千載和歌集/巻第八
巻八:羈旅
00498
[詞書]題不知
藤原範永朝臣
有明の月もしみつにやとりけりこよひはこえしあふ坂のせき
ありあけの-つきもしみつに-やとりけり-こよひはこえし-あふさかのせき
00499
[詞書]法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、関路月といへるこころをよみ侍りける
中納言師俊
はりまちやすまのせきやのいたひさし月もれとてやまはらなるらん
はりまちや-すまのせきやの-いたひさし-つきもれとてや-まはらなるらむ
00500
[詞書]月前旅宿といへるこころをよめる
藤原基俊
あたら夜をいせのはま荻をりしきていも恋しらにみつる月かな
あたらよを-いせのはまをき-をりしきて-いもこひしらに-みつるつきかな
00501
[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、旅のうたとてよみ侍りける
中納言国信
浪のうへにあり明の月をみましやはすまのせきやにとまらさりせは
なみのうへに-ありあけのつきを-みましやは-すまのせきやに-とまらさりせは
00502
[詞書]行路初雪といへる心をよみ侍りける
八条前太政大臣
よなよなのたひねのとこに風さえてはつ雪ふれるさやの中山
よなよなの-たひねのとこに-かせさえて-はつゆきふれる-さやのなかやま
00503
[詞書]海のつらにふねなからあかして、よみ侍りける
和泉式部
水のうへにうきねをしてそおもひしるかかれはをしも鳴くにそ有りける
みつのうへに-うきねをしてそ-おもひしる-かかれはをしも-なくにそありける
00504
[詞書]丹後国にまかりける時、よめる
赤染衛門
おもふことなくてそみましよさの海のあまのはしたて都なりせは
おもふこと-なくてそみまし-よさのうみの-あまのはしたて-みやこなりせは
00505
[詞書]津のくににすみ侍りけるを、みのの国にくたる事ありて、あつさの山にてよみ侍りける
能因法師
宮木ひくあつさの杣をかきわけてなにはのうらをとほさかりぬる
みやきひく-あつさのそまを-かきわけて-なにはのうらを-とほさかりぬる
00506
[詞書]おほすみの国の任はててのほらむとしけるを、太弐、沙汰することまたしとてととめ侍りけれは、よめる
津守有基
すみのえにまつらむとのみなけきつつ心つくしにとしをふるかな
すみのえに-まつらむとのみ-なけきつつ-こころつくしに-としをふるかな
00507
[詞書]天仁元年斎宮群行のとき、わすれ井といふ所にてよめる
斎宮甲斐
わかれゆく都のかたの恋しきにいさむすひみむ忘井の水
わかれゆく-みやこのかたの-こひしきに-いさむすひみむ-わすれゐのみつ
00508
[詞書]法性寺入道内大臣のときの歌合に、旅宿雁といへる心をよめる
源雅光
さ夜ふかき雲ゐに雁もおとすなりわれひとりやは旅の空なる
さよふかき-くもゐのかりも-おとすなり-われひとりやは-たひのそらなる
00509
[詞書]百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
崇徳院御製
かり衣そての涙にやとる夜は月もたひねの心ちこそすれ
かりころも-そてのなみたに-やとるよは-つきもたひねの-ここちこそすれ
00510
[詞書]百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
崇徳院御製
松かねの枕もなにかあたならむ玉のゆかとてつねのとこかは
まつかねの-まくらもなにか-あたならむ-たまのゆかとて-つねのとこかは
00511
[詞書]百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
大炊御門右大臣
花さきし野へのけしきも,かれぬこれにてそしる旅の日かすは
はなさきし-のへのけしきも-しもかれぬ-これにてそしる-たひのひかすは
00512
[詞書]百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
藤原季通朝臣
さらしなやをはすて山に月みると都にたれかわれをしるらん
さらしなや-をはすてやまに-つきみると-みやこにたれか-われをしるらむ
00513
[詞書]百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
待賢門院堀川
道すから心もそらになかめやるみやこの山の雲かくれぬる
みちすから-こころもそらに-なかめやる-みやこのやまの-くもかくれぬる
00514
[詞書]百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
同院安芸
ささのはをゆふ暮なからをりしけは玉ちるたひのくさ枕かな
ささのはを-ゆふつゆなから-をりしけは-たまちるたひの-くさまくらかな
00515
[詞書]百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
うらつたふいそのとまやのかち枕ききもならはぬ浪のおとかな
うらつたふ-いそのとまやの-かちまくら-ききもならはぬ-なみのおとかな
00516
[詞書]世をそむきてのち、修行し侍りけるに、海路に月をみてよめる
円位法師
わたのはらはるかに浪をへたてきて都にいてし月をみるかな
わたのはら-はるかになみを-へたてきて-みやこにいてし-つきをみるかな
00517
[詞書]高野にまうて侍りけるみちにてよみ侍りける
高野法親王(覚法)
さためなきうき世の中としりぬれはいつこも旅の心ちこそすれ
さためなき-うきよのなかと-しりぬれは-いつこもたひの-ここちこそすれ
00518
[詞書]下野国にまかりける時、尾張国なるみといふ所にてよみ侍りける
前中納言師仲
おほつかないかになるみのはてならむ行へもしらぬたひのかなしさ
おほつかな-いかになるみの-はてならむ-ゆくへもしらぬ-たひのかなしさ
00519
[詞書]あつまのかたにまかりける時、ゆくさきはるかにおほえ侍りけれはよめる
左京大夫修範
日をへつつゆくにはるけき道なれとすゑをみやことおもはましかは
ひをへつつ-ゆくにはるけき-みちなれと-すゑをみやこと-おもはましかは
00520
[詞書]湖辺時雨といへるこころをよめる
読人不知
かくはかりあはれならしをしくるとも磯の松かねまくらならすは
かくはかり-あはれならしを-しくるとも-いそのまつかね-まくらならすは
00521
[詞書]尾張国にしるよしありてしはしは侍りけるころ、人のもとより、都のことはわすれぬるかといひて侍りけれは、つかはしける
道因法師
月みれはまつ都こそこひしけれまつらんとおもふ人はなけれと
つきみれは-まつみやここそ-こひしけれ-まつらむとおもふ-ひとはなけれと
00522
[詞書]よるあふさかのせきをすくとて、よめる
祝部成仲
あふさかの関には人もなかりけりいはまの水のもるにまかせて
あふさかの-せきにはひとも-なかりけり-いはまのみつの-もるにまかせて
00523
[詞書]中院右大臣家にて、独行関路といへるこころをよみ侍りける
大納言定房
こえて行くともやなからむあふ坂のせきのし水のかけはなれなは
こえてゆく-ともやなからむ-あふさかの-せきのしみつの-かけはなれなは
00524
[詞書]客衣露重といへる心をよめる
前大僧正覚忠
たひ衣あさたつをのの露しけみしほりもあへすしのふもちすり
たひころも-あさたつをのの-つゆしけみ-しほりもあへす-しのふもちすり
00525
[詞書]住吉社の歌合とて、人人よみ侍りける時、旅宿時雨といへる心をよみ侍りける
右近大将実房
風のおとにわきそかねまし松かねのまくらにもらぬ時雨なりせは
かせのおとに-わきそかねまし-まつかねの-まくらにもらぬ-しくれなりせは
00526
[詞書]住吉社の歌合とて、人人よみ侍りける時、旅宿時雨といへる心をよみ侍りける
俊恵法師
もしほ草しきつのうらのねさめには時雨にのみや袖はぬれける
もしほくさ-しきつのうらの-ねさめには-しくれにのみや-そてはぬれける
00527
[詞書]住吉社の歌合とて、人人よみ侍りける時、旅宿時雨といへる心をよみ侍りける
源仲綱
玉もふくいそやかしたにもる時雨たひねのそてもしほたれよとや
たまもふく-いそやかしたに-もるしくれ-たひねのそても-しほたれよとや
00528
[詞書]住吉社の歌合とて、人人よみ侍りける時、旅宿時雨といへる心をよみ侍りける
太皇太后宮小侍従
草枕おなしたひねの袖にまた夜はのしくれもやとはかりけり
くさまくら-おなしたひねの-そてにまた-よはのしくれも-やとはかりけり
00529
[詞書]家に百首歌よませ侍りける時、たひの歌とてよみ侍りける
摂政前右大臣
はるはるとつもりのおきをこきゆけはきしの松かせとほさかるなり
はるはると-つもりのおきを-こきゆけは-きしのまつかせ-とほさかるなり
00530
[詞書]家に百首歌よませ侍りける時、たひの歌とてよみ侍りける
刑部卿頼輔
わたのはらしほちはるかにみわたせは雲と浪とはひとつなりけり
わたのはら-しほちはるかに-みわたせは-くもとなみとは-ひとつなりけり
00531
[詞書]家に百首歌よませ侍りける時、たひの歌とてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
あはれなる野しまかさきのいほりかな露おく袖に浪もかけけり
あはれなる-のしまかさきの-いほりかな-つゆおくそてに-なみもかけけり
00532
[詞書]旅宿のこころをよみ侍りける
仁和寺法親王(守覚)
よしさらは磯のとまやに旅ねせん浪かけすとてぬれぬ袖かは
よしさらは-いそのとまやに-たひねせむ-なみかけすとて-ぬれぬそてかは
00533
[詞書]旅のうたとてよみ侍りける
法印慈円
たひのよに又たひねして草まくらゆめのうちにも夢をみるかな
たひのよに-またたひねして-くさまくら-ゆめのうちにも-ゆめをみるかな
00534
[詞書]旅のうたとてよみ侍りける
左兵衛督隆房
草まくらかりねの夢にいくたひかなれし都にゆきかへるらん
くさまくら-かりねのゆめに-いくたひか-なれしみやこに-ゆきかへるらむ
00535
[詞書]関路暁月といへるこころをよめる
法眼兼覚
いつもかく有あけの月のあけかたは物やかなしきすまの関守
いつもかく-ありあけのつきの-あけかたは-ものやかなしき-すまのせきもり
00536
[詞書]百首歌よみ侍りける時、旅のうたとてよめる
藤原家隆
たひねするすまのうらちのさよ千とりこゑこそ袖の浪はかけけれ
たひねする-すまのうらちの-さよちとり-こゑこそそての-なみはかけけれ
00537
[詞書]修行にまかりありきけるに、野なかに宿して侍りける夜、たひのまくら露しけく侍りけるによめる
円玄法師
かくしつつつひにとまらむよもきふのおもひしらるる草枕かな
かくしつつ-つひにとまらむ-よもきふの-おもひしらるる-くさまくらかな
00538
[詞書]旅のうたとてよめる
律師覚弁
たひねするこのした露の袖にまた時雨ふるなりさよの中山
たひねする-このしたつゆの-そてにまた-しくれふるなり-さよのなかやま
00539
[詞書]摂政右大臣の時、家の歌合に、旅歌とてよめる
藤原資忠
たひねするいほりをすくるむら時雨なこりまてこそ袖はぬれけれ
たひねする-いほりをすくる-むらしくれ-なこりまてこそ-そてはぬれけれ
00540
[詞書]旅のうたとてよめる
大中臣親守
あられもるふはのせきやにたひねして夢をもえこそとほささりけれ
あられもる-ふはのせきやに-たひねして-ゆめをもえこそ-とほささりけれ
00541
[詞書]心のほかなることありて、しらぬくにに侍りけるときよめる
平康頼(法名性照)
かくはかりうき身のほともわすられて猶恋しきは都なりけり
かくはかり-うきみのほとも-わすられて-なほこひしきは-みやこなりけり
00542
[詞書]心のほかなることありて、しらぬくにに侍りけるときよめる
平康頼(法名性照)
さつまかたおきの小島にわれありとおやにはつけよやへのしほかせ
さつまかた-おきのこしまに-われありと-おやにはつけよ-やへのしほかせ
00543
[詞書]羈中歳暮といへるこころをよめる
僧都印性
あつまちも年もすゑにや成りぬらん雪ふりにけり白川のせき
あつまちも-としもすゑにや-なりぬらむ-ゆきふりにけり-しらかはのせき
00544
[詞書]円位法師かよませ侍りける百首のうたの中に、たひの歌とてよめる
寂蓮法師
いはねふみ嶺のしひしはをりしきて雲にやとかるゆふくれのそら
いはねふみ-みねのしひしは-をりしきて-くもにやとかる-ゆふくれのそら