路加傳福音書(明治元訳) 第九章

提供:Wikisource

第九章[編集]

1 イエス十二じふに弟子でしよびあつすべて惡鬼あくきいだやまひいや能力ちから權威けんゐさづけたり
2 またかみくにのべつた病者やまひのものいやさせんため
3 彼等かれらつかはさんとしていひけるは路資たびのよういなにをもとらざれつゑまた旅嚢たびぶくろくひものかねふたつころもをももつことなかれ
4 いづれいへいるとも其處そことどまりてまた其處そこよりされ
5 爾曹なんぢら不接うけぬものあらばそのまちいづときかれらにあかしのためあしよりちりはら
6 弟子でしいでてあまね諸郷むらむらにゆき福音ふくいんのべつたへかつやまひいやせり

7 分封わけもちきみヘロデ、イエスのなしすべてのことききまどへあるひとこれをヨハネのよみがへれるなりといひ
8 あるひとはエリヤのあらはれたるなりといひまたあるひといにしへ預言者よげんしや(※1)の一人ひとりよみがへれるなりいへばなり
9 ヘロデいひけるはわれヨハネのくびきれかかこときこゆるものたれなるかヘロデこれんとおも

10 使徒しとたちかへりきたりてそのなししことをイエスにつぐイエス彼等かれらともなひてひそかにベテサイダ(※2)といへまちほとりなる退しりぞきしに
11 衆人ひとびとしりてしたがひ(※3)ければこれうけかみくにことかたりかつもとむものいやせり

12 かたぶくとき十二じふに弟子でしきたりてイエスにいひけるはここなれば衆人ひとびとさら四圍ほとり郷村むらざとへゆきて宿やどをとりしよくもとむことさせたまへ
13 イエスいひけるは爾曹なんぢらこれにしよくあたへよこたへけるは我儕われらただいつつのパンとふたつうをあるのみこの許多おほくひとためゆきかふあらざればほか食物しよくもつはなし
14 ここをりをとこおほよそ五千ごせんにんなりきイエス弟子でしいひけるは衆人ひとびと五十ごじふにんづつならせしめよ
15 弟子でしそのごとなし彼等かれらをみなせしめたり
16 イエスいつつのパンとふたつうををとりてんあふしゆく(※4)してこれをわり弟子でしあたへひとびとまへおかしむ
17 みなくらひあきのこりくづ十二じふにかごひろひたり

18 イエスひとびとあらざりしとき祈禱いのりしたりしが弟子でしともをれりイエスこれとふいひけるは衆人ひとびとわれいひたれする
19 こたへいひけるはバプテスマのヨハネあるひはエリヤあるひいにしへ預言者よげんしや(※1)の一人ひとりよみがへれるなり
20 イエスいひけるは爾曹なんぢらわれいひたれするかペテロこたへけるはかみのキリストなり
21 イエス彼等かれらいましめこのこと何人たれにもつぐなかれとめいじたり
22 またいひけるはひとかならずおほくくるしみうけ長老としより祭司さいしをさ學者がくしやどもにすてられかつころされ第三日みつかめよみがへるべし
23 またイエス衆人ひとびといひけるはもしわれにしたがはんとおもものおのれかち日々ひびその十字架じふじかおふわれしたが
24 その生命いのち保全まつたうせんとするものこれうしなわがために生命いのちうしなものこれ保全まつたうすべし
25 ひともし全世界せかいぢうするとも自己みづからうしなみづかほろびなばなにえきあらん
26 われわがことばはづものをばひとまたおのが榮光えいくわうちちきよき使つかひ榮光えいくわうをもてきたときこれをはづべし
27 われまこと爾曹なんぢらつげここたつものうちかみくにみるまではしなざるものあり

28 このこといひけるのち八日やうかばかりすぎてイエス、ペテロ、ヨハネ、ヤコブをともな祈禱いのりせんとてやまのぼれり
29 いのれるときそのかほかたちつねとことなその衣服ころもしろ(※5)くかがやきぬ
30 二人ふたりひとありてこれものいへりすなはちモーセとエリヤなり榮光えいくわううちあらはれて
31 イエスのエルサレムにてもはさらんとすることかた
32 ペテロおよびともありものどもいたくねむりたりしがすでさめてイエスの榮光えいくわうまたともたて二人ふたりたり
33 この二人ふたりのイエスとわかるるときペテロ、イエスにいひけるはここをるよしわれらにみついほりつくらたまひとつなんぢのためひとつはモーセのためひとつはエリヤのためにせんそのいふところをしらざりしなり
34 かくいへるときくもきたりて彼等かれらおほへりそのくもいりしとき弟子でしたちおそれ
35 こゑくもよりいでいひけるはわが愛子あいしなりこれきくべし
36 こゑやみたればただイエス一人ひとりたり弟子でしたちくちとぢたりしこと當時そのころたれにもつげざりき

37 翌日よくじつやまよりくだりければ許多おほく人々ひとびとイエスをむか
38 そのうちある一人ひとりよばはりていひけるはねがはくはわが眷顧かへりみたまへわが獨子ひとりごなるに
39 惡鬼あくきためつかれては忽然たちまちさけびあわをふき拘攣ひきつけられてなやはなるることまことかた
40 われこれをおひいだことなんぢ弟子でしもとめしかどあたはざりき
41 イエスこたへいひけるはああしんなき悖逆まがれるなるかなわれ爾曹なんぢらうち爾曹なんぢらしのび幾何時いつまであらんやなんぢここつれきた
42 きたれ惡鬼あくきかれを傾跌たふし拘攣ひきつけぬイエスけがれたるおにせめそのいやちちあたへたり
43 衆人ひとびとみなかみおほいなるちからおどろきイエスのなしことあやしめるときにイエス弟子でしいひけるは
44 このことば爾曹なんぢらみみをさめよそれひとひとわたされん
45 彼等かれらこのことばさとらざりしさとらざるやうかくされたるなり彼等かれらもまたおそれこのこととはざりき

46 弟子でしたちのうちたがひたれおほいならんとの爭論あらそひありければ
47 イエスそのこころおもひしり孩子をさなごをとりそばにたてて
48 彼等かれらいひけるはわがためこの孩子をさなごうくものすなはわれうくるなりわれうくものわれつかはししものうくるなりすべ爾曹なんぢらがうちもつとちひさきものこれおほいならん
49 ヨハネこたへいひけるはなんぢよりおにおひいだせるものたりしが我儕われらともしたがはざるゆゑこれをとどめたり
50 イエスいひけるはとどむることなか我儕われら敵抗てきたはざるもの我儕われらつくものなり

51 イエスてんのぼるのときいたりければエルサレムにゆくことをかたくさだめたり
52 使者つかひたちさきつかはしければ彼等かれらゆきてイエスにそなへんがためサマリヤびとむらいりしに
53 郷人むらびとそのエルサレムにむかひゆくさまなるがゆゑにイエスをうけざりき
54 弟子でしのヤコブ、ヨハネこのこといひけるはしゆ我儕われらエリヤのなせごとてんよりよびくだ彼等かれらほろぼさんとすよき
55 イエスかへりみてこれいましいひけるは爾曹なんぢらこころ如何いかなるみづかしらざるなり
56 ひとひといのちほろぼためきたらただこれをすくためなりつひほかむらゆけ

57 みちゆくときあるひとイエスにいひけるはしゆ何處いづこゆきたまふともわれしたがはん
58 イエスかれいひけるはきつねあなあり天空そらとりありされどもひとまくらするところなし
59 またある一人ひとりいひけるはわれしたがかれいひけるはしゆまづゆきてちちはうむことわれゆる
60 イエスいひけるはしにたるものそのしにものはうむらせなんぢゆきかみくにひろめ
61 またある一人ひとりいひけるはしゆなんぢしたがはんまづゆきて家人いへのものわかれつぐることをゆる
62 イエスいひけるはすきつけうしろかへりみものかみくにかなはざるものなり

※1 明治14(1881)年版では「預言者」のルビが「よげんじや」。
※2 明治14(1881)年版では「ベテサイダ」→「ベツサイダ」。
※3 明治14(1881)年版では「したがひ」→「したがひ」。
※4 明治14(1881)年版では「祝」のルビが「しく」。
※5 明治14(1881)年版では「しろ」→「しろ」。