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禮記/昏義

昏禮者,將合二姓之好。上以事宗廟,而下以繼後世也。故君子重之。是以昏禮納采、問名、納吉、納徵、請期,皆主人筵幾於廟,而拜迎於門外;入,揖讓而升,聽命於廟。所以敬慎重、正昏禮也。

〈訳:NDLJP:1118535/340 昏禮(こんれい)は、將(まさ)に二姓(せい)の好みを合(あは)せ、上(かみ)は以て宗廟(そうべう)に事(つか)へて、下(しも)は以て後世に繼(つ)が んとするなり。故に君子之を重(おも)んず。是れを以て昏禮(こんれい)に納采(なふさい)、問名(ぶんめい)、納吉(なふきつ)、納徴(なふちよう)、 請期(せいき)には、皆(みな)主人(しゆじん)、廟(べう)に筵几(えんき)して、拜(はい)して門外に迎(むか)へ、入りて揖讓(いふじやう)して升(のぼ)り、命 を廟(べう)に聽(き)く、昏禮(こんれい)を敬愼(けいしん)重(ちよう)正(せい)する所以なり。〉

父親醮子,而命之迎,男先於女也。子承命以迎;主人筵幾於廟,而拜迎於門外。婿執雁入,揖讓升堂;再拜奠雁,蓋親受之於父母也。降,出御婦車;而婿受綏,御輪三周,先俟於門外;婦至,婿揖婦以入。共牢而食,合巹而酳;所以合體同尊卑以親之也。

〈父(ちゝ)親(みづか)ら子(こ)に醮(せう)して之れに命じて迎(むか) へしむるは、男(だん)、女(ぢよ)に先(さき)だつなり、子(こ)、命を承(う)けて以て迎ふ。主人廟(べう)に筵几(えんき)して 拜して門外(もんぐわい)に迎ふ。壻(せい)、鴈(がん)を執(と)りて入り、揖讓(いふじやう)して堂(だう)に升(のぼ)り、再拜(さいはい)して鴈(がん)を奠(お) く、蓋(けだ)し親(みづか)ら之を父母(ふぼ)に受くるなり。降(くだ)り出でて婦(ふ)の車(くるま)を御(ぎよ)して、壻(せい)、綏(すゐ)を授(さづ) く、輪(りん)を御(ぎよ)すること三周(しう)、先(ま)づ門外に俟(ま)つ。婦至れば、壻(せい)婦(ふ)を揖(いふ)して以て入り、 牢(らう)を共(とも)にして食(くら)ふ。巹(きん)を合(がつ)して酳(いん)す。體(たい)を合(がつ)し尊卑(そんぴ)を同じくし、以て之れを親む 所以なり。〉

敬慎重正而後親之,禮之大體;而所以成男女之別,而立夫婦之義也。男女有別,而後夫婦有義;夫婦有義,而後父子有親;父子有親,而後君臣有正。故曰:「昏禮者,禮之本也。」

〈敬愼(けいしん)重(ちよう)正(せい)して、后〔ママ〕に之を親(したし)むは、禮の大體(たいたい)にして、男女(だんぢよ)の別を成し 夫婦(ふうふ)の義(ぎ)を立つる所以なり。男女別ありて、而して后〔ママ〕に夫婦義あり、夫婦義あり て、而して后〔ママ〕に父子(ふし)親(しん)あり、父子親ありて而して后〔ママ〕に君臣(くんしん)正(せい)あり。故に曰く、昏(こん) 禮(れい)は禮の本(もと)なり。〉

夫禮始於冠,本於昏,重於喪祭,尊於朝聘,和於鄉射;此禮之大體也。

〈夫れ禮は冠に始まり、昏に本づき、喪祭(さうさい)に重く、朝聘(てうへい)に尊(たふと)く、 郷射(きやうしや)に和(くわ)す、此れ禮の大體なり。〉

夙興,婦沐浴以俟見。質明,贊見婦於舅姑。婦執笲、棗、栗、段修以見。贊醴婦,婦祭脯醢;祭醴,成婦禮也。舅姑入室,婦以特豚饋,明婦順也。厥明,舅姑共饗婦以一獻之禮。奠酬,舅姑先降自西階;婦降自阼階,以著代也。

〈NDLJP:1118535/341 夙(つと)に興(お)きて、婦(ふ)、沐浴(もくよく)して以て見(まみゆ)るを俟(ま)つ。質明(しつめい)贊(さん)して婦を舅姑(きうこ)に見(まみ)えしむ。 婦(ふ)、笲(はん)、棘(さう)〔ママ〕栗(りつ)叚脩(かしう)〔ママ〕を執(と)りて以て見(まみ)ゆ、贊(さん)して婦を醴(れい)す。婦、脯醢(ほかい)を祭(まつ)り醴(れい)を祭(まつ)る。 婦禮を成すなり。舅姑(きうこ)、室(しつ)に入り、婦、特豚(とくとん)を以て饋(き)す。婦の順(じゆん)を明(あきら)かにする なり。厥(そ)の明(めい)、舅姑(きうこ)共(とも)に婦を饗(きやう)するに一獻(けん)の禮を以て奠酬(てんしう)す。舅姑(きうこ)先(ま)づ西階(せいかい)よ り降(くだ)り、婦、阼階(そかい)より降り、以て代(かは)ることを著(あらは)すなり。〉

成婦禮,明婦順;又申之以著代,所以重責婦順焉也。婦順者:順於舅姑,和於室人;而後當於夫,以成絲麻布帛之事,以審守委積蓋藏。是故婦順備,而後內和理;內和理,而後家可長久也。故聖王重之。

〈婦の禮を成して、婦の順(じゆん) を明(あきら)かにし、又之れに申(かさ)ぬるに代(か)はることを著(あらは)すを以てす。重(かさ)ねて婦の順を責(もと) むる所以なり、婦の順とは、舅姑(きうこ)に順に、室人(しつじん)に和(くわ)し、而して后〔ママ〕に夫(ふ)に當(かな)ひ、以 て絲麻(しま)布帛(ふはく)の事を成し、以て審(つまびら)かに委積(ゐし)蓋藏(がいざう)を守(まも)るなり。是の故に婦(ふ)順(じゆん)備(そな)は りて、而して后〔ママ〕に内(うち)、和理(くわり)す、内(うち)和理(くわり)して、而して后〔ママ〕に家(いへ)長久(ちやうきう)なる可きなり。 故に聖王(せいわう)之れを重(おも)んず。〉

是以古者婦人先嫁三月,祖廟未毀,教於公宮;祖廟既毀,教於宗室;教以婦德、婦言、婦容、婦功。教成祭之,牲用魚,芼之以蘋藻。所以成婦順也。

〈是れを以て古(いにしへ)は婦人(ふじん)嫁(か)に先だつこと三月(ぐわつ)、祖廟(そべう)未だ毀(こぼ) たざれば、公宮(こうきう)に教(をし)ふ。祖廟(そべう)既(すで)に毀(こぼ)てば、宗室(そうしつ)に教(をし)ふ。教ふるに婦徳(ふとく)、婦言(ふげん)、婦(ふ) 容(よう)、婦功(ふこう)を以てす。教(をしへ)成(な)れば之を祭(まつ)る、牲(せい)は魚(うを)を用ひ、之を芼(ばう)するに蘋藻(ひんさう)を以て す。婦の順(じゆん)を成す所以なり。〉

古者天子-{后}-立六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻,以聽天下之內治,以明章婦順;故天下內和而家理。天子立六官、三公、九卿、二十七大夫、八十一元士,以聽天下之外治,以明章天下之男教;故外和而國治。故曰:「天子聽男教,-{后}-聽女順;天子理陽道,-{后}-治陰德;天子聽外治,-{后}-聽內職。教順成俗,外內和順,國家理治。此之謂盛德。」

〈古(いにしへ)は天子の后(こう)は六宮(きう)を立つ。三夫人(ふじん)、九嬪(ひん)、二十七世婦(せいふ)、八十一御妻(ぎよさい)あり。 以て天下の内治(ないち)を聽き、以て婦の順(じゆん)を明章(めいしやう)す。故に天下の内(だい)和(くわ)して家(いへ)理(をさ)まる。天 子六宮(きう)〔ママ〕を立つ。三公、九卿(けい)、二十七大夫(たいふ)、八十一元士(げんし)あり。以て天下の外治(ぐわいち)を聽 き、以て天下の男教(だんけう)を明章(めいしやう)す。故に外(ぐわい)和(くわ)して國(くに)治(をさま)る。故に曰く、天子、男教(だんけう)を 聽き、后(こう)、女順(ぢよじゆん)を聽き、天子、陽道(やうだう)を理(り)し、后(こう)、陰徳(いんとく)を治(をさ)め、天子、外治(ぐわいち)を聽 き、后(こう)、内聽(だいちやう)〔ママ〕を聽く。教順(けうじゆん)にして俗(ぞく)を成し、外内(ぐわいだい)和順(くわじゆん)し、國家(こくか)理治(りち)す。此れを 之れ盛徳(せいとく)と謂ふ。〉

是故男教不修,陽事不得;適見於天,日為之食。婦順不修,陰事不得;適見於天,月為之食。是故日食則天子素服而修六官之職,蕩天下之陽事;月食則-{后}-素服而修六宮之職,蕩天下之陰事。故天子之與-{后}-,猶日之與月,陰之與陽,相須而後成者也。天子修男教,父道也;-{后}-修女順,母道也。故曰:「天子之與-{后}-,猶父之與母也。」故為天王服斬衰,服父之義也;為-{后}-服資衰,服母之義也。

〈是の故に男教(だんけう)脩(をさま)らざれば陽事(やうじ)得(え)ず。適(せめ)、天(てん)に見(あら)はれ、日之が爲 めに食(しよく)す。婦順(ふじゆん)脩(をさま)らざれば、陰事(いんじ)得(え)ず。適(せめ)、天(てん)に見(あら)はれ、月(つき)之れが爲めに食(しよく) す。是の故に日(ひ)食(しよく)すれば則ち天子(てんし)素服(そふく)して、六官(くわん)の職(しよく)を脩(をさ)め、天下の陽事(やうじ)を蕩(たう) す。月(つき)、食(しよく)すれば則ち后(こう)、素服(そふく)して、六宮(きう)の職(しよく)を脩(をさ)め、天下の陰(いん)事を蕩(たう)す。故 に天子と后(こう)と、猶ほ日と月と、陰(いん)と陽(やう)とのごとく、相(あひ)須(ま)ちて而して后(のち)〔ママ〕に成る者な り。天子、男教(だんけう)を脩(をさ)む、父(ちゝ)の道(みち)なり。后(こう)、女順(ぢよじゆん)を脩(をさ)む、母(はゝ)の道(みち)なり。故に曰く、 天子と后(こう)とは、猶ほ父(ちゝ)と母(はゝ)とのごときなり、故に天王の爲めに斬衰(ざんさい)を服(ふく)するは、 父(ちゝ)に服(ふく)するの義なり。后(こう)の爲めに齊衰(しさい)を服(ふく)するは、母(はゝ)に服(ふく)するの義なり。〉

この文書は翻訳文であり、原文から独立した著作物としての地位を有します。翻訳文のためのライセンスは、この版のみに適用されます。
原文:

この作品は1931年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。

 
翻訳文:

この著作物は、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定の発効日(2018年12月30日)の時点で著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以上経過しているため、日本においてパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、1931年1月1日より前に発行された(もしくはアメリカ合衆国著作権局に登録された)ため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。