コンテンツにスキップ

大塚徹・あき詩集/冬から冬へ

提供:Wikisource


冬から冬へ

[編集]

ハコダテの雪の波止場で
風の便りにオッカアの死を聞いた。

金持ちの親類は
誰も知って知らぬふり、
 オッカアは納屋のすみっこで蝀のように飢
 えて痩せて死んだとよ。
悲しいではないか。腹立たしいではないか。

筑波おろしに オッカアは死ぬまでこのやく
 な俺を呼びつづけたとよ。
巷で酔っぱらって その夜俺は人間らしい涙
 を流した。

   ×     ×

ああ、それにしても
ふるさとの 鷲の住む山脈を忘れて幾年にな
 ることか。

ふるさとよ!
ふるさとよ!
野良犬のように俺を生んで 俺を殴って 俺
 を追い出した
ふるさとよ!
もしも夜明けの冷たい嵐にふるさとを夢にみ
 たときは
こんなにも 不覚の涙が流れて、同志よ
ついぞかたきうちの誓いも忘れがちだ。

   ×     ×

住めばふるさと。
住んでこどそこがふるさと。
俺には俺の働くところがふるさと。
いまさら夢にのみふるさとを懐しんで泣いた
 とてなにになろう。

   ×     ×

一九三一年の冬――
尨大な失業者の群れ。
春と夏と秋と 屈辱の月日のみ流れてまた一
 年の冬がめぐってきた。

   ×     ×

ストに敗けて首を馘られりゃ
この土地もこれでサヨナラだ。
おお 雪をまじえて日本海はドンド・ドンド
 と響くであろう
おお たちまちに山陰にも飢餓の暴風は襲う
 であろう。
なにくそ。
なにくそ。
俺たちは土竜もぐらのように
地中に潜りこんで眞赤なダイナマイトを装置しか
 ける。

〈昭和七年、破船〉