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小学校教員心得

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○第十九号(六月十八日 輪廓附)

小学校教員心得別冊ノ通相定候条右旨趣ニ基キ懇篤教誨ヲ加ヘ教員ノ本分ヲ誤ラシメサル様可致此旨相達侯事

(別冊)

小学校教員心得

小学教員ノ良否ハ普通教育ノ弛張ニ関シ普通教育ノ弛張ハ国家ノ隆替ニ係ル其任タル重且大ナリト謂フヘシ今夫小学教員其人ヲ得テ普通教育ノ目的ヲ達シ人々ヲシテ身ヲ修メ業ニ就カシムルニアラスンハ何ニ由テカ尊 王愛国ノ志気ヲ振起シ風俗ヲシテ淳美ナラシメ民生ヲシテ富厚ナラシメ以テ国家ノ安寧福祉ヲ増進スルヲ得ンヤ小学教員タル者宜[1]ク深ク此意ヲ体スヘキナリ因テ其恪守実践スヘキ要款ヲ左ニ掲示ス苟モ小学教員ノ職ニ在ル者夙夜黽勉服膺シテ忽忘スルヿ勿レ

明治十四年六月

文部卿福岡孝

一人ヲ導キテ善良ナラシムルハ多識ナラシムルニ比スレハ更ニ緊要ナリトス故ニ教員タル者ハ殊ニ道徳ノ教育ニ力ヲ用ヒ生徒ヲシテ 皇室ニ忠ニシテ国家ヲ愛シ父母ニ孝ニシテ長上ヲ敬シ朋友ニ信ニシテ卑幼ヲ慈シ及自己ヲ重ンスル等凡テ人倫ノ大道ニ通暁セシメ且常ニ己カ身ヲ以テ之カ模範トナリ生徒ヲシテ徳性ニ薫染シ善行ニ感化セシメンヿヲ務ムヘシ

一智心教育ノ目的ハ専ラ人々ヲシテ智識ヲ広メ才能ヲ長シ以テ其本分ヲ尽スニ適当ナラシムルニ在リ豈徒ニ声名ヲ博取シ奇功ヲ貪求セシメンカ為メナランヤ故ニ教員タル者ハ宜[1]ク此旨ヲ体認シ以テ生徒智心上ノ教育ニ従事スヘシ

一身体教育ハ独リ体操ノミニ依著スヘカラス宜[1]ク常ニ校舎ヲ清潔ニシ光線温度ノ適宜及大気ノ流通ニ留意シ又生徒ノ健康ヲ害スヘキ癖習ニ汚染スル等ヲ予防シ以テ之ニ従事スヘシ

一鄙吝ノ心志陋劣ノ思想ヲ懐クヘカラサルハ人々皆然リト雖モ特ニ教員タル者ハ自己ノ心上ニ於テ最モ謹テ之ヲ除去セサルヘカラス蓋シ幼童ノ智徳ヲ養成シ身体ヲ発育スルノ重任ニ膺リ以テ世ノ福祉ヲ増進スルノ実効ヲ奏スルハ固ヨリ鄙吝陋劣ニシテ偸安貪利ヲ事トスル徒ノ敢テ能クスヘキ所ニアラサレハナリ

一学校管理上ニ欠クヘカラサル快活ノ気象ハ心神委靡セル人ノ能ク具有スヘキ所ニアラス又生徒教授上ニ欠クヘカラサル許多ノ労力ハ身体孱弱ナル者ノ能ク寧耐スヘキ所ニアラス是故ニ教員タル者ハ宜ク特ニ起居飲食等ノ常度ヲ守リ散欝及運動等ノ良規ニ循テ其身心ノ健康ヲ保全シ以テ其職務ヲ尽スノ地ヲ做サンヿヲ務ムヘシ

一教員タル者ハ唯小学校教則中ニ掲クル所ノ学科ニ通スルノミヲ以テ足レリトセス博ク教則外ノ学科ニ渉ランヿヲ要ス苟モ此ノ如クナラサレハ倏チ教授上ニ破綻ヲ生シテ生徒ノ信憑ヲ失ヒ遂ニ其身ヲ学校ノ上ニ置ク能ハサルニ至ルヤ必セリ

一教員タル者ハ常ニ整然タル秩序ニ由リ学識ヲ広メ以テ其心志ヲ練磨センヿヲ務ムヘシ否ラサレハ決シテ教授ノ実効ヲ奏スル根柢ヲ立ツル能ハス蓋シ我カ練磨セサルノ心志ヲ以テ能ク他人ノ心志ヲ練磨シ得ルモノハ未タ曾テ之アラサルナリ

一師範学校等ニ於テ嘗テ学習セシ所ノ教育法ハ概ネ其一様子タルニ過キサルモノナリ故ニ教員タル者ハ徒ニ之ヲ踏襲スルヲ以テ足レリトセス宜ク常ニ自ラ其得失利病ヲ考究取捨シ以テ之ヲ活用センヿヲ務ムヘシ

一人ノ心神及身体ノ組織作用ニ至テハ教員タル者最モ深ク意ヲ留メ講究ト経験トニ由テ其原理実際ニ精通センヿヲ要スヘシ否ラサレハ仮令孜々汲々トシテ教育ニ従事スルモ遂ニ臆度妄作ノ弊ヲ免ルヽヿ能ハサルナリ

一学校管理ノ事ハ之ヲ教授ノ事業ニ比スレハ更ニ困難ナリトス故ニ教員タル者ハ常ニ人情世態ヲ審ニシ通義公道ヲ弁シ且事ヲ処スルノ方法、務ヲ理スルノ順序等ヲ諳練セサルヘカラス

一校則ハ校内ノ秩序ヲ整粛ナラシムルニ止ラス兼テ生徒ノ徳誼ヲ勧誘スルノ要具タリ故ニ教員タル者ハ能ク此旨趣ヲ体認シ以テ之ヲ執行セサルヘカラス

一熟練懇切黽勉ノ三者ハ亦教育上ニ欠クヘカラサルノ美事タリ故ニ教員タル者能ク此三者ヲ具備シテ其事ニ従フトキハ独リ教授ノ実効ヲ奏スルヲ得ヘキノミナラス又生徒ヲシテ不知不識此等ノ美事ニ感化シ習慣自然ノ如クナラシムルニ至ルヘシ

一学校ヲ統率スルハ殊ニ剛毅、忍耐、威重、懇誠、勉励等ノ諸徳ニ由ルヘシ蓋シ剛毅ニアラサレハ難ニ勝ル能ハス忍耐ニアラサレハ久ヲ持スル能ハス威重ニアラサレハ人ヲ服スル能ハス懇誠ニアラサレハ衆ヲ懐ル能ハス勉励ニアラサレハ事ヲ成ス能ハス

一生徒若シ党派ヲ生シ争論ヲ発スル等ノ事アラハ之ヲ処置スル極メテ穏当詳密ニシテ偏頗ノ弊ナク苛刻ノ失ナカランヲ要ス故ニ教員タル者ハ常ニ寛厚ノ量ヲ養ヒ中正ノ見ヲ持シ就中政治及宗教上ニ渉リ執拗矯激ノ言論ヲナス等ノヿアルヘカラス

一人トシテ善良ノ性行ヲ有スヘキハ言ヲ俟タスト雖モ教員タル者ニ至テハ最モ善良ノ性行ヲ有セサルヘカラス否ラサルトキハ独リ幼童ノ徳性ヲ涵養シ善行ヲ誘掖スルヿ能ハサルノミナラス却テ其天賦ヲ戕賊スルニ至ルヘシ蓋シ幼童ノ中心タル至虚至冲ニシテ外物ノ為ニ感染セラルヽヿ極メテ鋭敏ナレハナリ

一教員タル者ノ品行ヲ尚クシ学識ヲ広メ経験ヲ積ムヘキハ亦其職業ニ対シテ尽スヘキノ務ト謂フヘシ蓋シ品行ヲ尚クスルハ其職業ノ品位ヲ貴クスル所以ニシテ学識ヲ広メ経験ヲ積ムハ其職業ノ光沢ヲ増ス所以ナリ


  • 底本中の旧字を新字に改めた。
  • 片仮名を表す「」は「ネ」を用いて、「コト」の合字は「ヿ」を用いて表記した。
  • 脚註:
  1. 1.0 1.1 1.2 底本には「宜」ではなく「冝」と印字されているが、太政類典および『文部省布達全書』と照合した上で、明らかな誤植と見なして訂正を加えた。

関連項目

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外部リンク

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この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。