千載和歌集/巻第七

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巻七:離別


00476

[詞書]宇佐のつかひの餞しけるところにて、よみ侍りける

藤原実方朝臣

むかしみし心はかりをしるへにておもひそおくるいきの松原

むかしみし-こころはかりを-しるへにて-おもひそおくる-いきのまつはら


00477

[詞書]有国大弐になりてくたりける時、よみ侍りける

前太納言公任

わかれよりまさりてをしき命かなきみに二たひあはむとおもへは

わかれより-まさりてをしき-いのちかな-きみにふたたひ-あはむとおもへは


00478

[詞書]とほき所へまかりける人のまうてきてあか月かへりけるに、九月つくる日、むしのねもあはれなりけれはよめる

紫式部

なきよわるまかきの虫もとめかたき秋のわかれやかなしかるらん

なきよわる-まかきのむしも-とめかたき-あきのわかれや-かなしかるらむ


00479

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、わかれの心をよみ侍りける

大納言公実

かへりこむほともさためぬわかれちは都のてふりおもひいてにせよ

かへりこむ-ほともさためぬ-わかれちは-みやこのてふり-おもひいてにせよ


00480

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、わかれの心をよみ侍りける

前中納言匡房

行すゑをまつへき身こそおいにけれ別はみちのとほきのみかは

ゆくすゑを-まつへきみこそ-おいにけれ-わかれはみちの-とほきのみかは


00481

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、わかれの心をよみ侍りける

源俊頼朝臣

わするなよかへる山ちにあとたえて日かすは雪のふりつもるとも

わするなよ-かへるやまちに-あとたえて-ひかすはゆきの-ふりつもるとも


00482

[詞書]修行にいてたち侍りける時、いつほとにかかへりまうてくへきと人のいひ侍りけれはよめる

大僧正行尊

かへりこむほとをはいつといひおかし定なき身は人たのめなり

かへりこむ-ほとをはいつと-いひおかし-さためなきみは-ひとたのめなり


00483

[詞書]百首歌たてまつりけるとき、別の心をよめる

左京大夫顕輔

たのむれと心かはりてかへりこはこれそやかての別なるへき

たのむれと-こころかはりて-かへりこは-これそやかての-わかれなるへき


00484

[詞書]百首歌たてまつりけるとき、別の心をよめる

上西門院兵衛

かきりあらむ道こそあらめこの世にて別るへしとはおもはさりしを

かきりあらむ-みちこそあらめ-このよにて-わかるへしとは-おもはさりしを


00485

[詞書]参議資通、大弐はててのほりけるに、筑前守にて侍りける時、つかはしける

藤原経衡

行くきみをととめまほしくおもふかな我も恋しき都なれとも

ゆくきみを-ととめまほしく-おもふかな-われもこひしき-みやこなれとも


00486

[詞書]かへし

太宰大弐資通

年へたる人の心をおもひやれ君たにこふる花の都を

としへたる-ひとのこころを-おもひやれ-きみたにこふる-はなのみやこを


00487

[詞書]修行にいてて熊野にまうて侍りける時、人につかはしける

道命法師

もろともに行人もなき別ちに涙はかりそとまらさりける

もろともに-ゆくひともなき-わかれちに-なみたはかりそ-とまらさりける


00488

[詞書]人の法会おこなひける導師に、越前国にまかりてのほりなむとする時、かのくにの願主わかれをしみけるに、よみ侍りける

天台座主源心

なからへてあるへき身としおもはねはわするなとたにえこそちきらね

なからへて-あるへきみとし-おもはねは-わするなとたに-えこそちきらね


00489

[詞書]つくしにまかりけるをとこ京にのほるとて、かとての所より女のもとに、のほるへき心ちなんせぬといへりける返事につかはしける

読人不知

あはれとしおもはむ人は別れしを心は身よりほかのものかは

あはれとし-おもはむひとは-わかれしを-こころはみより-ほかのものかは


00490

[詞書]はなれにけるをとこのとほきほとにゆくを、いかかおもふといひて侍りけれは、つかはしける

和泉式部

別れてもおなしみやこにありしかはいとこのたひの心ちやはせし

わかれても-おなしみやこに-ありしかは-いとこのたひの-ここちやはせし


00491

[詞書]成尋法師入唐し侍りけるとき、よみ侍りける

成尋法師母

しのへともこのわかれちをおもふにはから紅の涙こそふれ

しのへとも-このわかれちを-おもふには-からくれなゐの-なみたこそふれ


00492

[詞書]百首歌よみ侍りけるとき、別のこころをよめる

僧都覚雅

心をもきみをもやとにととめおきて涙とともにいつるたひかな

こころをも-きみをもやとに-ととめおきて-なみたとともに-いつるたひかな


00493

[詞書]夏ころ、こしのくにへまかりける人の、秋はかならすのほりなん、まてといひけるか、冬になるまてのほりまうてこさりけれは、つかはしける

西住法師

まてといひてたのめし秋もすきぬれは帰る山ちの名そかひもなき

まてといひて-たのめしあきも-すきぬれは-かへるやまちの-なそかひもなき


00494

[詞書]源惟盛としころ侍るものにて、箏のことなとをしへ侍りけるを、土左国にまかりける時、かはしりまておくりにまうてきたりけるに、青海波の秘曲のことちたつることなとをしへ侍りて、そのよしの譜かきてたまふとて、おくにかきつけて侍りける

入道前太政大臣

をしへおくかたみをふかくしのはなん身はあを海の浪になかれぬ

をしへおく-かたみをふかく-しのはなむ-みはあをうみの-なみになかれぬ


00495

[詞書]王昭君のこころをよみ侍りける

右大臣

あらすのみなりゆくたひの別ちにてなれしことのねこそかはらね

あらすのみ-なりゆくたひの-わかれちに-てなれしことの-ねこそかはらね


00496

[詞書]人に餞し侍りけるあかつきよめる

右衛門督頼実

わするなよをはすて山の月みても都をいつるあり明のそら

わするなよ-をはすてやまの-つきみても-みやこをいつる-ありあけのそら


00497

[詞書]百首歌よみ侍りけるとき、別のこころをよめる

藤原定家

わかれても心へたつなたひころもいくへかさなる山ちなりとも

わかれても-こころへたつな-たひころも-いくへかさなる-やまちなりとも