大塚徹・あき詩集/掌・断章

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掌・断章[編集]

掌には、いっぽんの樹も、いちりんの花もな
 い。
掌には、鳥もばず、獣もえず
ここは、墓場のような寂しさ。

   ×     ×

或る日。掌は、
掌と掌とふたつにからんで情痴に暮れた。

ひともし頃ともなれば
掌はめらめらと怪しげな情炎を焚いた。

口惜しいことには
かつて掌を流れた清淨な血潮が濁っていった

   ×     ×

尖尖と月が照る夜は
どんなにしても、どんなにしても瞼の裏に母
 が泣いて眠られぬ。
故郷の古城のほとり、姫路のまちの貧しい家
 よ。
朽窓のほかげがうっすら寒く掌をながれた。

その夜ふけ
僕は、掌の血を凍らせて売れぬ詩を書いた。

   ×     ×

ああ、二十五の春にもなって
今朝の暖い陽射に翳す蒼白い掌。

これはこれは、春の日中の阿呆のしぐさか。
ただもう、うつらうつらと掌を開けたり閉め
 たり。

春というに、花の如くに掌を翳せば
たちまちに、陽は蔭り、雲は駆り、
ああああ、掌に霏々と雪は降り積む。

〈昭和七年、愛誦〉