西行桜 (地歌)

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九重ここのへに、咲けども花の八重桜、幾代の春をかさぬらん。然るに。花の名高きは。先づ初花を急ぐなる近衛殿の糸桜いとざくら。見渡せば柳桜やなぎさくらをこきまぜて、都は春の錦燦爛さんらんたり。千本ちもとの桜を植ゑ置き、其の色を所の名に見する。千本せんぼん花盛はなざかり、雲路うんろや雪に残るらん。毘沙門堂びしやもんどうの花盛り、四天王しわうてんの栄華も、これには如何いかまさるべき。うへなる黒谷くろたに下河原しもかはら、昔遍昭僧正へんぜうそうじやうの、浮世をいとひし華頂山くわちやうざんわしの御山の花の色。枯れにし鶴の林まで、思ひ知られてあはれなり。清水寺せいすゐじ地主じしゆの花、松吹く風の音羽山おとはやま。ここは又嵐山あらしやま。戸無瀬に落つる滝津波たきつなみまでも。花は大井川、井堰ゐぜきに雪やかかるらん。


  • 底本: 今井通郎『生田山田両流 箏唄全解』中、武蔵野書院、1975年。

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。