水無月の、初旅衣きて見れば、ここはすみ吉青丹によし、奈良坂越えて夕暮の、空もしづかに、寂滅為楽と告げわたる、これぞ名におふ大仏の、かねごともれて高円の、よそに浮名や立田山、三輪の山路も裳裾の絲の、いとどふるさと春日野の、社にしばしこの手をば、合せ鏡の底清く、あれあれ南に雲の峯、暑さ凌ぎの三笠山、月の七瀬の飛鳥川、かはるや夢の数そへて、名所名所の、都の辰巳、宇治の川面眺むれば、遠に白きは岩越す波か、晒せる布か、雪に晒せる布にてあり候。賤の女が脛もあらはに、よそねじま、馴れし手わざも玉ぞ散る、浪のうねうね玉ぞ散る。あら面白の景色やな、あら面白の景色やな、われも家路に立ち帰り、つとに語らん、花の家苞に語らん。
- 底本: 今井通郎『生田山田両流 箏唄全解』下、武蔵野書院、1975年。
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