大塚徹・あき詩集/破笛抱きて
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< 大塚徹・あき詩集
破笛抱きて
[編集]道はじめじめと陰惨な泥濘地帯につづけり。
沓ろか明るい燈火がみえ、一歩踏み込むと
深海の昆布のように足にまつわりつく
茂り
ときとして
恐ろしや吸血のヒルが若き旅人の
つい、踏みちがえればとりかえしのつかぬ奈
落へ沈みゆく。
ぼうぼうと乳霧こむる夜は
ゆくての燈火遠ざかり近づき
たえず花火センコーのように明滅するので
若き旅人は
いまはもう歩み疲れて夜もふけて、路傍の石
に腰おろす。
えり
ああ、夢にのみ
しむ。
――追憶は緑青の並樹繁交い
草むら
丘いちめんに満ち溢ふるる光芒よ!
漂う白雲よ! ヒバリよ! カゲロウよ
!
蒼穹晴れて、ああ南国の微風は香る春の
ほほえみ。
その日、幽婉に蝶は舞い、小鳥は歌い
父は悠々煙草くゆらし、
母は慈愛の麦笛を児等にあたえた。
かくて来る日も来る日も
児等はうちつれて山野を駆けり
うち囃し、うち興じ、麦笛を抱いて神の白羊
に
夜半の嵐に砂時圭は
はてぬ夢のさびしさよ。
笛傷つけて、ひとりの姉は泥沼に沈みて浮か
ばず
のこる
旅路に踏み
いまし黎明の
年老いし父母よ! 兄弟よ! 愛しき恋のユ
リアンよ!
かくも貧しき路づれの
面うなだれて蒼ざめて
急げや春は眞理の燈火めざして――。
〈昭和六年、愛誦〉