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大塚徹・あき詩集 生活の門作者:大塚徹昭和14年1939年
獲物なき 獵人のように とぼとぼと帰る 家路の暗さよ。 私は門に佇(た)ちどまって そっと内を覗(うかが)う。 障子には明るい灯の影動き 火鉢には熱い茶の湯ふきこぼれ 卓上には一輪の花と一壺の酒が そして妻の優しい微笑みが今宵も 私の元気な足音を待ち佗びているのだ。 私は自分の表札をじっと見上げる。 大塚徹よ。 歳月の風雨に色褪せ 貧困の風雪に削られながら 一家の頭上に逞しく座して動かぬ 私の名よ 徹よ! さあ、明日から 私は自分の名を昂然と仰ぎ 足音強くひびかせて 朝夕の この矜恃(ほこり)高き生活の門をくぐろう。
〈昭和十四年、日本詩壇〉