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枕草紙 (群書類從)

提供:Wikisource
他の版の作品については、枕草子をご覧ください。

枕草紙

淸少納言


春はあけぼの。そらはいたくかすみたるに。やうしろくなりゆく山ぎはのすこしづつあかみて。むらさきだちたる雲のほそくたな引たるなどいとおかし。

夏はよる。月のころはさらなり。やみもなをほたるおほくとびちがひたる。又たゞ一二などほのかにうちひかりてゆくもいとおかし。

雨のどやかにふりたるさへこそおかしけれ。

秋は夕暮。夕日のきはやかにさして。山の葉ちかう見えわたるに。からすのねにゆくとて。三四二などとびゆくもあはれなり。まして雁のおほく飛つらねたる。いとちいさく見ゆるはいとおかし。日いりはてゝ後。風のをと。むしの聲。はたいふべきにもあらずめでたし。

冬はつとめて雪のふりたる。さらにもいはず。霜のいとしろきも。又さらねどいとさむきに。火などいそぎおこして。炭もてありきなどするを見るも。いとつきし。ひるになりぬれば。やうぬるびもてゆきて。雪もきえ。すびつ。火おけの火もしろき。はひがちになりぬればわろし。 

ころは。 正月。三四月。五月。七八月。九十月。十一月。すべてみなおりにつけつゝいとおかし。 せちは五月五日。七月七日。九月九日もおかし。

ふる物は。時雨。あられ。雪。さてはまた五月の四日の夕つかたよりふる雨の。五日のつとめて。いとあをやかなるのきのあやめのすそよりおつるしづく。よもぎのかほりあひていとおかし。

風は。あらし。木がらし。二三月ばかりの夕つがた。ゆるく吹たるあま風。又八月ばかりの雨にまじりて。ひやゝかに吹たる風おかし。

霧は。川ぎり。

木の花は梅。ましてこう梅はうすきもこきもいとおかし。櫻ははなびらおほきに。葉の色いとこきが。枝ほそくて。かれはなに咲たる。ふぢのしなびながく色こく咲たる。いとおかしうめでたし。四月つごもり。五月ついたちごろのたち花の葉は。いとこくあをきに。花はいとしろくさきて。雨うちふりたる。つとめてはなべてならぬさまにおかし。花のなかより身のこがねのたまとみえて。いみじうきはやかに見えたるなどは。春の朝ぼらけの櫻にもおとらすぞおぼゆる。ほとゝぎすのよすがとさへおもへば。なをさらにいふべきにもあらず。なしの花は。よにすさまじくあやしき物にて。はかなきふみうちつけなどもせず。あい行をくれたるかほなど。うちみてはたとひに人のいふも。げに色よりはじめてあはひなくすさまじければ。ことはりと思ひしを。もろこしには。めでたきものにして。ふみにもおほくつくりたるを。さりともあるやうあらんと思ひて。せめて見れば。花びらのさきに。おかしきにほひこそ。心もとなうつきためれ。楊貴妃の御門の御つかひにあひて。なきけるほどのにほひにたとへて。梨花一枝春帶雨といひたるは。おぼろげならじとおぼゆるに。よろづの花よりはめでたし。桐の花は。むらさきに咲たるはおかしきを。葉のひろごりたるさまぞうたてくこちたき。されどこと木どもにひとしういふべきにはあらず。もろこしにてことしきなつきたらんとりの。これにしもすむらん心ことなり。ましてことにつくりて。さまなる音どものいでくるは。おかしとも世のつねにもいふべきにやある。又木のさまぞにくけれども。あふちの花いとおかし。こと木の花にはにず。いとまれにさきて。かならず五月五日にあふ心。いとおかし。

花の木ならぬは。ごえふ五葉。かつら。柳。そば枛棱の木。しななき心地したれど。はなの木どももちりはてゝ。をしなべてみどりになりたるなかに。時もわかず。こきもみぢのつやめきて。おもひかけずあをき葉のなかよりさし出たるめづらし。まゆみ。さかき。りんじのまつりのみかぐらのおりなどいとおかし。しもこそあれ。神の御前の物とおひはじめけむも。とりわきてかしこし。楠木は。こだちおほかる所にも。ことにまじらひてたゝず。おどろしき思ひやりなどうとましけれど。ちえにわかれて。戀する人のためしにいはれたるぞ。たれかはかずをしりていひはじめけむとおもふにおかし。ひの木。又けぢかゝらねど。みつばよつばのとのづくりにも。これこそはつまとおもふにいとおかし。五月の雨の聲をまねぶらんもあはれなり。かえでの木。わかやかにもえいでたる。ずゑのおなじかたさまへさしひろごりたる。はなもいとはかなげに。むしなどのかれつきたるににておかし。あすはひの木。この世にちかくも見ずきこへず。みたけにまいりて返たる人などぞもてくめる。枝ざしなど。袖ふれにくげにあらましけれど。なにの心にて。あすはひの木とつけけむ。あぢきなきかねことなりや。たれかたのめたるにかと思ふに。きかまほしうおかし。ねずもちの木。ひとしう。人なみなるさまにはあらねど。はのいみじうこまかにちいさきがおかしきなり。あふしちの木。やまなしの木。しゐの木。ときは木は。いづれもあるを。それしもたがへせぬためしにいはれたるおかし。しらかしといふもの。みやま木の中にもいとけどをくて。二位三位のうへのきぬそむるおりこそ葉をだに人の見るめれ。おがしき事にとりいづべくもあらねど。雪のふりおきたるに。みまがへられて。すさのをのみことのいづものくにへおはしける御供にて。人丸がよみたる歌などおもふに。いみじうあはれなり。いふ事につけても。ひとふしあはれともおかしともきゝおきつる物は。草も木もとりむしもおろかにこそおぼえね。ゆづる葉のいみじうつやめきふさやぎたる葉は。いとあをくきよげなるに。思ひかけずにるべくもあらぬ。くきのあかうきらしう見えたるこそあやしけれどおかしけれ。なべての月ごろは。つゆみえぬものゝ。しはす師走のつごもりにのみ時めき。なき人のくひ物にしくを見るがあはれなるに。又たとしへなくいはひのおり。はがためのぐにもしきてつかひためるは。いかなるにか。もみぢせむ世やといひたるもたのもし。かしわ木。いとおかし。葉のまだちいさきおりより。はもりの神のおはしますらんもかしこし。また兵衞督すけぞうなどをもさいふ。いとおかし。すがたなけれど。すろの木からめきて。わろき家のとは見えず。なにとなけれど。やどりぎといふなは。かなだちていとおかし。

草の花は。なでしこ。からのはさらなり。やまともいとおかし。をみなへし。き經。朝がほ。かるかや。きく。つぼすみれ。りうたんは。枝ざしなどぞむづかしげなれど。こと花のみなしもがれたるなかより。いとはなやかなる色あひにて。さしいでたるいとおかし。又わざととりたてゝ。人めかすべきにはあらぬさまなれど。かまつかの花らうたげなり。名ぞうたてある。かりのくるはなとぞ文字にはかきたる。がむひの花。色はこからねど。ふぢの花にいとよくにて。春秋と二たびさくいとおかし。夕がほの花のさまも朝がほににて。いひつゞけたるもおかしかりぬべきを。はのすがたぞにくきや。身のさまこそいとくちおしけれ。などかさはたおひいでけむ。ぬかづきなどいふものゝやうにだにあれかし。されどなを夕がほといふなのつきそめけんいとおかし。しもつげの花。あしの花。これにすゝきをいれぬいとあやしと人いふ也。秋ののゝをしなべたるが。おかしさにはすゝきこそあれ。すゑのいとこくすはう蘇枋にて。あさぎりにぬれて。うちなびきたるは。さばかりの物やはある。されど秋のはてぞいとみどころなき。色々にみだれさきたりし花の。かたもなうみどころなうちりにたる後。冬のすゑまでかしらのしろくおほどれたるもしらず。むかし思ひいでがほに。風になみよりひゞろぎたてるめる人にこそにたれ。よそふる心ありて。あやまりてそれをしもぞあはれと思ふべけれど。いさや。

花なき草は。さうぶ。こも。あふひいとおかし。まつりのおりに。神世よりしてさるかざしとなりけむよりはじめ。ものゝさまもおかしき也。おもだかは。心あがりしたらむと思ふなのいとおかしき也。みくり。ひるむしろ。こけ。こたに。日かげ。雪まのわか草。かたばみは。あやのもんにてあるもおかし。あやふぐさ。きしのひたびにねをはなれて。げにたのもしげなうあはれなり。いつまで草は。かべにおふらん又いとはかなうあはれなり。きしのひたひよりも。いますこしくづれやすからんかし。とのいしばひぬりたらむには。えおひずやあらむとおもふこそいとわろけれ。ことなし草は。おもふ事をなすにやあらむと思ふこそいとおかしけれ。しのぶ草。いとあはれ也。みちしば。つばな。よもぎなどもいとおかし。やますげ。山あゐ。はまゆふ。くず。さゝ。あをつゞら。なづな。なへ。あさぢ。いとおかし。はちすは。よろづの草よりも世にすぐれてめでたし。妙法蓮華經のたとひにも。花は佛にたてまつり。身はずゝ數珠につらぬき。念佛して往生極樂のえむとすればよ。また花なきころ。みどりなる池の水に。くれなゐに咲たるもいとおかし。されば翠扇紅ともじにつくりたるにこそ。からあふひの日のかげにしたがひてかたぶくこそ草木といふべうもあらぬ心なれ。さしも草。やへむぐら。つき草は。うつろひやすなるぞうたてある。

鳥は。ほかのとりなれど。あふむいとおかし。人のいふらむ事をまねぶらんよ。ほとゝぎすいとめでたし。くゐな。しぎ。みやこどり。ひは。ひたきどり。山どりは。ともこひてなくに。かげをみてなぐさむらんこそ。心わかうあはれなれ。たにをへだてたらんほども心ぐるし。つるは。みめもなづかしからず。おほのかにうちなきさまなれど。さわにてなく聲の雲井にきこゆなるほど思ひやるにいとけだかし。かしらあかきすずめ。いかるがのおとり。たくみどり。かはちどりのともまどはすらんいとあはれなり。さぎは。みめもみぐるしう。まなこゐなどもおそろしげに。よろづとり所なけれど。ゆるぎのもりにひとりはねじとあらそふらん心ぞすてがたき。雁の聲はちかをとりすれど。秋まちえて霧のたえまにほのかにきゝつけたるいとおかし。又冬のいとさむき夜など雲井になきたるも。はねの霜はらふらんほど思ひやられていとおかし。鷲は。さまかたちよりはじめうつくしう。はじめてたによりいでたる聲などは。かばかりあてにめでたきほどよりは。夏秋のすゑまでありて。しらこゑになくと。だいりのうちにすまぬとぞ。いとわろき人の。さなんあるといひしを。さしもあらじと思ひしに。十年ばかりさぶらひて聞しに。まことにさらにおとせざりき。さるはたけもちかう。こうばいもいとよくかよひぬべき枝のたよりなめりかし。まかでてきけば。あやしき家のみどころなき梅の木などには。いとはなやかにぞなきいでたるや。又よるなかぬもいといぎたなき心地す。ほとゝぎすは。あさましうまたれて。いみじうよふかう。うちいでたる心ばへこそかぎりなうめでたけれ。六月などには。やがておとせずかし。それもすゞめなどのやうにてのみあらば。うぐひすもさしもわろくもおぼえじかし。春のとりとて。としたちかへるあしたよりまづまたるゝものなれば。すこし思はずなるところのあるも。かくくちおしうもおぼゆるなり。人をも人げなく。世のおぼへあなづらはしうもなりそめにたるをば。そしりやはする。とりのなかにも。とび。からすなどのことをば。みきゝいるゝ人なし。これはなをふみなどに。いみじうつくられたる物なれば。ほどよりはと思ふに。なを心ゆかぬ心地する也。おかしなどのかたにはあらねど。にはとりの子のちいさき程こそあはれなれ。

むしは。まつむし。すゞむし。きりす。はたをり。てふ。われから。ひぐらし。ほたる。ひをむし。みのむし。いとあはれなり。おにのうみければ。おやににて。是もやおそろしき心あらむとて。おゝや男親のあやしき衣をひききせて。いま秋かせふかんおりにぞ。こむとするまでよといひをきて。いにけるをさもしらず。まことかとて。風のをとをきゝしりて。は月ばかりになれば。ちゝよとはかなげになく。いとあはれなり。ぬかづきむし。またあはれなり。さる心地に道心ををこして。つきありくらんよ。思ひもかけずくらきところなどに。ほととしありきたるこそおかしけれ。夏むし。いとらうたげなり。火ちかうとりよせて物がたりなどみるに。さうしの上にとびありくさま。いとはかなびておかし。ありは。にくけれど。身のかろくて水の上などにたゞありくこそおかしけれ。

山は。をぐらやま。みかさ山。このくれ山。いりたち山。わすれ山。かたさり山こそ。たれに所おきけるにかとおかしけれ。いづはた山。かへる山。のちせやま。まゆみ山。かさとり山。ひらの山。とこの山は。わがなもらすなど御かどのよませ給たるがおかしきなり。いぶきの山。あさくら山は。よそに見るらんいとおかし。おほひれ山。をひれやまも。りんじのまつり思ひいでられておかし。みわの山。まちかね山。たまさか山。みゝなし山。あらしの山。葛城山。くらゐ山。さらしな山。をしほやま。きびのなか山。

みねは。ゆづるはのみね。あみだのみね。いやたかのみね。

野は。さが野さら也。いなびの。かたの。こまの。とぶひの。しめしの。宮木野。あはづの。むらさき野。そうけいのこそすゞろにおかしけれ。などさはつけけるにかあらむ。

はらは。なしはら。みかのはら。あたのはら。そのはら。うなひこが原。しのはら。はぎはら。こひはら。

をかは。ふなをか。しのびのをか。

森は。うへのきの森。いはたの森。うたゝねの森。いはせのもり。おほあらきのもり。たれそのもり。たちきゝの森。うきたのもり。こひのもり。しのだの森。こばたのもり。

里は。ながめのさと。ねざめの里。人まのさと。たのめのさと。ゆふ日のさと。とほちのさと。なが井の里。つまどりのさとは。人にとられたるにやといとおかし。ふしみのさと。いくたのさと。

むまやは。なしはらのむまや。野ぐちのむまや。

せきは。あふさかのせき。すまのせき。くきたのせき。しら川のせき。はゞかりのせき。ころものせき。なこそのせき。きよみがせき。よこはしりのせき。みるめのせき。たゞこゑのせき。はゞかりのなにはたとへなきがおかしきなり。又よしなのせきこそは。いかに思ひかへしてけるぞといとしらまほし。これをなこそとはいふにやあらむ。あふさかなどをかく思ひかへされたらむこそわびしかるべけれ。

みさゝぎは。しよろう。うぐひすのみさゝぎ。かしはらのみさゝぎ。あめのみさゝぎ。

わたりは。たまづくりのわたり。しかすがのわたり。みつはしのわたり。こりずまのわたり。

はしは。あさんづのはし。ながらのはし。あまひこのはし。はまなのはし。をがはのはし。かけばし。うたゝねのはし。とゞろきのはし。さののふなばし。みづのうきはし。かさゝぎのはし。やますげのはし。ゆきあひのはし。人はみぬものなれど。なをきくにおかしきなり。ひとすぢわたしたるたなはし。こゝろせばけれどおかし。

海は。水うみ。よさのうみ。かはぐちのうみ。いせの海。かこのうみ。

しまは。うきしま。やそしま。たはれしま。とよらのしま。まがぎのしま。松がうらしま。なとしま。

はまは。うどはま。ふきあげのはま。ながはま。ちひろのはま。いかにひろからんと思ひやらるゝにおかし。うちいでのはま。

浦は。しほがまの浦。なたかのうら。こりずまのうら。しのだの浦。

河は。おほ井がは。おとなしがは。みなせ河。あすかがは。せもさだめざなるこそおかしけれ。みゝとがはは。なに事をさしも。さくじりきゝけむと思ふにおかし。いづみがは。ほそたにがは。

ふちは。かしこぶち。いかなるそこの心をみえざるなをつきたらむとおもふもおかし。ないりそのふち。たれにいかなる人のをしへけるならむ。あを色のふちこそ又いとおかしけれ。くら人などのぐにしつべきよ。いなぶち。かくれのふち。たまぶち。のぞきのふち。

たきは。をとなしのたき。ふるのたきは法王の御らんじにおはしましけむがめでたきなり。なちのたきはくまのにありときくがあはれなるなり。とゞろきのたき。いかにかしがましかるらん。

いでゆは。なゝくりのゆ。ありまのゆ。なすのゆ。つかまのゆ。とものゆ。

いけは。にへののいけは。はつせにまうでしに。水鳥のひまなうゐてたちさはぎしがおかしく見えしなり。水なしの池こそあやしうなどかうつけたらんととひしかば。五月などすべてあめいたうふらんとするおりはこのいけに水といふものなむなくなる。いみじう日てるべきとしは。春のはじめに水などいとおほくいづるといひしを。無下になくかはきてのみあらばこそさはいはめ。いづるおりもあなるを。ひとすぢにもつけけるかなとぞいらへまほしかりし。さるさはの池は。うねべの身なげたるをきこしめして行幸のありけんこそいとめでたけれ。ねくたれがみをと人まろがよみけんなど思ふにいふもおろかなり。をまへのいけも。なにの心にてつけけるならむとゆかし。さやまのいけは。みくりといふうたの。げにおかしうおぼゆるにやあらん。こひぬまのいけ。はらの池は。たまもなかりそとよみけむいとおかし。ますだのいけ。すがたの池。

井は。はしり井。あふさかなるがおかしき也。山の井など。さしもあさきたとへになりはじめけむ。あすか井は。みまぐさもよしとほめられたるこそおかしけれ。ほりかねの井。たまの井。少將井。さくら井。きさいまちの井。

市は。たつのいち。つばいちは。やまとにおほかる所のなかに。はつせにまうづる人のかならずとまりけるが。觀昔の御しるしあらはるゝ所にやと思ふに心ことなるなり。おふちのいち。しかまの市。あすかのいち。

いへは。このゑの御かど。二條あたり。一條もよし。すざぐ院。かも院。をののみや。すがはらの院。こうばいどの。あがたの井イと。そめどの。れいぜい院。とう三條。こ六條。

神は。松のを。やはたは。むかし御かどにておはしましけむこそめでたくおかしけれ。行幸にのはなにたてまつるよ。ひらのゝいがきにくずのいとおほくはひたりしに。つらゆきが。秋にはあへずとよみたるこそ思ひいでられておかしかりしか。かすが。すみよし。

佛は。やくし。如いりんの人をわたしわづらひて。つらづえつきてなげき給へる。いとあはれにかたじけなし。地ざう。がう三世は。みめこそおそろしげにおはすれど。御ちかひいとあはれにたのもし。だらにも。いとつきしかめり。

經は。法華經。品は。方便品。やくさうゆ品。だいば品。六のまきはさながら。仁王經の下局。壽命經。だらには。阿彌陀大壽そせう尊勝だらに。ずいぐ隨求だらに。千手だらに。すほう修法は。ならがただらによむさまも。なまめかしうやさし。大ゐとくのもいとおかし。

寺は。つぼさか。いしやま。かさぎ。ほうりん。兩山は。さかほとけの御ぢう處のなににたるがあはれなるなり。こがは粉河。しが。

文は。文選。文集。こそむもおもしろし。集は。万えふ集。古今。物がたりは。すみよし。うつぼのるい。殿づくり。くにうつりはにくし。とほ君。月まつ女。こまのは。くひものまうくるぞにくき。むもれ木。かはほりの宮。ど經は夕暮。だらにはあか月。あそびはよる。人のかほみえぬほどはよし。法華經はふだん。

時は。さる。とり。ね。うし。經のかうしは。かほよきつとまもるほどにこそ。とく事のたうとさもきこゆれ。ほかざまにむきぬればみゝにもいらず。つみのふかさなれば。あからめせじとねんじゐたるにくさげなるもつみうる心地す。このことはとゞむべし。わかき時こそかやうのつみふかき事もよかりしか。おいてはいとおそろし。

冬のあふぎは。あか色のそめはぎ。かうぞめ。またしろきにつくりゑもよし。つらぬきざまはむかし。かはほりは。ほゝの木にむらさきのかみ。

かりぎぬは。うすかう。とくさ。うす色もよし。

さしぬきは。むらさき。

したがさねは。冬はかいねり。さくら。夏は二あゐ。すはうもよし。

そくたいは。四位五位は冬。六位は夏。しらがさねなどもよし。すべておとこは。うちぎはなに色もきたれ。きぬはしろきはよし。くれなゐのもきたれど。なをしろきはまさる。女のうはぎは。うす色。

ひとへは。こき。あやのもんは。あふひ。あられぢ。

おり物は。むらさき。しろき。もえぎにかえでのおり枝をりたるもよし。

から衣は。冬はあか色。夏は二あゐ。秋はかれ色。

もは。おほうみ。

かざみは。つゝじ。さくら。

うすやうは。しろき。むらさき。あかき。かりやすぞめのあをきもよし。

すゞりのはこは。かさねず。まきゑにとりをもんにしたるよし。

ふでは。ふゆげみめもよし。

すみは。まろなる。

くしのはこは。ばんゑ蠻繪よし。

かゞみは。四寸五分。夏のしつらひは。よる。冬のしつらひは。ひる。からくさ。

火おけは。あかいろ。あをいろ。しろきにつくりゑもよし。

たゝみは。かうらいはし。又きなるぢのはしもよし。

びらうげ檳榔毛は。のどやかにやりたる。あじろははしらせたる。さきうちおいても。人のいへのかどのまへよりなど。ふとみやるほどもなくすぎて。ともの人のはしるばかりぞみゆる。たれなりつらんとおもふこそおかしけれ。

したすだれは。むらさきのすそご。つぎにはすはうもよし。

むまは。いとくろきがかたのわたりたゞすこし白き。むらさきのもんつきたるあしげ。うすこうばいのいろにて。おがみなどはいとしろきは。げにゆふかみともいひつべしかし。又ひたひくろきが。あし四しろきもおかし。

うしは。いとくろきが。はらのした。あしのさき。おのすそなどしろき。

ねこは。うへのかぎりくろくて。はらの下は。しろきもよし。

ちごとわかき人とは。こゑたるよし。

ざうしきずい身は。やせほそきよき。人もおとこはわかきほどはやせなるこそよけれ。いたうこゑたるは。ねぶたかるらんと見えて。おとなびてずらう受領などになりなむおりは。こえふとりたらむよし。

こどねりわらはは。ちいさくてかみうるはしく。すそさはらかにいろなるが。こゑらうしき物から。わかやかにて。うちかしこまりて。ものなどいひたるこそおかしけれ。

うしかひは。かみあらゝかに。かほあからかにておほきなる。

ほうしは。ことすくななるおとこだに。あまりつきしきはにくし。されどそれはさてもやあらむ。

女は。おほどかなる。したの心はともかくもあれ。うはべはこめかしきは。まづらうたげにこそみゆれ。いみじきそら事を人にいひつけられなどしたれども。みちしくあらがひわきまへなどはせで。たゞうちなきてゐたれば。みる人もおのづから心ぐるしうて。ことはりつかし。

女のあそびは。ふるめかしけれども。らんご亂碁。けふせき。すぐろく雙六はしらき。へんつくもよし。

おとこのあそびは。こゆみ。さまあしきやうなれども。まりもみどころあり。ゐんふたぎ。すぐろくはてうばみ。

まひは。たいへいらく。たちぞうたてあれど。いとおかし。らくそんふたりしてまふは。まさりておもしろし。こんろんばとう拔頭は。かみふりかけたるほどは心にくきに。あふぎたるまみいとうとまし。されどがくのおもしろき也。わうざう皇麞。すさまじけれどもあはれなり。又もとめこ。するがまひ。いみじうおもしろし。こまうたもおかし。

ひきものは。びは。さうのこと。しらべは。ふかう風香でう調。わうじきてう。れう王のはきう。とりのはきう。そかうのはきう。はるのうぐひすのさえづりといふがくも。いとおもしろし。さうふれん。

ふきものは。よこぶえいとおかし。とをくよりきこえたるも。ちかくなりもてゆくもいとおかし。ちかかりつるが。いととをくなりゆきて。はるかにきこゑたるもすべておかし。くるまにてもむまにても。すべてふところにさしいれたるもなにとも見えず。さばかりおかしきものはなし。ましてきゝしりたるてうしなどは。いとめでたし。あか月などにいづる人のわすれたりけるが。まくらのもとなどにありけるを見つけたるも。いみじうこそおかしけれ。人のとりにをこせたるををしつつみてやるも。たてぶみのやうにみえて。いとつきし。

さうのふえは。とをき月のあかきに。くるまなどにてふきたるはおかしけれど。ところせくもてあつかひにくげにぞみえたる。さてふくかほやいかにぞや。それはよこぶえもふきなしにありかし。

ひちりきは。いとかしがましう。秋のむしといはゞ。くつはむしなどの心地して。うたてけぢかくきかまほしからず。ましてわろくふきたるはいとにくきに。りんじのまつりの日まだごぜにはいではてゞ。もののうしろにて。よこぶえをいみじう吹たてるを。あなおもしろときゝたまふほどに。なからばかりよりうちつけて。吹のぼらせたるほどこそ。たゞいみじううるはしき。かみもたらむ人もたちあがりぬべき心地すれ。やうことふえしらべあはせてあゆみいでたるほど。せむかたなくおもしろし。

日はいり日。月はありあけ。雲はむらさき。風吹日のあま雲。日いりはてたる山ぎはのまだなごりとまれるに。うすばみたる雲のほそくたなびきたるいとあはれなり。いまあけはなるゝほど。くろき雲のやうきえて。しろくなりゆくおかし。あしたにさるいろとかや。ふみにもつくりためる。

ゆきは。ひはだや。しぐれあられはいたや。冬はゆきあられがちにこほりし。かせはげしくて。いみじうさむきよし。

夏は日いたうてり。あふぎなどもかたときもうちをかず。たへがたうあつきぞよき。なのめなるはわろし。

つかさは。左右大將。權大納言。權中納言。宰相中將。三位中將。春宮大夫。中宮のもあしからず。じゝうの中納言。殿上人は。權中將。四位の侍從。弁少將。くら人の弁。四位少將。

ずらう受領は。いよのかみ。きのかみ。いづみのかみ。やまとのかみ。權守は。しもづけ。かひ。ゑちご。あは。

やどりづかさならで。たゞかうぶりえたるは。式部大夫。左衞門大夫ぞよきかし。

やまひは。むね。あしのけ。さては。其こととなく物くはでなやみたる。

女の宮づかへ所は。きさいの宮。一品宮。齋院宮。つみふかけれどおかし。ましてこのごろのはめでたし。

みものは。行幸さらなり。春のも冬のもりんじのまつりいとなまめかしうおかし。まつりのかへさ。あをむまは。おほうはうちにてみるは。いとせばきへいのうちなれば。とねりどものかほのきぬきもあらはれて。しろきもののりつかぬ所は。くろきにはにゆきのむらぎえたる心地してみぐるし。むまのあまりちかくて。あがりさはぐもいとおそろしぐて。よくもみずひきいられぬかし。

正月一日。三月三日。うらゝかにてりたる。五月五日は。やがて日一日くもりくらしたる。七月七日は。つとめてひるまではくもりて。夕がたよりはれて。やうそらに雲なくなりもてゆきて。くれはつれば月いとあかく。ましてよふくるまゝに。ほしのすがたあらはにみえたるこそおかしけれ。九月九日は。あか月がたより雨すこしふりて。菊の露もこちたくおほひたるわたなど。いたうぬれたるぞ。うつしのかまさりておかしき。つとめてはやみたれど。そらはなをくもりて。やゝもせば。ふりおちぬべくみえたる。いとおかし。

めでたきもの。后宮はじめ。又やがて御うぶやのありさま行けいのおりなど御こしよせて名たいめんなどしたるほどいとめでたし。そのころ一の人の御かすがまうで。さらぬ御ありきもめでたし。今上一宮などやうにやむごとなきみこたちのまだわらはにおはしますをいだきあつかひたてまつる。御おほぢ祖父はさらなり。おぢなどにても。見たてまつりたまへる氣色こそよにめでたけれ。御むまひかせて御らんじ。殿上人くら人などめしつかひあそばせ給ふほどなど。よそ人もみたてまつるは。げにこそまづえましけれ。した地のらでんのはこ。からくみ。よくそめたるむらごのいとひきときてみたる心地。からにしき。かざりだち。六位くら人。いみじき君だちといへど。えしもき給はぬあやをり物を心にまかせてきるよりはじめて。御かどにちかくなれつかうまつるさまなどのいとめでたき也。御ふみかゝぜ給へば。御すゞりのすみする。夏は御うちはまいる。それのみならずいとめざましきまで。みゆることどもこそおほかれ。又ぢきやう持經者いとあはれにめでたし。さるべき所の御ど經にさぶらひても。又こゝかしこのてらにこもりなどしてきくにも。をのづからくらきおりにゐあひたるにみな人はえよまで聲やみたる。ゆるととゞこほる所もなくよみいだしたるは。まことにめでたくこそおぼゆれ。又身のざえあるおとこ。めでたしといふもおろか也。かほもにくげに。ことなる事なき下らうなれども。やむごとなきさもあるべきことなどとはせたまひなどするおりはちかづきまいりぬかし。まして御ふみの師にてさぶらふはかせなどは。かぎりなくうら山しくめでたくこそおぼゆれ。じよへう序表ちよくたうなどつくりいだしてほめらるゝいとめでたし。ほうしのざえあるもさらなり。すべていふべきにもあらずめでたし。ひろきにはにゆきのおほうふりたる。ようをりたるゑびぞめのをり物。すべてはなもいともかみもむらさきなるめでたし。そのなかにはかいつばたぞすこしにくき。されどそれもいろはめでたし。

なまめかしき物。ほそやかにかたちよききんだちのなをしすがた。おかしげなるわらはのわざとことしき。うへのはかまなどはきてほころびがちなるかざみぱかりきて。うづち卯槌くすだま藥玉などうちつけて。あふぎさしかくしなどして。かうらんそりはしなどあるきたる。いとなまめかし。うすやう。いまもえいでたるやなぎの枝に。あをきうすやうにかきたるふみつけたる。みへがさねのあふぎ。いつへになりぬればあまりあつくてもとなどにくげなり。よくさきたるふぢの松にかゝれる。おかしげなる人の夏の木丁のうらうちかけて。そひふしたるすきかげ。こききぬのつやゝかなるなどきて。すゞりひきよせて。手ならひなどしたる。かたちよきをみ小忌の君だちの日かげのくみかほなどにかゝりたるかたのほど。りんじのまつりのまひ人のはむびのを。かざしの花にゆきのすこしふりかゝりたる。ゑふ衞府のくら人のあを色のとのゐすがた。ひげこ髭籠おかしうしたる。ひわりこ。のりゆみ。いとあたらしうふりもせぬひはだやに。さうぶ菖蒲のいとながきふきわたしたる。あをやかなるみすの下よりくち木がたの木丁のわかやかにていでたるに。ひものかぜに吹なびかされたる。つねの事なれどおかし。さやうなるすのまへ。かうらんなどに。おかしげなるねこのあかきくびづなに。しろきふたつにてむらごのつな。いとながうひきてありくこそいとなまめかしうみゆれ。さつきのせちのあやめのくら人。さうぶのかづら。あかひものいろにはあらぬくたい裾帶ひれなどしてたちなみきたまへるに。くすだまたてまつる。いみじうなまめかし。とりてこしにひきつけつゝ。ぶたう舞踏したまふも。いよなまめかし。灌佛のわらはのかたちよき。ほそだちにひらをつけたる。ふさながきふぢにつけたるふみもなまめかし。五せちのわらはべも。めもあやなる物。もくゑのさうのことのかざりたる。七ほうのたう。もくざうの佛のちいさき。

うつくしき物。うりにかきたるちごのかほ。すゞめの子のねずなきするにおどりくる。二ばかりのちごのいそぎてはひくるみちに。いとちいさきちりなどのありけるをみつけて。いとおかしげなるをよびにとらへて。おとなに見せてゑみたるいとおいし。うつくし。又あまそりなるほどのめに。かみのいるをかきはやらで。うちかたぶき物などみたるもうつくし。又はかまなどきたるが。たすきがけにゆいたる。こしのかみのしろくすきてありくもうつくし。おほきにはあらぬ殿上わらはのさうぞきてありくもうつくし。おかしげなるちごをあからさまにいだきてあそばしなどするほどに。かいつきてねぬるいとらうたし。ひゝなのてうど。八九十などのおのこゞのこゑはおさなげにてふみよみたる。いとうつくし。

ねたきもの。人のもとにこれよりやるも。又返事にてもふみかきてやるに。つかひのいぬるのちに。歌のもじを一二にても。さこそいふべかりけれなど思ひなをしたる。とみの物ぬふに。かしこくぬいはてつと思ひて。はりひきいだすほどに。いとのしりをかためざりければ。やがてぬけぬる。ひがぬひ僻縫したるもいとねたし。又ゐたる所の庭にせんざいなどうへてみるを。ながびつ長櫃うちもたせて。すきなどひきさげたる物ら。たゞいりにいりきて。せいするをもきゝいれず。ほりていぬるこそわびしくねたけれ。よろしきおとこなどのあるおりはさもせぬ物を。女どちはいみじういへど。たゞすこしばかりなどいひて。いぬるのちはいとかひなし。ずらふ受領などの家にさるべき所のしもべなどいふもののきて。なめげにあさましげなる事どもいひて。さりともわれをばいかゞせむと思へる氣色。いとねたげなり。又しのびたる人のふみもひきそばみてみるほどに。うしろより人のにはかにひきとられたる心ちいとわびし。庭にはしりなどしぬるををひていけど。我はのもとにとまりぬれば。したりがほにひきあけてみたてるをうちにてみるこそいかにせむと。ねたくとひいでぬべき心地すれ。又人のがりやるふみをとりたがへて。みすまじき人に見せたるつかひ。いとねたし。かゝるわざしたりなどいふをげにいとおしうあやまちけりなどはいはで。くちこはくうちいらへておるは。人めをだに思はずばはしりもうちつべし。ものへゆくみちに。きよげなるおとこ車のあひたるなどをたそとみむなど思ふほどに。ふとすだれおろしてゆきちがひぬるこそねたけれ。はつせにまうでてつぼねにゐたりしに。あやしきげすどものうしろをさしまかせつゝゐなみたりしこそいとねたかりしか。いみじき心を思ひおこしてまうでつきたるに川のおとなひのおそろしく。日くれはしをのぼる程などのおぼろげならずこうじて。いつしか佛のおまへをとくみたてまつらむと思ふに。しろき衣きたるほうしのみのむしのやうなる物どもなどあつまりて。たちゐぬかづきなどしてつゆばかりところもをかぬけしきなるは。まことにねたくてをしたふしもしつべき心地せしが。いづくもそれはさぞあるかし。やむごとなき人のまうでこもらせ給へる御つぼねのまへばかりをこそはらひなどもすれ。よろしき人のは。せいしわづらひぬべし。さはしりながら。なをさしあたりてさるおりは。いとねたきなり。

かたはらいたき物。よくねもひきとゞめぬことをよくもしらべて。心のかぎりかきたてたる。まらうどのきて物などいふほどに。わが人にまれ。人のひとにまれ。うちとけたる事いひ。こはだかになどあるをえせいせでききゐたる心地。いとかたはらいたし。又いみじううちとけてねたる人のけはひのちかきも。わりなくかたはらいたし。思ふ人のゑひてさかしらがり。おなじ事いたうしたう。又きゝゐたるをしらで。人のうへいひたる。それはなにばかりの人のうへならず。つかふ人なれど。なをかたはらいたし。たびだちたる所などにて。げすどものおのがどちざれたはぶるゝを見る心地。にくげなるちごをおのが心地のかなしきまゝにうつくしみて。これがわれがまへにいひける事どもをかたりなどしたる。ざえある人のまへにて。なまじりの人の物おぼえごゑに人のなくといひたる。ことによしとおぼえぬわが歌を人にかたりて。人のほめし事などいふもかたはらいたし。わざとむことりたるに。すまぬむこのえさりがたき所にて。さしあひたるしうとの心ち。

あやなき物。さしぐしすりはててみがくほどにおりたる心地。のりたるくるまのうちかへしたる。さるおほのかなるものは。所せくやあらむと思ひしに。たゞゆめの心地して。あさましうあへなかりき。のりゆみにいみじうねんずる人のわなゝきて。ひさしうゆるしたるやのはづれたる。人のためにはぢとあるべきことをあしき事とも思はず。つゝみもなくうちいひたる人。かならずきなむと思人をまつとて。夜ひとよおきあかして。あか月がたにいさゝかうちわすれてねいりたるに。からすのいとちかうなく聲にうちおどろきてみあげたればひるになりにける。いみじうあへなし。うつに。しにたるいしをざうず上手めきておきたるほどに。あやまちて人のはいき。わがはしにてみなひろはれたる心地。無下にしらずみぬ事をさしむかひて。あらがはすべうもあらずいひたる。物うちこぼしたるもいとあさまし。てうばみ調食うつに。上手めきててはたてたるが。かけられて。そのほどにてうどもうちしきりて。やがてみなかけとられぬる。

くちおしき物。五せち佛名などにゆきはふらで雨のかきたれてふりくらしたる。さるべきせちゑなどの御物いみにあたりたる。いと見かはしていつしかとまつことのにはかにさはりいできてとまりぬる。まめごとにまれ。あそび事にまれ。みすべきことありて。よびにやりたる人のこぬ。いとくちおし。宮づかへ所などよりおなじやうなる人々ぐして。物まうでにまれ。さらでもさうぞくこのましうして。のりこぼれてものへゆくに。さるべき人の馬にてもくるまにても。ゆきあひてみえずなりぬる。くちおし。わびてはげすなどもすきしき心ありて。人などにもうちかたりなどしつべからんをがなと。おとこも女もほうしもなど思も。けしからぬ心なるべし。

ゆくすゑはるかなる物。はひのをひねりはじむる。みちのくへゆく人のあふさかのせきこゆるほど。むまれたるちごの七日ばかりになるほど。大はんにやのど經のひとりしてはじめたる。千日のさうじ精進はじむる。

いひにくき物。人のせうそこのながき。ましてよき人のおほせごとなどのおほかるを。はしよりおくまで。ついでのまゝにはいといひにくし。又返事まうす。はたいますこしいひにくし。はづかしき人のもとよりものおこせたる返事。おとなになりたる子の思はずなる事きくも。まへにてはいひにくし。

いやしげなる物。式部のぜうの尺。くろきかみのすぢあしき。くろぬりのだい。むしろばりのくるまのおそひ。しげううちたる。ぬの屛風のあたらしき。ふりくろみたるは。なかなにともみえずなどして。いろどりゑがきたるが。さみゆるなり。やりど。づし。いよす伊與簾のすぢふとき。ゐなかこぼうしのふとりたる。まことのいづも出雲むしろのたたみ。ゆげい靱負のすけのかりぎぬすがた。

むねつぶるゝ物。くらべむまみる。もとゆいよる。おやにまれ。こにまれ。おほかたわが大事におもふ人の心地あしなどいひて。れいならぬ氣色なる。まして世のなかさはがしなどきこゆるおりは。よろづおぼえず。思ふ人のさすがあらはれてはあらぬが。あらむともしらぬに。こと人々にまじりてものいふ聲きゝつけたる。又さらねどおほかたにて。人のその人の事などいひでたるにも。まづこそつぶるれ。いみじくにくき人のあるをふとみつけたるにもつぶるかし。とにもかくにも。あやしうつぶれがちなるものは。むねこそあれ。まづはじめてきたる人のつとめてのふみのおそきは。ひとのうへにてもつぶる。思ふ人などのふみは。さしいでたるをみるにも。なをつぶるゝこそあやしけれ。きよらにと思ふもの。はりておもしおほくをきたる。とをきゐ中に思ふ人おきたるおりに。そらごとにてもゆゝしき事きゝたる。

人ばへする物。しはぶき。はづかしき人にものいはむとするに。まづさきにたつこそあやしけれ。さとびたる人の子のさすがにおごりたる。四五なるゆかしかりける物を。あれにみせよや。はゝなどひきゆるがすを。おとなどちものいふとて。ふときゝいれねば。おそばへて身づからひきいでて見るこそにくけれ。それをまなともけいせず。とりもかくさで。さなせそそこなふなとばかりうちゑみていふおやもにくし。われはたはしたなくも。いはでみるこそわびしけれ。

おそろしきもの。あをぶち。たちのほら。はたはたくろち。つちくれ。いかづちはなのみならず。いみじうおそろし。はやち暴風。ふさうぐも。ほこぼし桙星。うしはざめ。らうそく。をさいかりなのみならず。みるもおそろし。ひちかさあめ。くちなはいちご。おにところ。いきすだま。からたちのむばら。なはしろあらだ。人だま。くまだか。おほかみ。うしおに。つのむし。はたほこ。ほこ。たち。さるまろ。みるはことなる事なきものの。もじにかきてことしきは。いちご。露くさ。水ふうき。こもくろめ。やまもゝ。いたどりはましてとらのつゑとなむかきたるとか。つゑぶくともありぬべきかほつきぞかし。こくは。くるみ。あふしち。

むづかしげなる物。ぬいもののうら。ねずみのこのまだけおひぬ。もゝほとき。うらまだつけぬかはぎぬのぬいめ。ねこのみゝのうち。ことにきよげならぬ所のくらきに。ことなる事なき人のちいさき子どもあまたもたりて。あつかひゐたる心ざし。いとふかくもあらぬめなどのこ。心地あしがりて。ひさしうなやみたるも。おとこの心地むづかしかるべし。ゑせもののところゆるおり。正月のおほね。おなじ三日のくすりこ。大がくののあゆみ。行幸のおりのひめまちぎみ。六月十二月のつごものよおり節折の命婦。きのみど經のおりのずいぎし。あかげさきてそうのなよみあげなどしたる氣色。いときらしかめり。七月のすまひ人。みやのへのいをども。かたさけみさるのこすりこ。御讀經佛名などのおりの御さうわくしのたきぐち。かすがのまつりにたつ所のとねり。うづゑのほうし。たいぎやうのおりのしさう。雨ふる日。行幸のいちめがさ。五せち御前の心みの夜の御くしあげ。せちゑの御まかなひのうねべ。わたりするおりのかとり。

くるしげなる物。二ところかよひするおとこ。こなたかなたふすべられて。いづかたにも心とゞむと思ひまどひたる氣色。いとくるしげなり。夜なきするちごのめのと。こはきもののけにあづかりたるげんざ驗者。げんだにまことにはやくはよかるべきに。さしもあらぬを。人わらはれならじとて。念じいりてかぢしたる。いとくるしげなり。わりなく物うたがひするおとこに思はるゝおんな。心いられしたる人。ひとの所のさるべき人にて。時にあひたる人も。やすらかにはあらざめりかし。それはくるしきにつきてもよし。

うらやましき物。經ならふとていみじうたどたどしくわすれがちにて。返々おなじ事のみよまるゝに。ほうしはことはり。おとこも女もくるとやすらかによみたる人こそあれ。かやうにいかならむおりあらむとすらむと。わびしううらやましうおぼゆれ。心地などあしうわづらふことありて。ふしたるおりに。思ふことなげにて。うちわらひなどして。心ちよげなる人。いとうらやまし。いなりまうでするおりに。なかのみやしろのほど。たえがたくくるしきを思ひをこしてやうのぼるに。こよなうおくれてくる人のいさゝかことども思ひたえて。するとさしあゆみつゝ。たゞさきだちにさきだちぬる。つねはさしもめでたかるまじき事なれど。そのおりにあたりては。あなうらやましとおぼゆ。六月のむまの日あか月にといそぎしかど。さがのなからばかりあゆみしかば。三ときばかりにきやうあつくなるまゝに。まことにわびしくなごやからで。よき人もあらむものを。なにしにまうでつらむとなみだもおつるまでおぼゆれば。しばしはやすむとてゐたるに。とし四十よばかりなる女のつぼさうぞくにはあらで。たゞひきはゞみたるが。なゝたびまうでし侍なり。三たびはまうでぬ。いまよたびはことにも侍らず。ひつじの時にま。ゑこう回向し侍ぬべしとしりたる人にや。みちにあひたる人に。うちいひかけてくだりゆきしが。うしろみやりしが。たゞいまあれが身にならばやと。まことにうくおぼえしなり。おとこにても女にてもほうしにてもよきこもたる人は。いみじううらやまし。かみいみじうながうきよらなる人も。うたもその人こそさりともと人にしられて。さるべき事のおりにも。まづとりいでらるゝ人。いとうらやまし。よさ所にさぶらふ人おほかるなかにも。さるべきこゝろはづかしき所などにつかはすべきおほせがきなど。おまへにあまたさぶらふを。さしおきてしもなるをめして。御すゞりとりおろし。かみなどたまはせて。かゝせさせ給ふなどは。うらやましかりぬべきことぞかし。さやうの事は。その所のおとななどになりぬれば。いとしもすぐれねど。をのづからことにしたがひてかく物なり。されどこれはさやうにはあらず。うときかむだちめなどのさうさせ給ふ事あるなり。ことしは心にくき人のむすめのはじめてまいらんなど。まう歟すがりつかはすがことなり。たれもいととりのあとのやうにしもやはある。されどとりわかせ給はなをことなるにこそはと見ゆれば。あつまりてたはぶれにもねたがりいひうらやむなり。うち。春宮の御めのと。うへの女ばうなどのいづくにもないけゆるされて。うちかよひまいりたるもうらやましかし。寺つくりいでて三まいなどして。よひあかつきにごわう大じといのらるゝ人。かぎりなくうらやまし。又まことにこの世はなれたりとみゆるひじり。いとうらやまし。いとさばかりのきはにはあらねど。すぐろくうつおり。かたきのさいきゝたるこそうらやましけれ。下らふのなかには。女はとのもづかさ。おとこはずい身ぞあやしう。さてもありなむかしとうらやましうおぼゆれ。

とくゆかしき物。むらごくゝりぞめ。まきぞめなどそめはてたる。人のこうみたるおのこゞ女ご。よきひとのはさらにもいはず。たゞことなる事なきげすなどのさへこそゆかしくて。なにぞとはとはるれ。ぢもく除目のつとめて。しる人のなるべきあるおりはさらなり。さらぬおりもまづきかまほしうて。たづねらるかし。ゑりぐさをきてそゝぐも。

そめはぎ。かいねりうたせたるをもてきたる。おもふ人のふみ。

心もとなき物。我はかくれゐて。しられじと思ふ人のきたるに。まへなる人にをしへてものいはせて。きゝゐたる心ち。とみの物。人のもとにぬいにやりてまつほどの心ち。

ものみにいそぎ出たるに。いまやとひさしくゐいりて。そなたをまもらへたる心ち。又まだしからむとたゆみてをそくいでたるに。ことなりにけりととくたちにけるくるまどものはざまよりあかぎぬきたるもの。しろきしもとさゝげたるをみつけて。いそぎてやりよするほどわびしう。をりてもいぬべき心地す。子うむべき人のほどすぐるまでさる氣色なき。とをきほどより思ふ人のふみをくらきほどにもてきたる。火ともすほどまつこそわりなく心もとなけれ。かたくふじたるそくいなどあくるほども。いと心もとなし。いつしかなど思ふちごの。いか五十日もゝか百日などになりたるほどのゆくすゑいと心もとなし。とみの物ぬふに。なまくらふてはりにいとつくる。されどわれはさる物にて。ぬふべき所をとらへて人につけさするに。それもいそげばにやあらん。とみにもみつけぬを。いでさはとゝへど。さすがになどてかと思ふほどに。みさせぬはにくささへそひたり。なに事にてまれいそぎてものへゆくべきに。まづさるべき所へ。いつとてたゞいまをこせんとて。人のいぬるくるまをまつほどこそいとこゝろもとなけれ。おほぢいきけるを。それななりとよろこびたれば。ほかざまへいぬる。いとくちおし。まして物見にいでむとするに。ことはなりぬらんなどいふこそいとわびしけれ。子うみたるにのちの物のひさしき。又物みてらまうでなどに。もろともにあるべき人のせんにゆきてくるまをさしよせたるに。とみにものらで。しばしなどいひてまたするも。いと心もとなぐ。うちすてゝもいぬべき心ちす。又とみにていりずみおこすも心もとなし。人の歌のかへしすべきが。とみによみいでられぬほど。いと心もとなし。けさう人などは。いとさしもいそぐまじけれど。をのづから又さるべきおりもあり。まして女どちもうちいひかはす事は。ときこそよけれ。心ちあしうてもののおそろしきおりなどに夜のあくるまつ。いと心もとなし。にわかにわづらふ人のあるにげんざもとめにやりてまつほど。へんつくかた人にて。持にもありもしはかちもしぬべきに。へんの一あるを心よせの人にめくばせてえさすれど。とみにみつけぬほどこそわすれてをよびもさしいでて。をしへつべくおぼゆれ。ふたあゐのあふぎそで。

さだまりてにくき物。めのとのおとこ。

むかしおぼえてふようなるもの。ふぢのかゝりたる松のかれたる。もかう帽額のすのへりなき。くち木がたの木丁のきばみたる。からあやのびやう風のおもてそこなはれたる。ゑ師のめくらくなりたる。ちすりのもの。はなかへりたる。七尺のかつらのあかみたる。えびぞめのおりものゝはひかへりたる。いろごのみのおいくづをれたる。おもしろき家のやけて。木だちうせたる。いけなどはあれど。うき草みぐさしげければ。そのものともみえずかし。

とをくてちかき物。ごくらく。くらまのつゞらおり。しはすのつごもりと。正月一日と。宮のべのまつり。

ちかくてとをき物。思はぬはらからのなか。めおとこもさぞある。舟のみち。

たのもしき物。心地わづらふにすはうはじめたる。やむ事なきくざく經のほう。たのもしげなき物。六位のかしら白き。風はやき日。ほかけてはしらする舟。心みじかう人わすれがちなりときく人を。むこにとりたるが夜がれがちなる。そらごとする人のさすがに人のことなしがほにて。たしうけたる。としいたうおいたる人の心地あしうしてひさしうなりぬる。一ばんにかちぬるすぐろく。

こゝろにくき物。物へだてゝきくに。女房のとはおぼえぬてのおと。しのびやかにきこへたるに。こたへてうちそよめきたる。人のまいるけはひする。又ものまいりなどするに。はし。かひなどのとりまぜられてなりたる。心にくし。ひさげのえのたふれふすおとも。耳こそとまれ。よき人の家の中門にびらうげ檳榔毛の車のしろくきよげなるに。すはうの下すだれのにほひよきほどにて。あざやかなるかけて。しぢにうちおきてたてるこそ。ものへゆくみちにかどのまへわたりてみいれたるに。いみじう心にくけれ。四位五位などしたがさねのしりはさみて。尺のいとしろき。かたはらにうちおきて。とかくうちさまよふも。又ずい身のさうぞくきよらかなるが。つぼやなぐひなどもちて。いでいりなどしたる。いとつきし。女のきよげなるがさしいでて。なにがしどのゝ人やさぶらふといふ。おかしくおくゆかしきに。とくゆきすぎぬるこそくちおしけれ。又さればみたる家のかどに。むかひたるたてじとみひきやりて。たゞいまくるまのいでける氣色しるくて。ひろびさしつまどぐちなどに。四尺の木丁のかたびらのあざやかなるなど。こなたかなたにうるはしからずついたてなどしたるも。いかなる人のすみかにかなどこそおかしう見いれられしか。又さしぬきの色こまやかにて。かいねり山ぶきなど。いろにぬぎかけこぼしたる人のしろきあふぎのつらぬかぬをてまさぐりにして。つまどのまへにわらうだ圓座うちおきてゐたるをみいるゝも心にくし。又七八。それよりちいさきなども。ちごどものはしりあそぶなどが。ちいさきゆみしもとこぐるまなどやうなる物さげあそびたる。いとうつくしう。くるまとゞめてもいだきいれまほし。たき物のかのかゞれたるもいと心にくし。又しつらひよくしたる所のなに事にかあらむずることあるかたに。君はおはしませば。こなたには人もなくて。まだ御かうしなどもまいらぬに。ながすびつに火をいとおほくおこしたれば。その光のいとあかきに。もやのみすのもかう。御丁のかたびらひもなどのいとつやゝかに。そばよりみいれられたるこそめでたく心にくけれ。またしうもおはしまし。人々もさぶらふに。うちの人內侍のすけなどのはづかしげなるがまいりたるとき。御まへちかくて御ものがたりなどある程。御となぶらも物のかくれにとりやりなどしたれど。すびつひおけの火ばかりには。ものゝあやめもいとよろしうみゆれ。心にくきいままいりのしそくさせて御らんずるきはにはあらぬが。まいりたるもさやうにぞあるべき。よふけて人のこゑもせず。みなおほとのごもりたる氣色なるに。とのかたに殿上人としづやかに物がたりしつゝゐたるに。いとおくふかうはあらず。ごいしけにいしのいるをとのしたるこそ心にくけれ。火とりのはしかひのなりたるをともおかし。又いとようなるびはをつとをさへて。ねもいださぬ物から。つまびきに心とゞめてひきたるを物へだてゝきゝたるも。まだねざりけると思ふにいとこゝろにくし。あざやかなるかいねりにかみのおもやかにふりやられたるをと。よひにまいりたるそうをあらはなるまじうとてつぼねすへて。冬は火おけなどとらせたるに。聲もせねば。いぎたなうねたるなめりと思ひて。これかれ物いひ人のうへほめそしりもしたるに。ずゝ數珠のすがりの心にもにあらず。ころもの袖けうそく脇息などにあたりてなりたるこそ心にくけれ。よくてうじたるひをけに。はひのきはきよげにみえて。火おこしたれば。うちにかきたる梅のおり枝などのけざやかにみえたるこそおかしけれ。火ばしのいときはやかにきらめきて。すぢかひてたちたるもおかし。おほかた火はともさで木丁をしやりて。ひるはさしもむかはぬ人なれど。うちのかたにそひふしたるうしろつきなどのよさあしさはしらず心にくし。夏すのこに火ともしたるうちこそ心にくけれ。木丁のひとへうちかけて人のふしたるをさしのぞきてみたるいと心にくし。

きたなき物。殿上のがうし合子。なめくぢ。みゝず。

ふと心おとりしてわろくおぼゆる物。こと葉わろくこはづかひあやしき人のいやしきこともさとはしりながら。ことさらにいひたるはとみゆるは。されどさしもあらす。わがもといひつけたりけることばをなだらかにふとつゝみもなくうちいでたるは。あさましきわざなり。又さしもあるまじくおいたる人のわざとつくろひ。ことさらびたるもにくし。まさなくあやしき事をとしなどおとななる人は。まのもなくいひたるを。わかきひとはいみじうかたはらいたきことにきえいり思ひたるこそさるべき事なれ。

ないがしろなる物。女官のかみあげすがた。かはのひじりの物いひ。

夜まさりする物。こきかいねり。むしりたるわた。ひたひはれてかみうるはしき人。かたちわろき人のけはひよき。きむの聲。

ほかげ火影おとりする物。ふぢの花。むらさきのをり物。すべてその色の物はさぞある。くれなゐのは。月夜こそわろき。

さはがしき物。いたやのうへにとぎさば散飯うちあげたる。なまけしからぬ人のゑひたる。あま夜の夢。つじかぜ。せんざいやくとて火つけたるに風の吹たる。ろうさうはりてはなつほど。さがなきむまのはなれたる。思ひかけぬほどにいづくよりにかあらむさるのはなれていりきたる。いと心あはたゞし。

心ゆるいなき物。うむべきほどちかくなりて。うちわたりなどのつぼねにある人。おいたるおやのあつしきもたる人。あはたゞしうはふほどのちごもたる人。いろごのみなるおとこもたる人。ものゝけつきそめぬる人。舟のみち。

つれなる物。所さりたる物いみ。ぢもく除目のあしたにつかさえぬ人の家。むまおりぬすぐろく。

物のあはれしりがほなる物。はなたりしたるおり。かつはなかみつゝ物いふけはひ。わさび山葵くふ。まゆぬくも。たゆまるゝ物。さうじんの日のおこなひ。日とをきいそぎ。てらにひさしうこもりたる。

人にあなづらるゝ物。人の家の北おもて。よろしとてかどあけそめぬる物いみ。あまり心よしと人にしられぬる人。ついひぢのくづれ。心あはしきをんな。ようしといふかみ。

すさまじき[舊本以下下卷]物。はるのあじろ。ひるほゆるいぬ。四月ばかりのこうばいのきぬ。九月のしらがさね。火おこさぬすびつひをけ。わざとむかへたるにちあへぬめのと。うししにたるうしかひ。ちごなくなりぬるうぶや。はかせ博士の家の女ご。ましてうちしきりてむまれたる。はたいふべきにもあらずかし。かたたがへ。物いみなどしにゆきたる所のあるじなき。ゐなかぶみの物なき。京のをもさや思ふらん。されどそれはおぼつかなくゆかしき事。そのころ世にあることなどをかきあつめたるをみて。なぐさむらんかし。又人のもとにたて文にまれ。むすび文にまれ。わざときよげにと思ひて。したてゝやりたるふみを返事もてくるめりと思ひて見るに。ありつるおなじふみのうへに。ひきわたしつるすみもきゆるまで。いみじうきたなげにとりふくめて。おはしまさゞりけりとも。もしはかたき御物いみにてなんなどいひてもてきたる。すさまじさこそかぎりなけれ。又かならずくべき人と思ひて。むかへにくるまやりていつしかとまつに。いりくるをとすれば。さななりと思ひてみれば。くるまやどり車宿ざまにやりいれて。ながえほうとうちおくを。いかなりつるぞととへば。ほかへおはしましにけりとも。又けふはさはる事ありてといひて。うしのかぎりひきいでていぬるこそあさましうすさまじけれ。ましてちごのめのとなど。あからさまとて。いでぬれば。とかくあそばしまぎらはしてまつに。こよひはえまいらじなどいひたる。すさまじきのみならず。心地もいとむづかし。又おやなどゐたる家の內の大事にかぎりなくいそぎたてゝ。むことりたるむこのいくばくのほどへづこずなりぬるこそすさまじともよのつねなれ。なまねぶたきに。いとおもはしからぬ人のをしおこしつゝ。せめて物いふこそいみじうすさまじけれ。まつ人あるおりに。よすこしふけてかどたゝけば。さにこそあらめとうたがひなく思ひて人いだしたるに。こと人のあらぬなのりうちしてきたるこそすさまじといふなかにも。返々すさまじけれ。げんざのものゝけうつすとて。いみじうしたりがほにとこ獨鈷すゞなどうつるべき人にもたせて。せみごゑいだし二ときばかりかぢしゐたるに。いさゝかさりげもなく。ごほう護法だにつかねば。おほくのだらにをよみこうじて。さらにつかずふようなめり。いとはかなしとやとて。とらせつる物どもとり返して。あいなく我ながやかに。うちあくびあめきて。ひたいよりいたゞきざまに。かしらさぐりあげてたちぬる。いとおしうすさまじげなり。ことしはかならずつかさなるべしときこえて。はやうありし物どもなどのかたゐ中にすみつき。もしはほかにゆきちりたるなどもみなきあつまりて。いでいるくるまにも。ながへのひまなくつかへ。物まうでのともにも。われもとつかうまつりなどしつゝ。をの物くひさけのみ。心地よげにもてなしつゝぢもく除目をまつに。はつるあか月になりぬれば。かどたゝく人やあるとみゝをさゝげたるに。をともせずさきおふこゑしつゝ。かむだちめなどみないでたまひぬなり。とくきゝてつげよとて。うちわたりにやりをきつるざうしき雜色おとこなどのさむさもおぼえざりけるなど。いまぞいとすさまじげなる氣色にて。わなゝきいできたる。あゆみくるけしきしるければ。いかにぞなどもとひもとはれずかし。ほかよりきたる人のさていづくにかならせ給へるなどとふめれば。なにのぜんじ前司にこそはなど。かならずいらふる。さだまりたる事ぞかし。まことにたのみける人は。すさまじとのみにもあらず。いみじうなげかしと思ひたる氣色。いとゞおしげなり。ひるになるまゝに。さぶらひにひまなくゐたりつるものども。やうひとりふたりたちすべりいでつゝいぬめり。えさりがたくてとしごろはゆきはなれぬ二三人ばかりのこりたるも。たかやかにうちなげきつゝ。よりゐたる氣色どもこそあはれにすさまじげなれ。せめて思ひあまりぬるなぐさめにや。來年あくべき國のかずなどをぞをよびうちおりつゝかぞへなどする。あるじもいまいく月を念ぜよ。ことにもあらずなどいひたる。なをいみじうすさまじげなり。よろしうよみたりとおもふ歌を人のがりやりたるに返事なき。けそう懸想ぶみのはいかゞせむ。それだにおりおかしうなどある。返事なきはすさまじ。まして女どちのなからひのわろきだに。くちおしうおぼゆ。またさはがしうときめかしき所に。ふるめかしうさびしきところなる人のをのがつれなるまゝに。ことなる事なき歌よみつゝ。つねにをこするいとすさまじ。又ものゝおりのあふぎをかならずようしてむと思ふ人にいひつけたるに。その日になりてもてきたるが。なでうことなきさまなる。いとわびし。すさまじ。うぶやの所のうぶやしなひ產養。むまのはなむけなどのつかひに物とらせぬはかなき。くすだまうづち卯槌などやうのつかひにだにかならずとらすべし。思ひかけぬことにもえたるをばいとけふある事に思ひたるに。ましてこれはさる事あらむとすらんとかねてより心ときめきしたるに。なきはいみじうすさまじき事なり。むことりをしてこなたかなたのおやなど。いつしかと思ひて。おもふさまなるなからひのとしごろになるまでこうまず。うぶやしなひなどせぬ。いとくちおしうすさまじ。又おとなびたるこおほく。むまごなどあまたになりたる人のおほぢやおやなどのひるねしたるこそすさまじけれ。いとさらで。またわらはなるほどのこどもも。おやどものひるねしたるほどは。いみじうこそよりどころなうすさまじげに思ひためれ。しはすのつごもりのなが雨。ねおきてあむるゆ。はらだたしうさへこそおぼゆれ。

にくき物。いそぐ事あるおりにきて。そこはかとなきながごとするまらうど。あなづらはしきほどならば。けふしかのことなむある。のちになどいひてもやりつべきに。さすがに心はづかしき人なるこそむづかしけれ。すゞりにかみのいりてすられたる。又すみのなかなるいしのきしとすれたるもにくし。ものゝけわづらひたるおりに。よびもてきたるげんざのほかにてこうじたりけるにや。ねぶりをのみしてはかしうかぢせぬ。なでうことなき人の物いひがましうえかちなる。ひおけすびつなどにてのうらうちかへしあぶりて。をしすり。かほをしのべなどしゐたる人。せめてあやしうなりぬる人は。あしのうらをさへかきいでてあぶりおるかし。又人のもとにきてゐむとする所をことにちりもみえねど。まづあふぎしてかきはらひ。ふたとあふぎちらし。とむきかうむきゐもさだまらず。ひろめく人ありかし。さやうのことは。いつかはわかやかなる人。おいたるもはかしききはのひとは。する物かはなど思へど。をのづからさしもあらぬやうもあり。おのこはやがてかりぎぬのしりかいまくりあげてゐるかし。もとより思はしうもあらぬ人のいとゞにくげもしはらだちたる。又身のうへなげきもきゝにくし。ものうらやみなどする人もいとにくし。人のきかせぬ事ゆかしがり。あながちにとひたづねきゝては。又わがもとよりしりえたるやうに。むかふ人ごとにかたり。人のうへをもあつかひなどする人。にくしとはをろか也。物きかむとするおり。かしがましくなくちご。からすのあつまりてざめきたるにくし。しのびてくる人みつけてほゆるいぬ。うちころさまほしうおぼゆ。人しげくわりなきところに。ふせたる人のいびきする。又しのびてくる人のながゑぼうしして。さすがに人にみつけられやせむとまどふほどに。あらくものにつきさへてそよろとならしたる。いみじうにくし。もかう帽額のすゞ。はしのきもようゐなくうちをけば。いとしるくなるかし。つまどやりどなども。あらくはなちあくるはいとうたてあり。さうじ障子もさぞある。すべてなにごとにも。心をくれたりとみる人は。いとにくゝこそおぼゆれ。ねぶたしと思に。のほそごゑになのりて。かほのもとにとびありくだににくきに。さる身のほどにかぜさへありて。あたりたるこそいとにくけれ。またはへの秋などおほくて。よろづの物にあしはぬれつめたくて。かほにもゐありく。いとむづかしうにくし。さるはこれらひとしう。かたきにすべきさまにぞあらぬや。又きしめく車いとにくし。のりてゆくぬしは。みゝもきかぬにやあらむとおぼゆ。人々世のなか物がたりするに。我にもいはぬ人のさしいでして。ざいまぐれ才枉いひとりていふいとにくし。むかし物がたりをもするに。しりたりけるは。ふとおくいひいでてくたしたるも。おほかたわらはもおとなもさしいらへは。いとにくき事なり。おなじ事なれど。さることやある。さやきゝしなど人のいふにつけていふはよし。よるねずみのつれてはしりたる。あからさまにきたるわらはべこどもなどをめづらしびに。くだ物くはせ。おかしきものとらせなどしたるに。ならひてつねにきてゐいりて。あたりにおきちらしたる物にてふれそゝぎゐたるいとにくし。家にても宮づかへ所にても。あはでありなむと思ふ人のきてせうそこしたるに。そらねしてきゝいれぬを。わがもとなる人のよりて。せめておこしつゝ。いぎたなしと思ひがほにをしゆるがしなどしたるいとにくし。いままいり新參のさしすぎてをしへやうなる事いひ。まだしきにうしろみたるにくし。人もよびいでぬにともすればさしいでて。人のすることをも見あつかひ。わがもとありし所の事。ためしにひきいでて。とこそありしかかくこそなどいふを。そめものはり物につけても。げにさこそすべかりけれときゝならはるゝこともありかし。されどなをさらぬにはをとりたり。これはものせし所にありときゝし人ぞときゝおきたるには。さしもさいまぐれねど。人みないかゞなどとひつるものなり。おとこもわがまへにて。むかし見し人のうへいひいでてほめきかせなどするは。ほどへにたることゝおもへどいとにくし。ましてさしあたりたらんは。いふべきにあらずかし。なかそれはさしもあらずやあらん。はなひて手づからずもん誦文しいのる人いとにくし。おほかた人のしうならぬ人のはなたかくひるはいとにくき事也。ことなる事なしと思ふおとこのひきいり聲しみんだちたる。すみながるゝすゞり。女の物ゆかしうする。のみもいとにくし。衣のしたにおどりありきて。人をもたぐるやうにするよ。いぬのもろ聲にながとなきあげたるいとまがしうにくし。なにゝまれものみる所に。たゞひとりくるまにのりてたてるおとこいとにくし。いかばかり心せばくけにくきならむとこそをしはからるれ。あとか本ノマヽのひばしいとにくし,ふるき歌のはしこゝかしこうちずして。はてにかならずともしすゑたる人。いみじうにくし。

心ときめきする物。すゞめのこがひ。ちごあそばしする所のまへわたりする。よきたき物たきてひとりねたる。からかゞみのすこしくもりたるみたる。よきおとこの車とゞめて。ものあないしたる。かしらあらびけさう化粧して。かうにいりたるきぬなどきたる。みるべき人もなき所なれど。心ひとつにおかしうおぼゆ。まつ人あるよは。かぜの吹たるをときくにも。ふとおどろかれて。まづ心ときめきこそせらるれ。又男も女も。かたちよき人みるこそあやしう。我もよからむとおぼえて。心ときめきせらるれ。

みるにつけてすぎぬるかたこひしきもの。かれたるあふひおりからしさうしの中などにありけるをみつけたる。おさなかりしときもたりしあそび物。あはれなりし人のふみのありけるを雨などのふる日さがしいでたる。こぞのかはほり。二あゐむらさきのさいてのをしまかれたるがものゝなかにありける。

心ゆく物。よくかきたる女ゑのこと葉ぐしたる。ものみのかへさにをのこどもおほくよきくるまにいみじうのりこぼれて。うしよくやる物にて。車はしらかして返りたる。しろくきよげなるみちのくにがみに。いとほそくかくべくにはあらぬふでして。くつろかにきよげなるてしてかきたるふみこそみるにすゞろに心地ゆけ。うるはしきいとのねりぐりしたる。てうばみ調食うつに。てうおほくつゞけてうちたる。物よくいふ人どち物がたりしかはしたるきゝたる。くちきゝたるをんやうじにて。ずそ咒詛のはらへしたる。ねおきてのむ水。物まうでしてものまうさするに。てらにてはほうし。やしろにてはねぎなどのしたゝかにわが心ちのうちおもふ事などをあやまち歟てまさゞまにをしはかりつゝ。きゝよく申あげたる。まことにたちまちに思ふ事なりぬべきやうにおぼえて心ゆけ。きよらなるかねよくつけたる心ゆくかし。かはぶねのくだりざまも。

うれしきもの。君の御まへに人々あまたさぶらはせ給て物がたりなどせさせたまふに。我にしもみあはせさせ給ひて。ものがたりなどせさせ給ておほせられたるいとうれし。又さるべきことあるに。人えられなどしけるを。みしりてしもにあるに。めしいでられたるこそめいぼくありておもたゞしう。いましばし世にもありぬべき心ちすれ。又中しやうじをばはなちてはかみえたるいとうれし。そのなかにしきしうすやうはさらなり。みちのくにがみしろくきよげにおもてうるはしきはいとうれし。ものへだててきくに。人のいらへにさもいはゞやとおもふ事をいひあてたる。あいなくうれしけれ。四月ついたちに。はじめてほとゝぎすの聲聞つけたる心地いとうれし。いどみたることにかたちよき人々のおまへにおほくさぶらひて。ところもなかりけるに。まうのぼりたるを。とをくより御らんじつけて。そこもとあけよとてちかくめしよせられたる。ものへなどおぼしめして。かゝせ給ける御ふみのよくかゝれたりとおぼしめしけるを。これはいかゞとて。みせあはせさせ給へるこそかぎりなくうれしけれ。

いひしらずいふがひなくとりどころなき物。くろつちのかべ。としおいたるかたい乞兒。くろくふりたるいたやのもる。くろぬりのくしのはこのすみわれたる。ひ中のようじ。ゑせずみのくちたる。かほにくさげなる人の心あしき。くろゐのくしばらひ。くろがねのけぬきの物ぬけぬ。やきすゞりるそひめのぬりたるといふことをぞよろづの人いみじうにくむなる。されどうれしもて。だいいちにおぼえんをばいかがせむ。したの心がまへわろき物。からゑのびやう風さうじ。いしばひのうへ。ひはだやのうら。かはしりのあそび。もり物。

みぐるしき物。したすだれきたなげなるかむだぢめのくるま。ひてるときにはりむしろしたる車。もなどきたるげす女のかいねりのきぬきたる。はかまきたるわらはべのしろきあしだはきたる。つぼさうぞくしたる人のいそぎてあゆみたる。あやしげなるくるまによはうしかけてまつり行幸など見たる人。もじにかきてあるやうあらめど。心えぬもののな。いためしほ。あこめ。かたびら。けいし。ゆする。おけぶね。

きゝにくき物。聲にくげなる人のゆげして物いひみわらひなどうちとけたるけはひ。いみじうつくろひたるに。よくはあらず。されどそれはうたてげにはなし。ねぶりてだらによみたる。はぐろめつけて物いひたる聲。ひちりきならふ。

見るにおそろしげなる物。つるばみのかさ。やけたる家のあと。かみおほかるおとこのかみあらひてほす程。

きよしと見ゆる物。かはらけ。あたらしきごき。かなまり金椀。たゝみにさすこも。水を物にいるゝすきかげ。

わびしげなる物。六七月ばかりいみじうあつき日ざかりに。よろづふりきたなげなるくるまに。よはうしかけてゆるがしゆくもの。いとさむくもあらぬおりに。無下にゆゝしげに。なりあしきげすのこおいたる。よろしき人はさやはあるな。ちいさきいたやのぐろくきたなげなるが雨にぬれたる。又雨いたうふるひ。ちいさきむまにのりて。ごぜ御前したる人のかぶもひしげ。うへのきぬも下がさねもひとつになりたる。いかにわびしからんとみえたり。夏はされどよろし。

あつげなる物。すいしのおさのかり衣。のふのけさ。いでゐ出居の少將。いろくろき人のいとうこへてかみおほかる。きんのふくろ。六七月のすほうのあざりの日中時などをこなふ。いかにあつからむと思ひやる。又おなじころのあかゞねのかぢ。

つれなぐさむ物。みどころある物がたりのおほかる。ごすぐろく。三四ばかりなるちごの物いひおかしき。又むげにおさなきが物がたりしゑみなどするもなぐさむ。くだものとりちらしたる。おとこのうちさるがひ物がたりしたる。

つねよりことにきこゆる物。殿上のくるまのをと。春のにはとりの聲。あかつきのしはぶき。もののねさらなり。めでたき物の人のなにつきていふかひなくきこゆる。むめ。やなぎ。さくら。かすみ。あふひ。かつら。さうぶ。きり。まゆみ。かえで。こはぎ。ゆき。まつ。

ゑにかきてをとる物,なでしこ。さくら。物がたりにかたちよしといひたるおとこ女のかたち。

ゑまさりする物。松の木。秋のの。山ざと。山みち。やなぎ。らん。

おなじことなれど。きく耳ことなる物。ほうしのこと葉。おとこのこと葉。よき人のこと葉。げすのことばは。みなもじあまりたらぬこそあやしけれ。

ありがたき物。しうとにおもはるゝむこ。しうとめに思はるゝよめ。かねのけぬきの物よくぬくる。しうそしらぬずんざ。かたちよく心よく。おほかたかたわなく。よろづぐしたる人。おなじ所にすむ人のかた身にはぢかはして。いみじうよけいしたりと思ふ。なをつゐにみえでやむこそありがたけれ。又物がたり集などかきうつすに。本にすみつけぬこといとかたし。よきさうしなどは。いみじう心してかけど。かならずきたなげにこそあるめれ。おとこおんなをばいはじ。女どちもながらへてたがはぬこといとかたし。又かいねりうたせたるに。つやうぢめ思ふやうにて。うることかたし。

あぢきなき物。わざと思ひたちてみやづかへにいでたちたる人のことにものうがりてさとがちなる。とりこのかほにくさげなる。しぶに思ひたる人をしゐてむことりて思ふさまならずとなげく。ことゐ中へゆく人のたよりぶみこひて返きてよろし。いたはりなるよしいひてはらだつ。

心地よげなる物。うづえのことぶき。かぐらの人長。ごらう御靈ゑのむまおさ。いけのはちす。むら雨にあひたるくゞつのこととり。

おほきにてよき物。ふくろ。ほうし。くだ物。うし。松の木。おのこゞのめ。いとほそきは女びたり。又かなまりのやうなるもおそろし。火おけ。ほうづき。やへ山ぶきの花。むまもよきはおほきにぞある。

みじかくてよき物。とみの物ぬふいと。下す女のかみうるはしうぞあるべき。とうだい。人のむすめの聲。

人の家につぎしき物。ひぢおりたるらう。わらうだ。三尺の木丁。火ろ。おほきやかなるどう女。ずいしこどねり。こんのたれぬの。さぶらひのくりやさうしも。をしき。かけばん。ちうのはん。をはゝき。ついたてさうじ。さうぞくよくしたるゑぶくろ。からかさ。かきいた。たなづし厨子

さかしき物。いまやうの三とせご。げすの家のおんなあるじ。はらとりのおんな。

みるかひなき物。いろくろくやせたるちごのかさいでたる。ことなることなきおとこのゆく所おほかる。物むづかりする。かたちにくさげなるむすめ。

あてなるもの。うす色にしらがさねもあてなり。梅の花に雪のふりかゝりたる。かりのこ。けづりひ削氷にあまづらいれて。かねのつきにもりたる。すいさうのずゝ。ふぢの花。うつくしきちごのいちごくひたる。さしかけ。

まづしげなる物。あめうし黃牛のやせたる。ひたゝれのわたうすき。あをにびのかりぎぬ。くろかゐのほぬにきなるかみはりたるあふぎ。ねずみはみたるゑぶくろ。かうぞめのきばみたるかみにあしきてをうすずみにかきたる。

ほいなき物。あやのきぬのわろき。みやたてたる人のなかあしき。心とほうしになる人のざえなくてきよからぬ。思ふひとの物がくしする。とくゐのうへそしる。冬のゆきふらぬ。

したりがほなる物。こゆみいるにかたはらなる人のまぎらはししはぶきなどするに。ほゝえまるゝを念じて。おなじき物ををとたかくいあてたる人のけしきこそ。いみじくことしろしたるさまなれ。又こわきもののけうつしえたるげんざの氣色。正月ついたちの日。つとめてさいそにはなひたる下らう。よろしき人はさしも思ひたらず。ゐんふたぎいひあてたる人。きしろふ人あまたあるたびのくら人にこなしたる人の氣色。ぢもくにそのとしのいちのくにになりたる人。よろこびいひに人のゆきて。いとかしこくなりたまへるなどいふ。いらへはなにかはとことやうにほろひなりて侍ればなどはいへど。いとしりがほなり。またけさう人おほかる人のむすめに。えりてよせられたるむこの心ち。われはとおぼゆかし。ごうつにかたきのむげにさばかりぞあらむと思ひころしえてをきたるいしを。かまへていけて。人のいしおほかるをころしえて。ひろひとりたる人の氣色もいみじうしたりがほなり。かたきはあさましとうちまもりていでなし。あしこにはいかでかあらむとてをしこぼちつる。たゞのませよりはねたからんと見えたり。

おぼつかなき物。十二年の山ごもりしたるほうしのめおや。やみなる夜しらぬ所にはじめてきたる。あないもしらねばにやとつゝましくて。火もえともさぬ。さすがに人はあまたゐなみたるほどこそおぼつかなけれ。又まいできたる下すなどの心もしらぬに。やんごとなきものなどもたせて。人のがりやりたる。をそく歸るほど。物いはぬ程のちごのにわかにおどろしうなきて。これいだくにもかれいだくにもいだかれず。そり返てなきたるこそ。いかなる事のあるにかとわりなくおぼつかなけれ。くらき所にていちごくひたる。

たとしへなき物。夏と冬と。よるとひると。かきくらし雨ふる日といみじうてりたる日と。人のわらふとはらだつと。おひたるとわかきと。しろきとくろきと。思ふ人とにくむ人と。おなじ人ながらも心ざしあるおりとかはりぬるおりとは。まことにこと人とこそおぼゆれ。火と水と。こえたるとやせたると。かみのながき人とみじかき人と。

身をかへたるとみゆる物。さるべき所にたゞにてさぶらふ人の御めのとになりたる。たゞの人のをばいふべきにぞあらぬ。ほかよりいままいりたるはさしもおぼえず。つねは我らがおなじ人と思ひならひたるに。やゝもすれば。から衣ひきすて。しものこしばかりゆるゝかにときくだし。かぎりなきおまへにそひぶしなどするほどみるは。天にむまれたゝむにも。なをのちのおとろへ。うしろめたなし。そくしんに佛になりたらん人は。かくやとぞみゆるや。さては又ざうしきのくら人になりたる。一の人の御もとにじもてまいり。大饗のあまぐりのつかひなどにまいりたるをもてなし。やむごとながらせ給さまなど。いづくなりしあまくだりの人ならむとこそみゆれ。又むすめのきさき女御などにておはします所につかひにてまいりたるに。御ふみとりいるゝそでぐちよりはじめて。しとねさしいづるほどなども。くら人六位さぶらひなどのだいばんに四位五位さらなり。六位もことなることなき物どもなれど。つかさあるはかみにて。むげのすゑにゐたれば。あさましうあなづらはしうみえしものとぞおぼえぬかし。したがさねのしりひきちらしてゑふなるは。いますこしおかしかめり。御てづからいであひて。さかづきなどさしたまふは。わが心地にもいかゞはおぼゆらん。つちのそこにいりゐてうやまひきこえしいへの子のきんだち。殿上などにては。けしきばかりこそうちかしこまりかたざりきこゆれ。おなじやうにうちつれてありきたるほどなど。いかばかりの所をかおきためる。さてあるほどいくばくかはある。ひさしき定にて三四年にこそはあなれ。そのほど。なりあしく物の色わろく。たき物のかなどせでまじらふこそいふがひなくくちおしきことはあれ。だうりあらむかうぶりのほどのちかくならんだに命にかへてもおしかるべきに。りんじのかうぶりもとめ。こゝかしこの御給はり。なにくれと申まどひありきて。いそぎおるゝこそいかならむ心なるらんと心うくおぼゆれ。むかしのくら人は。らいねんおりんとて。ことしの春夏よりだにこそなげきたちけれ。いまの世にはしりくらべをこそすめれ。又家のなかわろくて。としごろありありて。はじめてずらうになりたる人。わづかにあるずさも。なめげにあなすりそしりにくみせしに。我にもまさりたる人きあつまりて。かしこまりまどひ。いかでおほせ事うけ給はらんとついそうしたるは。すぎぬるかたと人にいふべからず。又いみじうちいさきさうぶをうへたりしが。ねのいとながくなりにけるをひきいでたるこそあらぬものとおぼえてめでたううつくしけれ。

はづかしき物。いざときよひのそう。みそかぬす人のさるべきくまにゐてみるらんをばたれかはしる。くらきまぎれにふところに物などひきいるゝ人もあらむかし。それはしもおなじ心におかしとやみるらん。よひのそうは。いとはづかしき物なり。わかきひとあつまりて人のうへをもいひわらひにくみもするを。つくづくときゝあつむらん心のうちはづかしかし。あなうたてかしがましなどおとなびたる人氣色ばみいふをもきかず。いひのはては。みなうちとけてねぬるのちもはづかし。おとこはうたて思ふさまならず。心づきなきことありとみれど。さしむかひたるほどはうちずかして。思はぬことをもいひたのむるこそ。はづかしきわざなめれ。ましてなさけありこのましう。人にしめられなどしたる人は。をろかなりと思はるべうも。もてなさずかし。心のうちにのみにもあらず。あまたみなこれがことはかれにいひ。かれがをばこれにいひ。かたみにきかすべかめるを。わがことをばしらでかうかたるは。なを人よりはこよなきなめりとや思ふらんと思こそはづかしけれ。いでさるはすこしも思ふ人にあへば。心もとなきなめりとみゆることもあるぞ。はづかしうもあらぬかし。いみじうあはれに心ぐるしうみゆるをも。いさゝかなにとも思はぬなめりとみゆるは。いかなる心ぞとこそあさましけれ。さすがに人のうへをば。もどき物をいとよういふよ。ことにたのもしき人もなき宮づかへ人などをかたらひて。たゞならずなりぬるありさまなどをも。しらでやみぬるよ。

むとくなる物。しほひのかたにをるをぶね。おほきなる木のたふれてねをさらけてよこたはれふせる。ゑせ物のずさ。かうかぶるひじりのあしもと。かみみじかき人の物とりおろして。かしらけづりたるうしろで。おきなのもとゞりはなちたる。すまひのまけているうしろで。人のめのすゞろなるものもしらでかくれたるをかならずたづねさはがむものぞと思ひたるに。さしもあらずのどかにもてなしたれば。さてもえたびだちゐたらで。心といできたる。またなま心おこしたる人のしりたるひとゝ。すゞろなることいひむづかりて。ひとつにもふさじとみしぐりいでたるをひきよすれど。しゐてこはがれば。あまりになりては。人もさはれとて。かいくらみてふしぬるのちに。冬などはひとへぎぬばかりをひとへきたるも。あやにくがりつるほどこそさむさもしられざりつれ。やう夜のふくるまゝに。さむくもあれどおほかたの人もみなねにたれば。さすがにおきてもえいかでありつる。おりにこそよりぬべかりけれと。めもあはず思ひふしたるに。いとゞおくのかたよりものゝひしめきなるもいとおそろしうて。やをらまろびよりて。きぬをひききるほどこそむとくなれ。人はたけくおぼゆらむかし。そらねしてしらぬがほなるさまよ。

はしたなき物。こと人をよぶにわれがとてさしいでたる。まして物など御らんずるおりは。をのづから人のうへなどうちいひそしりなどもしたるに。おさなきこどものきゝとりて。この人のあるまへにあぶなくいひいでたる。あはれなる事など人のいひてうちなくに。げにあはれとはいひながら。淚のいでこぬいとはしたなし。まめだちてなきがほつくりて。氣色ことになせど。いでこぬなみだをばいかゞはせむとする。さるはさやうなるにも。きくかひありてうちあへしらふ人こそものゝあはれしりたる心ばへとはみゆれ。またさしも人めにみえじとつゝむ事に。思ひもあへずたゞいできにいでくるもはしたなしかし。

あはれなる物。おやのためにけうある人のこ。わかきおとこのみたけさうじする。さだまりたる人ぐしたるも。又さらでうちしのびたるおもふひとあるも。あはぬよなへだつるは。くるしき物にこそ思ふべかめるを。ことのほかにきびしうへだてなして。ひとりいでゐてうちをこなひたる。あか月のぬかのほどなむいみじうあはれなる歟。むつましき人のめさましてきくらむ心地。いかならんど思ひやらる。はてぬる後もみちのほどいかにおぼつかなくつゝしみ思ひたるこそめでたけれ。おとこも女もわかうかたちよき人のふぐなるこそあはれなれ。十月ばかりにきりきりすの聲きゝつけたるいとあはれなり。にはとりのかいこいだきてふしたるいとあはれなり。日ひとひ。むしやなにやとひまなくくいありく。心に念じてあらんよ。秋ふかき庭のあさぢに露のきらめきて。たまのやうに見えたる。又かはたけの風にふかれたてるをと。ゆふぐれもあかつきもよなかにも。ねざめてきゝたるいとあはれなり。又思ひかはしたるなかのつゝむことありて。心にまかせぬ。山ざとの雪。九月廿七日のあか月がたまで人と物がたりしてゐあかしたるに。あるかなきかにほそき月の山のはよりわづかにみえたるこそあはれなれ。又あれたるやのいたまよりもりくる月影。やま里のしかの聲。九でうのしやくぢやう錫杖の聲。念佛のゑかうこゑよき人の申たる。あれたるいへのよもぎむぐらはひかゝりたるにはに月のくまなうあかき。あしうはあらぬかぜのをと。かたちよきわかき人の物思ひたる。さてはいけある所の五月のなが雨のころこそいとあはれなれ。さうぶこもなどのおひたち歟たれば。水もみどりなるに庭もひとつ色にみえわたりて。くもりたるそらをつくとながめくらしたるは。いみじうこそはあはれなれ。いつもすべていけある所は。あはれにいみじうおかし。冬の氷したるあしたは。いふべきにもあらずかし。たてゝつくろひみがきたるよりも。うちすてゝあれ。みぐさがちなるが。かぎりなくあはれなるなり。

にげなき物。かみあしき人の白きをり物のきぬきたる。又したがみたはつきたる人のかみにあふひつけたる。げすの家のあやしきに雪のふりたる。また月のさしいりたるもにげなしかし。ゑふ衞府のふとりたる。月のあかきにむなしぐるまなどいふものゝありく。きたなげなきおとこのにくげなるめもたる。おいたる女のはらたかくてありく。わかきおとこもたるだににげなきに。こと人のもとへゆくとて。ねたみはらだちたるいとみぐるし。おいたるおとこのおさなきこもちてあそばしたる。こゑわろき人のねこよびしたる。ひげくろらかにおとなびたるおとこのしゐつみたる。はなき女のむめくひたるが。すがりてにがみたるかほもいとみぐるし。げすのくれなゐのはかまきたる。されどこのごろはさのみぞあめる。けびいしのやう。くら人もほそどのゝつぼねにぬぎかけたらんに。あを色はあへなん。おなじことなれど。ろうさう祿衫はかいわくみて。あとのかたになげやりてぞをきたるべき。うへのばう官などいひつれば。よにはきらしき物にいひたり。げすなどはましてこの世の人とも思ひたらず。めをだにえみあはせでたちわなゝくめるに。しのびありきなどするが。あはずにげなきなり。そらだき物なつかしうにほはしたる。木丁にぬぎかけたるはかまのさまなどよ。おもたげにいやしく[美歟]しからんとをしはからる。うへのきぬは。さかしらにわきあけ闕脇にて。ねずみのおのやうにわけかけたらむこそ。いますこしあがりたる權のすけなどいふもあか衣に思ひかけず。しらしきげすのはかまのうらそひたる。さらににげなきさまなり。うへのきぬもしのびてこゝかしこたゝずむにつけては。いちじるきにやあらん。さらぬ人もかくれてやはやむとはいひながら。これはまづこそ人によくみつけらるれ。あなおそろし。このわたりにけんぎの物あるべしなど。たはぶれにてもとがめられたる。いとわづらはしかし。さらでかしこくかくれふしたるにつけても。人わろき心ちこそすれ。なをかやうのすきしさに。このつかさのほどはとゞめたらんぞよかるべき。よききんだちなれど。殿上の人などはびむなしかし。宮中將のさもくちおしかりしかな。

心づきなき物。心あしきめのとのやしなひたるこ。さるはこれがつみかはとは思へども。よににくしとおもふ人のせめてまどはし。ねんごろがるさけのみてあめき。くちをさぐり。ひげあるはそれをとりて。ひゞなてれうしなど。やすからずけいめきするひと。まして又めのとの人にそゝのかされて。いやと身ぶるひをし。くちわきをひきたれて。わらひなどするぞわびしく心づきなき。はてはうぢどのにまいりてなど。いたうそぼれうたひしようれはしもある。よき人のさしたまひしをみしが。いみじう心づきなくみえし也。又いそぐこともあり。ものへもけふかならずいかむなど思ふ日あめふるいと心づきなし。つかう人のわれをばおぼさず。なにがしこそときの人など。おなじ心なるどちいひあはせてそしるをこそはみゝにきゝたる。いと心づきなし。

正月の一日は。そらの氣色もうららかにかすみわたりて。めのうちつけによろづめづらしくみなさるゝこそおかしけれ。よにありとある人も。みなすがたかたちなどこそかはることしもあらじを。いかにすることにか。あらむさまにとつくろひたてゝこといみしつゝ。ことにあらためなしたる氣色どもいとおかし。七日は。ゆきまのわかな。あをやかにつみいでて。れいはことにさやうなる物も。めにちかゝらぬ所々にも。もてさはぎあつかひたるこそおかしけれ。あをむまみるとて。さと人はくるまきよげにしたてつゝゆく。なかの御かどのとじきみひきいるゝほどに。かしらどもも一所にゆきあひて。さしぐしもおれおちなどしたるをかた身にわらふも又おかし。さいも左衞門のぢんのもとに殿上人あまたたちて。とねりのゆみどもをとりて。むまどもおどろかしわらふもあり。はづかに見いれたれば。たてじとみくすどの藥殿など。わつかにみえて。とのもづかさなどのゆきちがひたるが。ほのかにみえたるいとおかし。いかばかりなる人。こゝのへをかくたちならすらむと思ひやらるかし。八日は。人のよろこびしてはしらするくるまどものをと。つねよりことにきこえていとおかし。十日のほど。そらの氣色は雲のあつくみえながら。さすがに日はけざやかにさしたるに。ゑせものの家のあらはたけなどいふ所にちいさやかなるももの歟ゝきのあるが。わかたちのつらゝかにさしたるをうづちにきらむなどいひて。わらはべのさはぐをみれば。かたがたはいとあをく。いまかたつかたはこくつやゝかにて。すはうのやうにみえたるこそいとおかしけれ。人のこどねりなどにやあらむ。ほそやかなるわらはのかり衣はこゝかしこかけやりなどして。かみうるはしきがのぼりたるに。又こうばいの衣しろきなどひきはへたる。おのこゞにはにきて。はう火はきたるなど。二三人木のもとにたちてきて。きりていてなどこふに。又かみおかしげなる女わらべなどのあこめのほころびがちなるはかまの色よきが。なよゝかなるなどきたるも。三四人などいできてうづちの木のよからむきりでおろせなど。おまへにもめすぞなどいふに。おろしたれば。我まづおほくとらんとはしらかいたるこそおかしけれ。くろばかまきたるおのこのはしりきて。われにとこふに。とらせねば。よりて木のもとをひきゆるがすに。あやうがりて。さるのやうにかいつきておめくもおかし。梅のなりたるおりなどもさやうにするぞかし。十五日は。もちかゆのせくまいり。かゆづえひきかくしつゝ。家のきんだちわかき女ばうどもうたんとうかゞふを。うたれじとよういして。つねにうしろを心づかひしたる氣色どももおかし。いかにしつるひまにかあらむ。うちえたるをばいみじうけうあり。うれしと思ひてわらひなどしたるさまもはへしきを。うたれたる人は。ねたういみじと思ひたるもことはりにおかし。こぞよりあたらしうとりよせたるむこのきみのうちへまいらんとていでたつほども心もとなければ。ところにつけてわれはとおもひ。ところえたる女ばうのうたんとてのぞき氣色ばみ。おくのかたにたゝずむを。まへにゐたるひとは。心えてうちわらひなどすれば。あながまとまねきてかきなどすれど。女ぎみはしらぬかほにてゐたるこそおかしけれ。こゝなる物とりいでんなどいひて。はしりうちてにぐればあるかぎりわらふ。おとこ君もあい行づきてうちゑみて。みをこせたるに。ことにおどろかぬさまにて。かほうちあかみてゐたるもおかし。をのがどちは。かた身にうちのゝしりて。おとこなどをさへぞうつめる。いかなる人にかあらん。なきはらだち。うちつる人をのろひ。まがしき事どもをいひなどするも。にくきものから猶おかし。うちわたりなどのやむごとなきも。けふはみなみだれてかしこまりもしらるまじかめり。つごもりになりてぢもくのほどなどいとおかし。雪ふりいみじうこほりあれたるに。まうしぶみどももてありきさはぐにも。四位五位のわかやかなるはたのもしげなり。おいてかしらしろきなどが。この人かのひととおもてにうれへありき。女ばうのつぼねにもきつゝ。わがたうりぬるよしなど。心ひとつやりていひきかすれど。ふかき心もしらぬわかき人々などは。なにとかは思はむ。わが大事と思はぬまゝに。おこがましげに思ひて。かほのまねをしいひわらへどさもしらず。よきにけいし給へ。あがきみなどいふこそいとおかしけれ。さいふもしえたるおりにはいとよし。えずなりぬるこそあはれなれ。

三月三日は。のどやかにてりわたりたるこそよけれ。もゝの花のいまさきはじめたる。やなぎなどいとおかし。こぞよりさきなれ。はゞひろになりたるはいとにくし。あまりとくさきてちりたるとしもありかし。それはいとわろし。おもしろくさきたるさくらをなからおりて。おほきなるかめにさしたるこそわざとまことの花がめにさしたるよりもおかしけれ。さくらのなをしにいたしうちぎなどしたるまらうどにまれ。御けうとのきんだちにまれ。そこちかくゐてものがたりなどし給ふるいとおかし。そのわたりにとりむしのひたひつきいとうつくしうてとびありくもおかし。四月のころもがへいとおかし。かんだちめ殿上人もうへのきぬのこきうすきけぢめばかりにて。しらがさねどもはおなじさまに。すゞしげなるすがたどもおかし。きゞの木の葉もまだしげくはあらず。わかやかにあをみわたりて。かすみもきりもへだてぬそらのけしきなどこそたゞなにともなくおかしけれ。すこしくもりたる夕つがた。よるなどしのびわたる郭公のそらみゝかとおぼゆるまで。ほのかなる聲をきゝつけたるは。まことにかぎりなくおかしうおぼゆ。まつりちかくなりては。あをくちば二あゐなどやうなる物ども。ほそびつにいれつゝみ。もしはかみひとひらばかりに。氣色ばかりをしまきなどしつゝ。もてありきゆきちがふもいとおかし。すそご。むらご。まきぞめなども。つねにみるはしもおぼえねど。そのころはいとおかしうぞみなさるゝ。わらはのかしらばかりあらひたてつゝ。なりはなえほころびがちにうちみだれて。けいしにおすけさせなどてことにもてさはぎ。いつしかとその日を心もとなげにまちたる氣色どもにて。いそきたるもいとおかし。つねはあやしくはしりおどり。さまよからぬ物どもと見るに。さうぞくしたてつれば。をのいみじうもてなしつゝ。しづめてさうなどいふほうしのやうに。ねりさまよふこそおかしけれ。ほどにつけては。おやをばの女。あねなどいふ物も。その日はみなとも人になりて。つくろひかしづきありくいとあはれにおかし。よろづよりもわびしげなる車にさうぞくわろくてものみる人。いともどかし。物まうでせ經きくなどは。いかゞはせむ。つみうしなふことなれぱ。それだになをいとあながちなるさまなるはみぐるし。まして行幸かものまつりなどは。いみじうゆかしと念じてみてありぬべし。したすだれもなくてなへたるひとへぎぬのそでうちたれなどしたるもありかし。なにごともたゞその日のれうと思ひしたてゝ。いと無下にはあらじとおもひていでたるだに。又まさるくるまなど見つけては。なにしにいでつらんとおぼゆる物。ましていかばか脫歟りなる心にてさてみるらん。おりのぼりはしらかしてみありくきんだちくるまのをしあけてたつるおりなどこそ心ときめきはせらるれ。よき所にたてんといそぎて。とくいでてまつほどのいとひさしければ。こなたかなたのうきたちあがりなど。あつくるしうまちこうずるほどに。ゑか宴下にまいりたりけるきんだち。弁少納言などの車ども七八と。ほどひきつゞけて。院のかたよりはしらせていできたるこそことなりにけりとおどろかれてうれしけれ。けのまへにたてゝみるいとおかし。殿上人物いひをこせなどし。ところのごせんどもにすいばんくはせ。はしのもとにむまひきよするに。おぼえある人のこどもざうしきなどは。おりてむまのくちとりなどしておかし。さらぬものゝみもしらぬなどぞいとおしげなる。御こしわたらせたまへば。あるかぎりのくるまのながえまどひおろして。すぎさせたまひぬれば。又いそぎあぐるもおかし。さるべき人のさじきのまへにくるまたつるをいみじうせいしはらへど。などてかとくせめてたてさせたれば。いひわづらひて。はてはせうそこがりかたらふこそおかしけれ。かくところもなくたちこみて。ひまもなしとみゆるに。ときの所の御くるまのひと。たき人もあまたひきつゞきて。くるまをいづくにいかにしてたゝんずらむとみるに。ごせんどもはらとおりてうちみまはして。さりぬべき所にやあらむ。この車どもすこしづつあらさゝせよなどおきつる。しばしきゝいれねば。こべだかにいへるは。このくるまのをのこどもなきかなどいふにて。まどひするけしきどももいと人わろし。さてたゞのけにのけさせて。そこらの車をみなながらたてならべつるこそいとめでたけれ。一の御くるまをば。さる物にてつぎにのりたる人どもも。いかにめいぼくありておぼゆらむと思ひやらる。をいのけられつるゑせ車どものいづくへにかあらん。うしうちかけてゆるがしゆくこそいとあはれなれ。なりよくきらぎらしげなるをば。いとさしもえせずかし。なをさやうに人あなづられならむほどの物みは。とゞめつべし。又なにごともいみじうしたてたりとみえながら。ひなしからぬ氣色したるは。いとしるしかし。うつくしきちごいたしすへたるこそおかしけれ。にくげなるはみぐるし。なに事も人がらことがらにすこしはよるべきにや。なを見るには。かへさこそまさりておかしけれ。昨日はよろづの事うるはしくて。一條のおほぢのつねはいとひろきも。せばく所なき心ちして。くるまにさしいりたる日のあしもまばゆければ。あふぎしてさしかくし。とかくゐなをりなどしつつ。ひさしくまつもくるしうあせがましかりしを。けふはいととくいそぎいでて。うりう雲林院。ちそく院などのほどにたてるに。よきくるまどものかぎりあまりあきたくさしこみてはあらず。さはらかにたちたるなどおかし。日はいできたれど。そらはなをうちくもりたるに。いかできかんとよるもめをさましおきゐつゝまつほとゝぎすのあまたさへづるにやときこゆるまでなきひゞかすをいみじうめでたしと思ふに。うぐひすもそれをまねばむとにや。おいたるこゑしてにせんとおゝしこゝちそへたるも。ほかにては心をくれたる心地してにくけれど。所がらにやとりのとりのおほくぞかしと思ひなされて。れいよりはおかしうぞきこゆる。しばしばかりありてみやしろのかたよりあか衣きたる物どもつれだちて。いかにぞことはなりぬやととへば。またむこといらへて。御こしどもなどもてかへる。かれにたてまつりたらむ人かなと思ふもめでたくかたじけなきに。さるげすどものけぢかくいかでさぶらふにかとぞおそろしき。はるかげにいひつれど。ほどもなくかへらせ給に。御つかひのかざしのあふひもすこしなよやかなり。かづらの葉もうちしぼみたる。なかいとえんにみえたり。御くるまのすぎさせたまふにほひよりはじめ。いだし車どものあふきから衣。あをくちばなるなども。いみじうなまめかしうぞみゆる。ざうしき所のしうのあを色に。しろき一かさねどもけしきばかりひきかけたるは。うの花のかきねにことならずみえて。ほとゝぎすもかげにかくれぬべくぞあめる。昨日はくるまひとつにあまたのりて。二あゐのなをし。さしぬき。あるはかりぎぬなどもみだれきてすだれをときおろし。物ぐるをしきまでたはれたりしきんだちのけふは院のゑかにとて。ひのそふぞくうるはしくして。くるまにもひとりづつのりたりしにおかしげなる殿上わらはなどばかりをのせたるもおかし。わたりはてさせたまふやをそきとなどかさしもまどふらん。まづわれさきにたたむとおそろしきまできほひさはぐを。かくないそぎそ。たゞのどかにとあふぎをさしいでてせいすれど。きゝもいれねばわりなくて。すこしもひろき所にとゞめさせたるを。いと心もとなくにくしと思ひたるけに。我ひとり心のどかにとおもへど。人はさも思はぬにやといとうたてあやうきこともありぬべければ。なをことかたよりとせめいひて。やらするみちはむげの山ざとのみちきていとあはれなり。うつぎのかきねをわけゆけば。枝どものいとあらしうおどろがましげにてさしいるをいそぎてとらへんとするに。いとゞとくぞすぎゆくやまた。はなすくなにはあれど。ひとしてすこしおらせて。あふひかづらのかればみたるがくちおしきに。さしくはへたるもおかしうおぼゆ。とをきほどはえもとをるまじうみゆる。ゆくさきのちかくなりもてゆけば。さしもあらざりけるこそおかしけれ。たれともしらぬおとこ車のしりにひきつゞきて。むごにくるもおかしと見るほどに。ひきわかるゝ所にて。みねにわかるゝといひたるこそおかしけれ。せちは五月五日にしくはなし。こゝのへのおほどのよりはじめて。いひしらぬたみのすみかまで。わがもとにおほくふかむと思ひさはぎて。ふきわたしてふけらかしたるさうぶよもぎのかほりあひたるかなどは。なをいとさまことにめづらし。いつかは又さる事はある。そらのけ色くもらはしきもいとおかしき。さきの御もとには。ぬひどのよりくすだま續命縷とて。いろのいとどもくみさげて。あやしげにあみたるさうぶをまいらせたるも。さるかたにおかしうこそあれ。とりいれて三丁たてたるもやのはしらの左右にゆひつけたるをつきごろありて九月九日に又きくをすゞしのさいてにつゝみてまいらせたるに。とりかへてぞすつめるかし。さうぶは。きくのおりまであるべき物にやあらん。御せくまいるわかきひと。さうぶのさしぐし。物いみつけなどして。さまのからぎぬかざみどもにながきねにおかしき花の枝ども。むらご村濃のくみしてつらぬきつゝつけなどしたるは。はじめてめづらしくいふべきにもあらねど。なをつきせずこそおかしけれ。つぢありくわらべなどもほどにつけつゝ。いみじきわざしたりと思ひて。つねにたもとをみ人にくらべなどえもいはず思ひたるを。そばへたるこどねりわらはなどにひきとられて。なきなどするもおかし。むらさきのかみにあふちのはなつけ。あをきかみにさうぶのはほそくてひきゆひ。もしはしろきかみをねじてむすびくはへなどしたるも。さまいとおかし。いとながきねをふみのなかにいれて疊たるも。いとえんなる心地す。返事かゝむとて。かたらふ友だちといひあはせ。みせかはしなどしたるもおかし。人のむすめやむごとなきところなどに。御ふみきこえかはしたまふも。けふは心ことにおぼえて。なまめかしうおかしうぞおぼゆる。夕ぐれのほとゝぎすのうちなのりてゆくもすべておかし。おなじころあめふりたるにもまさらね。あさはかなるあかぎぬきたるものゝ。草のいとあをきをしりかぎ。うるはしくきりたるやうにしてもてゆくこそあやしうおかしけれ。世のなかなべてあをく見えわたるに。ところうるはしくはあらぬかきねどもに。うのはなの枝もたはゝにさきかゝりたるなどよ。又さやうなるみちのいとほそきをゆくに。うへはつれなく草のおひしげりたるとみゆるを。たゞざまになかとゆけば。したはえならざりける水のふかくはあらぬが。さらと人のあゆむにつけて。なりつゝとばしりたるいとおかし。そばなりけるよもぎのをしひしがれたりけるが。わのまひたりけるに。おきあがりてふとかゝへたるかもいとおかし。さていきもていけば。たかき木どもなどある所になりてほとゝぎすのいとらうしくかどある聲にうちなきたるは。あないみじと心さはぎしておぼゆかし。いとあつきほど。夕すゞみといふほどのもののさまなどおぼめかしきに。おとこくるまのさきおふはいふべきにもあらず。たゞのひともしりのすだれあげて。ひとりふたりものりてはしらせゆくこそいとすゞしげなれ。まいてびは琵琶かいしらべ。ふえのをとなどきこえたるは。すぎていぬるもくちおしう。又さやうなるおりに。うしのしりがひのあやしうかきしらぬさまなどうちかゝれたるが。おかしきこそ物ぐるをしけれ。又いとくらうやみなるに。さきにともしたる松のけぶりのかの車のうちにかゝれいりたるもおかし。月のいとあかきに小川をわたれば。うしのあゆむまゝに。すいさう水晶をくだきたるやうに水のちりたるこそおかしけれ。したすだれをたかやかにをしはさみたれば。くるまのながえはいとつやゝかに見えて。月のかげのうつりたるなどいとおかし。ゆきつくまでかくてあれかしとおぼゆ。五日のさうぶの秋冬まであるが。いみじうしらみかれてあやしきを。ひけとりあけたるそのおりのかのおなじやうにかゝれたるいみじうおかし。よくたきしめたるたきものゝ。昨日おとゝひけふなどは。うちわすれたるに。きぬをひきあげたれば。けぶりののこりていとかうばしう。たゞいまのよりはめでたくこそはおぼゆれ。六月廿日ばかりにいみじうあつきに。せみの聲のみたえずなきいだして。風のけしきもなきに。いとゞこだかき木どものおほかるが。木ぐらくあをきなかよりきなる葉のやうひるがへりおちたるこそすゞろにあはれなれ。秋のつゆ思ひやられて。おなじ心にいみじうあつきひるなかに。いかなるわざをせんとあふぎの風もぬるくわびしければ。ひみづにてひたしなどあつかひて。たゞいまなにばかりなることあらんに。このあつさをわすれて。心うつす事ありなんやといふほどに。あたりにほふばかりなるうすやうを。なでしこのいみじう色こきに。むすびつけたるふみをとりいれたるこそかきつらんほどおもひやるも。心ざしあさくはあらじと思ふに。かくつかふ風だにあかずぬるく覺えつる。あふぎもうちをきてまづひきあげつべけれ。またてやみ手止もせずあふぎをつかひくらして。ゆふすゞみのまちいでたるがうれしければ。はしぢかくふしてきくに。月のいとあかきに。井ちかき所の水くみたるをとこそいとすゞしけれ。ましてやり水などのちかきは。いふべきにあらず。

南ならずはひむがしのひさしのいたのかげみゆばかりつやめきたるに。あざやかなるうはむしろうちしきて。三尺の木丁のかたびらのいとすゞしげに。うすもののひもなどのみえたるをうちかけて。をしやりたればすきて見ゆるいとおかし。きみはすゞしのひとへに。くれなゐのうちぎのいたうなへぬをこしにすこしひきかけてそひふしたりとうちに火ともしたる二まばかりをさりて。すだれたかくまきあげて。女ばうわらはなど。なげしによりかゝりたるもあり。おろしたるまにうちふしたるもあるべし。ひとりに火よくうづみて。よきくろばうをたきにほはしたるいと心にくし。よひうちすぐるほどに。しのびてかどうちたゝくをとするにあはせて。れいの所にと心じりの人氣色ばめば。ひとめはかりてやをらいざりいりたるこそさすがにおかしけれ。かたはらにびはのよくなるををきたるを。そのかたの人なれば。物がたりのひまにしのびやかにひきならしたるいとおかしうきこゆ。六月のつごもり。七月のついたちなどは。いみじうあつければ。よろづの所あけながら。うたゝねにてよるもあかすかし。月のころはねおどろきてみいだすもいとおかし。やみもおかし。ありあけはいふべきにもあらず。いとつやゝかなるいたのはしぢかう。あざやかなるたゝみ一ひらばかり。もしはいとあをやかなるうはむしろなどをかりそめにうちしきて。三尺の木丁をおくのかたにおしやりたるぞあぢきなきことにこそたつべけれ。おくのうしろめたからむよ。人はいでにけるなるべし。うす色のうらいとこくて。うへはいとうすきが。ところかへりたるならずは。こきあやのいとつやゝかなるなどが。いたくはならず。又あまりこはしくはあらぬを。かしらながらひききてぞねためる。ひとへはかうぞめき。すゞしなどにや。くれなゐのはかまのこしのいとながく。きぬの下よりひかれたるも。またしたゝかにゆはれぬなるべし。そばのかたにうちたゝなはれて。ゆるらかにをかれたるかみのほど。ながさをしはかられておかしうみゆるに。またいづくよりにかあらむ。あさぼらけのいみじうきりたちたるに。二あゐのさしぬきあるかなきかに。うすきかうぞめのかりぎぬ。しろきすゞしのひとへとほすこそはあらめ。くれなゐのいとつやゝかなるうちぎぬのきりにいたくしめりたれば。にほひもいとしみふかきをぬぎかけて。びむのすこしふくだみたれば。えぼうしをしいれたるさまもしどけなくみゆるが。あさがほの露おちぬさきに。ふみかゝむとみちのほども心もとなく。おふのしたぐさなどくちずさみて。わがかたへゆくに。こなたのかうしのあきたれば。人はおきてやとゆかしきに。みすのそばはすこしひきあげたるに。かくてふしたるさまや。めとまるらん。しばしみたちたるに。さくらのかみのほどにほゝの木のむらさきのかみはりたるあふぎのゑおかしうかきたるが。まなの手ならひところしたる。ひろごりながらあり。みちのくにがみのたゝうがみのほそやかなるに。はなかくれなゐか。すこしうつろひたるも。木丁のもとにちりぼひたりけり。女は人氣のすれば。きぬのなかよりほのみあげたるに。うちえみて見あはせて。やがてなげしにをしかゝりてゐぬ。わざとはぢなどはせねど。又まことにうちくべき心にはあらぬ人にや。ねたくもみえぬるかなと思ふべし。こよなき御なごりのあさゐかな。たれをふしみのとて。すのうちになからはいりたれば。露よりさきにおきける人のもどかしければといらふるも。わざととりたてゝおかしき事とて。かくべきことにはあらねど。たゞかくいひかはすほどの氣色どものにくからぬなめり。まくらがみなるあふぎををよびて。わがもたるぬりぼねあかきかみはりたるしてかきよするほどあまりちかくよりくる心ちして。心ときめきせられて。いますこしひきぞいらるゝ。とりてみなどして。こよなうごとくおぼしたる事などうらみつゝ。うちかすむることどももあるべし。たゞしばしと思ひつるほどに。やうあかうなりて人の聲もするは。日たかうなるなるべし。きりのたえまみえぬほどにといそぎつるふみも。たゆみぬめるこそなをとこの心はうしろめたなけれ。いでぬる人もいつしかと思がほに。はぎのつゆながらをしおりてつけたるふみあめれど。かくてある程はえさしいでず。丁子ぞめのうつしのはなやかににほひたるほどなどいとおかし。あまりはしたなきほどになりぬれば。たちいづるにもおかしきありさまは。みすてがたきぞにくきや。わがをきつるところもかくてやなど思ひやるもおかしかりぬべし。女もひとしれず思ひいづることもありけむかし。七月十よ日ばかりのひざかりのいみじうあつきに。おきふしいつしか夕すゞみにもならなんと思ふほどに。やうくれがたになりて。ひぐらしのはなやかになきいでつる聲きゝつるこそ物よりことにあはれにうれしけれ。しのびたる人のかよふには。夏の夜こそおかしけれ。いみじうみじかく。つゆもまどろまぬほどにあけぬるよ。やがてよろづのところもあけながらあれば。すゞしげにみわたされたるかほ。いますこしいふべきことどもはのこりたる心地すれば。ふともえたちさらで。かたみになにくれといひかはすほどに。たゞこのゐたるうへにからすのたかうなきてゆくこそけせうなる心地しておかしけれ。まづたかきひむがしみなみなどのかうしあけとをしたれば。すゞしげにみゆるよ。もやに四尺の木丁たてたるまへにわらうだうちをきて。三十許なるそうのいときよげなるうす物のころもげさなどいとあざやかにさうぞきて。かうぞめのあふぎうちつかひつゝ。だらによみゐたるこそ物きよげにみゆれ。もののけにいたくなやむ人にやうつすべき人とておほきやかなるわらはのすゞしのひとへあざやかなるはかまながやかにきなしてゐざりいでて。こなたざまにたてたる木丁のつらにゐたれば。とざまにひねむきて。いときはやかなるとこをとらせて。ずゝをしもみうちおがみなどしてよむだらにいとたうとし。けそうの女ばうどもいとおほくそひゐて。つとまもらへたるに。ひさしくもあらでふるひいでぬれば。もとの心はうせて。をこなふにしたがひててうぜらるゝさま。佛の御心ばへを見るにもいとたうとし。せうといとこなどやうなる。いりたちの人々もあまたあり。又げらういりたちのほうざなどもありて。うしろにゐてうちわするもあり。みなたうとがりてあつまりたるも。れいの心ならば。いかにはぢまどはむとみゆるにいとおし。身づからの身は。くるしからぬ事といひながら。わびなさたるかほの心ぐるしげなるを。つきびとのしる人などは。いとおしう思ひて。木丁のもとちかくゐて。きぬひきつくろひなどす。かゝるほどに 虫ハミおはしますに。御ゆなどいへば。北おもてへとりにゆくほども。わかき人どもは。心もとなくゆかしくて。はむをひきさげながらぞいそぎて見るや。ひとどもいときよげにて。うす色のもなどいといたうなへがかりてはあらずめやすきほどなり。さるの時ばかりまでいみじうてうぜられて。ことはりなどいはせつればゆるしつ。木丁のうちにとこそ思ひしか。あらはにいでにけるかなといひて。はづかしといみじう思ひたり。かみをふりかけてすべりいれば。しばしとゞめて 虫ハミすこしして。いかにぞさはやかにおぼえさせ給にやとてうちえみたるも。心はづかしげなり。しばしもさぶらふべけれど。ときのほどになり侍ればとて。いそぎていでぬ。いとうれしうたちよらせ給へるしるしにたへがたうおもふ給へつるに。たゞいまをこたるやうに侍れば。返々なむよろこびきこえ。さすがあすも御いとまのひまにものせさせ給へなどいはす。いとしうねき御もののけに侍めり。たゆませたまはざらんなむよく侍べき。よろしうものせさせ給めれば。よろこび申侍になんとばかりことすくなにていへるは。いとしるしありて。佛のあらはれたまへるとこそはおぼゆれ。きよげなるわらはべのちいさくてかみうるはしき。又おほきなるがひげおひたれど。思はずにかみながきうらゝ本ノマヽちがみむくつけくなるもいとおほかり。いとまなげにて。やむごとなうおぼえのあるこそいとあらまほしうめでたけれ。


這本以 後光嚴院宸翰一字書寫功了。

右淸少納言枕册子原爲一册標題無之半面十一行書之今分上下加題目且文章之中雖有可疑者以謂  後光嚴院宸翰不違一字書寫不敢改之如假名遣又偏任本畢

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。