新体詩抄/グレー氏墳上感懐の詩(尚今居士)
我國ニ於テハ西洋ノ詩歌ヲ翻譯スル人甚ダ少ナシ盖シ其趣向ノ我詩歌ト同ジカラザルカ為メナルベシ又適〻翻譯スル人アルモ之ヲ支那流ノ詩ニ摸擬スルガ故ニ初學ノ輩ハ解スルコト能ハス余之ヲ慨スル久シ以為ク西洋人ハ其學術極メテ巧ニシテ精粗到ラザル所ナシ其詩歌ニ於テモ亦之ト均ク能ク㬌色ヲ摸寫シ人情ヲ穿チ讃賞ス可キモノ多シ且ツ其句法萬種ニシテ韻ヲ蹈ムモノアリ蹈マザルモノアリ緩漫ナルモノアリ疾急ナルモノアリ其語勢ノ變化殆ド捉摸ス可ラズ而シテ其言語ハ皆ナ平常用フル所ノモノヲ以テシ敢テ他國ノ語ヲ借ラズ又千年モ前ニ用ヒシ古語ヲ援カズ故ニ三尺ノ童子ト雖モ苟クモ其國語ヲ知ルモノハ詩歌ヲ解スルヲ得ベシ加之西洋人ハ短キ詩歌ヲ好マザルニハ非レドモ亦長篇ヲ尚ビ尋常ノ日本書ノ如キ薄キ册子ヲ以テスレバ一篇ニシテ十餘冊ニモ上ルモノ少ナシトセズ頃ロ學友丶山仙士ト相謀リ吾人日常ノ語ヲ用ヒ少シク取捨シテ試ニ西詩ヲ譯出セリ余素ヨリ詞藻ニ乏シト雖モ既ニ譯シ得ル所數篇ニ至ルヲ以テ今其一ヲ擧ゲテ江湖諸彦ノ髙覽ニ供ス幸ニ其詞藻ノ野鄙ナルヲ笑フナカレ
尚今居士識
グレー氏墳上感懷の詩
[編集]山々かすみいりあひの | 鐘はなりつゝ野の牛は |
徐に歩み歸り行く | 耕へす人もうちつかれ |
やうやく去りて余ひとり | たそがれ時に殘りけり |
景色はいとゞ物寂し | |
唯この時に聞ゆるは | 飛び来る蟲の羽の音 |
遠き牧塲のねやにつく | 羊の鈴の鳴る響 |
猶其外に |
塔にやどれるふくろふの |
近よる人をすかし見て | 我巢に寇をなすものと |
訴へんとや月に鳴く | いとあはれにも聲になり |
かしこには |
あらゝぎの木ぞ生茂る |
其下かげにうづだかく | 苔むす土の覆ひたる |
のきの燕もにはとりも | 木魂に響く |
あさぼらけにぞなりぬれば | かまびすしくはありつれど |
覺すことこそなかりけれ | |
死にたる人のはかなさよ | 身を暖むる |
妻のよなべも |
|
小膝にすがることもなし | |
曽てこの世に |
麥も小麥も其鎌に |
山もはたけも其くはに | 手荒き馬も其むちに |
繁れる森も其斧に | まかせて君が儘なりき |
功名とても浮雲の | 過るが如きものなれば |
この古人の世の益と | ほねをりするも不運をも |
わびしき妻子の暮しをも | 笑ふべきにはあらずかし |
富貴門閥のみならず | みめうつくしきをとめこも |
浮世の |
いつか無常の風ふかば |
草葉の露もおろかなり | |
苔にうもれし古人は | 墓塲の上に寺をたて |
あたりまばゆき屋の内に | 頌歌の聲に合すなる |
樂噐の音を聞ずとも | 身の不德とな思ひそよ |
ひつぎ肖像美を盡し | 人の尊敬多くとも |
ひとたび絶えし玉の緖を | つなぎとむべき術はなし |
へつらふ人のほめ言も | 長き眠は覺すまし |
考へみれば廢れたる | 此 |
世にすぐれたる量ありて | 國を治むる德を具し |
詩文の才も多けれど | あらはれずして失せける歟 |
學びの海は廣けれど | わたる舩路を知らざれば |
心の |
身は賤しくて貧なれば |
世のほまれをば聞かずして | 空しく鄙に終りけり |
深き |
輝く珠も有るぞかし |
髙き峯をば尋ぬれば | かをる木草の多けれど |
千代の八千代の昔しより | 人に知られで過ぎにけり |
詩は拙くもミルトンに | 國に軍を擧ずとも |
クロムエルにも比ふべき | 人のかばねやあるならん |
議院の議士を服さしめ | 人のおどしも |
國の安危を身に委ね | 髙き譽望を民に得る |
此等のわざはおしなべて | 古人何ぞあづからん |
惠みはひろく及ばねど | 又常々のふるまひに |
不德もいとゞ少なしや | 人を殺して王となり |
民をなやめて利をあみす | 夢なもみまじさることは |
まことをかくすそら言に | 恥るを忍ぶ心の苦 |
且つ巧なる詩文もて | 富貴に媚る世のならひ |
是は都の弊なれど | 未だ此地に及ぼさず |
都の春を知らざれば | |
其身は淨き |
思ひは清める秋の月 |
實に厭ふべき世の塵の | 心に染みしことぞなき |
されど收めしなきがらの | しるしの爲と側近く |
建し石碑は今もあり | 文は拙く彫りざまは |
醜しとてもたび人の | 憐を爭で惹かざらん |
碑面にえれる名に |
記しゝ文字は拙くも |
記念の功は有ぞかし | 又有がたき經文の |
文句を引きてえりたるは | 人に無常を諭す為め |
葢し此世に生れ來て | 程なく死るその時に |
別れの惜しきこともなく | 浮世の花の榮をば |
心の外に打捨てゝ | 去り行く人はなかるべし |
眼の光り止むときは | 戀しかるらん身のやから |
たましい體を去るときは | いたく慕はん妻子ども |
たとひ燒くとも埋むとも | 人の思ひは消えはせじ |
偖又此に古人の | いはれは書けど余とても |
いつか歸らぬ旅にたち | 過ぎ行く後は世の人の |
如何せしやと思ひやり | たづぬることも有るならん |
しからん時は此さとの | 頭に霜を重ねたる |
老人斯くぞ曰ふならん | |
昇る旭を見ばやとて | 岡に登るを常に見き |
又彼處なる川ばたの | 枝伸ぴ垂れし |
わだかまりたる根の側に | 身を横たへて晝いこひ |
流るゝ水に打臨み | 其常なきをかこちけん |
又彼處なる常葉木の | 木立の下にさまよひて |
かしら傾けうでを組み | 知る人なさの歎かしさ |
とゞかぬ戀の口惜しさ | 世のうさ抔をかこちけん |
さるにひと日は彼の人を | 慣れし岡にも樹陰にも |
絶て見ることなかりけり | 其翌朝になりぬれど |
野にも森にも川邊にも | 身をば現はすことぞなき |
又其次の朝ぼらけ | 屍送る歌きけば |
まさしく彼の爲めなりき | 君は字を知る人なれば |
彼の |
碑文を讀みて識りたまへ |
碑文
[編集]土に枕しこの下に | 身をかくしたる |
富貴名利もまだ知らず | 學びの道も暗けれど |
あはれ此世を打捨て | あの世の人となりにけり |
仁惠深き人なれば | 天も憫み報いけり |
憂き人見れば淚ぐむ | (外に詮すべなき故に) |
ひとりの友のありしとよ | (外に望みはなかるらん) |
これより外に此人の | 善し惡し共になほ深く |
尋るとても詮はなし | たましひ既に天に歸し |
後の望みをいだきつゝ | 神にまぢかく侍るなり |
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原文: |
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翻訳文: |
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