大塚徹・あき詩集/雪の夜の倫理
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< 大塚徹・あき詩集
雪の夜の倫理
[編集]―毒まんじゅう事件の判決の夜に―
[編集]春の雪、ふるよふるよ
あたたかくやわらかくふるよ、
夕ぐれを あかるくかるく
あしおとしのばせてふるよ、
ふるよふるよ 雪よ
わたしから逃げた恋人の髪に――
わたしを裏ぎった友人の掌に――
ふるよふるよ――(憎しみとはつまり愛する
ということだろうか)
春の雪、ふるよふるよ
涙のように
夕刊もぬれてふるよ
しょんぼりうなだれて
女囚の肩におもたくふるよ、
ふるよふるよふるよ あわれ九年の判決に
菊子の
夜をこめて さみしくうつくしく
獄屋の窓にも雪は しみじみ訪うものかよ。
ふるよふるよ――(愛すとはつまり赦すとい
うことだろうか)
誰もたれもなつかしくみんな会いたい人ばか
り
憎まねばならなかったという――
犯さねばならなかったという――
ああ にんげんの 赦し赦されることのない
悲しい
罪びとは罪びとどおし寄って祈れば
雪は
雪よふれふれ
にんげんよ死ね死ね――(赦すとはつまり死
ぬということだろうか)
この永遠の赦しのために
日本は大陸に血を流しているのか。
神も佛もなかぞらに
ふるよふるよ 雪よ
おまえがいちばん正しく清い
ふるよふるよふるよふるよ……
ああふるよ 春の雪ふるよふるよ
庭面に 窓に わたしの詩に……
ふるよふるよ せめて今宵を雪ふるごとく
妻も
匂え
粧え
卓に明るく水仙の鉢など
心の
ほのかにふくらむ愛情の蕾を溫めようではな
いか。
〈昭和十五年、日本詩壇〉