新約聖書譬喩略解/第二十五 不忠操會者の譬

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第二十五　不忠（まごころからぬ）操會者（ばんとう）の譬（たとへ）

路加十六章一節より九節

イエス又（また）その弟子（でし）に曰（いひ）けるは或（ある）富人（とめるひと）に操會者（ばんとう）ありけるが主（あるじ）の所有（もちもの）を耗（つひや）しゝと主人（あるじ）へ訴（うつたへ）らる　主人（あるじ）操會者（ばんとう）を呼（よん）で曰（いひ）けるは爾（なんぢ）に就（つひ）て我（わが）ききたる事（こと）は何（なに）ぞや今後（もはや）なんぢを操會者（ばんとう）となしえざれば其（その）會計（あつかひ）たる條件（ことがら）を我（われ）に辨（のべ）よ　操會者（ばんとう）みづから意（おもへ）るは主人（あるじ）我（わが）操會（やくめ）を奪（とりあげ）なば何（なに）を爲（なさ）ん我（われ）鋤（すき）を執（とる）には力（ちから）無（なく）施（ほどこし）を乞（こふ）は耻（はづか）しく我職（わがやく）を奪（とられ）ん時（とき）は是（これ）等（ら）の家（いへ）に迎（むかへ）らるべき所為（しかた）を知（し）れりと　遂（つひ）に主（あるじ）の負（ふ）債（さい）人（にん）を悉（ことごとく）召（よび）て其（その）首者（はじめのもの）に曰（いひ）けるは爾（なんぢ）我主（わがあるじ）に負（ふ）債（さい）幾（なにほど）有（ある）や答（こたへ）て曰（いふ）油（あぶら）百（ひゃく）斗（と）なり彼（かれ）に曰（いひ）けるは爾（なんぢ）の券（かきつけ）を取（とり）速（いそぎ）坐（ざし）て五（ご）十（じふ）と書（しるせ）よ　又（また）一人（ひとり）に曰（いひ）けるは爾（なんぢ）の負（ふ）債（さい）幾（なにほど）有（ある）や答（こたへて）曰（いふ）麥（むぎ）百（ひゃく）斛（こく）なり彼（かれ）に曰（いひ）けるは爾（なんぢ）の券（かきつけ）を取（とり）八（はち）十（じふ）と書（しるせ）よ　主（あるじ）その所為（しわざ）の巧（たくみ）なるに因（より）て此（この）不義（ふぎ）なる操會者（ばんとう）を譽（ほめ）たり　夫（それ）此（この）世（よ）の子輩（こどもら）は此（この）世（よ）に於（おひて）は光（ひかり）の子輩（こどもら）よりも尤（もつとも）巧（たくみ）なり　我（われ）爾（なんぢ）に告（つげ）ん不義（ふぎ）の財（ざい）を以（も）て己（おのれ）が友（とも）を得（え）よ是（これ）は乏（とぼしから）ん時（とき）彼（かれ）等（ら）爾（なんぢ）を永遠（かぎりなき）宅（すまい）に接（むかへ）ん爲（ため）なり

〔註〕此（この）譬（たとへ）の中（うち）には多（おほ）く解（と）き難（がた）き處（ところ）ありて解説（ときあかし）各（おのおの）同（おな）じからざれども大約（おほむね）イエスその弟子（でし）に教（おしへ）たまふに世（よ）の人（ひと）は巧（たくみ）に今生（このよ）の事（こと）を為（な）せども爾（なんぢ）等（ら）は巧（たくみ）に来世（のちのよ）の事（こと）を為（な）すべしといふ意（こころ）にて此（この）譬（たとへ）は弟子（でし）にのみ説（とき）たまへるなり　操會者（ばんとう）の職（やく）は信者（しんじゃ）に恍惚（により）たり　操會者（ばんとう）は家（いへ）の中（うち）では諸（すべての）奴婢（ぬひ）よりも尊（たうと）けれども同（おなじ）く主人（あるじ）の僕（しもべ）なれば主人（あるじ）と共（とも）に計數（かんじやう）をなすべし　我（われ）儕（ら）信者（しんじゃ）にて神（かみ）の恩（めぐみ）を司（つかさどり）たれば終（つひ）にはまた必（かなら）ず主（しゅ）と計數（かんじやう）を為（な）すべし　上（かみ）の三（みつ）の譬（たとへ）は税吏（みつぎとり）と悪人（あくにん）の悔改（くひあらたむ）るによりて法利（はり）賽（さい）の人（ひと）に嫉（ねたま）るるほどなれば此時（このとき）の弟子（でし）には必（かなら）ず税吏（みつぎとり）と悪人（あくにん）多（おほ）くして彼（かれ）等（ら）の平日（へいじつ）得（う）る所（ところ）の財（ざい）はみな是（これ）不義（ふぎ）の財（ざい）なり　故（ゆへ）にイエス彼（かれ）等（ら）のためによくその益（えき）を獲（う）べき法（てだて）を教（おし）へたまへり　操會者（ばんとう）主人（あるじ）の産業（しんだい）を耗（ついや）すと人（ひと）に訴（うつたへ）らるるは都（すべて）是（これ）實事（まことのこと）にて寃屈（むじつ）を蒙（かふむ）るにあらず　故（ゆへ）に主人（あるじ）之（これ）と計數（かんじやう）をなしてその職（やく）を奪（とりあ）げ再（ふたた）び彼（かれ）を用（もち）ひずとなせり　操會者（ばんとう）自（みづか）ら度（はか）るに一（ひと）たび職（やく）を奪（と）らるれば身（み）の棲（すみ）處（どころ）もなく田（た）を耕（たがや）すには力（ちから）なく食（しょく）を乞（こふ）は耻（はぢ）なり　我（われ）何（なに）を為（なさ）んと思（し）案（あん）しつつ忽（たちま）ち心（こころ）に一（ひとつ）の計（はかりごと）を思出（おもひだ）し潜（ひそか）に主人（あるじ）に負（ふ）債（さい）せしものを招来（よびきた）りその券（かきつけ）を改（あらた）めて各（おのおの）減少（げんせう）し負（ふ）債（さい）者（しゃ）を悦（よろこ）ばしめこの恩（めぐみ）に感（くわん）ぜば我（われ）将来（のち）職（やく）を失（うしな）ふとも必（かなら）ず我（われ）を招（まね）くものありて身（み）を寓（よする）の地（ところ）あらんと　その後（のち）主人（あるじ）査知（しらべ）て彼（か）れの巧智（たくみ）を稱（ほ）めしなり　そもそも此（この）譬（たとへ）の本（ほん）意（い）を説（とく）に數（す）解（かい）不（ふ）同（どう）あり　或人（あるひと）の説（せつ）に（富（とめる）人（ひと））は天國（てんこく）の主（しゅ）を指（さ）し（操會者（ばんとう））は法利（はり）賽（さい）の輩（ともがら）を指（さ）す（操會者（ばんとう）私（わたくし）に各項（すがでう）の券（てがた）を改（あらたむ）る）は法利（はり）賽（さい）私（わたくし）に神（かみ）の誡命（いましめ）を改（あらたむ）るを指（さ）す　十誡（じつかい）第（だい）五（ご）條（でう）に父母（ちちはは）を敬（うやま）へとあれば法利（はり）賽（さい）の人（ひと）は父母（ちちはは）に対（たい）して爾（なんぢ）を養（やしな）ふべきものは禮物（そなへもの）なりと云（いへ）ば父母（ちちはは）を敬（うやま）はざるも可（よし）とすといへり〔馬太十五章五節〕また凡（およ）そ其妻（そのつま）を出（いだ）して他（ほか）の者（もの）を娶（めと）らば姦淫（かんいん）を行（おこなふ）なりと〔本章十八節〕あれば法利（はり）賽（さい）の人（ひと）は妻（つま）と分離（わかれ）るはその便（たより）に随（したがふ）べしと事々（ことごと）減少（へら）して守（まも）り易（やす）からしめ竟（つひ）に神（かみ）の律法（おきて）を己（おの）れの意（こころ）に任（まか）せて改（あらた）め世（よ）の人（ひと）の喜悦（よろこび）を博（ひろく）せり　イエスの弟子（でし）に教（おしへ）たまふは之（これ）と反（うらはら）なり　世上（よのなか）の不義（ふぎ）の財（たから）は衆（ひとびと）に散（ちら）し財（たから）を天國（てんこく）に積（つめ）とおしへたまへり　又（また）或人（あるひと）の説（せつ）には（富（とめる）人（ひと）操會者（ばんとう）の職（やく）を奪（とりあげ）ん）とするは天（てん）父（ふ）ユダヤの舊敎（ふるきおしへ）を用（もち）ひたまはざるを指（さ）す（操會者（ばんとう）の負（ふ）債者（さいしゃ）と交（まじはり）を結（むす）び預（あらかじ）め身（み）を容（いる）る計（はかりごと）を為（な）す）は法利（はり）賽（さい）信者（しんじゃ）と交（まじはり）を結（むす）び将来（のち）ユダヤの教（おしへ）廃（はい）するときに信者（しんじゃ）之（これ）を接納（うけいれ）てイエスの教會（けうくわい）に入（い）らしむるを教（おしへ）たまふなりと　此（この）両説（れうせつ）に據（より）従（したがふ）人（ひと）あれども恐（おそ）らくは確解（たしかなときあかし）にあらず　第一節（だいいっせつ）に因（よる）にイエス弟子（でし）のために説（とき）たまふこと明（あきらか）なり　法利（はり）賽（さい）のために説（とき）たまふにあらず　第八節（だいはっせつ）の主（あるじ）は操會者（ばんとう）の主（あるじ）を指（さ）す　救主（すくひぬし）を指すにあらず　主人（あるじ）の操會者（ばんとう）を誉（ほむ）るは善人（よきひと）たるを誉（ほむ）るにあらず行所（なすところ）の機（ばあひ）に合（かな）ひその智慧（ちえ）巧（たくみ）にして計（はかり）ごとよく長遠（とほき）に及（およぼ）すを誉（ほむ）るなり　イエス此事（このこと）を説完（ときおは）りまた此（この）機（き）會（くわい）に乗（より）て弟子（でし）に操會者（ばんとう）の智慧（ちえ）を学（まな）び萬（ばん）事（じ）計（はかり）ごとは事（こと）に先（さきだつ）て備（そなへ）んことを勧（すす）めたまへり　此（この）世（よ）の子輩（こどもら）とは世（よ）の人（ひと）を指（さ）し光（ひかり）の子輩（こどもら）とは信者（しんじゃ）を指（さ）せり　世（よ）の人（ひと）は肉身（にくしん）の計（はかりごと）をなすによくゆき届（とどき）たり　イエスの弟子（でし）には信徳（しんとく）軟弱（よわく）して目前（めのまへ）の事（こと）を顧（かへりみ）て反（かへつ）て世（よ）の人（ひと）の巧（たくみ）なるに及（およ）ばざるものあり　第（だい）九（く）節（せつ）に不義（ふぎ）の財（たから）を以（も）て友（とも）を結（むすぶ）とは何故（なにゆへ）に財（たから）を不義（ふぎ）とは謂（いふ）に人の財（たから）を得（う）る必（かならず）しも事々（ことごと）義（ただしき）に合（かな）ふこと難（かた）し　多（おほく）は人（ひと）に語（かた）るに堪（たへ）ず自（みづか）ら問（と）ふにも堪（たへ）ざることあり　縦（たと）ひ先（せん）祖（ぞ）より傳（つた）はる財（たから）にても其（その）来歴（らいれき）を溯（たづ）ぬればまた義（ただしき）に出（いで）ざるものあり　况（ま）して此時（このとき）の弟子（でし）には前（まへ）に税吏（みつぎとり）にて財（ざい）を不義（ふぎ）より得（え）し者（もの）少（すくな）からず（友（とも）を得（え）よ）とは施捨（ほどこし）をなす人（ひと）を指（さ）せり　印書（てがみ）を以（もて）人（ひと）を送（おく）り或（あるひ）は傳道者（でんどうしゃ）を養（やしなひ）て人（ひと）に道（みち）を教（おしゆ）る等（とう）の人（ひと）をいへり（乏（とぼし）き時（とき））とは死（し）する時（とき）を指（さ）せり　人（ひと）の死（し）するは操會者（ばんとう）の廃（はい）せらるるが如（ごと）し（永遠（かぎりなき）宅（いへ））とは天國（てんこく）を指（さ）す　操會者（ばんとう）人（ひと）の家（いへ）に接納（むかへいれ）らるるは暫時（しばし）のことに過（すぎ）ざれども信者（しんじゃ）の天國（てんこく）に接納（むかへいれ）らるるは永遠（かぎりなき）の事（こと）なり故（ゆへ）に永遠（かぎりなき）宅（いへ）といへるなり　平日（へいじつ）我（われ）の財（ざい）によりて救（すくひ）を得（う）るもの此時（このとき）に来（きたり）接（むか）へり故（ゆへ）に接（むかへ）んといへるなり　この譬（たとへ）の大（だい）旨（し）を要（もとむ）るにイエス人（ひと）を教（おしへ）たまふに世上（よのなか）の財（ざい）を散（ちら）し善事（よきこと）を行（おこな）へば将来（のち）世（よ）を逝（さり）て天國（てんこく）に接（むかへ）られ従前（さきに）我（わが）恩（めぐみ）を受（うく）るものみな来（きたり）て感（くわん）謝（しゃ）すと説（と）きたまへるなり　我（われ）儕（ら）誠（まこと）に楽（たのし）むべきにあらずや　萬年（まんねん）身（み）を容（いる）るの計（はかりごと）を為（なさ）んとするに此（これ）より優（まさり）たるものなし　昔（むかし）唐（もろこし）の馮煖（ひやうくわん）といふもの孟嘗君（まうせうくん）に語（かたり）て曰（いわ）く狡（かう）兎（と）三窟（さんくつ）ありと　恰（あたかも）此（この）譬（たとへ）と相（あひ）似（に）たり　願（ねがは）くば此書（このしょ）を讀（よ）むもの慎（つつしみ）て苟且（かりそめ）になすべからざるなり