文明一統記
文明一統記
後成恩寺關白兼良公
一八幡大菩薩に御祈念あるべき事。
其御祈念有べきことは。賤くも我身征夷將軍の職を蒙りておほやけの御かた也。日本國中六十六ケ國を治べき仰をうけ給ることは。前世の宿習といひながら。父母二親の御恩也。但天下を治。すなをなる世にかへさずむば。其職に有ても詮なかるべし。ねがはくは八幡大菩薩の御はからひとして威勢を加へせしめ給へと。かくのごとく威勢の事を祈申は。またく我身思さまにふるまはん爲にはあらず。此十餘年。公家武家を始として僧俗男女に至まで。一所懸命の地を人に奪れ。憂悲苦惱をするを見てける。餘に不便におぼゆる故に。威勢だにもあらば道を道に行んと思ふによりて。ひとへに御神の冥慮をあふぐもの也。諸國の守護たる人の心向。いかにも穩便になして。慈悲の心をつけ給へ。げに〳〵思なをらずは忽に冥罸をあたへ給ふべしと也。ふたゝびすなをなる世に立かへらば。今生の願滿足して後世までも名將軍といはれん事。人間の思出是に過べからず。倂大菩薩の御はからひに有べしと。每日に朝とく御手を洗。御口を灌ぎ給ひ。南方に向せ給ひて。至誠心に御祈念有べし。神明世にましますものならば。などか納受し給はざらん。此御心中の趣。世にかくれなくは。つたへ承ものも一たびは神慮に恐をなし。一たびは武威を辱思ひて。諸守護の心向もをのづから持なをして。文明一統の天下に成べきこと掌をさすがごとくなるべし。
一孝行を先とし給べき事。
高きも卑きも父母なきものはなし。父母の恩の重きことをいふに。釋尊の內敎。孔子の外典にも此ことを說給へり。佛の敎には。左のかたに父を荷ひ。右のかたに母を荷ひて。每日に須彌山をめぐるとも。此恩はなをむくひがたかるべしと說給へり。孔子の敎には。身體髮膚は父母にうけたり。敢て毀ひ傷らざるを孝のはじめといへり。たとへば子たるものの我身は親のあづけたるものなれば。いかにも身を愼て。疵かたわもつかぬやうにふるまはむが孝行の道なるべし。其故は子の身に病つゝがもあれば。親は愁かなしむものたるによりて。よく身をつゝしめば。おやのうれひをなさゞるによりて孝行とは成もの也。次に父母の過ち有時は。子たるもののいさめざるも。又不孝の罪なるべし。其あやまちあらん時は。いかにも機嫌をとり。言葉をやはらげ。色をよくして。敎訓をいたすべき也。それにもかゝはらずは。なきくどき。そら腹立をしても。思ひなをるやうに敎訓すべきが孝行にて侍る也。そも〳〵わが身がおやに不孝なれば。そのむくひに我まうけたる子が又吾に不孝なるべきによりて。其時に思知事有べき也。凡夫の習。內典外典にいふがごとくうつくしくはふるまはれぬことなれど。その道理をば誰々もよく心得給べき事なるべし。
一正直をたとぶべき事。
佛の敎には正直捨方便と說給へり。八幡大菩薩の御詫宣にも神は正直のかうべに宿り給ふとのたまへり。正直といふはたゞ直なる心也。心ゆがみぬれば。身に行こと一としてゆがまずと云ことなし。他人に對してもよき人をば能と思ひ給ひて勸賞を行給ふべし。あしきものをばあしきと思ひ給ひて制罸をくはへらるべし。是則正直の心に行はるゝ正直の政也。正直の心のたとへを申には。鏡に過たることはなし。みめよき人が鏡にむかへば。みめよきかげを移し。みにくき人がかゞみにむかへば。みにくきかげをうつすがごとし。是によりて佛の智惠をば大圓鏡智と號て。かがみに是をたとへ。神の御正躰といふも。鏡にかたどる成べし。
一慈悲をもはらにし給べき事。
慈といふ文字は拔苦といふ心也。悲といふ文字は與樂といふ心也。佛の御心には衆生のために苦を拔て樂をあたへんとおぼしめすが慈悲の文字の心也。外典の書には是を仁となづけ侍り。仁といふは人を愛する心也。言葉こそかはり侍れ。心はたゞ慈悲の文字に相違なき也。すべて烏獸も手馴てかふとなれば。不便におもはるゝもの也。况人たるものをばをしなべて哀憐の心をたれさせ給はんが仁君の行にて侍るべし。仰此十餘年。上下万民所帶をはなれて。飢寒につめられたるもの幾千万といふ數をしらず。かくのごとく無理非道に押領をいたす輩は。偏に慈悲の心のかけたるゆへなるべし。修因感果のことはりを思ひさとらぬことこそあさましけれ。
一藝能をたしなみたまふべき事。
弓馬の道はもとより御家のことなれば不㆑及㆑申。其外歌道蹴鞠諸藝に至までも御好にしたがふべし。鹿薗院殿は節會の內弁なども勤仕し給ひ。管絃聲明の道までも嗜給へり。それまでの事は御數寄のあまりなり。何事にても近習の輩などに心をゆかさしめん事は時にしたがひてたしなませ給ふべし。酒なども歡伯と號てよろこびのともにするわざなれば。たれ〴〵にも給はるべき。何の子細か有べきや。さりながら論語の文にもたゞ洒ははかりなし。亂にをよぼさずと見えたり。下戶上戶によりて更に法令なき物なれば。はかりなしとはいへり。亂に及さずといふは。本性を失ふほど醉まじき事を申侍り。いかにも面白く興有ほど是を翫びて醉と思しめさん時は。たれ〴〵もはやく寐たらんにはしくべからず。いかにも矢有事おほき故也。近習の輩など酒に醉て緩怠をいたさば。醉たるほどは中々仰らるべからず。さけ醒て本性に成たらん時。かゝるふるまひの有しは覺侍らぬか。いかにも向後は斟酌をいたすべしと仰られんこと。御扶
一政道を御心にかけらるべき事。
何事を申てもおちふす所はたゞ政道を正しく行はんにはしくべからず。近年寺社の本所領を無理に押へ。知行せ
此一册者。後成恩寺殿御作者也。自㆓常德院殿㆒依㆓御所望㆒被㆑進㆑之。則以㆓御筆跡本㆒寫之畢。
大永七年十月四日
藤房道判
右文明一統記以伊勢貞丈立原萬伊下維磬藏本挍合畢