新式算術講義/第九章

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第九章 無理數

限りなく多くの數,上限及下限○基本定理○稠密なる分布,等分の可能,アルキメデスの法則は凡て連續の法則に含蓄せらる○有理數の兩斷と無理數○無理數の展開,無限小數の意義○量を計ること及其數値の展開○展開せられたる數の大小の比較,展開の唯一なること○無理數の加法及其性質○加法の近似的演算○比例に關する定理,比例式解法,乘法及除法の意義○乘法及除法の性質○負數

(一)

限りなく多くの數の與へられたる時は,其中に一個最大又は最小の者存在するを必すべからず.此微妙なる事實は常識を以て捕捉し難き所なれども,數學に於て頗る重要なる意義を有せり.抑〻「限りなく多し」とは,吾人の實在界に於て決して遭遇せざる所なり.吾人は「甚だ多し」といふことを經驗し得べし.限りなく多しといふは,唯思想界に於てのみあり得べきことなり.是故に無限といふことにつきては往々一見常識に反せるの觀を呈する事實に遭遇すること,實に止むを得ざる所なり.

限りなく多くの物を考ふといふことの意義,明白に理會せられざる可らず.限りなく多くの物を考ふとは雜然として隨意に種々の物を思ふの謂にあらずして,一定の限界ある,物の一系統を考ふるなり,唯此系統を組成せる物の數に限なきのみ.卽ち或物が今考へつゝある所の系統に屬せるか,或は屬せざるかを定むべき一定の照準存在するを要す.此照準は場合によりて樣々に異なるを得べきこと論なし.例へば凡ての整數を考ふるときは,吾人は限りなく多くの物を考ふとは雖,此等の物は全體に於て,一定して動かすべからず. を採り を採る, を採らず, を採らず,今考へつゝある物に一定の限界ありといふは此意なり.或は凡ての素數を考ふるとき亦然り.如何なる數も素數なるか,或は素數ならざるか,何れか一なり.素數は今考ふる所の系統に屬し,素數ならざる數は之に屬せず.吾人の考ふる所の物に定まれる限界あり.或は より大にして より小なる凡ての有理數を考ふ,又は より小なる凡ての有限小數を考ふ,又は循環位數二個なる凡ての循環小數を考ふ.考ふる所の物の數に限なしと雖,考ふる所の物の限界は一定して動かすべからず.

さて冒頭に言へる事實に返らん.定まれる數の一組を考ふるとき,其中に最大の者ありとは,次の二條件を充實すべき數 の存在するを言ふ,第一,今考へつゝある所の數の中に より大なるもの一も在ることなし,第二, なる數自らも亦今考ふる所の數の一組に屬せり,といふこと是なり.最小の場合も亦同じ.

考ふる所の數が唯 個に止まれるときは,其中に必ず最大又は最小の者あり.例へば其最大の者を得んと欲せば,次の如くすべし.先づ今考ふる所の 個の數の一組を と名づく. の中より任意に一つの數 を採り出すとき, 若し殘れる 個の數のいづれよりも大なるときは は卽ち の諸數の中最大なる者なり.若し然らずば殘れる 個の數の中に より大なる者存在す.此場合には此等の 個の數を一括して之を と名づく. に最大の數あらば,そは又 の最大の數なり.斯の如くにして 個の數の中最大なる者を求むる手續きは, 個の數の場合に歸着す.さて唯二個の數の與へられたるとき,其中に最大なる數あること分明なるが故に,數學的歸納法によりて, が如何なる數なりとも,最大の存在は證明せられたり.

こゝに「 が如何なる數なりとも」といへるは,「 を組成せる數限りなく多くとも」といふことゝ同一にあらざるに注意すべし.「 が如何なる數なりとも」とは「 を組成せる數の數に限りある凡ての場合に於て」といふの義なり.

個の數より成れる場合には に最大の數あり.よりて上の論法によりて 個の數より成れる場合にも亦最大の數あるべきを知る. 個の數より成れる場合に最大の存在すべきを知らば,再び同樣の論法によりて 個の數より成れる場合に移る.然れども斯の如き徑行によりて が無限に多くの數より成れる場合には,決して到達することを得ず.

無限に多くの敷の與へられたる時,其中に最大又は最小の者あるを必すべからざるを知らんと欲せば,最大の存在せざる場合の唯一個の實例を擧ぐるを以て足れりとすべし.例へば を以て自然數を表はし 卽ち の如き數の全體を考へ,之を一括して と名づくるに は無限に多くの數より成れる,而も一定の限界を有する數の一系統なり. 等は此系統に屬す. 等は然らず.さて に最大の數あるか. の中より如何なる一つの數を採るとも, の中には尙ほ之よりも大なる數あり.例へば に屬せり,然れども も亦 に屬して,而も より大なり.是故に に最大の數あるを得ず. の凡ての數より大なれども, に屬せず なる如き自然數存在せざればなり.

が無限に多くの,定まる數の一系統なるときは, に最大又は最小の數あることあるべしと雖,最大又は最小の數なき場合も亦之あること,上の一例によりて確められたり.更に一個の例を加へん, よりなる凡ての分數を一括して之を と名づくれば, に最小の數なし. より小ならざる凡ての數を一括して之を となせば, には最小の數あり, 卽ち是なり.前の場合にては に屬せず,後の場合にては に屬せるに注意すべし.

最大,最小に似て而して非なるを上限下限とす. なる一組の數の與へられたるとき の上限とは次の二條件を充實すべき數 を謂ふ.

第一, に屬せる數にして より大なる者一も存在せず.

第二, より小なる數 を如何に採るとも, に屬せる數にして より大なる者必ず存在す.

下限の場合には大小の語を轉倒すべし.此處に に屬すると,屬せざるとは措て問はず の諸數を以て窮りなく其上下限に接近することを得,然れども の諸數は決して其上限を超えず,又下限を下らず.

最大又は最小の存在する場合には,こは卽ち上限又は下限なり.然れども上限,下限は必ずしも最大又は最小にあらず. に屬するときは, は最大又は最小なり, に屬せざるときは に最大又は最小なし.

前出の例につきて說明せんに,先づ の如き分數の全體となすときは, に最大なし. の上限なり.げにも の諸數の中 より大なるものなし,又 より小なる數なりとせば なる如き自然數 は必ず存在す,例へば とせば 等は の數にして より大なり.

の最小,隨て の下限は なり.

より大なる凡ての數より成れりとせば, に最小なし. の下限なり. より小ならざる凡ての數より成れるときは, の最小,隨て の下限は卽ち なり.

正の有理數に最小なし, は其下限なり.負の有理數に最大なし, は其上限なり.最大最小と上限下限との區別は煩瑣なるに似たりと雖,此等の觀念は前にも言へる如く現代數學に於て重要なる意義を有す.こゝには唯此觀念を明晰に說明せんが爲に,最卑近なる例を採れるなり.

(二)

上限下限の語を說明せる後,進みて次の定理を證明せんとす.

限りなく多くの定まりたる數の一組の與へられたるとき,若し此一組の數が盡く,或一定の數 より小なるときは,此一組の數は より大ならざる上限を有す.

若し又此一組の數が盡く或定まりたる數 より大なるときは,此一組には より小ならざる下限あり.

此定理は有理數の範圍內にては必ずしも成立せず.之を證明するには連續の法則を根據とせざるべからず.こゝには第一の場合のみを論ぜん,第二の場合も其趣異なることなし.

先づ與へられたる一組の數を と名づく.今任意に或數 を採りて考ふるに,玆に二つの場合あり.卽ち の如何なる數よりも大なるか,然らずば の數にして.より小ならざる者存在す.第一の場合には に編入し,第二の場合には に投じ,以て凡ての數を の二群に分つことを得.斯くするときは如何なる數も 又は のいづれか唯一方に屬し,又 に屬せる數は,盡く に屬せる數よりも大なり.是故に連續の法則によりて, に最小の數あるか,又は に最大の數あるか,いづれか一ならざるを得ず.いづれにしても,卽ち の最小の數なりとするも,又は の最大の數なりとするも, の上限なり.之を證すること次の如し.

先つ の構成上, の諸數の盡く に包括せらるゝこと明白なり.若し に最大の數あらば,此數 は又 の最大の數なり。げにも に屬せるが故に, の數の中 より大なる者又は に等しき者必ずあるべし.さて實際 には より大なる數なし,何とならば若し の數にして より大なる者なりとせば, は又 に屬し,隨て の最大の數なるを得ざるべければなり.是故に の諸數の中に に等しき者なかるべからず,而も又 より大なる數なきが故に, は卽ち の最大の數なり

の最小の數なるときは, に屬するが故に の諸敷の中 より大なる者一もあることなし,今 を以て より小なる數となすときは に屬し,隨て の諸數の中 より小ならざる者必ずなかるべからず,而も實際 の諸數の中 より大なる者必ずあり,げにも若し の諸數にして盡く を超えずば の最大の數にして より大なる數は盡く に屬し,隨て に最小の數あるを得ざるべきなり.卽ち は第一 の凡ての數よりも大にして,又第二に より小なる數 との中間には に屬せる數を容れたり.是故に の上限なり.

の最大の數なるときは, は卽ち の上限にして同時に の最大なり.又 の最小の數なるときは, の上限にして此場合には に最大なし.

の凡ての數より大なりといふ なる數は に屬せるが故に, は凡ての場合に於て より大なることを得ず.凡ての數を の二群に分つことを得といへること,實は なる數の存在を根據とせり.

の外に の上限なきこと明白なり.例へば を以て と異なる數なりとするに, にして より小ならば に屬し,且 の數の中 より大なる者存在するが故に, は旣に上限の第一條件をも充實せず.又 にして より大ならば の諸數の中 より大なる者なきにより, は上限の第二條件を充實せず.卽ち と異なる數は の上限として と幷立することを得ず.如何なる場合に於ても上限,下限は假令存在すとも,必ず唯一個に限るべきなり.

下限の場合につきて,上の證明を反復すること,上下限及び最大小の明確なる觀念を獲得するに絕好の練習たるべし.

例へば其平方 を超えざる凡ての有理數を以て を組成するに, の諸數はいづれも例へば より小なり.是故に を超えざる上限を有す.(此上限は有理數にあらず.) が連續の法則に謂ふ所の數の兩斷なるときは, に最小の數あらば,そは の上限にして,又 に最大の數あらば,そは の下限なり.

(三)

分布の稠密なること,等分の可能なること,及びアルキメデスの法則,此等は數の連續に關係せる性質なりと雖も,未だ連續の眞相を悉さゞるものなることは旣に指摘せる所なり.飜て此等の諸性質の盡く連續の法則の中に含蓄せらるゝを辯ぜんとす.

一, が相異なる二つの數なるときは, の中間に第三の數必ず存在す.證, は相異なるが故に第一原則一によりて,其中一は他の一より大なり.例へば より大なりとなすに,假に より小にして より大なる數なしとせば,次の如くにして自家撞着の結論を生ず. 及び より大なる凡ての數を に編し, 及び より小なる凡ての數を に編するとき,中間に第三數を容れずとなせるが故に, は其全體に於て凡ての數を網羅し,且 の數は凡て の數より大なり.然るに の最小の數にして,同時に又 の最大の數なり.是連續の法則と相容れざる所なり.

二,アルキメデスの法則, 若し より大ならば を幾囘か加へ合はせて,竟に より大なる數に達することを得.

を幾囘か加へ合はせて作り得べき數卽ち の倍數 を一括して之 を と名づく.アルキメデスの法則を否認するは, の諸數盡く を超えずと主張するに異ならず.若し果して然らば には より大ならざる上限あり,之を と名づく.さて上限の第二條件によりて なる數よりも小ならざる數 の中になかるべからず,例へば となすに よりて確に にして,而も是 の定義に牴觸せり.アルキメデスの法則を承諾すること已むべからず.

アルキメデスの法則より剩餘の定理を得べし. より大なる數なるとき の倍數にして, より大なる者あり.隨て の倍數にして より大ならざる者は其數限りあり,故に其中一個最大の者存在す,之を となさば

隨て,

にして の與へられたるときは, 及び は一定す.

等分の可能を證せんが爲に,先づ次の事實を辨明せざるべからず.曰く, なる數()と自然數 とを與ふるとき なる如き數 は必ず存在す.此事實は連續の法則に關係なし.先づ此定理は なる場合に成立す,げにも より小なる數の一つを となすに, よりも又 よりも小なる數必ずあり,其一つを とせば よりて .さて數學的歸納法を適用せんが爲に の場合より の場合に移らんに,先づ なる數 の存在を假定し, を作るとき なる場合は辨を俟たず.若し ならば と置くに, さて となさば 卽ち 倍は よりも小なり.是によりて當面の定理は凡ての場合に成立せり.

三, と自然數 とを與ふるとき なる數 は必ず存在す.

なる如き數 の存在すべきことは,只今證明せる所なり.斯の如き數 を總括して之を と名づく. の諸數は一も を超えず,故に に上限あり,之を と名づく.さて 倍は に等しく,卽ち なり.げにも先づ, 倍は より小ならず,何とならば若し ならば なる如き數 は必ず存在す,隨て 卽ち より大なる數 に屬せりとの不都合なる結論に陷る.又 倍は より大ならず,何とならば若し ならば にして且 なる如き數 は必ず存在す.隨て さて に屬する數なり,此數の より大なりとは不可有の事に屬す. 倍は より小ならず,又 より大ならず,是故に數の第一原則によりて 倍は に等しからざるを得ず.其 に等しき數の を外にして存在し得ざること明白なり.

(四)

有理數の分布は稠密なり. を二つの相異なる有理數とせば, の中間必ず第三の有理數を容る.此事實は更に之を修補することを得.

を相異なる二つの數とせば( が有理數たると,然らざるとを論ぜず) の中間に有理數必ず存在す.

げにも,例へば となすときは,アルキメデスの法則によりて なる如き自然數 は必ず存在す.隨て さて を分母とせる正の分數の中 より大ならざる者は其數に限りあり,就中最大なるを となすに にして,此 なる有理數は より小なり.如何にとならば,若し假に なりとせば より を得べくして,是上に述べたる の定義と相容れざる所なり. の中間に必ず有理數の存在するを知るべし.是によりて,又 の中間に無限に多くの有理數の存在するを推知すべし.

有理數を甲乙の二群に分ち,甲の數をして盡く乙の數より大ならしむるとき,甲に最小の有理數なく,又乙に最大の有理數なくば,斯の如き有理數の切斷は,或一個の定まりたる無理數によりて惹き起さるべし,卽ち甲の凡ての有理數よりも小にして,乙の凡ての有理數よりも大なる唯一個の無理數あり.

甲の有理數はいづれも乙の或有理數より大なるが故に,甲に下限あり,之を と名づく,又乙の有理數はいづれも甲に屬せる或有理數より小なるが故に,乙に上限あり,之を と名づく.さて は相等しく,隨て此數は卽ち甲乙の中間に存せる有理數の缺陷を塡補すべき唯一の無理數なり.げにも先づ なることを得ず,若し ならば なる有理數存在し,此有理數は より小なるが故に甲に屬することを得ず,又 より大なるが故に乙に屬することを得ず,是許すべからざる事なり.又 なることを得ず,若し假に なりとせば の中間に橫はれる二つの有理數をとりて之を と名づけ, より大なりとせば にして より大なるが故に甲に屬し, より小なるが故に乙に屬し,而も より小なり.是はた容すべからざる事に屬せり.是故に は相等しからざるを得ず. と置くとき, 以外に甲の凡ての有理數より小にして,乙の凡ての有理數より大なる數あることなしといふ事實は旣に上文說明中より看取することを得べき者なり.こゝに尙ほ次の事實を附記して思想の明確に資せんとす.

如何程小なる數にてもよし,豫め なる數を任意に定め置かんに,甲,乙兩群の中より一對の有理數 を撰みて ならしむることを得.

をとり を考ふるに と此數との中間に在る有理數は盡く甲に屬せり,此等の有理數の中の一つを とす.又 より大なるときは との間に在る有理數は盡く乙に屬せり,其一つを となすに, よりて 斯の如くにして の如き一對の有理數を甲乙兩群より一つ一つ撰み出すべき方法は無限に之あり.

より大ならざる場合は辨明を要せざるべし.

如上の觀察によりて次の事實を知る.

凡て無理數は有理數間に一の切斷を惹き起し,又有理數間の切斷は一の無理數を定む.屢〻說きたる有理數の缺陷は各,唯一個の無理數によりて塡補せらる.是故に有理數に一の切斷を與へて其缺陷を指示する每に,一個の無理數の存在,證明せられたりと謂ふことを得.

(五)

を或無理數となし, より大なる自然數(例へば )とし, を基數とせる命數法によりて を表さんとす.

先づ を任意の自然數となし, を分母とせる正の分數 を考ふるに,此等の分數の中 より小なる者は其數に限あるべきこと,アルキメデスの法則の當然の結果なり.さて此等の分數の中最大なる者を と名づくるに

にして

今順次 となして,此結果を適用し

によりて有理數 を定むるに,此等は皆 と共に全く一定す.さて なるにより なるが故に 卽ち

同樣にして

一般に

隨て

斯の如くにして より 及び 等,限りなき係數の引き續きを定むることを得, より小なれども,其差 より小なり,是故に の値を まで與ふるものなりとすべし.

言辭を簡約して,この結果を次の如く言ひ表はす. の冪級數に展開して,或は を基數とせる命數法にて表はし,

を得. の與へられたる上は,各の無理數は唯一の展開を有せり.

上述の展開は が無理數ならざるときにも亦適用し得べきこと勿論にして, が有理數なるとき,其展開を得べき方法,其展開の係數が竟に一定の週期を以て循環するに至るべきこと,及び特殊の有理數は有限,無限二樣の展開を有し得べきことは旣に第六章(七),(八)に於て說きたる所なり.

若し逆に,始より 等限りなき係數の引續きを與ふるとき( は盡く より小なる自然數なるべきこと勿論なり)

の如き展開を與ふべき數は必ず存在すべしや,否や.

展開の有限なる場合,及び其係數の循環する場合は旣に結着せる問題として,こゝに之を度外に置きて可なり.さて前の如く

なる有理數を作り,此等無限の有理數 を一括して之を と名づくるに, の諸數は盡く より小なること明白なり.是故に(二)によりて は一の上限を有す,之を と名づく. は卽ち上記の展開を與ふべき數なり.之を確めんと欲せば,凡ての につきて

なるべきを示さば則ち足る.先づ の上限にして と共に增大するが故に なること明白なり.今假に となさば,上限の定義によりて, の中には より大なる數なかるべからず,然れども其實際然らざることは,容易に確め得べき所なり.げにも

にして は其附數 より小なると大なるとを問はず,いづれも より小なり.

若し又

によりて定めらるゝ無限の有理數 を一括して之を と名づくれば, の諸數は盡く より大なるが故に, は一の下限を有す.之を と名づくるに の上限 と同一の數なり.其故如何にといふに,先づ

なることは旣に說きたり.今又 の下限となせるが故に,いづれよりも小なる數の上限なり,故に なること旣に確實なり.今更に なるを得ざるを證明せんに,假に なりとせば なる如き自然數 はアルキメデスの法則によりて必ず存在す,よりて なる如く指數 を定めて を得.さて一方に於て

より を得て,こゝに前後矛盾の結論を生ず. なりとの主張は保持すべからず, は必至なり.

上文の觀察は要するに次の事實に歸着す. を豫め與へて,之より前に述べたるが如くにして

なる二組の有理數を作るときは の上限 の下限 とは同一なり.此 なる數は卽ち

なる展開を與ふべき者なり.

例へば の如き展開(無限小數)與へられたりとせよ.常識は此記法の或數を表せるを認めて怪まず.然れどもこの記法は其最後に連なれる「…」によりて,桁數の連綿究まる所なきを示せるが故に,有限小數が或數を表はすといふと同じ意義に於ては,上の記法は或數を表はすことなし.然らば則ち此記法の表せるは如何なる數ぞや.上文の觀察は此疑問に明確にして動かすべからざる解釋を與ふ,曰く上の記法は

等の有限小數(其數には限なけれども)のいづれよりも大なる,而して又

等の有限小數のいづれよりも小なる(唯一個に限り存在し得べき)數を表はせるなり.

(六)

前節の觀察は,無限小數を以て數を表はすといふ事を分析して,之に透徹せる解釋を與へたる者なれども,數の觀念を根本的に會得すべき此好機を充分に利用して遺憾なからしめんが爲に,更に數言を費すの必ずしも無益ならざるべきを信ず.

具象の量,例へば長さを計ることよりして,無限小數の觀念に到達する徑路は甚だ明なり.今 なる直線を與へられたりとし,之を と名づけ,單位 を定めて之を計り,先づ

なるを知り,次に より短かゝるべき剩餘 をば を單位と して計りて

を得,次には又 を單位として剩餘 を計りて

を得,次第に斯の如くして

を得.例へば尺を單位として の長さ 尺有餘,次に尺を十分して寸となし,剩餘 寸有餘,又更に寸を十分して分となし,此剩餘 分有餘となす,分を十分して厘,厘を十分して毛となし,此手續きを繼續するに,剩餘は漸次減少して,實際に於ては,竟に人の感覺によりて識別せらるゝの範圍を逸するに至るべく,又實用上斯の如き微小の剩餘に注意すべき必要なしと雖,吾人の理想に於ては,上述の手續きは剩餘の存するに限り,何處までも繼續し得らるべしと考ふるを禁ずる能はず.又斯の如くにして順次得來るべき 等の自然數は と共に一定すべきを疑はず.卽ち が稍〻大なるときは實際決定し難しと雖,其決定せられざるを,吾人の感覺の鈍き,或は計測の器械の不全に歸し,若し にして決定せられ得なば, なる自然數は一定の自然數なるべきを信じて躊躇することなし. にして少しにても と異ならば, を單位として を計るとき,最初は前と同一の數 を得ることあるべしと雖,竟には例へば の段に於て前の と異なる自然數 に達せざるを得ず,隨て單位 の定まりたる上は,各〻の長さ より一定せる自然數の引き續き を得.卽ち の數値は なる無限小數によりて與へらるゝものとなす.

如上は,常識ある人士の必ず所觀を一にすべき所なり.さて旣に斯の如くにして各〻量に一定の有限又は無限小數を以て表はさるべき數値あるを認めたる後,玆に新に一の疑問を生ず. なる量,例へば なる長さの先づ與へられたるときは斯の如くにして, なる自然數の引續きを定め得べしと雖,若し此順序を轉倒し,始めより 等限りなく自然數の引續きを與ふるとき

の如き數値を得べき量 は存在すべしや否や. は與へられたるが故に 等は旣に定まれる量なり,此等の量より加合によりて

等の量を作り得べし,然れども此等の量は未だ求むる所の なる量にはあらず.例へば

なる如き點, の存在は明白なり, を一萬となし,一億となして, の如き點を作りたりとも,今求むる所の なる點,卽ち なる如き點は常に の右方にあり.卽ち知る, 等旣知の量を加合し行きては,到底 なる量に到達する時あるべからざるを.然らば卽ち なる量, なる點は果して存在得べしや否や.

實際に於て吾人は理想上 點の存在を認む,然れども其根據は何處にかある. 點の存在を認むるは卽ち直線上の點の連續を認むるなり.前節に於て の存在を證明するに の上限の存在するを基礎とし,而して上限の存在は連續の法則を根據とせることに着眼すべし.連續の法則は「公理」なり,證明せられ得べき事實にあらずと言へる所以の者,亦實にこゝに存せり.

有理數は有限小數又は循環小數に等し.循環せざる無限小數をも亦一個の數となすは,卽ち無理數の存在を認むるなり.吾人の考へ得べき有限,無限,循環,不循環の凡ての小數を總括して之を數と名づくるも,或は又數は連續の法則に遵ふといふも,歸する所は一なり.前者は經驗に基きて不知不識の間に常識の作り出せる數の觀念にして,後者は嚴格なる論理によりて此觀念を分析して得たる數の定義(の一要素)なり

(七)

展開せられたる二つの數,卽ち例へば十進命數法にて書き表はされたる二つの數, の大小は一見して判別せらるべし.

となし,例の如く

なる記法を用ゐ,又

につきて を同樣の意義に用ゐるとき,直に最一般なる場合を論ぜんが爲に の展開は其起首若干項に於ては全く符合し, の位に至て始めて相異なる係數を有せりとし,例へば となす.しかするときは

さて の下限なり,是故に より

(1)

を得.又一方に於て の上限なり,隨て

(2)

(1)(2) より一般に

を得.只 (1)(2) に於て同時に等號を採るべきときに限り なり.此場合には にして 卽ち は有理數なり.是卽ち笫六章(九)に說きたる特異の場合に外ならず.今再び此特異の場合を審明せんが爲に,先づ (1) に於て等號を採るべき場合を考へんに,こは 卽ち にして且 卽ち の下限たるべき が同時に,其最小たるときに限れり,是故に 隨て( の場合につきて言はゞ) 卽ち の展開の係數は の位より後は, の無窮の連續なり.又 (2) に於て等號を採るべきは の最大なるとき卽ち 隨て 卽ち の位に終れる有限小數に等しき場合に限れり.卽ち との相等しきときは,此兩數の展開は次の如くなるべきなり,

卽ち第六章(九)の特異なる場合の外は相異なる無限小數は常に相異なる數を表はし,同一の數が二樣の展開を與ふることなし.

(八)

有理數の加法は旣に定まれる意義を有し,此意義はよく前章に擧げたる第二原則に適合せり.さて無理數の關係せる加法も亦然るを得べきか.

を二つの無理數とし, より大又小なる有理數を一般にそれぞれ にて表はし,又之を一括してそれぞれ と名づく, につきては を同樣の意義に用ふ,卽ち例へば或る と言ふは, に屬する卽ち より大なる或有理數といふに同じく,又或 とは「 より大なる或有理數と より大なる或有理數との和」といふに同じ.

さて一般に なるにより,第八章(二)の第二原則四によりて なる和は次の條件に適合せざるべからず.

然るに,凡ての より小にして,同時に又凡ての より大なる數は唯一個に限り存在す.先づ に下限あり,之を と名づく,又 上限あり,之を と名づく.しかするときは とは相等し.げにも假に なりとするに, より小にして,而も如何程にても之に近き或 あり,又 より大にして,而も如何程にても之に近き或 あるが故に, より或 が或 より大なりとの容すべからざる結論を得.故に より大なるを得ず.嚴密なる數學的「句調」を以て之を再言せば,先 ならば,必ず なる如き數 存在す,さて の下限にして, より大なるが故に,下限の定義によりて なる如き 存在せざるを得ず.又 の上限にして より小なるが故に なる如き 存在せざるを得ず.是に於て なる容すべからざる結論を生ず.

次に又 となさば なる如き二個の有理數 を採るに, 隨て なる不等式恆に成立すべし,是亦容すべからざる事なり.何とならば(四)に言へる如く より其差如何程にても小なる一對の數 ,又 より其差如何程にても小なる一對の數 を選み得べく,隨て をして なる數よりも小ならしむべく, を採り得べければなり.

是故に は相等し.さて凡ての より小なる數は より大なるを得ず,又凡ての より大なる數は より小なるを得ざるが故に は此 に等しからざるを得ず.

此論法は又 の一方又雙方が有理數なる場合にも適用せられ得べし.卽ち一般に の和はそれぞれ より大なる有理數 の和の下限にして同時に又それぞれ より小なる有理數 の和の上限なり.

加法にして上述の第二原則に遵ふべき上は, の和は上の如く定むるを必須とす.卽ち無理數の關係せる加法の意義は,第二原則の一部のみによりて一定の意義を得たり.さて斯の如く旣に定まれる加法が,尙よく,第二原則の各條に適合すべきや否や.是容易に解決せられ得べき,然れども又解決せられざる可からざる問題なり.

例へば交換の法則につきて言はんに, が與へられたる二つの數にして其中少くとも一方が無理數なるときは はそれぞれ次の條件によりて定まるべき數なり

さて有理數の加法は交換の法則に遵ふこと既に知られたるが故に,上の兩不等式より

を得.其他類推すべし.

の差は, を上述の意義に用ゐるとき

によりて定まるべき唯一の數なり.


(九)

前節に說きたる如き,又は一般に無理數につきて上文用ゐ來れる論法は,往々,此種の抽象的の思索に慣れざる人の,理會に苦しむ所なり.而して困難は常に推理の進行の步々追跡し難きにあらずして,却て大體に於て斯の如き三段論法の連鎖の嚮ふ所の那邊に在るかの明ならざるに存せり.例へば始めて幾何學の敎課を受くる兒童の如し,凡て直角の相等しきことは彼等の熟知する所なり.何故に故らに某公理,某定理を或順序に連結したる後始めて之を知り得たりと言ふか.疑問は立脚點の不明より起る.

凡て二つの數に一定の和あり,其和が前章(九)の諸原則に背馳せざること,吾輩のよく知る所なり.吾輩豈に明白斯の如き事實を疑はんや.吾輩は今斯の如く明白にして,斯の如く各人の其所觀を一にする事實の根據の何處にあるかを探らんと欲する者なり.

なる二數が十進命數法にて表はされたりとし(

と置き を先に屢〻言へる如き意義に用ゐるときは,一般に

につきて を同樣の意義に用ゐて

となす.一般に

にして より小なる其近似値 より大なる其近似値なり, を順次增大するときは,卽ち の展開の桁數を採ること愈〻多ければ は愈〻 に近接し, を增大して止まずば は上下より に近迫して究まる所なし.二つの無限小數の和といふことを口にして人の少しも怪まざるは,如上の事實を確信すればなり.

然れども, の上限と の下限との果して一致するや否や,是證明を要せずして斷定せらるべき問題にあらず.而して此上限と下限との實際一致すべきことは,前節所說の中に含蓄せられたる所なり.

は是一の なり, は是一の なり. の上限は の上限 を超えず.さて より小なる或有理數 を考ふるに の上限は卽ち なるにより, より大なる は必ず存在す.詳しく言はば の展開の桁數を充分永く採りて, よりも一層 に近接せる有限小數を得べし.是故に の上限は決して の上限 を下らず.故に の上限は に外ならざるを知る. の下限が の下限 卽ち と同一なること亦同樣にして證明せらるべし.

に屬せる凡ての有理數の中より特に特殊の有限小數 を採り,又 より特に を採る.是理論上其必要なくして,徒に問題の解釋を狹め,其美を殺ぐなり.前節に述べたる和の說明に於ては,數の觀念及加法の意義に直接の關係なき,命數法なるものを度外に置きたるに過ぎず.

然れども無限小數は實用上の計算に使用せらるゝことなく,又使用せらるゝを得ず.實用上吾人の最多く遭遇するは,誤差の範圍を豫定して,算法の結果の近似値を算出すべき場合なり,數は凡て十進命數法に於て與へらる.斯の如き場合には吾人は無限小數の展開の若干項を採りて,其他を省略す.是故に實用上の計算は凡て有限小數の計算なり.

の展開は前の如しとして,其 位以下を「切り捨て」,和の近似値として

を得.此場合に於ては

なるが故に

卽ち誤差は を超ゆることなし.こゝに注意すべきは誤差の範圍 より小,卽ち より小なりと雖, は凡ての場合に於て,必ず の展開を の位まで正しぐ與ふるを保し難きこと是なり.次の一例は此間の消息を傅へて餘あり.

に於て,若 の展開を小數點以下第七位まで採りて之を加ふれば を得,此數と との差は より小なり.然れども其展開の係數の一致するは第三位に止まれり.

一般に の近似値 の與へられたるとき和の近似値 の誤差の範圍は, の精確の程度によりて決定せらるべきものにして,此精確の程度につきて知られたる凡てを利用して,成るべく良好なる和の近似値を定むるこ と,卽ち其誤差の範圍を成るべく正確に定むることは,個々の場合に於ける臨機の工夫に待つ所多し.要するに斯の如き省略計算は次の事實を其根據とす, に於て の變動の區域を相當に制限して,以て の變動を,如何程にても小なる,但豫め定められたる範圍內に留まらしむるを得,といふこと是なり.此意義に於て加法を連續的の算法と稱す.

(十)

先に無理數觀念の萌芽をユークリツドの比例論の中に發見せるに因みて,此處に比例に關する二三の定理を證明し,一には以て數と量との關係を明にし,又一には乘法,除法の根據を此中に覓めんとす.

量の比の觀念は直ちに移して之を數に適用すべし.第八章(七)に說きたる比の定義の要點を拔摘して,此處に之を反復すること次の如し.

なる二つの數與へられたるとき,一對の自然數 を採りて を作るに なる三つの場合を生ず,此等の場合に於て順次 なる比を より大, に等し, より小なりといふ,卽ち

と同時に

なる二對の數與へられたるとき

なる如き有理數 存在するときは より大なりとし,又若し斯の如き有理數 存在せざるときは とは相等しといふ.

比の相等大小を定むるに,有理數を用ゐたりと雖,こは只言語の簡約を期するの意に出でたるに過ぎずして,內容に於ては上の定義はユークリツドのそれと異なることなし.

が有理數に等しからざるときは,此比は有理數の範圍を兩斷す,此兩斷は或一個の無理數 によりて惹起さるゝ者にして,此場合には上述の比の相等の定義に從て と相等し,或は は無理數 に等し,(三)を看よ.然れども吾人は此處に姑らく に等しとなすてふ現代の思想を離れ,ユークリツドと同一の見地に立ち,專ら上述の定義に固着して次の諸定理を證明せんとす.

一, ならば

證.アルキメデスの法則によりて (1) なる如き自然數 必ず存在す.斯の如き自然數の一つを任意に採りたる上 (2) なる如き最小の自然數 を定む,卽ち (3) なり.さて (1) によりて よりて (3) を用ゐて 卽ち

然るに (2) によりて

なるが故に

二, ならば

げにも一によりて 卽ち なる如き有理數 は存在す.さて より 卽ち を得.又同樣にして よりて定理は成立せり.

三, なるときは又 なり.

證,假に 相等しからず,例へば前者は後者より大なりとなさば

なる如き有理數 存在せざるを得ず.隨て

故に一,二によりて 隨て を得,前提に矛盾す.

四,比例式の定理. なる三つの數與へられたる時は

なる如き數 は必ず,而も唯一個に限り存在すべし.

此定理は連續の法則を根據とす.先づ なる如き數 は凡て之を に編し,又 なる如き數 を一括して之を と名づく. は凡て より大なるべきこと定理一によりて明白なり.さて に最小の數あることなし.げにも なる數 の一つを任意に採りて考ふるに なる如き有理數 は必ず存在す. さて なる數と自然數 とに對して なる如き數 も亦必ず有りて より小なり.さて 卽ち 隨て に屬し,而も より小なり.是 に最小なきなり.同樣にして又 に最大の數なきを確むべし.是故に連續の法則によりて は未だ凡ての數を盡さゞるを知る. にも又 にも屬せざる數卽ち なる如き數 は必ず存在す. が唯一個に限り存在し得べきことは定理一によりて明白なり.

定理三を用ゐて四を擴張し次の結果を得.

の中三つを與へて なる如き他の一つを必ず而も唯一樣に定むることを得.

ユークリツドの比の定義を基礎として比例に關する諸定理を證明するには凡て上の例に倣ふべし.

比例式の定理によりて數の乘法及除法を定むることを得. なる二つの數の與へられたる時, の積

なる比例式に適合すべき數なり.乘法の轉倒は の中の一つを與へて他の一つを求めんとするものにして,こは畢竟比例式の未知項の所在を移せるに過ぎず.

此定義に從ふときは乘法の交換の法則は定理三の直接の結果なり,然れども一般に乘法の諸性質を直接に上の定義より得來らんと欲せば稍,複雜なる徑行を要すべし.

(十一)

乘法の諸性質を證明せんが爲に,先づ前節に擧げたる其定義を便利なる形に改めんとす.

の積

なる條件によりて定めらるべき數なり.是故に今 を以て より小なる有理數となすときは 隨て 卽ち .又 より大なる有理數となすときは .卽ち

是故に の上限は を超えず又 の下限は を下らず, を相當に選みて其差をば如何程にても小ならしむることを得べきが故に,此上限と下限とは實は同一の數にして共に に等し.卽ち を乘せる積 は, の上限,又は の下限なりといふことを得.

なる兩因子に對等の位置を與へんと欲せば, より小又大なる有理數を一般に と名づけ,之を一括して とす. につきても亦同樣の名稱を適用するに,

に上限あり,之を と名づく, に下限あり,之を と名づく.しかするときは

さて なることを得ず.假に なりとせば なる如き有理數 の存在を認めざるを得ず,是故に を如何やうに選むとも常に が一定の數 より大なりと主張するに異ならず.斯の如き主張は次の如くにして之を轉覆すべし.先づ よりも又 よりも大なる一個の自然數 を任意に定め,又別に なる數を與ふるに

なる如く,同時に又 なる如く, を採ることを得べし,さて

卽ち如何なる數 を與ふるとも, なる如き は必ず存在せり.是によりて の積 の上限にして,同時に又 の下限なりといふことを得.

或は又 が十進命數法にて與へられたりとし,小數第 位までを採り,其他を省略して作りたる有限小數を と名づくるとき, はそれぞれ前の に屬せる有理數にして 而も と共に增大し を其上限となす.是旣に屢〻用ゐたる論法によりて容易に證明せられ得べき所にして,實際に於ける無理數乘法の計算は此事實を根據とす.

の積 の上限にして又 の上限なるが故に

の外 を採り より小又大なる有理數を一般に と名つくれば の上限にして の上限なり.さて るが故に又 同樣にして又 を得.

にて除して得べき商は なるの値卽ち に適合すべき數 なり.比と除法とを同一の記法にて表はせるは實は此事實を豫期せるに由る.

を例の如き意義に用ゐるときは

にして且 の上限及 の下限は共に に等し,其證明は讀者の類を以て推すに任して可なるべし.

若し が十進命數法に於て與へられたりとし, を例の如き意義に用ゐて を作るときは, を限なく增大して,如何程にても に近迫することを得べし.然れども此場合に於ては と共に增大又は減小する者にあらず,隨て の上限又は下限にあらず.若し を(七)に於ける如き意義に用ゐるときは,卽ち を以て 末位の係數 を加へて得たる有限小數となすときは は卽ち一個の は一個の にして, は常に兩者の中間にあり.

要するに無理數の關係せる乘法,除法の意義は斯の如くにして確定し,又其性質は有理數の乘法除法と異なる所なきなり.

(十二)

前諸節に論ぜる所謂數は卽ち正數なり.是卽ち大小の關係及加合の結果を保持して,個々の量に配合せらるべきものにして,凡ての量の數値を供給するに於て,復た間然する所なし.然れども,數の觀念の起源に固着して,數をば單に量の數値を與ふるものと認め,隨て正數のみを以て考究の範圍となすことの,極めて不便なるは,旣に有理數の場合に於て說きたる所にして,又量の數値としては意義なき「零」なる者を數の範圍內に攝取することの殆ど絕對的必須なること,前章に於ける經驗新なり.

加法の轉倒を凡ての場合に可能ならしめんが爲には,負數を作らざるべからず.而して其定義及四則算法の意義は有理數の場合に於けると全く同趣なり.此處に其槪要を記せば則ち次の如し.

各の正數 に對して一個の負數を作り,之を と名づく. を此負數の絕對値となす.

凡て正數は負數より大にして,二つの負數の大小は其絕對値の大小に反す.

負數の關係せる加法の意義を定むること次の如し. の中一は正にして一は負なるときは, の和の絕對値は の絕對値の差に等しく,又其符號は絕對値大なる者の符號に同じ. の絕對値等しくして,符號相反せるときは, の和は に等し. 共に負數なるときは, の和は亦負數にして其絕封値は の絕對値の和に等し.

負數の關係せる加法の意義を斯の如く定むるときは,其よく交換の法則及組み合はせの法則に遵ふこと容易に驗證せらるべき所なり.

又一般に に伴ひて必ず 加法の轉倒は常に可能にして其結果唯一なり.

負數の關係せる乘法及除法は所謂符號の法則によりて定まる,次の諸式は此法則を說明す.

乘法が交換,組み合はせ,及加法に對する分配の法則に遵ふことの驗證をこゝに縷說するの必要あらざるべし.

之を要するに正數負數の全範圍內に於て前章の結末に揭げたる,數の諸原則盡く成立するのみならず加法の轉倒は凡ての場合に可能なり.連續の法則は唯數の大小のみを根據として少しも加法に關係なきことに注意すべし.有理無理のあらゆる數を總括して之を實數といふ.實數は其全體に於て,寔に完全なる一系統を成し,其全範圍は統一的の原則によりて支配せられたり.

凡ての正數及負數の大小の關係を具體的に表顯せんと欲せば,之を無限に延長せる一直線上の凡ての點に對照すべし.此直線上に於て任意に一點 を採りて之に なる數を配し,次に と異なる一點 を採り之に を配す.一般に なる點には, なる比の値 を絕對値とし, に對して と同じ側にあると否らざるとに隨て正又は負なる數 又は を配す.斯の如くにして此直線上の個々の點と,個々の實數とを相對照することを得.此對照の狀況は次の圖によりて說明せらるべし,箭は小なる數より大なる數に向ふ.