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千載和歌集/巻第二

提供:Wikisource

巻二:春下


00077

[詞書]鳥羽殿におはしましけるころ、常見花といへる心ををのこともつかうまつりけるついてに、よませ給うける

白河院御製

さきしよりちるまてみれは木のもとに花も日かすもつもりぬるかな

さきしより-ちるまてみれは-このもとに-はなもひかすも-つもりぬるかな


00078

[詞書]みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、池上花といへるこころをよませ給うける

院御製

いけ水にみきはのさくらちりしきて浪の花こそさかりなりけれ

いけみつに-みきはのさくら-ちりしきて-なみのはなこそ-さかりなりけれ


00079

[詞書]山花のこころをよみ侍りける

大宮前のおほきおほいまうちきみ

しら雲とみねにはみえてさくら花ちれはふもとの雪にそ有りける

しらくもと-みねにはみえて-さくらはな-ちれはふもとの-ゆきにそありける


00080

[詞書]百首歌たてまつりける時、花のうたとてよめる

藤原季通朝臣

よし野やま花はなかはにちりにけりたえたえのこるみねのしら雲

よしのやま-はなはなかはに-ちりにけり-たえたえのこる-みねのしらくも


00081

[詞書]寛治八年さきのおほきおほいまうちきみの高陽院の家の歌合に、さくらをよめる

内侍周防

山さくらをしむこころのいくたひかちる木のもとにゆきかかるらん

やまさくら-をしむこころの-いくたひか-ちるこのもとに-ゆきかかるらむ


00082

[詞書]後朱雀院の御時、うへのをのこともひんかし山の花み侍りけるに、雨のふりけれは、白河殿にとまりておのおの歌よみ侍りけるによみ侍りける

大納言長家

はるさめにちる花みれはかきくらしみそれし空の心ちこそすれ

はるさめに-ちるはなみれは-かきくらし-みそれしそらの-ここちこそすれ


00083

[詞書]落花満山路といへるこころをよめる

上東門院赤染衛門

ふめはをしふまてはゆかんかたもなし心つくしの山さくらかな

ふめはをし-ふまてはゆかむ-かたもなし-こころつくしの-やまさくらかな


00084

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、さくらをよめる

前中納言匡房

山さくらちちに心のくたくるはちる花ことにそふにや有るらん

やまさくら-ちちにこころの-くたくるは-ちるはなことに-そふにやあるらむ


00085

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、さくらをよめる

藤原仲実朝臣

はなのちる木のしたかけはおのつからそめぬさくらの衣をそきる

はなのちる-このしたかけは-おのつから-そめぬさくらの-ころもをそきる


00086

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、さくらをよめる

藤原基俊

春をへて花ちらましやおく山のかせをさくらの心とおもはは

はるをへて-はなちらましや-おくやまの-かせをさくらの-こころとおもはは


00087

[詞書]崇徳院御時、十五首歌たてまつりけるとき、花の歌とてよめる

右兵衛督公行

あらしふくしかの山辺のさくら花ちれは雲井にささ浪そたつ

あらしふく-しかのやまへの-さくらはな-ちれはくもゐに-ささなみそたつ


00088

[詞書]百首歌たてまつりける時、花のうたとてよめる

前参議親隆

春かせに志賀の山こえ花ちれはみねにそうらの浪はたちける

はるかせに-しかのやまこえ-はなちれは-みねにそうらの-なみはたちける


00089

[詞書]花のうたとてよみ侍りける

左近中将良経

さくらさくひらの山かせ吹くままに花になりゆくしかのうら浪

さくらさく-ひらのやまかせ-ふくままに-はなになりゆく-しかのうらなみ


00090

[詞書]花留客といへる心をよみ侍りける

右近大将実房

ちりかかる花のにしきはきたれともかへらむことそわすられにける

ちりかかる-はなのにしきは-きたれとも-かへらむことそ-わすられにける


00091

[詞書]落花のこころをよめる

権大納言実国

あかなくに袖につつめはちる花をうれしとおもふになりぬへきかな

あかなくに-そてにつつめは-ちるはなを-うれしとおもふに-なりぬへきかな


00092

[詞書]久我内大臣の家にて、代身惜花といへる心をよめる

権中納言通親

さくら花うき身にかふるためしあらはいきてちるをはをしまさらまし

さくらはな-うきみにかふる-ためしあらは-いきてちるをは-をしまさらまし


00093

[詞書]花の歌とてよめる

俊恵法師

みよしのの山した風やはらふらむこすゑにかへる花のしら雪

みよしのの-やましたかせや-はらふらむ-こすゑにかへる-はなのしらゆき


00094

[詞書]花の歌とてよめる

源有房

ひとえたはをりてかへらむ山さくら風にのみやはちらしはつへき

ひとえたは-をりてかへらむ-やまさくら-かせにのみやは-ちらしはつへき


00095

[詞書]花の歌とてよめる

遣因法師

ちる花を身にかふはかりおもへともかなはてとしの老いにけるかな

ちるはなを-みにかふはかり-おもへとも-かなはてとしの-おいにけるかな


00096

[詞書]花の歌とてよめる

賀盛法師

あかなくにちりぬる花のおもかけや風にしられぬさくらなるらん

あかなくに-ちりぬるはなの-おもかけや-かせにしられぬ-さくらなるらむ


00097

[詞書]花の歌とてよめる

源仲綱

山さくらちるをみてこそおもひしれたつねぬ人は心ありけり

やまさくら-ちるをみてこそ-おもひしれ-たつねぬひとは-こころありけり


00098

[詞書]花のちりけるをみてよみ侍りける

道命法師

よそにてそきくへかりけるさくら花めのまへにてもちらしつるかな

よそにてそ-きくへかりける-さくらはな-めのまへにても-ちらしつるかな


00099

[詞書]いけにさくらのちるをみてよみ侍りける

能因法師

さくらちる水のおもにはせきとむる花のしからみかくへかりけり

さくらちる-みつのおもには-せきとむる-はなのしからみ-かくへかりけり


00100

[詞書]花浮澗水といへるこころをよみ侍りける

花薗左大臣

山かせにちりつむ花のなかれすはいかてしらまし谷のした水

やまかせに-ちりつむはなの-なかれすは-いかてしらまし-たにのしたみつ


00101

[詞書]山家落花といへる心をよみ侍りける

前大納言俊実

花のみなちりてののちそ山さとのはらはぬ庭はみるへかりける

はなのみな-ちりてののちそ-やまさとの-はらはぬにはは-みるへかりける


00102

[詞書]花落客稀といへる心をよめる

藤原基俊

ふるさとは花こそいととしのはるれちりぬるのちはとふ人もなし

ふるさとは-はなこそいとと-しのはるれ-ちりぬるのちは-とふひともなし


00103

[詞書]みちのくににまかりける時、なこそのせきにて花のちりけれはよめる

源義家朝臣

吹くかせをなこそのせきとおもへともみちもせにちる山桜かな

ふくかせを-なこそのせきと-おもへとも-みちもせにちる-やまさくらかな


00104

[詞書]をののひむろ山のかたにのこりの花たつね侍りける日、僧都証観か房にてこれかれ歌よみ侍りけるによめる

源仲正

したさゆるひむろの山のおそさくらきえのこりける雪かとそみる

したさゆる-ひむろのやまの-おそさくら-きえのこりける-ゆきかとそみる


00105

[詞書]百首歌たてまつりける時、春歌とてよめる

前参議親隆

かかみ山ひかりは花のみせけれはちりつみてこそさひしかりけれ

かかみやま-ひかりははなの-みせけれは-ちりつみてこそ-さひしかりけれ


00106

[詞書]百首歌たてまつりける時、春歌とてよめる

藤原季通朝臣

心なきわか身なれとも津の国のなにはの春にたへすも有るかな

こころなき-わかみなれとも-つのくにの-なにはのはるに-たへすもあるかな


00107

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、よふこ鳥をよめる

前中納言匡房

おもふことちえにやしけきよふこ鳥しのたのもりのかたに鳴くなり

おもふこと-ちえにやしけき-よふことり-しのたのもりの-かたになくなり


00108

[詞書]おなし百首のとき、すみれをよめる

中納言国信

こよひねてつみてかへらむすみれ草をののしはふは露しけくとも

こよひねて-つみてかへらむ-すみれくさ-をののしはふは-つゆしけくとも


00109

[詞書]おなし百首のとき、すみれをよめる

修埋大夫顕季

ききすなくいはたのをののつほすみれしめさすはかり成りにけるかな

ききすなく-いはたのをのの-つほすみれ-しめさすはかり-なりにけるかな


00110

[詞書]嘉承二年きさいのみやの歌合に、すみれをよめる

源顕国

道とほみいる野の原のつほすみれ春のかたみにつみてかへらん

みちとほみ-いるののはらの-つほすみれ-はるのかたみに-つみてかへらむ


00111

[詞書]堀河院御時百首のうち、やまふきをよめる

前中納言匡房

はるふかみ井ての河水かけそははいくへかみえむ山ふきのはな

はるふかみ-ゐてのかはみつ-かけそはは-いくへかみえむ-やまふきのはな


00112

[詞書]堀河院御時百首のうち、やまふきをよめる

藤原基俊

山ふきのはなさきにけりかはつなくゐてのさと人いまや問はまし

やまふきの-はなさきにけり-かはつなく-ゐてのさとひと-いまやとはまし


00113

[詞書]堀河院御時、肥後か家によきやまふきありときこしめしてめしたりけれは、たてまつるとて、むすひつけて侍りける

二条太皇大后宮肥後

ここのへにやへ山ふきをうつしてはゐてのかはつの心をそくむ

ここのへに-やへやまふきを-うつしては-ゐてのかはつの-こころをそくむ


00114

[詞書]水辺款冬といへるこころをよめる

藤原範綱

よし野川きしのやまふきさきぬれはそこにそふかき色はみえける

よしのかは-きしのやまふき-さきぬれは-そこにそふかき-いろはみえける


00115

[詞書]水辺款冬といへるこころをよめる

藤原定経

くちなしの色にそすめる山ふきの花のしたゆくゐ手のかはみつ

くちなしの-いろにそすめる-やまふきの-はなのしたゆく-ゐてのかはみつ


00116

[詞書]やまふきをよめる

惟宗広言

いかなれは春をかさねてみつれともやへにのみさく山吹のはな

いかなれは-はるをかさねて-みつれとも-やへにのみさく-やまふきのはな


00117

[詞書]百首歌たてまつりける時、やまふきの歌とてよめる

藤原清輔朝臣

やまふきの花のつまとはきかねともうつろふなへに鳴くかはつかな

やまふきの-はなのつまとは-きかねとも-うつろふなへに-なくかはつかな


00118

[詞書]土御門右大臣の家に歌合し侍りける時、藤をよめる

康資王母

いつかたににほひますらむふちの花はると夏とのきしをへたてて

いつかたに-にほひますらむ-ふちのはな-はるとなつとの-きしをへたてて


00119

[詞書]永承六年内裏歌合に、藤花をよみ侍りける

中納言祐家

ここのへにさけるをみれはふちの花こきむらさきの雲そたちける

ここのへに-さけるをみれは-ふちのはな-こきむらさきの-くもそたちける


00120

[詞書]百首歌たてまつりける時、よみ侍りける

大炊御門右大臣

としふれとかはらぬ松をたのみてやかかりそめけんいけの藤なみ

としふれと-かはらぬまつを-たのみてや-かかりそめけむ-いけのふちなみ


00121

[詞書]やよひのつこもりころ、白川殿に御かたたかへの行幸ありける夜、春残二日といへる心をうへのをのこともつかうまつりけるついてに、よませ給うける

二条院御製

われもまた春とともにやかへらましあすはかりをはここにくらして

われもまた-はるとともにや-かへらまし-あすはかりをは-ここにくらして


00122

[詞書]百首歌めしける時、くれの春のこころをよませたまひける

崇徳院御製

花はねに鳥はふるすにかへるなり春のとまりをしる人そなき

はなはねに-とりはふるすに-かへるなり-はるのとまりを-しるひとそなき


00123

[詞書]やよひのつこもりによみ侍りける

中務卿具平のみこ

いのちあらは又もあひなむ春なれとしのひかたくてくらすけふかな

いのちあらは-またもあひみむ-はるなれと-しのひかたくて-くらすけふかな


00124

[詞書]やよひのつこもりによみ侍りける

式子内親王

なかむれはおもひやるへきかたそなき春のかきりの夕くれのそら

なかむれは-おもひやるへき-かたそなき-はるのかきりの-ゆふくれのそら


00125

[詞書]百首歌たてまつりける時、くれのはるの心をよみ侍りける

大納言隆季

くれてゆく春はのこりもなきものををしむ心のつきせさるらん

くれてゆく-はるはのこりも-なきものを-をしむこころの-つきせさるらむ


00126

[詞書]三月尽のこころをよみ侍りける

久我内のおほいまうちきみ

いり日さす山のはさヘそうらめしきくれすは春のかへらましやは

いりひさす-やまのはさへそ-うらめしき-くれすははるの-かへらましやは


00127

[詞書]三月尽のこころをよみ侍りける

藤原定成

いくかへりけふにわか身のあひぬらんをしきは春のすくるのみかは

いくかへり-けふにわかみの-あひぬらむ-をしきははるの-すくるのみかは


00128

[詞書]三月尽のこころをよみ侍りける

源仲綱

身のうさも花みしほとはわすられき春のわかれをなけくのみかは

みのうさも-はなみしほとは-わすられき-はるのわかれを-なけくのみかは


00129

[詞書]三月尽のこころをよみ侍りける

藤原経家朝臣

いつかたと春のゆくへはしらねともをしむ心のさきにたつらん

いつかたと-はるのゆくへは-しらねとも-をしむこころの-さきにたつらむ


00130

[詞書]行路三月尽といへる心をよめる

琳賢法師

もろともにおなしみやこは出てしかとつひには春にわかれぬるかな

もろともに-おなしみやこは-いてしかと-つひにははるに-わかれぬるかな


00131

[詞書]三月尽日、皇太后宮大夫俊成のもとによみてつかはしける

法印静賢

花はみなよものあらしにさそはれてひとりや春のけふはゆくらん

はなはみな-よものあらしに-さそはれて-ひとりやはるの-けふはゆくらむ


00132

[詞書]潤三月尽によみ侍りける

権大僧都範玄

はなのはるかさなるかひそなかりけるちらぬ日かすのそははこそあらめ

はなのはる-かさなるかひそ-なかりける-ちらぬひかすの-そははこそあらめ


00133

[詞書]海路三月尽といへるこころをよめる

前大僧正覚忠

をしめともかひもなきさに春くれて浪とともにそたちわかれぬる

をしめとも-かひもなきさに-はるくれて-なみとともにそ-たちわかれぬる


00134

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、はるのくれをよめる

前中納言匡房

つねよりもけふのくるるををしむかないまいくたひの春としらねは

つねよりも-けふのくるるを-をしむかな-いまいくたひの-はるとしらねは


00135

[詞書]堀河院御時、百首歌たてまつりける時、はるのくれをよめる

河内

けふくれぬはなのちりしもかくそありし二たひ春は物をおもふよ

けふくれぬ-はなのちりしも-かくそありし-ふたたひはるは-ものをおもふよ