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大塚徹・あき詩集 杏の木作者:大塚徹昭和7年1932年
晃子よ。蒼苔の庭に、春は白き花匂う杏の樹 がある。 晃子よ。じゅん、じゅんと霖雨(つゆ)けむり、甘き 木の実熟する杏の樹がある。 晃子よ。眞夏の太陽に灼かれて、赫(か)っと燃え あがる杏の樹がある。 晃子よ。秋くればまず葉を紅染(そめ)て敬虔(つつま)しくも 赤裸(はだか)にかえる杏の樹がある。 晃子よ。男二十五の冬はセキズイ病んで、た だもう、うつらうつらと杏の樹がある。 されど晃子よ。春めぐりくれば、ああまたも 白き花匂う杏の樹がある。
〈昭和七年、文芸ヴァリエテ〉