國譯法句經/上

國（こく）譯（やく）法（ほふ）句（く）經（きやう）

彼（か）の祥者（しやうしや）、尊貴者（そんきしや）、正遍覺者（しやうへんかくしや）に歸命（きみやう）す

雙雙品（さうさうほん）第（だい）一

¹ 諸法（しよほふ）は心（こころ）に導（みちび）かれ、心（こころ）に統（す）べられ、心（こころ）に作（つく）らる、〔人（ひと）〕若（も）し汙（けが）れたる心（こころ）を以（もつ）て、言（ものい）ひ且（か）つ行（おこな）はば、其（それ）よりして、苦（く）の彼（かれ）に隨（したが）ふこと、車輪（しやりん）の、之（これ）を挽（ひ）けるものの跡（あと）に〔隨（したが）ふ〕が如（ごと）し。

² 諸法（しよほふ）は心（こころ）に導（みちび）かれ、心（こころ）に統（す）べられ、心（こころ）に作（つく）らる、〔人（ひと）〕若（も）し淨（きよ）き心（こころ）を以（もつ）て、言（ものい）ひ且（か）つ行（おこな）はば、其（それ）よりして、樂（らく）の彼（かれ）に隨（したが）ふこと、猶（なほ）影（かげ）の〔形（かたち）を〕離（はな）れざるが如（ごと）し。

³ 「〔彼（かれ）〕我（われ）を罵（ののし）れり、打（う）てり、敗（やぶ）れり、笑（わら）へり」と、斯（かか）る思（おもひ）を抱（いだ）けるものは、其（そ）の怨（うらみ）解（と）くることなし。

⁴ 「〔彼（かれ）〕我（われ）を罵（ののし）れり、打（う）てり、敗（やぶ）れり、笑（わら）へり」と、斯（かか）る思（おもひ）を抱（いだ）かざるものは其（そ）の怨（うらみ）解（と）く。

⁵ 此（こ）の世（よ）に於（おい）て怨（うらみ）は怨（うらみ）を以（もつ）てしては終（つひ）に解（と）くべからず、愛（あい）を以（もつ）てぞ解（と）くべき、これ⁽¹⁾永劫（えいごふ）不易（ふえき）の法（ほふ）なり。

⁶ 「我等（われら）は此處（ここ）に⁽²⁾滅（ほろ）ぶるものなり」と、⁽³⁾愚者（ぐしや）は之（これ）を覺（さと）らず、人（ひと）若（も）し之（これ）を覺（さと）れば、其（それ）よりして爭（あらそひ）息（や）む。

^{7 (4)}淸淨觀（しやうじやうくわん）を抱（いだ）きて住（ぢゆう）し、⁽⁵⁾諸根（しよこん）を攝（せつ）することなく、飮食（おんじき）に於（おい）て量（りやう）を辨（べん）ぜず、怠惰（たいだ）にして、精勤（しやうごん）足（た）らざる者（もの）、魔王（まわう）の斯（かか）る人（ひと）を動（うご）かすこと、猶（な）ほ風（かぜ）の弱（よわ）き樹（き）を〔動（うご）かす〕が如（ごと）し。

⁸ 不淨觀（ふじやうくわん）を抱（いだ）きて住（ぢゆう）し、諸根（しよこん）を攝（せつ）し、飮食（おんじき）に於（おい）て量（りやう）を辨（べん）じ、信心（しんじん）あり、精勤（しやうごん）なるもの、魔王（まわう）の斯（かか）る人（ひと）を動（うご）かすことなき、猶（な）ほ風（かぜ）の石山（せきざん）に於（お）けるが如（ごと）し。

⁹ 人（ひと）にして煩惱（ぼんなう）なきものこそ、黃色（わうじき）の衣服（えぶく）を著（つ）くべけれ、調御（でうご）なく、實語（じつご）なきもの、彼（かれ）に黃衣（わうえ）は相應（ふさは）しからず。

¹⁰ 旣（すで）に諸（もろもろ）の⁽⁶⁾漏（ろ）を棄（す）て、善（よ）く戒（かい）に安住（あんぢゆう）し、調御（でうご）あり實語（じつご）あるもの、彼（かれ）にこそ黃衣（わうえ）は相應（ふさは）しけれ。

^{11 (7)}非精（ひせい）に於（お）いて⁽⁷⁾精（せい）の思（おもひ）をなし、精（せい）の上（うへ）に非精（ひせい）を見るもの、此等（これら）⁽⁸⁾邪思境（じやしきやう）の人（ひと）は、〔遂（つゐ）に〕精（せい）を得（う）ることあらじ。

¹² 精（せい）を精（せい）として知（し）り、非精（ひせい）を非精（ひせい）として知（し）る、此等（これら）⁽⁸⁾正思境（しやうしきやう）の人（ひと）こそ、精（せい）に達（たつ）するを得（う）べきなれ。

¹³ 惡（わる）く葺（ふ）きたる屋舍（をくしや）は、雨（あめ）の之（これ）を侵（をか）すが如く、修練（しゆれん）せざる心（こころ）は愛欲（あいよく）之（これ）を侵（をか）す。

¹⁴ 善（よ）く葺（ふ）きたる屋舍（をくしや）は、雨（あめ）の之（これ）を侵（をか）すことなきが如（ごと）く、修練（しゆれん）したる心（こころ）は愛欲（あいよく）の之（これ）を侵（をか）すことなし。

¹⁵ 此處（ここ）に憂（うれ）ひ、來（きた）る世（よ）に憂（うれ）ひ、惡（あく）を作（な）すものは兩處（りやうしよ）に憂（うれ）ふ、彼（かれ）は憂（うれ）ひ彼（かれ）は悲（かなし）む、己（おのれ）の汙（けが）れたる業（ごふ）を見（み）て。

¹⁶ 此處（ここ）に喜（よろこ）び、來（きた）る世（よ）に喜（よろこ）び、福（ふく）を作（な）せるものは兩處（りやうしよ）に喜（よろこ）ぶ、彼（かれ）は喜（よろこ）び彼（かれ）は悅（よろこ）ぶ、己（おのれ）の淨（きよ）き業（ごふ）を見（み）て。

¹⁷ 此處（ここ）に苦（くるし）み、來（きた）る世（よ）に苦（くるし）み、惡（あく）を作（な）すものは兩處（りやうしよ）に苦（くるし）む、「われ惡業（あくごふ）を犯（をか）せり」とて苦（くるし）み、惡趣（あくしゆ）に陷（おちゐ）りて益益（ますます）苦（くるし）む。

¹⁸ 此處（ここ）に歡（よろこ）び、來（きた）る世（よ）に歡（よろこ）び、福（ふく）を作（な）せるものは兩處（りやうしよ）に歡（よろこ）ぶ、「我（われ）福業（ふくごふ）を作（な）せり」とて歡（よろこ）び、善趣（ぜんしゆ）に生（うま）れて益益（ますます）歡（よろこ）ぶ。

^{19 (9)}佛語（ぶつご）を讀誦（どくじゆ）すること多（おほ）しと雖（いへど）も、放逸（はういつ）にして之（これ）を行（おこな）ふことなくば、牧者（ぼくしや）の他人（たにん）の牛（うし）を算（かぞ）ふるが如（ごと）く、⁽¹⁰⁾沙門道（しやもんだう）に於（おい）て得（う）る所（ところ）なし。

²⁰ 佛語（ぶつご）を讀誦（どくじゆ）すること少（すくな）しと雖（いへど）も、正法（しやうほふ）の隨法（ずゐほふ）行者（ぎやうしや）たり、貪（とん）と瞋（しん）と又（また）癡（ち）とを棄（す）て、正智（しやうち）あり、心（こころ）よく解脫（げだつ）せるものは、此（こ）の世（よ）彼（か）の世（よ）に著（ぢやく）なくして、⁽¹¹⁾沙門道（しやもんだう）に達（たつ）すべし。

(1) 原語には「古」の意もあり、法句經註解書には「古の法、總ゆる佛、辟支佛、漏盡の聲聞の踏みたる道」と釋せり。 (2) Yamāmase 閻魔王の爲に服せらる、死に近く、死に行く、消え果つ等の意もあり、 (3) 原典にては「他」の字を用ひ、「智者を除きて他のもの」と釋す。 (4) 見聞し知覺する物體に對して莊美なり淸淨なり愛すべきものなり等の觀念を抱くを云ふ。 (5) 眼耳鼻舌身意の六根を制せず、此等諸根の門戶を護らざるを言ふ。 (6) 漏とは煩惱の謂なり。 (7) 「精」とは「精髓、中樞、要部」等の義なり、「非精」とは之に反して、緊要ならざる部分なり。 (8) 「邪思惟」又は「正思惟」を其の分別の「境界」、範圍とするの意なり。 (9) 原語には、有義、有利等の義あり、佛の說かれたる敎を言ふ。 (10) 「沙門道の分得者にあらず、」 (11) 涅槃に達するを言ふ。

精勤品（しやうごんほん）第（だい）二

²¹ 精勤（しやうごん）は不死（ふし）の道（みち）にして、放逸（はういつ）は死（し）の道（みち）なり、精勤（しやうごん）の人（ひと）は死（し）することなく、放逸（はういつ）の人（ひと）は猶（な）ほ死（し）せるが如（ごと）し。

²² 賢者（けんしや）は精勤（しやうごん）に於（おい）て能（よ）く此（こ）〔の理（り）〕を覺（さと）り、聖者（しやうしや）の道（みち）を樂（たのし）み精勤（しやうごん）を悦（よろこ）ぶ。

²³ 禪思（ぜんし）あり、忍耐（にんたい）あり、常（つね）に勇健（ゆうけん）なる賢者（けんしや）は無上（むじやう）の安隱（あんのん）・涅槃（ねはん）を獲取（くわくしゆ）す。

²⁴ 向上（かうじやう）あり、憶念（おくねん）あり、業（ごふ）淨（きよ）く、〔事（こと）を〕なすに心（こころ）を用（もち）ひ、自（みづか）ら制（せい）し、道（みち）によりて生（い）き、精勤（しやうごん）するもの、〔斯（かく）の如（ごと）き人（ひと）の〕譽（ほまれ）は增長（ぞうちやう）す。

²⁵ 向上（かうじやう）と精勤（しやうごん）と自制（じせい）と調伏（てうぶく）とを以（もつ）て、智者（ちしや）は⁽¹⁾暴流（ばうる）の侵（をか）すことなき洲（しう）を作（つく）らんことを。

²⁶ 愚（ぐ）にして智（ち）なき輩（ともがら）は放逸（はういつ）に耽（ふけ）り、智（ち）ある人（ひと）は精勤（しやうごん）を護（まも）ること、最上（さいじやう）の珍寶（ちんぽう）の如（ごと）くす。

²⁷ 放逸（はういつ）に耽（ふけ）ることなかれ、欲樂（よくらく）の愛著（あいぢやく）に〔耽（ふけ）ること〕なかれ、これ精勤（しやうごん）にして禪思（ぜんし）あるものは大安樂（だいあんらく）を得（う）べければなり。

²⁸ 智者（ちしや）の精勤（しやうごん）を以（もつ）て放逸（はういつ）を拂（はら）ふ時（とき）、彼（かれ）は心（こころ）に憂（うれひ）なく、智慧（ちゑ）の樓閣（ろうかく）に上（のぼ）りて、憂（うれひ）ある衆生界（しゆじやうかい）を〔見（み）ること〕、猶（な）ほ山頂（さんちやう）に立（た）てる賢者（けんしや）の、地上（ちじやう）の愚者（ぐしや）を觀（み）るが如（ごと）し。

²⁹ 放逸（はういつ）の徒（と）の中（なか）にありて精勤（しやうごん）し、眠（ねむ）れる人（ひと）の中（なか）にありて能（よ）く醒（さ）めたる、斯（かく）の如（ごと）き智者（ちしや）は快馬（くわいば）の駑馬（どば）を遺（す）つるが如（ごと）くにして進（すす）む。

³⁰ 精勤（しやうごん）によりて帝釋（たいしやく）は諸天（しよてん）の主（しゆ）となれり、精勤（しやうごん）は人（ひと）に稱（たた）へられ、放逸（はういつ）は常（つね）に賤（いやし）めらる。

³¹ 精勤（しやうごん）を樂（たのし）み、放逸（はういつ）の怖（おそ）るべきを覺（さと）れる比丘（びく）は、燃（も）ゆる火（ひ）の如（ごと）くに、大小（だいせう）の⁽²⁾纏結（てんけつ）を〔盡（つく）し〕去る。

³² 精勤（しやうごん）を樂（たのし）み、怠惰（たいだ）の怖（おそ）るべきを覺（さと）れる比丘（びく）は、退墮（たいだ）すること能（あた）はずして、涅槃（ねはん）に近（ちか）づく。

(1) 涅槃の境をいふ。 (2) 煩惱を云ふ、是れ煩惱は衆生の心を纏ひ結びて生死海に流轉せしむるが故なり。

心品（しんほん）第（だい）三

³³ 躁（さわ）ぎ、動（うご）き、護（まも）り難（がた）く、制（おさ）へ難（がた）き心（こころ）、智者（ちしや）は之（これ）を矯（た）むること、箭匠（せんしやう）の箭（や）を〔矯（た）むるが〕如（ごと）くす。

³⁴ 陸（りく）に棄（す）てられ、水中（すゐちう）の家（いへ）を離（はな）れたる魚（うを）の如（ごと）く、此（こ）の心（こころ）は躁（さわ）ぐ、⁽¹⁾魔王（まわう）の領土（くに）を逃（のが）れ出（いで）んが爲（ため）に。

³⁵ 抑（おさ）ふること難（かた）く、輕躁（きやうさう）にして、隨處（ずゐしよ）に欲（よく）を遂（と）げんとする〔斯（かく）の如（ごと）き〕心（こころ）を御（ご）するは可（か）なり、御（ご）したる心（こころ）は樂（らく）を齎（もたら）す。

³⁶ 見（み）ること難（かた）く、微妙（みめう）にして、隨處（ずゐしよ）に欲（よく）を遂（と）げんとする智者（ちしや）よ、〔斯（かく）の如（ごと）きの〕心（こころ）を護（まも）れ、護（まもり）ある心（こころ）は樂（らく）を齎（もたら）す。

³⁷ 遠（とほ）く行（ゆ）き、獨（ひと）り動（うご）き、形（かたち）なくして、胸（むね）に潛（ひそ）める、〔斯（かか）る〕心（こころ）を制（せい）するものは魔（ま）の縛（ばく）より脫（のが）れん。

³⁸ 心（こころ）堅固（けんご）ならず、妙法（めうほふ）を了解（れうげ）せず、信念（しんねん）定（さだ）まらざる人（ひと）の智慧（ちゑ）は成滿（じやうまん）することなし。

³⁹ 心（こころ）に貪染（とんぜん）なく、心（こころ）に迷惑（めいわく）なく、善惡（ぜんあく）〔の思（おもひ）〕を棄（す）て、覺（さと）りたる人（ひと）には怖畏（ふゐ）あることなし。

⁴⁰ 此（こ）の身（み）は水甁（すゐびやう）に似（に）たりと知（し）り、此（こ）の心（こころ）を⁽³⁾都城（とじやう）の如（ごと）くにし、智慧（ちゑ）の武器（ぶき）を以（もつ）て魔（ま）と戰（たたか）ひ、勝（か）ち獲（え）たるものは之（これ）を護（まも）り、住止（ぢゆうし）することなかれ。

⁴¹ げに此（こ）の身（み）は久（ひさ）しからずして地（ち）に委（ゐ）せん、棄（す）てられ、意識（いしき）を喪（うしな）ひ、無用（むよう）の木（き）の端（はし）の如（ごと）くなりて。

⁴² 賊（ぞく）は賊（ぞく）に對（たい）し、敵（てき）は敵（てき）に對（たい）して、此（これ）をなし、彼（かれ）をなす、邪路（じやろ）に陷（おちゐ）れる心（こころ）は、更（さら）に大（だい）なる惡（あく）を此（こ）の人（ひと）になす。

⁴³ 母（はは）も父（ちち）も將（ま）た他（た）の近親（きんしん）も之（これ）をなさず、正路（しやうろ）に立（た）てる心（こころ）は更（さら）に大（おほい）なる善（ぜん）を此（こ）の人（ひと）になす。

(1) 生死海を云ふ。 (2) 堅く護るを云ふ。

華品（けほん）第（だい）四

⁴⁴ 此（こ）の大地（だいち）と、閻魔界（えんまかい）と、此（こ）の人天界（にんでんかい）とに勝（か）つものは誰（た）ぞ、誰（たれ）か善（よ）く說（と）かれたる法句（ほふく）を〔集（あつ）むること〕、巧者（げうしや）の華（はな）を集（あつ）むるか如（ごと）くなる。

^{45 (1)}有學（うがく）の人（ひと）は大地（だいち）と、閻魔界（えんまかい）と、此（この）人天界（にんでんかい）とに勝（か）つ、有學者（うがくしや）は善（よ）く說（と）かれたる法句（ほふく）を〔集（あつ）むること〕、巧者（げうしや）の華（はな）を集（あつ）むるか如（ごと）くす。

⁴⁶ 此（こ）の身（み）は水泡（すゐはう）に譬（たと）ふべきを知（し）り、陽炎（かげろう）の質（しつ）なりと悟（さと）りて、天魔（てんま）の華箭（けせん）を壞（やぶ）り、⁽²⁾死王不覩（しわうふと）〔の地（ち）〕に往（ゆ）かんことを。

⁴⁷ 華（はな）を摘（つま）みて、心愛著（しんあいぢやく）せる人（ひと）をば、死王（しわう）の捉（とら）へて去（さ）ること、眠（ねむ）れる村里（そんり）を、暴流（ばうる）の漂（ただよ）はし去（さ）るが如（ごと）し。

⁴⁸ 華（はな）を摘（つ）みて、心愛著（しんあいぢやく）し、諸欲（しよよく）に飽（あ）くなき人（ひと）は、死王（しわう）之（これ）を服（ふく）す。

⁴⁹ 猶（な）ほ蜂（はち）の、花（はな）と、色香（いろか）とを害（そこな）ふことなく、味（あぢ）を捉（とら）へて去（さ）るが如く、同（おな）じく智者（ちしや）は村里（そんり）を遊行（ゆぎやう）せよ。

⁵⁰ 他人（たにん）の邪曲（じやきよく）を〔見（み）ず〕、他人（たにん）の作不作（さふさ）を〔思（おも）はず〕、唯（ただ）己（おのれ）の作（さ）と不作（ふさ）とを觀（み）よかし。

⁵¹ 愛（いと）しく、色（いろ）好（よ）き華（はな）の、香（にほひ）なきが如（ごと）く、善（よ）く說（と）かれたる語（ことば）も、之（これ）を行（おこな）はざるものには效（かう）なし。

⁵² 愛（いと）しく、色（いろ）好（よ）き華（はな）の、加之（しかも）、香（にほひ）あるが如（ごと）く、善（よ）く說（と）かれたる語（ことば）は、之（これ）を行（おこな）ふものには效（かう）あり。

⁵³ 華堆（はなつみ）よりして、種種（しゆじゆ）の華鬘（けまん）を作（つく）るが如（ごと）く、生（うま）れ出（いで）たる衆生（しゆじやう）には、爲（な）すべき善業（ぜんごふ）多（おほ）し。

⁵⁴ 華香（けかう）は風（かぜ）に逆（さから）うて行（ゆ）かず、旃檀香（せんだんかう）・多伽羅香（たがらかう）・摩利迦香（まつりかかう）も〔亦（また）然（しか）り〕、善人（ぜんにん）の香（にほひ）は風（かぜ）に逆（さから）ひて行（ゆ）き、良士（りやうし）は諸方（しよはう）に風（かぜ）を送（おく）る。

⁵⁵ 旃檀香（せんだんかう）と、多伽羅香（たがらかう）と、鬱波羅香（うつぱらかう）と、將（ま）た婆師吉香（ばしきつかう）と、此等（これら）諸香（しよかう）の中（うち）にて、戒香（かいかう）こそは最上（さいじやう）なれ。

⁵⁶ 多伽羅香（たがらかう）・旃檀香（せんだんかう）の如（ごと）きは、其（そ）の香（かう）、量（りやう）少（すくな）し、戒德者（かいとくしや）の香（かう）は諸天（しよてん）の中（うち）にて香（にほ）ふこと第（だい）一なり。

⁵⁷ 此等（これら）の戒德（かいとく）あり、精勤（しやうごん）にして住（ぢゆう）し、善（よ）く證（さと）りて、解脫（げだつ）せるものの道（だう）は、魔王（まわう）之（これ）を窺（うかが）ひ知（し）らず。

^{58 59} 大道（だいだう）に棄てられたる塵堆（ちりづみ）の中（うち）、其處（そこ）に淨香（じやうかう）ある、快（こころ）よき白蓮（びやくれん）生（しやう）ぜん、斯（かく）の如（ごと）く、塵埃（ぢんあい）のうち、盲目（まうもく）なる凡夫（ぼんぷ）のうちに、正徧覺者（しやうへんかくしや）の弟子（でし）は、智慧（ちゑ）を以（もつ）て光（ひか）り勝（まさ）る。

(1) 四向四果の中、最後の一果阿羅漢果を除き、前の四向三果の人を有學の人と云ふ、やがて阿羅漢となる人なり。 (2) 阿羅漢果を云ふ、是れ阿羅漢果を得れば、死王卽ち魔王を見ることなきが故なり。

闇愚品（あんぐほん）第（だい）五

⁶⁰ 目睲（めざ）めたるものには、夜（よる）は長（なが）く、疲（つか）れたるものには⁽¹⁾由旬（ゆじゆん）は遠（とほ）く、正法（しやうほふ）を知（し）らざる、愚者（ぐしや）の輪廻（りんね）

は久（ひさ）しし。

⁶¹ 旅者（りよしや）若（も）し己（おのれ）に勝（まさ）り、〔己（おのれ）と〕等（ひと）しき〔伴（とも）〕を得ずんば、必ず單行（たんぎやう）せよ、愚者（ぐしや）に伴（とも）たるものはあらず。

⁶² 「我（われ）に兒（こ）あり、我（われ）に財（たから）あり」とて、愚者（ぐしや）は苦（くるし）む、己（おのれ）、己（おのれ）のものに非（あら）ず、況（いはん）や兒（こ）をや、況（いはん）や財（ざい）をや。

⁶³ 愚者（ぐしや）の〔自（みづか）ら〕愚（ぐ）なりと思（おも）へる、彼（かれ）これによりて賢者（けんしや）たり、愚者（ぐしや）の賢者（けんしや）の思（おもひ）せる、彼（かれ）こそは愚者（ぐしや）と云（い）はるれ。

⁶⁴ 愚者（ぐしや）は生（しやう）を終（を）ふるまで、賢者（けんしや）に奉事（ぶじ）すとも、法（ほふ）を知（し）らざること、猶（な）ほ食匙（しよくし）の羹味（かうみ）を〔辨（べん）ぜざる〕が如（ごと）し。

⁶⁵ 賢者（けんしや）は、假令（たとへ）瞬時（じゆんじ）も、賢者（けんしや）に奉事（ぶじ）せば、疾（はや）く法（ほふ）を知（し）ること、猶（な）ほ舌（した）の羹味（かうみ）を〔辨（べん）ずる〕が如（ごと）し。

⁶⁶ 無智（むち）なる愚者（ぐしや）は己（おのれ）、己（おのれ）の敵（てき）なるが如（ごと）く振舞（ふるま）ふ、苦果（くくわ）を〔生（しやう）ずべき〕罪業（ざいごふ）を身（み）に行（おこな）うて。

⁶⁷ 行（おこな）うて後（のち）悔（く）ひ、淚顏（るゐがん）啼哭（ていこく）して、其（そ）の果報（くわはう）を受（う）くべき業（ごふ）は、善（よ）く爲（な）されたるにあらず。

⁶⁸ 行（おこな）うて後（のち）悔（くい）なく、歡喜（くわんぎ）悅豫（えつよ）して、其（そ）の果報（くわはう）を受（う）くべき業（ごふ）は、善（よ）く爲（な）されたるなり。

⁶⁹ 罪業（ざいごふ）の未（いま）だ熟（じゆく）せざる閒（あひだ）は、愚者（ぐしや）之（これ）を蜜（みつ）の如（ごと）しと思（おも）ひ、罪業（ざいごふ）の熟（じゆく）するや、愚者（ぐしや）は其（そ）の時（とき）苦惱（くなう）を受（う）く。

^{70 (2)}愚（ぐ）〔なる行（ぎやう）〕者（じや）は、月（つき）に月（つき）に、茅（かや）の端（はし）にて食（しよく）を取（と）るとも、斯（かか）る人（ひと）は善法（ぜんぼふ）行者（ぎやうじや）の十六分（ぶん）の一にも値（あたひ）せず。

⁷¹ 犯（をか）したる罪業（ざいごふ）は、固結（こけつ）せざること新（あたら）しき乳（ちち）の如（ごと）く、〔而（しか）も〕灰（はひ）に覆（おほ）はれたる火（ひ）の如（ごと）く、燻（いぶ）りつつ、愚者（ぐしや）に追隨（つゐずゐ）す。

⁷² 愚者（ぐしや）の智慧（ちゑ）の起（おこ）ること、其（そ）の不利（ふり）の爲（ため）なる閒（うち）は、これ此（こ）の愚者（ぐしや）の好運（かううん）を損（そん）し、其（そ）の頭（かうべ）を碎（くだ）く。

⁷³ 〔愚者（ぐしや）〕は僞（にせ）の名聞（みやうもん）を願（ねが）ひ、諸比丘（しよびく）の中（なか）にて上位（じやうゐ）に居（を）らんと〔望（のぞ）み〕、家（いへ）にありては主（しゆ）となり、他族（たぞく）の閒（あひだ）には供養（くやう）を〔得（え）んと望（のぞ）む〕。

⁷⁴ 「在家（ざいけ）出家（しゆつけ）共（とも）に、我（われ）之（これ）を爲（な）せりと思（おも）へかし、總（すべ）て爲（な）すべき事（こと）、爲（な）すべからざる事（こと）に於（お）いて、皆（みな）我（わ）が命（めい）を受（う）けよかし」、これ愚者（ぐしや）の心（こころ）にして欲（よく）と慢（まん）とは〔ために〕增（ぞう）長（ちやう）す。

⁷⁵ 一は利養（りやう）に導（みちび）くものにして、一は涅槃（ねはん）に引（ひ）き行（ゆ）くものなり、佛弟子（ぶつでし）たる比丘（びく）は、此（こ）の意（い）を證（さと）りて恭敬（くぎやう）を喜（よろこ）ばず、遠離（をんり）のために修習（しゆじふ）せよ。

(1) 由旬とは里程の名、四哩より十八哩に至り、諸說一定せず。 (2) 一筒月每に、茅草の端にかゝるほど少量の食を取るとも、其の功德は善く法を行ふ人の功德の十六分の一にも當らず。

賢哲品（けんてつほん）第（だい）六

⁷⁶ 〔身（み）の〕過（とが）を指（さ）し、失（しつ）を責（せ）むる智者（ちしや）、斯（かか）る賢者（けんしや）を見（み）ば、〔寶（たから）の〕在所（ざいしよ）を吿（つ）ぐる人（ひと）の如（ごと）くに事（つか）へよ、斯（かか）る人（ひと）に事（つか）ふるものには是（ぜ）ありて、非（ひ）あることなし。

⁷⁷ 誡（いまし）めよ、敎（をし）へよ、不相應（ふさうおう）の事（こと）より遠（とほ）ざからしめよ、彼（かれ）善人（ぜんにん）には愛（あい）せられ、惡人（あくにん）には憎（にく）まれん。

⁷⁸ 惡友（あくいう）と交（まじは）るなかれ、卑劣（ひれつ）の輩（ともがら）と交（まじは）るなかれ、善友（ぜんいう）と交（まじは）り、尊貴（そんき）の士（し）と交（まじは）れ。

⁷⁹ 法（ほふ）を喜（よろこ）ぶものは澄（す）みたる心（こころ）を以（もつ）て快（こころよ）く臥（ふ）す、賢者（けんしや）は常（つね）に聖者（しやうじや）の說（と）ける法（ほふ）を樂（たのし）む。

⁸⁰ 渠工（きよこう）は水（みづ）を導（みちび）き、箭匠（せんしやう）は箭（や）を矯（た）む、木工（もくこう）は材（ざい）を曲（ま）げ、賢者（けんしや）は己（おのれ）を調（ととの）ふ。

⁸¹ 一塊（くわい）の磐石（ばんじやく）の、風（かぜ）に動（うご）かされざるが如（ごと）く、賢者（けんしや）は毀訾（きし）と稱譽（しようよ）とに動（うご）かさるることなし。

⁸² 底（そこ）深（ふか）き池水（ちすゐ）の、澄（す）みて、濁（にごり）なきが如（ごと）く、賢者（けんしや）は法（ほふ）を聞（き）きて心（こころ）を澄（す）ましむ。

⁸³ 善人（ぜんにん）は一切處（さいしよ）に〔欲（よく）を〕棄（す）て、良士（りやうし）は⁽¹⁾欲（よく）を求（もと）むるが爲（ため）に語（かた）らず、樂（らく）に觸（ふ）れ、將又（はたまた）苦（く）に〔觸（ふ）れても〕、賢者（けんしや）は⁽²⁾變（かは）れる相（さう）を現（あらは）すことなし。

⁸⁴ 自（じ）の爲（ため）にも他（た）の爲（ため）にも〔惡（あく）を行（おこな）はず〕、兒（こ）をも財（たから）をも國（くに）をも、之（これ）を求（もと）むることなく、非道（ひだう）によりて、己（おのれ）の利達（りたつ）を求むることなし、これぞ德者（とくしや）・智者（ちしや）・義者（ぎしや）なる。

⁸⁵ 人閒（にんげん）の中（なか）にて、⁽³⁾彼岸（ひがん）に到（いた）るものは少（すくな）く、其（そ）の他（た）のものは岸邊（がんぺん）にありて奔馳（ほんち）す。

⁸⁶ 善（よ）く說（と）かれたる法（ほふ）に隨順（ずいじゆん）する輩（ともがら）は、越（こ）え難（がた）き魔（ま）の領土（くに）を〔越（こ）えて〕彼（か）の岸（きし）に到（いた）らん。

^{87 88} 賢者（けんしや）は黑法（こくほふ）を棄（す）てて、白（びやく）〔法（ほふ）〕を修（しゆ）すべし、家（いへ）より〔離（はな）れて〕、家（いへ）なき身（み）となり、樂（らく）を得難（えがた）き遠離（をんり）の所（ところ）に於（おい）て、此處（ここ）に賢者（けんしや）は諸欲（しよよく）を棄（す）てて、我有（がう）なき身（み）なり、妙樂（めうらく）を求（もと）め、諸（もろもろ）の心穢（しんゑ）より、己（おのれ）を淨（きよ）くすべし。

^{89 (4)}正覺分（しやうがくぶん）に於（おい）て、善（よ）く心（こころ）を修習（しゆじゆ）し、執（しふ）することなくして、著（ぢやく）を棄（すて）つるを樂（たのし）む、此（こ）の光輝（くわうき）ある⁽⁵⁾漏盡者（ろじんしや）は、世（よ）に靜穩（じゃうをん）を得（え）たるなり。

(1) 諸欲を求め、諸欲の爲に閑語を交ふることなし。 (2) 浮みたる顏、沈みたる顏をなすことなし。 (3) 彼岸とは涅槃を云ひ、此岸とは生死を云ふ。次偈の彼岸の意も同じ。 (4) 所謂七菩提分法なり。 (5) 漏盡者とは煩惱を盡したる人の意にて阿羅漢を云ふ。

阿羅漢品（あらかんぼん）第（だい）七

⁹⁰ 道（みち）を踏（ふ）み終（を）へ、一切處（さいしよ）に離憂（りう）・得脫（とくだつ）せるもの、總（あら）ゆる纒結（てんけつ）を斷（だん）じたるものには執惱（しゆなう）あることなし。

⁹¹ 〔正（しやう）〕念（ねん）ある人は精勤（しやうごん）し、彼等（かれら）は王家（わうけ）を貪樂（とんらく）することなし、〔鵞王（がわう）〕の池沼（ちせう）を棄（す）つるが如（ごと）く、彼等（かれら）亦（また）各各（おのおの）其（そ）の家（いへ）を棄（す）つ。

⁹² 〔財物（ざいもつ）〕を蓄積（ちくしやく）することなく、知覺（ちかく）して食（じき）を受（う）け、其（そ）の行處（ぎやうしよ）は空（くう）にして、相（さう）なく、而（しか）して解脫（げだつ）あり、空（そら）行（ゆ）く鳥（とり）の〔道（みち）の〕如（ごと）く、斯（かか）る人（ひと）の道（みち）を測（はか）ることは難（かた）し。

⁹³ 其（そ）の煩惱（ぼんなう）や悉（ことごと）く盡（つ）き、食（じき）に於（おい）て著（ぢやく）あることなし、其（そ）の行處（ぎやうしよ）は空（くう）にして、相（さう）なく、而（しか）して解脫（げだつ）あり、空（そら）行（ゆ）く鳥（とり）の〔跡（あと）の〕如（ごと）く、斯（かか）る人（ひと）の跡（あと）を測（はか）ることは難（かた）し。

⁹⁴ 諸根（しよこん）の寂靜（じやくじやう）に歸（き）せること、御士（ごし）に善（よ）く馴（な）らされたる馬（うま）の如（ごと）く、慢（まん）を棄（す）て、煩惱（ぼんなう）を盡（つく）したる、斯（かか）る人（ひと）は諸天（しよてん）も羨（うらや）む所（ところ）なり。

⁹⁵ 怒（いか）らざること大地（だいぢ）に等（ひと）しく、よく禁戒（きんかい）を守（まも）りて門閾（もんいき）に譬（たと）ふべく、泥土（でいど）なき池（いけ）の水（みず）の如（ごと）し、斯（かか）る人（ひと）には輪廻（りんね）あるなし。

⁹⁶ 其（そ）の意（こころ）は寂靜（じやくじやう）なり、其（そ）の語（ことば）其（そ）の業（ごふ）、亦（また）寂靜（じやくじやう）なり、善（よ）く證（さと）りて解脫（げだつ）を得（え）、安息（あんそく）を得（え）たる此（こ）の人（ひと）の。

⁹⁷ 妄信（まうしん）なく、無爲（むゐ）〔の法（ほふ）〕を覺（さと）り、且（か）つ縛（ばく）を破（やぶ）れる人（ひと）、業緣（ごふえん）を絕（た）ち、欲（よく）を棄（す）てたる、これぞ誠（まこと）に上上（じやうじやう）の人（ひと）なる。

⁹⁸ 聚落（じゆらく）にても、森林（しんりん）にても、海（うみ）にても、陸（をか）にても、聖者（しやうじや）の止（どど）まる處（ところ）、其處（そこ）ぞ樂（たの）しき〔處（ところ）なる〕。

⁹⁹ 森居（しんご）は樂（たのし）むべし、之（こ）は衆人（しゆじん）の樂（たのし）まざる處（ところ）、離貪（りとん）の人（ひと）は之（これ）を樂（たのし）む、彼等（かれら）は諸欲（しよよく）を求（もと）めざるなり。

千千品（せんせんほん）第（だい）八

¹⁰⁰ 意義（いぎ）なき文句（もんく）の語（ことば）は、〔其（そ）の數（すう）〕一千なりとも、人（ひと）の聞（き）いて寂（じやく）を得（う）べき有義（うぎ）の一語（ご）は之（これ）より勝（まさ）る。

¹⁰¹ 意義（いぎ）なき文句（もんく）の偈（げ）は、〔其（そ）の數（すう）〕一千なりとも、人（ひと）の聞（き）いて寂（じやく）を得（う）べき一偈句（げく）は之（これ）より勝（まさ）る。

¹⁰² 意義（いぎ）なき文句（もんく）の偈（げ）一百〔章（しやう）〕を誦（じゆ）せんよりは、人（ひと）の聞（き）いて寂（じやく）を得（う）べき一法句（ほつく）〔を誦（じゆ）する〕ぞ勝（まさ）れる。

¹⁰³ 戰場（せんじやう）に於（おい）て千千（せんせん）の敵（てき）に克（か）つものよりは、獨（ひと）り己（おのれ）に克（か）つもの、彼（かれ）こそ最上（さいじやう）の戰勝者（せんしようしや）なれ。

^{104 105} 己（おのれ）に克（か）てるは、總（すべ）て他（た）の人人（ひとびと）に克（か）てるに勝（まさ）る、天（てん）も乾闥婆（けんだつば）も、魔王（まわう）も、並（ならび）に梵天（ぼんてん）も、此（こ）の常（つね）に己（おのれ）を御（ご）し自（みづか）ら制（せい）する人（ひと）の勝利（しようり）を轉（てん）じて、敗亡（はいまう）となすこと能（あた）はず。

¹⁰⁶ 人（ひと）若（も）し月（つき）に月（つき）に、千金（せんきん）を〔棄（す）てて〕、犧（いけにへ）を供（きよう）すること百年（ねん）、而（しか）して又（また）一人（じん）の己（おのれ）を修（おさ）めたるものを供養（くやう）すること頃刻（しばし）ならば、此（こ）の供養（くやう）こそ、彼（か）の百年（ねん）の焚祀（ぼんし）に勝（まさ）りたれ。

¹⁰⁷ 人（ひと）若（も）し林閒（りんかん）にありて、火神（くわじん）に奉事（ぶじ）すること百年（ねん）、而（しか）して一人（いちにん）の身（み）を修（おさ）めたるものを供養（くやう）すること頃刻（しばし）ならば、此（こ）の供養（くやう）こそ、彼（か）の百年（ねん）の焚祀（ぼんし）に勝（まさ）りたれ。

¹⁰⁸ 供犧（くぎ）や、焚祀（ぼんし）や、此（こ）の世（よ）に福報（ふくはう）を望（のぞ）めるもの、終歲（しゆさい）之（これ）を行（おこな）ふとも、總（すべ）て其（そ）の〔功德（くどく）〕直行（ぢきぎやう）の人（ひと）を敬禮（きやうらい）するの四分（ぶん）の一にだも當（あた）らず。

¹⁰⁹ 敬禮（きやうらい）を以（もつ）て習（ならひ）となし、常（つね）に上位（じやうゐ）を尊重（そんぢゆう）せる人（ひと）には、四種（しゆ）の法（ほふ）增長（ぞうちやう）す壽（じゆ）と色（しき）と樂（らく）と力（りき）と。

¹¹⁰ 人（ひと）若（も）し生（い）くること百年（ねん）ならんとも、汙戒（をかい）にして定（ぢやう）なくんば、戒（かい）を具（ぐ）し、禪思（ぜんし）あるものの、一日（にち）生（い）くるに如（し）かず。

¹¹¹ 人（ひと）若（も）し生（い）くること百年（ねん）ならんとも、劣慧（れつゑ）にして定（ぢやう）なくんば、慧（ゑ）を具（ぐ）し、禪思（ぜんし）あるものの、一日（にち）生（い）くるに如（し）かず。

¹¹² 人（ひと）若（も）し生（い）くること百年（ねん）ならんとも、怠惰（たいだ）にして精勤（しやうごん）足（た）らずんば、堅（かた）き精勤（しやうごん）あるものの、一日（にち）生（い）くるに如（し）かず。

¹¹³ 人（ひと）若（も）し生（い）くること百年（ねん）ならんとも、⁽¹⁾起滅（きめつ）を見（み）ずんば起滅（きめつ）を見（み）る人（ひと）の一日（にち）生（い）くるに如（し）かず。

¹¹⁴ 人（ひと）若（も）し生（い）くること百年（ねん）ならんとも、不滅（ふめつ）の道（みち）を見（み）ずんば、不滅（ふめつ）の道（みち）を見（み）る人（ひと）の一日（にち）生（い）くるに如（し）かず。

¹¹⁵ 人（ひと）若（も）し生（い）くること百年（ねん）ならんとも、無上（むじやう）の法（ほふ）を見（み）ずんば、無上（むじやう）の法（ほふ）を見（み）る人の一日（にち）生（い）くるに如（し）かず。

(1) 事物の生起滅盡、卽ち生滅を云ふ。

惡業品（あくごふほん）第（だい）九

¹¹⁶ 善業（ぜんごふ）には急（いそ）ぎて赴（おもむ）き、惡業（あくごふ）よりは心（こころ）を防（ふせ）げ、福業（ふくごふ）をなすに懶（ものう）きものは、其（そ）の心（こころ）惡業（あくごふ）に樂（たのし）む。

¹¹⁷ 人（ひと）假令（たとひ）惡業（あくごふ）を爲（な）すとも、再再（さいさい）之（これ）を爲（な）すなかれ、作惡（さあく）の欲（よく）は起（おこ）さざれ、惡（あく）を積（つ）むは苦（く）なり。

¹¹⁸ 人（ひと）若（も）し善業（ぜんごふ）を爲（な）さば、再再（さいさい）之（これ）を爲（な）せ、作善（さぜん）の欲（よく）を起（おこ）せ、善（ぜん）を積（つ）むは樂（らく）なり。

¹¹⁹ 惡人（あくにん）も、其（そ）の惡（あく）の未（いま）だ熟（じゆく）せざる閒（あひだ）は、福（ふく）を見（み）る、惡（あく）の熟（じゆく）するに至（いた）るや、惡人（あくにん）は禍（くわ）を見（み）る。

¹²⁰ 善人（ぜんにん）も、其（そ）の善（ぜん）の未（いま）だ熟（じゆく）せざる閒（あひだ）は、禍（くわ）を見（み）る、善（ぜん）の熟（じゆく）するに至（いた）るや、善人（ぜんにん）は福（ふく）を見（み）る。

¹²¹ 「惡（あく）は我（われ）に近（ちか）づくこと無（な）かるべし」とて、之（これ）を輕視（けいし）することなかれ、滴滴（てきてき）水（みづ）の落（お）ちて、水甁（すゐびやう）に滿（み）つるが如（ごと）く、愚者（ぐしや）は少少（せうせう）づつ惡（あく）を積（つ）みて、惡（あく）に滿（み）つるに至（いた）る。

¹²² 「善（ぜん）は我（われ）に近（ちか）づくこと無（な）かるべし」とて、之（これ）を輕視（けいし）することなかれ、滴滴（てきてき）水（みづ）の落（お）ちて、水甁（すゐびやう）に滿（み）つるが如（ごと）く、賢者（けんしや）は少少（せうせう）づつ善（ぜん）を積（つ）みて、善（ぜん）に滿（み）つるに至（いた）る。

¹²³ 貨財（くわざい）多（おほ）く、從伴（じゆうばん）少（すくな）き商估（しやうこ）の危（あやふ）き路（みち）を〔避（さ）け〕、壽（じゆ）を望（のぞ）むものの、毒物（どくぶつ）を〔避（さ）くる〕が如（ごと）く、惡（あく）を避（さ）けよ。

¹²⁴ 手（て）に瘡傷（さうしやう）なくば、手（て）を以（もつ）て毒（どく）をも取（と）ることを得（え）、毒（どく）は瘡傷（さうしやう）なきものには伴（ともな）はず。爲（な）さざるものには惡（あく）なし。

¹²⁵ 人（ひと）若（も）し害心（がいしん）なき人（ひと）、淸淨（しやうじやう）にして執着（しふぢやく）なき人（ひと）に忤（さから）はば、禍（わざはひ）の此（こ）の愚者（ぐしや）に還（かへ）り來（く）ること、逆風（ぎやくふう）に投（とう）じたる細塵（さいぢん）の如（ごと）し。

¹²⁶ 或（あるひ）は人胎（じんたい）に宿（やど）るあり、罪（つみ）あるものは地獄（ぢごく）に墮（お）つ、善行（ぜんぎやう）の人（ひと）は天（てん）に生（うま）れ、煩惱（ぼんなう）なき人（ひと）は涅槃（ねはん）に至（いた）る。

¹²⁷ 空（そら）にありても、海（うみ）の中（なか）にありても、將（ま）た山閒（さんかん）の窟（くつ）に入（い）りても、世（よ）に罪業（ざいごふ）より脫（のが）るべき、方所（はうしよ）とてはあるなし。

¹²⁸ 空（そら）にありても、海（うみ）の中（なか）にありても、將（ま）た山閒（さんかん）の窟（くつ）に入（い）りても、世（よ）に死（し）の勝（か）たざる方所（はうしよ）とてはあるなし。

刀杖品（たうぢやうほん）第（だい）十

¹²⁹ 總（すべ）て〔有情（うじやう）〕は刀杖（たうぢやう）を怖（おそ）れ、總（すべ）て死（し）を懼（おそ）る、己（おのれ）を喩（たとへ）として、〔他（た）を〕毆（こぼ）つことなかれ、害（そこな）ふことなかれ。

¹³⁰ 總（すべ）て〔有情（うじやう）〕は刀杖（たうぢやう）を怖（おそ）れ、生（しやう）は總（すべ）てのものの愛（あい）する所、己（おのれ）を喩（たとへ）として〔他（た）を〕毆（こぼ）つことなかれ、害（そこな）ふことなかれ。

¹³¹ 樂（らく）を求（もと）むる有情（うじやう）を、刀杖（たうぢやう）を以（もつ）て害（そこな）ふものは、己（おのれ）の樂（らく）を求（もと）めても、後世（ごせ）に之（これ）を得（う）ることなけん。

¹³² 樂（らく）を求（もと）むる有情（うじやう）を、刀杖（たうぢやう）を以（もつ）て害（そこな）はざるものは、己（おのれ）の樂（らく）を求（もと）めて、後世（ごせ）に之（これ）を得（え）ん。

¹³³ 何人（なんびと）にも麤語（そご）を用（もち）ふることなかれ、受（う）けては〔彼（かれ）〕亦（また）汝（なんぢ）に返（かへ）さん、憤怒（ふんぬ）の語（ことば）は苦（く）なり、返杖（へんぢやう）は汝（なんぢ）〔の身（み）〕に觸（ふ）れん。

¹³⁴ 汝（なんぢ）若（も）し默（もく）して語（かた）らざること、破（やぶ）れたる鐘（かね）の如（ごと）くならば、これ涅槃（ねはん）に達（たつ）せるなり、汝（なんぢ）に憤怒（ふんぬ）ある なし。

¹³⁵ 牧牛士（ぼくごし）の杖（つゑ）を以（もつ）て〔制（せい）し〕、牛（うし）を牧場（ぼくぢやう）に驅（か）るが如（ごと）く、等（ひと）しく老（らう）と死（し）とは有情（うじやう）の壽命（じゆみやう）を驅（か）る。

¹³⁶ 愚者（ぐしや）は罪業（ざいごふ）を犯（をか）して覺（さと）らず、無智（むち）の輩（ともがら）は己（おのれ）の業（ごふ）に惱（なや）まさるること、猶（な）ほ火（ひ）に燒（や）かるるが如（ごと）し。

¹³⁷ 暴意（ばうい）なく害心（がいしん）なきものの中（うち）にありて、暴（ばう）を加（くは）ふるものは、疾（と）く十處中（しよちう）の一に陷（おちい）る。

¹³⁸ 酷痛（こくつう）、損失（そんしつ）、形體（ぎやうたい）毀傷（きしやう）、重症（ぢゆうしやう）に逢（あ）ひ、又（ま）た心散亂（しんさんらん）に至（いた）る。

¹³⁹ 王禍（わうくわ）に逢（あ）ひ、嚴（きび）しき誣吿（ふこく）を蒙（かうむ）り、親族（しんぞく）滅（ほろ）び、家財（かざい）喪亡（さうまう）す。

¹⁴⁰ 或（あるひ）は又（また）火（ひ）の彼（か）の家（いへ）を燒（や）くことあり、形體（ぎやうたい）壞（やぶ）れて後（のち）無智（むち）なる彼（かれ）は⁽¹⁾泥犁（ないり）に陷（おちい）る。

¹⁴¹ 裸行（らぎやう）も、結鬘（けつまん）も、泥（どろ）も、斷食（だんじき）も、又（ま）た露地臥（ろぢぐわ）も塵垢（ぢんく）を身（み）に塗（ぬ）ることも、不動坐（ふどうざ）も、未離惑（みりわく）の有情（うじやう）を淸（きよ）うすることなし。

¹⁴² 身（み）を嚴飾（ごんじき）せりとも、平等（びやうどう）に行（おこな）ひ、寂靜（じやくじやう）、調順（てうじゆん）、自制（じせい）あり、梵行（ぼんぎやう）を行（おこな）ひ、一切（さい）生類（しやうるゐ）に對（たい）して⁽²⁾害意（がいい）を抱（いだ）かずば、彼（かれ）は婆羅門（ばらもん）、彼（かれ）は沙門（しやもん）、彼（かれ）は比丘（びく）なり。

¹⁴³ 慚恥（ざんち）によりて制（せい）せられて、〔他（た）の〕批難（ひなん）を意（い）とせざること、良馬（りやうば）の鞭（むち）を〔意（い）とせざる〕が如（ごと）くなるもの、〔斯（かく）の如（ごと）きもの〕誰（たれ）か此（こ）の世（よ）にありや。

¹⁴⁴ 鞭（むち）にて打（う）たれたる良馬（りやうば）の如（ごと）く、汝等（なんぢら）も亦（また）專心（せんしん）・銳意（えいい）なれ、信心（しんじん）・持戒（ぢかい）・精勤（しやうごん）・禪定（ぜんぢやう）・正決斷（しやうけつだん）によりて、汝等（なんぢら）は明（みやう）と行（ぎやう）とを具（ぐ）し、正念（しやうねん）を有（いう）し、此（こ）の大（おほ）いなる苦惱（くなう）に勝（か）たん。

^{145 (3)}渠工（きよこう）は水（みづ）を導（みちび）き、箭匠（せんしやう）は箭（や）を矯（た）む、木工（もくこう）は材（ざい）を曲（ま）げ、賢者（けんしや）は己（おのれ）を調（ととの）ふ。

(1) 地獄を云ふ。 (2) 原意は刀杖を措く。 (3) 第八〇偈に同じ。

老衰品（らうすゐほん）第（だい）十一

¹⁴⁶ 〔世（よ）は〕常（つね）に〔慾火（よくくわ）に〕燒（や）かるるに、何（なん）の笑（わらひ）ぞ、何の歡喜（くわんぎ）ぞ、〔汝等（なんぢら）は〕黑闇（こくあん）に覆（おほ）はるるに、何故（なにゆゑ）に〔智（ち）〕火（くわ）を求（もと）めざる。

¹⁴⁷ 飾（かざ）れる〔此（こ）の〕形體（ぎやうたい）を見（み）よ、合會（がうゑ）して成（な）れる腐壞物（ふゑぶつ）の塊（くわい）、衆病（しゆびやう）を擁（えう）し、種種（しゆじゆ）に測量（しきりやう）し、堅實（けんじつ）なく、安住（あんぢゆう）なきなり。

¹⁴⁸ 此（こ）の形色（ぎやうしき）や老朽（らうきう）し、衆病（しゆびやう）の樓所（せいしよ）たり、壞（やぶ）るべきものなり、臭穢（しうゑ）の身（み）は損（そん）すべく、命（みやう）は死（し）に終（をは）る。

¹⁴⁹ 秋（あき）の日（ひ）に棄（す）てられたる葫蘆（ころ）の如（ごと）き、此等（これら）灰白（くわいびやく）の骨行（こつぎやう）を見（み）て、何（なん）の喜樂（きらく）ぞ。

¹⁵⁰ 骨行（こつぎやう）の都市（とし）を建（た）て、肉（にく）と血（ち）とに塗（まび）れり、此處（ここ）に老（らう）と、死（し）と、慢（まん）と、覆（ふく）とを藏（かく）す。

¹⁵¹ 能（よ）く飾（かざ）りたる王車（わうしや）も古（ふる）び、身體（しんたい）も亦（ま）た老（らう）に至（いた）る、賢人（けんじん）の法（ほふ）は老（お）ゆることなし、賢人（けんじん）は、賢人（けんじん）に法（ほふ）を傅（つた）ふるなり。

¹⁵² 此（こ）の寡聞（くわうもん）の人（ひと）は犢牛（とくご）の如（ごと）く老（お）ゆ、彼（かれ）の肉身（にくしん）は增（ま）せども、彼（かれ）の智慧（ちゑ）は加（くは）はるることなし。

^{153 154 (1)}屋舍（をくしや）の工人（かうじん）を求（もと）めて、之（これ）を看（み）出（いだ）さず、多生輪廻界（たしやうりんねかい）を奔馳（ほんち）して、轉（うた）た苦（く）の生死（しやうじ）を經（へ）たり。

屋工（をくかう）、汝（なんぢ）今（いま）看出（まみいだ）さる、再（ふたた）び家（いへ）を構ふることあらじ、汝（なんぢ）の桷材（かくざい）は總（すべ）て破（やぶ）られ、棟梁（とうりやう）は毀（こぼ）たる、滅（めつ）に至（いた）れる心（こころ）は諸愛（しよあい）の滅盡（めつじん）に達（たつ）せり。

¹⁵⁵ 壯時（さうじ）、梵行（ぼんぎやう）を修（しゆ）せず、財寶（ざいはう）を得（え）ずして、魚（うを）の棲（す）まざる池（いけ）の中（なか）なる老鴻（らうこう）の如（ごと）くに亡（ほろ）ぶ。

¹⁵⁶ 壯時（さうじ）、梵行（ぼんぎやう）を修（しゆ）せず、財寶（ざいはう）を得（え）ずして、朽（く）ちたる弓（ゆみ）の如（ごと）く、過去（かこ）を託（かこ）ちて臥（ふ）せり。

(1) 渴愛を指す、是れ渴愛は生死輪廻の因なるが故なり、此の一五三、一五四の兩偈は佛大覺の後、初めて唱へられしものなりと傅ふ。

自己品（じこほん）第（だい）十二

¹⁵⁷ 己（おのれ）を愛（あい）すべしと知（し）らば、善（よ）く之（これ）を保護（ほご）せよ、〔人生（じんせい）〕三期（き）の一に於（おい）て、賢者（けんしや）は宜（よろ）しく醒悟（せいご）すべきなり。

¹⁵⁸ 己（おのれ）を先（ま）づ正（ただ）しき位（くらゐ）に立（た）て、而（しか）して他（た）を敎（をし）へなば、賢者（けんしや）は勞（らう）する所（ところ）あらじ。

¹⁵⁹ 己（おのれ）を處（しよ）すること、他（た）を敎（をし）ふるが如（ごと）くならば、能（よ）く己（おのれ）を制（せい）して、他（た）を制（せい）するを得（え）ん、そは己（おのれ）は制（せい）し難（がた）きが故（ゆゑ）なり。

¹⁶⁰ 己（おのれ）こそ己（おのれ）の依所（えしよ）なれ、他（た）何物（なにもの）か依所（えしよ）たるあらん、能（よ）く己（おのれ）を制（せい）する時（とき）は、得難（えがた）き依所（えしよ）を得（う）べし。

¹⁶¹ 自（みつか）ら作（つく）りたる罪業（ざいごふ）は、己（おのれ）に生（しやう）じ、己（おのれ）に出（いで）たるもの、其（そ）が愚人（ぐじん）を損（そこな）ふこと、金剛石（こんがうせき）の摩尼（まに）を〔鑽（き）る〕が如（ごと）し。

¹⁶² 汙戒（をかい）甚（はなはだ）しき人（ひと）は其（そ）の身（み）を處（しよ）して、敵者（てきしや）の望（のぞ）むが如（ごと）くすること、蔓草（まんさう）の其（そ）の覆（おほ）へる樹（じゆ）に於（お）けるが如（ごと）し。

¹⁶³ 不善（ふぜん）にして、己（おのれ）に不利（ふり）なる事（こと）は爲（な）し易（やす）く、事（こと）の利（り）ありて善（ぜん）なる、之（こ）は極（きは）めて爲（な）し難（がた）し。

¹⁶⁴ 應供者（おうぐしや）・聖者（しやうじや）・道（みち）によりて活（い）くる人（ひと）の敎（をしへ）を、邪惡（じやあく）の見（けん）に據（よ）りて謗（そし）る人（ひと）は、⁽¹⁾葦草（ゐさう）の果（くわ）の、己（おのれ）を滅（ほろぼ）すために實（みの）るが如（ごと）し。

¹⁶⁵ 自（みづか）ら惡（あく）を作（な）せば自（みづか）ら穢（けが）れ、自（みづか）ら惡（あく）を作（な）さざれば自（みづか）ら淸（きよ）し、淨（じやう）と不淨（ふじやう）と共（とも）に己（おのれ）にあり、自（みづか）ら他（た）を淸（きよ）くすること能（あた）はず。

¹⁶⁶ 他人（たにん）の務（つとめ）は大（だい）なりとも、爲（ため）に己（おのれ）の務（つとめ）を忘（わす）るることなかれ、己（おのれ）の務（つとめ）を辨（べん）して後（のち）、己（おのれ）の務（つとめ）に專心（せんしん）なるべし。

(1) 葦は花を著け實を結べば自ら死するなり。

世閒品（せけんほん）第（だい）十三

¹⁶⁷ 卑（いやし）き法（ほふ）を奉（ほう）ぜざれ、放逸（はういつ）の徒（と）と共（とも）に棲（す）まざれ、邪見（じやけん）に隨（したが）はざれ、世事（せじ）を增長（ぞうちやう）せしめざれ。

¹⁶⁸ 起（た）て、放逸（はういつ）なるなかれ、善行（ぜんぎやう）の法（ほふ）を修（しゆ）せよ、隨法行（ずゐほふぎやう）の人（ひと）は樂（たのし）く臥（ふ）す、今世（こんせ）にも來世（らいせ）にも。

¹⁶⁹ 善行（ぜんぎやう）の法（ほふ）を修（しゆ）して、惡行（あくぎやう）〔の法（ほふ）〕を修（しゆ）せざれ、隨法行（ずゐほふぎやう）の人（ひと）は樂（たのし）く臥（ふ）す、今世（こんせ）にも來世（らいせ）にも。

¹⁷⁰ 泡沫（はうまつ）の如（ごと）くに見（み）よ、陽炎（かげろう）の如（ごと）くに見（み）よ、斯（かく）の如（ごと）く世界（せかい）を觀（み）るものは、死王（しわう）之（これ）を見（み）ること能（あた）はず。

¹⁷¹ 飾（かざり）ありて、王車（わうしや）に似（に）たる此（こ）の世界（せかい）を來（きた）り見（み）よ、愚者（ぐしや）は之（これ）に迷（まよ）へども、智者（ちしや）は之（これ）に著（ぢやく）することなし。

¹⁷² 先（さき）に怠（おこた）りて、後（のち）に怠（おこた）らざるもの、彼（かれ）此（こ）の世界（せかい）を照（てら）すこと、雲（くも）を離（はな）れたる月（つき）の如（ごと）し。

¹⁷³ 人（ひと）の作（な）したる惡業（あくごふ）、後（のち）、善（ぜん）の爲（た）めに覆（おほ）はるれば、此（こ）の人（ひと）、世（よ）を照（てら）すこと、雲（くも）を離（はな）れたる月（つき）の如（ごと）し。

¹⁷⁴ 此（こ）の世界（せかい）は、暗黑（あんこく）にして、觀察（くわんさつ）〔の力（りき）〕あるものは、少（すくな）し、網（あみ）を離（はな）れたる鳥（とり）の如（ごと）くに、天（てん）に昇（のぼ）るものは少（すくな）し。

¹⁷⁵ 鴻雁（こうがん）は日（ひ）の道（みち）を行（ゆ）き、神力（じんりき）あるものは空（そら）を行（ゆ）く、賢者（けんしや）は、魔王（まわう）と其（そ）の眷屬（けんぞく）とを倂（あは）せ破（やぶ）りて、世（よ）を離脫（りだつ）するなり。

¹⁷⁶ 唯（ゆゐ）一の法（ほふ）を超（こ）え、妄語（まうご）を吐（は）く人（ひと）、來世（らいせ）を等閑（とうかん）に思（おも）へるものは、罪（つみ）として犯（をか）さざるなし。

¹⁷⁷ 慈念（じねん）なき輩（ともがら）は天界（てんかい）に入（い）らず、愚人（ぐにん）は施與（せよ）を稱揚（しようやう）することなし、賢者（けんしや）は施與（せよ）を隨喜（ずゐき）し、之（これ）によりて彼（かれ）は來世（らいせ）に於（おい）て安樂（あんらく）なり。

¹⁷⁸ 世界（せかい）を一王（わう）の國土（こくど）となし、或（あるひ）は天界（てんかい）に赴（おもむ）き、有（あら）ゆる世界（せかい）に主（しゆ）となる、預流果（よるくわ）は此（こ）の何（いづ）れにも勝（まさ）る。