新体詩抄/ブルウムフヰールド氏兵士帰郷の詩(丶山仙士)

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ブルウムフ𛅤ールド氏兵士歸郷の詩[編集]

凉しき風吹かれ ありし昔の我父の
椅子もたれてあるさまは 心地克くありける
その座をめし腰掛の 堅く作れる臂掛
よそぢの昔荒 刻みのこせる我名前
猶ありとみゆる 掛し古時計
らぬ其音色 聞きて轟く我胸
滿る思は猶切 りさく如く堪がたし
忘れんとして忘られず 嗟歎堪へぬ其時
掛し古畧歷ふるごよみ 忽ち寄るそよ風
ひらと誘れて 上る是ぞ陣前
逢ふて翻へる 小幡と見ゆる
一枚又下へ 下りて落るその紙
數も合せて二十年 故郷をはれ遠國
暮せる年の數取りぞ 折しも家の入口へ
来たる一羽の知更鳥こまどり 狎れたる鳥れど
我をつら不審顔 づるが如く且つ
かむ如く見へけり ねどそのふり
嗚呼老ひたりや老ひけり それする武士ものゝふ
昔の友あらぬかと 尋ねる樣見へけり
斯く心中彼是と 物を思へる其間
がめつく 窓のしきりせる
苔の席を眺むれ 緑の色の青
其美さあてや 又と類あらなく
是も誰がわざをさな子の あしたゆふべの手さみ
敷て樂むりと 推量いとゞなほ
思ひいやまさり そゞろ塞りて
年をも日をも打忘れ 前後知ら立上り
わつと計啼きけり 稍時ありて心付き
あゝ我がら愚ましと 再び椅子つく
過き越し方をさま 思ひつゝけて按
辱しく又口惜しく をもず髮も逆立ちて
軍の神をのゝれり 名譽の淵落ち入りて
可惜あたら勇士の失せぬるは 傷敷き事ぞかし
殺傷放火分捕の 其有樣を熟
今更思ひめくらせ あら恐ろしやむごたらし
我身を守るたらぞと 賴み賴める劍
我身の罪をさねたる 仇と思へなほさら
いとゞいやまされ 聲するかたをうちみれ
二人の影ぞ見ゆるなる 此影こそをさな子と
あらしの老と見受けたれ やがて入り来る我父
計らめぐり逢ふ坂や 我子の顔を一目見て
せき来る淚關あへず 我を抱きて老いの身の
嬉し泣きぞ泣きける そが傍彳める
目元凉しき小女子 腰打屈め老人
これナンセーと手を取りて 口を合すもあまる愛
こゝ居やるやう イスパニヤより歸國せる
たの伯父のチャーレぞと 云へ近寄りて
らをの如き指をあげ いとゞ曇れる老の眼を
そと打彈きぐわんぜ 笑ふ姿可愛ゆらし
嗚呼我がら愚なり 身の上ばし斯く長く
繰返へこそ無益 それ付きても兎
此老卒ぞさち多き 浮世の中また
掛る雪も
この文書は翻訳文であり、原文から独立した著作物としての地位を有します。翻訳文のためのライセンスは、この版のみに適用されます。
原文:

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。

 
翻訳文:

この著作物は、1900年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)80年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。