむ川の瀨を早み早くや君に戀ひ渡りなむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(四二〇) 風雅 君にこひうらぶれをれば秋風になびくあさぢの露ぞけぬべき 眞淵この歌に○を附す。
(四二一) 秋の野におく白露の朝な朝なはかなくてのみ消えやかへらむ
(四二二) 秋の野の花の千ぐさに物おもふ露よりもしげき色は見えねど 類從本定家所傳本には第四句「露よりしげき」とあり。
(四二三) 物思はぬ野邊の草木の葉にだにも秋のふゆべは露ぞおきける
(四二四) 足引の山の尾上岡べに
おのへ
にかるかやのつかのまもなく亂れてぞおもふ
類從本定家所傳本には第二句「山の岡べに」とあり。また定家所傳本には第四句「つかのまもな」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(四二五) 聞かでただあらましものを夕づく人だのめなる荻のうは風 原本には第五句「萩」とあり。
眞淵は「きかでただ、後なり」と評せり。
(四二六) 夕月夜ゆふづくよおぼつかなきを雲間よりほのかに見えしそれかあらぬか 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(四二七) 月影のそれかあらぬかかげろふのほのかに見えて雲がくれにき
(四二八) わが戀は百島めぐりめぐるはま千鳥ゆくへも知らぬかたに鳴くなり 類從本定家所傳本には第二句「百島めぐ」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(四二九) 夜をさむみ鴨の羽がひにおく霜のたとひぬとも色にいでめや 定家所傳本には結句「色にいでめや」とあり。
(四三〇) 新拾遺 枯れはてむ後しのべとや夏草のふかくは人のたのめおきけむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(四三一) 天の原風にうきたる浮雲うきぐも行方ゆくへさだめぬ戀もするかな
(四三二) 久堅のあまとぶ雲の風をいたみ我はしか思ふ妹にしあはねば
(四三三) 久かたのあまの川原にすむたづも心にあらぬをや鳴くらむ 定家所傳本には第四句「心にあらぬ」とあり。
(四三四) わが戀はあまの原とぶあしたづの雲井にのみやなき渡りなむ渡るらん 類從本には結句「啼きわたらん」とあり。
(四三五) 今さらにわが名は立たじ瓦屋かはらやしたしく烟くゆりわぶとも 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(四三六) 藻鹽やくあまのたく火のほのかにもわが思ふ人を見るよしもがな 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(四三七) 續後撰 わが戀は初山はつやまあゐのすり衣人こそ知らねみだれてぞおもふ 類從本には第二句「はつ山あの」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(四三八) 足引の山に住むてふ山がつの心も知らぬ戀もするかな 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
眞淵この歌に○を附し、「萬葉のことばなり」と評せり。
(四三九) おく山のたつきもしらぬ君によりわが心からまよふまどふべらなり 類從本には第五句「まふべらなり」定家所傳本には「ふべらな」とあり。
眞淵は、「たつきは手着の意なり。中頃より、たつ木と心得て誤れり。跡により給へるはわろかりき」と評せり。
(四四〇) おく山の末のたつきもいざ知らず妹にあはずて年の經行へゆけば
(四四一) 新勅撰 しらま弓いそべの山の松の色のときはに物をおもふころかな 類從本定家所傳本には第五句「松のの」とあり。
(四四二) あし鴨のさわぐ入江の浮草のうきてやものをおもひわたらむ
(四四三) おきつ鳥うのすむ石による浪のまなくもおもふ我ぞかなしき
(四四四) かもめゐる荒磯ありそのすさき潮みちて隱ろひ行けばまさる我が戀 定家所傳本には第二句「あいその」とあり。
(四四五) 風吹けば波うつ岸の岩なれやかたくもあるか人のこころの 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。原本及び類從本に第四句「かたも」とあるは誤りならむ。
(四四六) うきしづみはてはあわとぞなりぬべき瀨々の岩浪いはなみ身もくだきつつ
(四四七) 山川の瀨々の岩浪わきかへりおのれひとりや身をくだくらむ
(四四八) 岩ばしる山下やましたたぎつ山川の心くだけて戀やわたらむ 定家所傳本には初句「いしばしる」とあり。
(四四九) 苔ふかき石間をつたふ山水のおとこそ音にこそたてね年經にけり 下の句の傍註は、佐佐木博士の「校註金槐和歌集」による。
(四五〇) もらしわびぬしのぶの奧の山深みがくれて行く谷川の水 眞淵はこの歌を「後なり」と評せり。
(四五一) それをだにおもふ事とて千はやぶる神の社にねがぬ日はなし 類從本には結句「なかぬ日はなし」とあり。
(四五二) よそにてもあるべきものをなかなかになにしか人にむつれそめけむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

名所の戀の心をよめる
(四五三) とよ國のきくのながはま夢にだにまだみぬ人に戀やわたらむ 類從本には「戀のうた」と題せり。
(四五四) 大あらきの浮田うきたの森に引くしめのうちはへてのみ戀やわたらむ 眞淵この歌に○を附す。
(四五五) いそのかみふるの高橋ふりぬとももとつ人には戀や渡らむ 眞淵この歌に○を附す。
(四五六) 淡路あはぢ島かよふ千鳥のしばしばはねかくまなく戀やわたらむ 類從本には、「海の邊の戀」と題せり。類從本定家所傳本には第三句「しばしば」とあり。
(四五七) 續後撰 難波がた浦よりをちになくたづのよそに聞きつつ戀や渡らむ 續後撲集ママには、第三句「立つ浪の」とあり。
(四五八) 海人あまごろもたみのの島に鳴くたづの聲ききしよきくよりもりわすれかねつかねつつ 類從本には「戀のうた」と題せり。類從本には結句「忘れかねつ」とあり。眞淵この歌に○を附す。
(四五九) すまの浦にあまのともせる漁火いさりびのほのかに人を見るよしもがな 類從本には「一本及印本所載歌」の部にも重出せり。編纂者の誤りなるべし。
(四六〇) あふ坂の關屋もいづら山城のおと羽の瀧の音に聞きつつ 類從本定家所傳本には第三句「山しなの」とあり。
(四六一) 廣瀨川袖つくばかりあさけれど我はふかめて思ひそめてき
(四六二) 神山かみやま山下水やましたみづのわきかへりはで物おもふわれぞかなしき
(四六三) おく山の岩がき沼に木葉このは落ちてしづめる心人知るらめや 定家所傳本には第二句を「岩がき」と六音にしたり。
眞淵この歌に○を附す。
(四六四) 山城の岩田いはたもりのいはずとも秋のこずゑはしるくやあるらむ
(四六五) 三熊野みくまのの浦の濱木綿はまゆふいはずとも思ふ心のかずを知らなむ
(四六六) 年ふともおとにはたてじ音羽川したく水のしたのおもひを
(四六七) 富士のねのけぶりも空にたつものをなどか思ひの下にもゆらむ
(四六八) 白山しらやまのふりてつもれる雪なれば下こそきゆれきえぬうへはつれなし
(四六九) あしのやのなだの鹽やき我なれやよるはすがらにくゆりわぶらむ
(四七〇) いせ島やいちしの海士あまのすて衣あふことなみに朽ちやはてなむ 類從本には「海の邊の戀」と題せり。
眞淵は第四句につき、「あふことなみに、いひふりたり」と評せり。
(四七一) 東路あづまぢみちのおくなる白川のせきあへぬ袖をもる淚かな 類從本定家所傳本には初句「あづまぢ」とあり。
(四七二) 淚こそゆくへも知らぬみわの崎さ野のわたりの雨の夕暮 眞淵は「雨のゆふぐれ、後なり」と評せり。
(四七三) 人知れず思へばくるし武隈たけくまのまつとはまたじまてばすべなし 原本結句「すなし」とあるは誤ならむ。
(四七四) からごろもきなれの里に君をおきてしま松の木のまてば苦しも 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(四七五) 續古今 わがせこを待乳まつちの山のくずかづらたまさかにだにくる由もがななし 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(四七六) しのぶ山したく水の年をへてわきこそかへれ逢ふよしをなみ
(四七七) 心をししのぶの里におきたらばあふくま川みまく近けむ 類從本定家所傳本には第四句「あふくま川」とあり。原本結句「ちけむ」とあるは誤なるべし。
(四七八) 雲のゐる吉野のたけにふる雪のつもりつもりて春にあひにけり 眞淵この歌に○を附す。
(四七九) かくてのみありその浦に海のありつつもあふよもあらば何か恨みむ 類從本定家所傳本には第二句「ありその海の」とあり。原本第四句本文「あらず」とあれど、傍註及類從本による。
(四八〇) 白波のいそこせなるのとせ川のちもあひみむみをし絕えずば 原本第二三句「いそくがぢなるのせ川」とあり。類從本により改む。また定家所傳本には、「いそらがちなるのとせ川」とあり。
(四八一) わたつみに流れいでたるしかま川しかもたえずや戀ひ渡りなむ
(四八二) ちはやぶる加茂の川波かはなみいくそたび立ちかへるらむかぎり知らずも
(四八三) むこの浦の入江のすどり朝な朝な常に見まくのほしき君かな 定家所傳本には結句「君か」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(四八四) 田子の浦の荒磯ありその玉藻波の上にうきてたゆたふ戀もするかな 定家所傳本には第二句「あらいその」とあり。
(四八五) わが戀はかこのわたりの綱手繩つなでなはたゆたふ心やむときもなし
(四八六) 思ひたへたえわびにしものを今さらに野中の水のわれをたのむ 類從本定家所傳本には初句「思ひた」結句「たのむ」とあり。
(四八七) 續後拾遺 水莖の岡べの眞葛まくずかれしより身をあき風の吹かぬ日はなし 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
眞淵は「身をあき風の、後なり」と評せり。
(四八八) 風をまついまはた同じ宮城野のもとのあらのはぎの花の上の露
(四八九) おきつ波うちの濱の濱久木ひさぎしをれてのみや年へぬらむ 定家所傳本には第二句「うちでの濱の」とあり、また類從本定家所傳本には結句「年へぬらむ」とあり。
(四九〇) 君により我とはなしに須磨の浦に藻鹽たれつつをへぬらむ 類從本定家所傳本には結句「年へぬらむ」とあり。
(四九一) 住の江のまつことひさなりにけへぬれば[1]んとたのめてとしの經ぬらへぬべき 類從本定家所傳本には結句「年の經ぬれば」とあり。
(四九二) 住吉のまつとせしまに年も經ぬ千木ちぎかたそぎ行きあはずして 眞淵はこの歌につき「六帖に、かささぎの行あひの間より霜やおくらんといふ歌を、かたそぎのと、とり直して、住吉太神の御歌ぞと偽りしをとられしはわろし」と評せり。
(四九三) いかにせむ命も知らず松山のうへこす浪にくちぬおもひを 貞享本にのみありて類從本になき歌二首の中の一首なり。

初戀の心を
右部類之時追加也遠島御歌合衣笠內府の歌といへり尤可除者也。

題下の括弧內の註につき、眞淵は「右云々、後人のかきくはへしなり」といへり。
  春霞たつたの山のさくら花おぼつかなきを知る人のなき 類從本には「……心をよめる」と題せり。
定家所傳本には、結句「知る人のな」とあり。

寄月忍戀
(四九四) 春やあらぬ月は見しよの空ながらなれし昔のかげぞ戀しき 類從本には「月によせてしのぶる戀」とあり。
(四九五) 思ひきやありしむかしの月影を今は雲ゐのよそに見むとは

寄沼忍戀

類從本には「ぬまに寄てしのぶ戀」とあり。
(四九六) 續後撰 かくれぬのしたはふ蘆のみごもりにわれぞ物おもふ行方ゆくへしらねば

寄草忍戀

類從本には「草によせて忍ぶる戀」とあり。
(四九七) わが戀は夏野のすすきしげけれどほにしあらねばとふ人もなし
(四九八) 秋風になびく薄のほにはいでず心みだれて物をおもふかな 原本結句「物おもふかな」とありて「を」を「本エ[2]なし」と註す。
類從本も「を」なし。定家所傳本には「物おもふかな」とあり。

忍  戀
(四九九) 時雨ふる秋の山べにおく霜の色にはいでじいろにいづとも 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(五〇〇) 時雨ふる大あらき野の小篠原をざさはらぬれはひづとも色に出でめや

久  戀

類從本には「ひさしき戀の心を」とあり。
(五〇一) 新勅撰 わが戀はあはでふる野の小篠原いくよまでとか霜のおくらむ

曉  戀

類從本には「曉の戀といふ事を」とあり。
(五〇二) 曉の鴫の羽搔はねがきしげけれどなど逢ふことの間遠まどほなるらむ
(五〇三) あかつきの露やいかなる露ならむおきてし行けばわびしかりけり
(五〇四) 新勅撰 むしろに露のはかなくおきていなば曉ごとに消えやわたらむ

山家後朝戀

類從本には「山家のちのあした」とあり。
(五〇五) 消えなまし今朝けさたづねずば山城やましろの人こぬ宿の道しばの露

會不逢戀

類從本には「あひてあはぬ戀」とあり。
(五〇六) 今更になにかを忍ぶ花すすき穗にし秋も誰ならなくに 眞淵この歌に○を附す。

夏  戀

類從本には「夏の戀といふ事を」とあり。
(五〇七) 五月やましたやみのくらければおのれまどひてなく郭公 眞淵この歌に○を附す。

冬  戀
(五〇八) 庭のおもにしげりにけらし八重葎やへむぐらとはでいく世の秋かぬらむ
(五〇九) あさぢ原跡なき野邊おく露のむすぼほれつつ消えや渡らむ 類從本定家所傳本には第二句「跡なき野べ」とあり。
(五一〇) 淺茅あさぢ原あだなる霜のむすぼほれ日かげを待つに消えやわたらむ

人々歌よみしに經年待戀といふ事を人々におほせてつかうまつらせしついでに

類從本には「年を經て待戀といふことを人々におほせて、つかうまつらせし次に」とあり。
(五一一) 故鄕のあさぢが露にむすぼほれひとり鳴く蟲の人をうらむる

待戀の心をよめる
(五一二) むしろにひとりむなしく年も經ぬよるの衣のすそあはずして
(五一三) さ莚にいく世の秋を忍びきぬ今はたおなじ宇治のはし姬
(五一四) こぬ人をかならずまつとなけれども曉がたになりやしぬらむ 眞淵この歌に○を附し、「このこぬ人をの歌と、次の恨みわびの歌は、古へのすがたならねど、かくもよみ給ふちからをてこそ、高き心は出來つれ」と評せり。
(五一五) みちのくの眞野まののかや原かりにだにこぬ人をのみ待つがくるしき 類從本には「夏の戀といふ事を」とあり。
定家所傳本には結句「待つがくるし」とあり。
(五一六) 待てとしもたのめぬ人のくずの葉もあだなる風をうらみやはせむせぬ 類從本定家所傳本には結句「うらみやはせ

寄月待人
(五一七) 忍ぶればくるしきものを山のにさし出づる月のかげに見えなむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(五一八) うらみわび待たじとおもふ夕べだになほ山のはに月は出でにけり 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
眞淵この歌に○を附す。
(五一九) 待てとしもたのめぬ山も月はいでぬいひしばかりの夕暮の空 眞淵は「四の句さく樣にはたらき過ぎたるは後なり」と評せり。

月 前 戀

(五二〇) 風雅 わが袖におぼえず月ぞやどりけるとふ人あらばいかが答へむ

寄 月 戀
(五二一) かずならぬ身はうき雲のよそながらあはれとぞ思ふ秋の夜の月
(五二二) 月影もさやには見えずかきくらす心のやみの晴れしやらねば

寄 雲 戀
(五二三) 白雲のきえはえなでなにしかも立田たつたの山の名のみたつらむ 定家所傳本には結句「なみの立つらむ」とあり。

寄 風 戀
(五二四) あだし野の葛のうら吹く秋風の目にし見えねば知る人もなし 類從本には「のうら吹く」とあり。
(五二五) 唐衣からごろもすそあはぬつまに吹く風の目にこそ見えね身にはしみけり 貞享本にのみありて類從本になき歌二首の中の一首なり。

寄 雨 戀
(五二六) 時鳥なくや五月さつきのさつきあめのはれずものおもふ頃にもあるかな 類從本定家所傳本に第三句「さみだれの」とあり。これに從ふべきか。
(五二七) 時鳥なく五月さつきの卯の花のうきことの葉のしげきころかな 類從本には初句「ほととぎすなくやの」とあり。
(五二八) 郭公待つながらの五月雨にしげきあやめのねにぞなくなる 定家所傳本には「音にぞ鳴きぬる」とあり。

寄 露 戀
(五二九) 色をだに袖よりつたふ下萩したはぎのしのびし秋の野べの夕露 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
眞淵は「袖よりつたふ、後なり」と評せり。
(五三〇) わが袖の淚にもあらぬ露をだに萩の下葉は色にでにけり 類從本には結句「色に出けり」佐佐木博士の「校註金槐和歌集」には「色に出にけり」とあり。
(五三一) 秋はぎの花野のすすき露をおもみおのれしをれて穗にや出でなむ

寄 薄 戀
(五三二) 新續古今 待つ人はこぬものゆゑに花薄ほにでてねたき戀もするかな 眞淵は「萬葉に穗にでてとよめる多し」と評せり。

寄瞿來戀
(五三三) なでしこの花におきゐるぬる朝露のたまさかにだに心へだつな 類從本には第二句「花におきる」とあり。

寄 菊 戀
(五三四) によりよりも人の心は初霜のおきあへずあへぬ色のかはるなりけり 類從本には初句「花よりも」第四句「おきあへ」とあり。
(五三五) きえかへりあるかなきかに物ぞ思ふうつろふ秋の花の上の霜

寄七夕戀
(五三六) たなばたにあらぬわが身のなぞもかく年に稀なる人を待つなむ

寄 雁 戀
(五三七) 忍びあまり戀しき時は天の原空とぶかりのねに鳴きぬべしぞ鳴きつる 眞淵この歌に○を附す。
(五三八) 雲がくれ鳴きて行くなる初雁のはつかに見て人は戀しき 類從本定家所傳本には第四句「はつかにみて」とあり。

寄 鹿 戀
(五三九) 續古今 秋の野に朝ぎりがくれなく鹿のほのかにのみや聞き渡りなむ 定家所傳本には初句「秋の野」とあり。

寄 金 戀
(五四〇) 黃金こがねほるみちのく山にたつ民のいのちもしらぬ戀もするかな 類從本には「こがねによする戀」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(五四一) あふ事のなき名をたつの市によるうるかねて物おもふ我身なりけり 類從本定家所傳本には第三句「市にる」とあり。

人々歌よみしに寄衣戀

類從本には「衣によする戀」とあり。
(五四二) 續後撰 忘らるる身はうらぶれぬ唐衣からごろもきてもたちにし名こそ惜しけれ 類從本定家所傳本及び續後撰集には第四句「さても立ちにし」とあり。

寄 簾 戀
(五四三) 津の國のこやのまろやの蘆すだれまどほになりぬ行きあはずして 眞淵この歌に○を附す。

寄物語戀
(五四四) 別れにし昔は露かあさぢ原跡なき野邊にあき風ぞふく

水 邊 戀
(五四五) 三島みしま江や玉江の眞菰まこも水隱みがくれて目にし見えねばかる人もなし
(五四六) 眞菰まこもおふる淀の澤水水草みさび
みぐさ
ゐてかげし見えねばとふ人もなし
類從本には第三句「みさびゐて」

海 邊 戀
(五四七) うき身のみなみの小島をじま海士あまのぬれ衣ぬるとないひそ朽ちはつるとはつとも 類從本定家所傳本には初句「うきなみの」結句「朽ちははつとも」とあり。

故 鄕 戀

(五四八) 故鄕の杉の板屋のひまをあらみ行きあはでのみ年の經ぬらむ 眞淵この歌に○を附す。
(五四九) 草ふかみさしも荒れたる宿なるを露をかたみに尋ねこしかな 眞淵は「露をかたみに、後なり」と評せり。
(五五〇) しのぶ草しのびしのびにおく露を人こそとはね宿やどはふりにき 眞淵この歌に○を附す。
(五五一) 宿は荒れてふきみ山の松にのみふべきものと風のふくらむ
(五五二) 荒れにけりたのめし宿は草のはら露の軒端に松蟲の鳴く 眞淵は「露ののきばに、このつづけ後なり」と評せり。
(五五三) 里はあれて宿は朽ちにし跡なれや淺茅あさぢが露に松蟲の鳴く

契むなしくなれるこころを

類從本には「……よめる」と題し、「雜」の部にあり。
(五五四) 契りけむこれやむかしの宿ならむあさぢが原にうづら鳴くなり

今も見てしが山賤のといふことを

原本には「山賤の」の「の」を脫せり。
(五五五) 山がつの垣ほに咲けるなでしこの花の心を知る人のなき 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

神無月の頃人のもとに
(五五六) 時雨のみふるの神杉かみすぎふりぬれどいかにせむとせよとかか色のつれなき 類從本定家所傳本には第四句「いかにせとか」とあり。

たのめたる人に

類從本には「たのめたる人のもとに」とあり。
(五五七) 待つ宵のふけゆくだにもあるものを月さへあやな傾ぶきにけり
(五五八) 小篠原をざさはらおく露寒み秋されば松蟲のねになかぬ夜ぞなき

ある人のもとに遣はし侍りし
(五五九) 秋の田のにすがくささがにのいとわればかり物は思はじ 眞淵この歌に○を附す。
(五六〇) 雁のゐる羽風はかぜにさわぐ秋の田の思ひみだれてほにぞでぬる
(五六一) 難波なにはがたみぎはの葦のいつまでか穗は出でずしも秋をしのばむ


[入力者補足]

[編集]
  1. 底本ママ、位置がおかしい。首末のもう一つの校異と並べるべきである。
  2. 底本ママ。正しくは「本なし」。