涼み床机の怪談三つ

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 藤椅子を表へ持ち出して、ときどき思ひ出したやうに吹いてくる涼しい風に吹かれながら、高い夜空の星を数へてゐると、お隣の涼み床机に話が聞こえる。

「私の在所は阿波の池田から二里ばかりの百姓村ですが、ある夏の日の午後三時ごろでした。いつものとほり午睡の場所と定めてゐる庭の立木の影に横になつたのですが、その日は特に暑い日で、ムッとするやうな土のイキレと、キラキラ光る太陽の光線で、横になつて、じッとしてゐてもタラタラと汗が流れる。とても眠れさうにないので、寝蓙を持つて二三場所を変へてみましたが、どこも暑さは同じでした。

「そこで私はフト土蔵のなかなら涼しからうと思ひ、寝蓙をさげて土蔵のなかにはいつてゆきました。土蔵のなかはすこし黴くさい匂ひがたゞようてゐましたが、さすがにヒイヤリとしてゐました。私は二階へ登る階段から三尺ばかり離れたところに蓙を敷いて、ゴロリと仰臥しました。

「階段から二階を見上げると、二階の窓は閉まつてゐるらしく、まつくらでしたが、階下は小さな窓が開かれてゐたので、うつすらと明りがありました。私は仰臥したまゝ土蔵のなかを見廻しました。そして二度目に階段から二階を見上げたとき、二階からなにかしら黒い風呂敷みたやうなものが、フワアーと舞ひ落ちてくるのが判りました。そして、その黒い風呂敷みたやうなものが、私の身体に被さつたかと思ふと、なにか大きな力で押さへつけられたやうで、苦しくて仕方がない。足も手も不動の金縛りにあつたやうに自由が利きません。いくら声を立てようと思つても声が出ないのです。アンナ不思議なことに出会つたのは初めてでした。

 この話しは私には初めてゞあつたが、不思議でもナンでもない、キッチリ説明ができると思つていると、同じ床机の一人が一言で解決してしまつた。

「ソラ、タヌキだす」

 次の男が話し出した。

「私は昔北海道で軽鉄の機関車を運転してゐたのですが、ある月夜の晩、片方が山で、片方が畑のところを運転して進んで行くと、前方から機関車が煙を吐いて進んでくるのです。

 単線ですからそのまゝ進めば衝突します、私は狼狽して機関車を停めました。すると前方の機関車はスーと煙のやうに消えてなくなつてしまつたのです。アンな不思議に出会つたことは初めの終りです」

「ソラ、タヌキだす」

 さつき男がまた一言で解決を与へた。

 私は、この話しを幾度か数知れぬほど聞いた。――そのとき関はず驀進すると、前方の機関車は煙のやうに消えてなくなり、なんの故障も起らない、翌日現場を検査すると汽車に轢かれた狸が、目をムイて死んでゐた――と、いふ話しなんである。私はこの話しを聞くたびごとに、機関車に化けて線路を歩いてゐる狸を想像して愉快になる。次の男が話しだした。

「私の国は日向の内の浦ですが、漁師が発動汽船で沖に出て帰つてくると、月夜で海面のモヤのかゝつてゐる夜なぞ、ときどき出くわすと言ふんですが……前方から同じ形の船が正面に向つて進んでくる。その船を避けようとして進路を変へると浅瀬に乗りあげるか、他船や島などに衝突したりすると言ひます。関はず前方の船に乗りかけるやうに進んで行けば、さつきの機関車の話のやうに、スーと消えてしまふといひます。その幽霊船のことを漁師達は「モリ」と言つて居りますが、その船は必ず舷色燈を反対に点けてゐるさうです」

 この話しも私は何度か聞いたことがある。舷色燈を必ず反対に点けてゐるといふところがクセモノで、その正体は完全に証明できと思つてゐると、さつきの男がまた一言にして解決を与へた。

「ソレもタヌキだす」

 私は思はず吹きだした。

 床机の人達はウツカリと、海の話しであることに気がつかないらしく、――さうでせうか――狸でせうな――なぞと「モリ」の怪談よりも、その正体が狸であるといふ解決を、不思議さうに言ひあつてゐた。