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大塚徹・あき詩集/いたつきの秋

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いたつきの秋

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ぽつねんと
ひとり ぽつねんとぬるま湯にしたる。

りんりんりん るるりん るるりん
草むらふかく虫はなき
真昼の湯槽ゆぶね
青空をたたえてきよらかに……
村童よ 秋をゆすって
あの虫はどこでなく。

かりそめに病を得て
いまだも癒えず
いまはもう癒ゆるのぞみもすくなくに
ここに来て 温泉いでゆの里のあけくれは
ひとり ぽつねんとぬるま湯にしたる。

陽はさんさんと野天風呂にひろがり
ひなびたる村童は
あおざめし都会の男に馴れて戯々とあそぶ。
いまもとていたつきの痩軀を指して
みいら みいら)とはやすにあらずや。

ああ南国のいで湯の秋は粛條とかたむき
病はいつ癒えるともしらず、
みいら みいらと囃されて
ぽつねんと薬湯にしたれば
るる るる るるりん
あの虫はどこでなく。

〈昭和五年、愛誦〉