十誡問答

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• 底本: 松本高太郎 訳『正教要理問答』,正教会事務所,明29.6. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/824722

十誡（じっかい）問答（もんどう）

一　我（われ）は爾（なんぢ）の主（しゅ）神（かみ）なり我（われ）の外（ほか）に何物（なにもの）をも神（かみ）と為（な）す勿（なか）れ

二　偶像（ぐうざう）及（およ）び凡（およ）そ上（うへ）は天（てん）にある者（もの）下（した）は地（ち）にある者（もの）並（ならび）に地（ち）の下（した）にある者（もの）並（ならび）に地（ち）の下（した）の水（みづ）の中（うち）にある者（もの）の何（なん）の形状（かたち）をも造揑（つく）る勿（なか）れこれを拝（をが）む勿（なか）れ

三　爾（なんぢ）の主（しゅ）神（かみ）の名（な）を妄（みだり）に口（くち）に称（とな）ふる勿（なか）れ

四　「スボタ」の日（ひ）（安息日（あんそくじつ））を憶（おぼ）えて之（これ）を聖（せい）とすべし六日の間（あひだ）は労（はたら）きて爾（なんぢ）が一切（いっさい）の業（わざ）を為（な）すべし第七日は爾（なんぢ）の主（しゅ）神（かみ）の「スボタ」の日（ひ）なり

五　爾（なんぢ）の父母（ふぼ）を敬（うやま）ふべし福祥（さいはひ）爾（なんぢ）に臨（のぞ）みて地（ち）に長寿（いのちながき）を得（え）ん

六　人（ひと）を殺（ころ）す勿（なか）れ

七　淫（いん）を行（おこな）ふ勿（なか）れ

八　偸盗（ぬすみ）する勿（なか）れ

九　妄證（もうしよう）する勿（なか）れ

十　隣人（となり）の妻（つま）及（およ）び其（その）僕（ぼく）婢（ひ）牛（うし）驢（ろば）等（など）並（ならび）に凡（すべ）て隣人（となり）の物（もの）を貪（むさぼ）る勿（なか）れ

問　此（この）十誡（じっかい）は誰（たれ）が誰（たれ）に授（さづ）けられしものなりや

答　此（この）十誡（じっかい）はイヅライリの民（たみ）がエギペトを遁（のが）れ出（い）でてハナアンの地（ち）に旅行（りょこう）せし時（とき）シナイ山に於（おい）て神（かみ）よりモイセイに授（さづ）けられしものなり

問　最初（さいしょ）此（この）十誡（じっかい）は何（なに）に記（しる）されしや

答　二（ふた）つの石板（せきばん）に記（しる）されたり而（しかし）て一（ひと）つの石版（せきばん）には初（はじ）めの四か條（でう）が記（しる）され其中（そのうち）には神（かみ）に対（たい）するの本分（ほんぶん）を命（めい）ぜられたり又（また）他（た）の石版（せきばん）には外（ほか）の六か條（でう）が記（しる）され其中（そのうち）には人（ひと）に対（たい）するの本分（ほんぶん）を命（めい）ぜられたり

問　十誡（じっかい）の第一か條（でう）は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『我（われ）は爾（なんぢ）の主（しゅ）神（かみ）なり我（われ）の外（ほか）に何物（なにもの）をも神（かみ）と為（な）す勿（なか）れ』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを禁（きん）じ給（たま）ふや

答　神（かみ）を認（みと）めて神（かみ）を敬（うやま）ふこと即（すなは）ち神（かみ）を信（しん）じ神（かみ）を望（のぞ）み神（かみ）を愛（あい）し神（かみ）の聖（み）旨（むね）に従（したが）ひ神（かみ）に祈（いの）り及（およ）び独一（ひとつ）の神（かみ）を拝（をが）む外（ほか）に他（た）の神（かみ）を拝（をが）むことを禁（きん）じ給（たま）ふ

問　真（まこと）の神（かみ）を認（みと）むるの最（もっと）も善（よ）き便（たよ）りは何（なに）なりや

答　教書（をしへのほん）を読（よ）むことなり

問　我（われ）等（ら）は神（かみ）の使（つかひ）及（およ）び諸（しょ）聖人（せいじん）を如何（いか）様（やう）に尊（たつと）むべきや

答　我（われ）等（ら）が彼（かれ）等（ら）を尊（たつと）むは神（かみ）に於（お）けるが如（ごと）くするに非（あら）ず唯（た）だ我（われ）等（ら）よりも猶（なほ）一層（いつそう）神（かみ）に近（ちか）き者（もの）として尊（たつと）み又（また）我（われ）等（ら）の為（ため）に神（かみ）の惠（めぐみ）を代（かは）り求（もと）むる者（もの）として祈（いの）るなり

問　此（この）誡（いましめ）を破（やぶ）るの罪（つみ）は何（なに）なりや

答　独一（ひとつ）の真（まこと）の神（かみ）を拝（をが）まずして多（おほ）くの邪（よこしま）なる神（かみ）を拝（をが）み真（まこと）の歌（うた）を傷（きづつ）けて偽（いつはり）なる教（をしへ）を立（た）て（異（い）端者（たんしゃ））真（まこと）の教会に背（そむ）き離（はな）れ（岐（ぎ）教者（けうしゃ））卜筮（うらなひ）呪詛（まじなひ）を信（しん）じ神（かみ）の行為（しわざ）にあらざることを妄（みだ）りに神（かみ）の行為（しわざ）なりと信（しん）じ神（かみ）の誡（いましめ）を学（まな）ぶことを怠（おこた）り神（かみ）に依（い）頼（らい）せずして却（かへり）て人（ひと）に依（い）頼（らい）すること等（など）なり

問　十誡（じっかい）の第二か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『偶像（ぐうざう）及（およ）び凡（およ）そ上（うへ）は天（てん）にある者（もの）下（した）は地（ち）にある者（もの）並（ならび）に地（ち）の下（した）にある者（もの）並（ならび）に地（ち）の下（した）の水（みづ）の中（うち）にある者（もの）の何（なん）の形状（かたち）をも造揑（つく）る勿（なか）れこれを拝（をが）む勿（なか）れ』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを禁（きん）じ給（たま）ふや

答　偶像（ぐうざう）即（すなは）ち虚妄（きょもう）なる神仏（しんぶつ）の像（ざう）を拝（をが）むことを禁（きん）じ給（たま）ふ

問　世（よ）の異（い）教人（けうじん）等（ら）は如何（いか）なるものを神（かみ）として拝（をが）むや

答　天（てん）に在（あ）るものにては太陽（たいやう）月星（つきほし）の如（ごと）きもの地（ち）にあるものにては禽（とり）獣（けもの）草（くさ）木（き）の如（ごと）きもの水中に在（あ）るものにては魚介（さかな）昆（こ）蟲（むし）の如（ごと）きもの等（など）なり

問　聖像（せいざう）を拝（をが）むは此（この）誡（いましめ）を破（やぶ）るものに非（あら）ざるや

答　此（この）誡（いましめ）を破（やぶ）るものに非（あら）ず如何（いかん）となれば我（われ）等（ら）が聖像（せいざう）を拝（をが）むは聖像（せいざう）其物（そのもの）を拝（をが）むに非（あら）ずして其中（そのうち）に画（えが）かれたる神（かみ）を拝（をが）むが為（ため）なればなり

問　十誡（じっかい）の第三か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『爾（なんぢ）の主（しゅ）神（かみ）の名（な）を妄（みだり）に口（くち）に称（とな）ふる勿（なか）れ』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを禁（きん）じ給（たま）ふや

答　軽々（かろがろ）しく神（かみ）の名（な）を呼（よ）ぶことを禁（きん）じ給（たま）ふ即（すなは）ち談笑（だんせう）の時（とき）に神（かみ）の名（な）を呼（よ）び又（また）は徒（いたづら）に誓（ちかひ）を為（な）し或（あるひ）は偽（いつは）りて誓（ちかひ）を為（な）す等（など）なり

問　然（しか）らば如何（いか）なる時（とき）神（かみ）の名（な）を称（とな）ふべきや

答　祈（き）祷（たう）の時（とき）教（けう）話（わ）を為（な）す時（とき）誓（ちかひ）を為（な）す時（とき）に称（とな）ふべし且（か）つ之（これ）を称（とな）ふる時（とき）は畏（おそれ）と敬（つつしみ）とを以（もっ）てすべし

問　十誡（じっかい）の第四か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『スボタの日を憶（おぼ）えて之（これ）を聖（せい）とすべし六日の間（あひだ）は労（はたら）きて爾（なんぢ）が一切（いっさい）の業（わざ）を為（な）すべし第七日は爾（なんぢ）の主（しゅ）神（かみ）のスボタの日なり』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを命（めい）じ給（たま）ふや

答　一（いつ）週間（しゆうかん）の内（うち）六日の間（あひだ）は己（おのれ）の職業（しよくげふ）を営（いとな）み第七日には職業（しよくげふ）を休（やす）みて専（もっぱ）ら心（こころ）を神（かみ）に向（む）くることを命（めい）じ給（たま）ふ即（すなは）ち其（その）日（ひ）は聖堂（せいだう）に詣（いた）りて祈（き）祷（たう）を為（な）し家（いへ）に在（あ）りては教書（をしへのほん）を読（よ）み又（また）慈（じ）善（ぜん）の行（おこな）ひを為（な）す等（など）のことを命（めい）じ給（たま）ふ

問　一（いつ）週間（しゆうかん）中（ちう）の如何（いか）なる日（ひ）を聖日（せいじつ）と立（た）てられしや

答　旧約（きうやく）に於（おい）ては神（かみ）が世界（せかい）を造（つく）り終（おは）りて休（やす）み給（たま）ひしスボタの日（ひ）を聖日（せいじつ）と立（た）てられしが新約（しんやく）に至（いた）りハリストス復活（よみがへ）り給（たま）ひし時（とき）よりして其（その）復活（よみがへり）の日（ひ）を「スボタ」の日（ひ）に替（か）へて聖日（せいじつ）と立（た）てられたり

問　主（しゅ）の復活（よみがへ）り給（たま）ひし日（ひ）の外（ほか）に聖日（せいじつ）と立（た）てられし日（ひ）はなきや

答　有（あ）り第一主（しゅ）の祭日（さいじつ）例令（たとへ）ば主（しゅ）降誕（かうたん）祭（さい）（一月六日）主（しゅ）洗禮（せんれい）祭（さい）（一月十八日）第二聖（せい）母（ぼ）の祭日（さいじつ）例令（たとへ）ば聖（せい）母（ぼ）誕生（たんじやう）祭（さい）（九月廿日）聖（せい）母（ぼ）福音（ふくいん）祭（さい）（四月六日）第三諸（しょ）聖人（せいじん）の祭日（さいじつ）例令（たとへ）ば前（ぜん）駆（く）約翰（イオアン）致（ち）命（めい）祭（さい）（九月十日）使徒（しと）の長（ちやう）座（ざ）彼得（ペートル）保羅（パエル）記（き）憶（おく）祭（さい）（七月十一日）等（など）なり

問　其外（そのほか）如何（いか）なることを此（この）誡（いましめ）のうちに命（めい）ぜらるるや

答　教会（けうくわい）にて定（さだ）められたる精進（しやうじん）日（び）を守（まも）ることを命（めい）ぜらる

問　教会にて如何（いか）なる精進（しやうじん）日（び）を定（さだ）められしや

答　第一大（だい）精進（しやうじん）と名（なづ）けらるる四十日の精進（しやうじん）なり此（この）精進（しやうじん）は我（われ）等（ら）の主（しゅ）イイスス ハリストスが曠（あれ）野（の）に於（おい）て四十日の断食（だんじき）せられしことに法（のつと）りて立（た）てられしものにて主（しゅ）の復活（ふくくわつ）祭（さい）を迎（むか）ふるの備（そな）へを為（な）すがためたり

第二主（しゅ）の降誕祭（かうたんさい）前（ぜん）の精進（しやうじん）即（すなは）ち一名（いちめい）ヒリップの精進（しやうじん）と名（な）づけらるるものなり（十一月二十七日即（すなは）ち）聖（せい）使徒（しと）ヒリップの記念（きねん）日（び）より始（はじ）まりて翌年（よくねん）一月六日の降誕祭（かうたんさい）まで続（つづ）く）

第三聖（せい）母（ぼ）就眠祭（しうみんさい）前（ぜん）の精進（しやうじん）なり（八月十三日より同月二十七日まで）

第四彼得（ペートル）保羅（パエル）記（き）憶（おく）祭（さい）の精進（しやうじん）なり（至（し）聖（せい）三者（さんじゃ）祭（さい）後（ご）一週間を経（へ）て始（はじ）まり七月十一日までに至（いた）る故（ゆえ）に此（この）精進（しやうじん）の日（ひ）数（かず）は総（すべ）て主（しゅ）の復活（ふくくわつ）祭（さい）の都（つ）合（がふ）によりて長短（ながきみじかき）の相違（ちがひ）あり）

右（みぎ）の外（ほか）一日の精進（しやうじん）或（あるひ）は単（たん）に精進（しやうじん）日（び）と名（な）づけらるるものあり左（さ）の如（ごと）し

第一挙（きょ）栄（えい）聖（せい）架（が）祭（さい）（九月六日）

第二前（ぜん）駆（ぐ）約翰（イオアン）致（ち）命（めい）祭（さい）（九月十日）

第三割禮（くわつれい）祭（さい）（一月十三日）

第四各（かく）週間（しうかん）の水曜（すいやう）日（び）金曜（きんやう）日（び）

問　何故（なにゆえ）に水曜（すいやう）日（び）金曜（きんやう）日（び）の両日（りやうじつ）に精進（しやうじん）を為（な）すや

答　水曜（すいやう）日（び）に於（おい）てするは我（われ）等（ら）の主（しゅ）イイスス ハリストスが悪人（あくにん）の手（て）に解（わた）され給（たま）ひしを記（き）憶（おく）するが為（た）め又（また）金曜（きんやう）日（び）に於（おい）てするは其（その）苦（くるしみ）と死（し）とを記（き）憶（おく）するが為（ため）なり

問　此（この）誡（いましめ）を破（やぶ）るの罪（つみ）は何（なに）なりや

答　職業（しよくげふ）をも勉（つと）めずして空（むな）しく懶（らん）惰（だ）放埓（はうらつ）に日（ひ）を送（おく）り聖日（せいじつ）祭日（さいじつ）等（など）に信徒（しんじや）たるの行（おこなひ）を為（な）さず又（また）精進（しやうじん）をも守（まも）らざる等（など）なり

問　十誡（じっかい）の第五か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『爾（なんぢ）の父母（ふぼ）を敬（うやま）ふべし福祥（さいはひ）爾（なんぢ）に臨（のぞ）みて地（ち）に長寿（いのちながき）を得（え）ん』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを命（めい）じ給（たま）へり

答　己（おのれ）の父母（ふぼ）を敬（うやま）ふことを命（めい）じ給（たま）ふ

問　父母（ふぼ）を敬（うやま）ふとは如何（いか）なることなりや

答　能（よ）く父母（ふぼ）の命（めい）に従（したが）ひ常（つね）に孝養（かうやう）怠（おこた）らず殊（こと）に病気（びやうき）及（およ）び老（らう）後（ご）には大切（たいせつ）に世話（せわ）を為（な）し且（か）つ其（その）霊（たましひ）の救（すく）はるることをも神（かみ）に祈（いの）るべきを云（い）ふなり

問　此（この）誡（いましめ）は両親（りやうしん）を敬（うやま）ふことの外（ほか）に如何（いか）なるものを敬（うやま）ふことを命（めい）じ給（たま）ふや

答　或（あ）る場（ば）合（あひ）に於（おい）て我（われ）等（ら）の父母（ふぼ）を代表（だいへう）する所（ところ）の人々（ひとびと）を敬（うやま）ふことを命（めい）じ給（たま）ふ例令（たとへ）ば国王（こくわう）牧（ぼく）師（し）有（ゆう）司（し）恩人（おんじん）年長者（ねんちやうしや）等（など）なり

問　右（みぎ）の人々（ひとびと）のうち殊（こと）に誰（だれ）を敬（うやま）ふべきや

答　国王（こくわう）なり如何（いかん）となれば彼（かれ）は萬民（ばんみん）の父（ちち）神（かみ）の傅（ふ）膏（かう）者（しゃ）なればなり故（ゆえ）に使徒（しと）ペートルは『神（かみ）を畏（おそ）れ王（わう）を敬（うやま）ふべし』〔彼前七の十〕と教（をし）へ又（また）我（われ）等（ら）の主（しゅ）イイスス ハリストスは『ケサリの物（もの）はケサリに帰（かへ）すべし』〔太二十二の二十一〕と宣（のたま）へり

問　臣民（しんみん）たる者（もの）の国王（こくわう）に対（たい）して尽（つく）すべきの本分（ほんぶん）は何（なに）なりや

答　国王（こくわう）の命（めい）に服（ふく）し国王（こくわう）の為（ため）に祈（いの）り国王（こくわう）より立（た）てられたる百官（ひゃくくわん）有（ゆう）司（し）の権（けん）に従（したが）ひ国法（こくはふ）の諸税（しょぜい）を正（ただ）しく納（をさ）め国家（こくか）の為（た）め勇（いさ）みて軍役（ぐんえき）に服（ふく）する等（など）なり

問　国王（こくわう）に対（たい）する本分（ほんぶん）を破（やぶ）りて罪（つみ）を犯（をか）す者（もの）は如何（いか）に見做（みな）さるるや

答　斯（かか）る者（もの）は啻（ただ）に国王（こくわう）の前（まへ）に罪（つみ）を犯（をか）せしのみならず亦（また）神（かみ）の前（まへ）にも罪（つみ）を犯（をか）せし者（もの）なり如何（いかん）となれば使徒（しと）パエルの言（ことば）に『盖（そは）神（かみ）より出（いで）ざる権（けん）なく凡（およ）そ有（あ）るところの権（けん）は神（かみ）の立（たて）たまふ所（ところ）なれば也（なり）是故（このゆえ）に権（けん）に悖（さか）ふ者（もの）は神（かみ）の定（さだめ）に逆（そむ）くなり』〔羅（ロマ）十三の一至二〕と云（い）ふに依（よ）る

問　十誡（じっかい）の第六か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『人（ひと）を殺（ころ）す勿（なか）れ』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを禁（きん）じ給（たま）ふや

答　人（ひと）を殺（ころ）すこと即（すなは）ち人（ひと）の生命（いのち）を害（そこな）ふことを禁（きん）じ給（たま）ふ

問　法律（はふりつ）に依（よ）りて罪人（ざいにん）を死（し）刑（けい）に処（しょ）し又（また）は戦争（せんさう）の時（とき）に敵（てき）を殺（ころ）す等（など）は矢張（やは）り罪（つみ）なりや

答　是（これ）等（ら）は罪（つみ）にあらず如何（いかん）となれば罪人（ざいにん）を死（し）刑（けい）に処（しょ）するは彼（かれ）が行（おこな）ふ処（ところ）の悪業（あくげふ）を絶（た）たんが為（ため）にして又（また）戦争（せんさう）の時（とき）敵（てき）を殺（ころ）すは国王（こくわう）及（およ）び生国（しやうこく）を敵（てき）の侵略（しんりやく）より防（ふせ）ぎ護（まも）るが為（ため）なればなり

問　其（その）他（た）此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なる罪（つみ）を禁（きん）じ給（たま）ふや

答　種々（いろいろ）の関係（かかはり）を以（もっ）て殺人（ひとごろし）の罪（つみ）に與（く）みすることを禁（きん）じ給（たま）ふ例令（たとへ）ば教（けう）唆（さ）を以（もっ）て商（しやう）議（ぎ）を以（もっ）て幇助（ほうじよ）を以（もっ）て同（どう）意（い）を以（もっ）て之（これ）を為（な）すこと及（およ）び其（その）他（た）総（すべ）て他（た）人（にん）の生命（いのち）を害（がい）し傷（そこな）ふことを禁（きん）じ給（たま）ふ例令（たとへ）ば憤怒（いかり）を以（もっ）て憎悪（にくみ）を以（もっ）て喧（けん）嘩（か）を以（もっ）て為（な）す等（など）の類（たぐひ）なり又（また）此（この）誡（いましめ）にては語（ことば）或（あるひ）は行（おこなひ）を以（もっ）て他（た）人（にん）を不（ふ）信（しん）にい誘（いざな）ふことをも禁（きん）じ給（たま）ふ是（これ）等（ら）は霊魂（たましひの）上（うへ）の殺人（ひとごろし）と名（な）づけらる

問　此（この）誡（いましめ）を守（まも）るの心（こころ）得（え）は何（なに）なりや

答　何人（なにびと）の生命（いのち）をも保護（ほご）し総（すべ）て他（た）人（にん）に対（たい）し親切（しんせつ）を為（な）すことなり

問　十誡（じっかい）の第七か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『淫（いん）を行（おこな）ふ勿（なか）れ』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを禁（きん）じ給（たま）ふや

答　邪淫（じゃいん）即（すなは）ち男女の間（あひだ）の不義（ふぎ）を禁（きん）じ給（たま）ふ且（か）つ総（すべ）て邪淫（じゃいん）の罪（つみ）に導（みちび）く所（ところ）の悪（あし）しき行為（しわざ）をも亦（また）禁（きん）じ給（たま）ふ例令（たとへ）ば暴飲（ぼういん）暴食（ぼうしょく）すること猥褻（わいせつ）なる唄（うた）を歌（うた）ふこと風（ふう）儀（ぎ）を害（がい）する書物（しょもつ）を読（よ）むこと等（など）なり

問　此（この）誡（いましめ）を守（まも）るの心（こころ）得（え）は何（なに）なりや

答　夫（ふう）婦（ふ）互（たがひ）に節操（みさほ）を守（まも）り又（また）他（た）人（にん）に対（たい）して貞潔（ていけつ）なることなり

問　十誡（じっかい）の第八か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『偸盗（ぬすみ）する勿（なか）れ』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを禁（きん）じ給（たま）ふや

答　偸盗（ぬすみ）すること即（すなは）ち其（その）方法（しかた）の如何（いかん）に拘（かか）はらず不（ふ）正（せい）なる手段（しゅだん）を以（もっ）て他（た）人（にん）の所有物（もちもの）を我（わが）所有（もちもの）と為（な）すことを禁（きん）じ給（たま）ふ例令（たとへ）ば窃盗（せったう）すること強盗（がうたう）すること人（ひと）を使（し）役（えき）して其（その）賃金（ちんぎん）を払（はら）はざること又（また）は賃銭（ちんせん）を請（うけ）取（と）りて其業（そのわざ）を果（はた）さざること詐偽（いつはり）を以（もっ）て他（た）人（にん）の財産（ざいさん）を掠（かす）むること善（よ）き品物（しなもの）に代（か）へて悪（あし）き品物（しなもの）を売（う）ること不（ふ）正（せい）なる度量（ものさします）衡（はかり）を用（もち）ひて不（ぶ）正直（しやうぢき）なる商売（しやうばい）を為（な）す等（など）なり

問　此（この）誡（いましめ）を守（まも）るの心（こころ）得（え）は何（なに）なりや

答　怠（おこた）らず能（よ）く働（はたら）き他（た）人（にん）の財（ざい）を貪（むさぼ）らず慈悲（じひ）深（ぶか）くして律（りち）儀（ぎ）正直（しやうぢき）なることを命（めい）ぜらる

問　十誡（じっかい）の第九か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『妄證（もうしょう）する勿（なか）れ』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを禁（きん）じ給（たま）ふや

答　偽（いつは）りの證（しょう）を立（た）つること及（およ）び総（すべ）て偽（いつは）りを云（い）ふことを禁（きん）じ給（たま）ふ例令（たとへ）ば裁判（さいばん）に於（おい）て偽（いつは）りの證（しょう）拠（こ）を為（な）すこと讒言（ざんげん）すること誣（し）ゆること譏（そし）ること悪（あし）ざまに吹聴（ふいちやう）すること嘲（あざけ）ること等（など）なり

問　誓（ちかひ）を為して偽（いつは）りの證（しょう）を立（た）つるは如何（いか）なる罪（つみ）なりや

答　是（こ）れ第九の誡（いましめ）と第三の誡（いましめ）を破（やぶ）る者（もの）にして其罪（そのつみ）最（もっと）も重（おも）し

問　此（この）誡（いましめ）を守（まも）るの心（こころ）得（え）は何（なに）なりや

答　常（つね）に義（ただし）きを言（い）ひ『舌（した）を禁（おさ）へて悪（あく）を言（い）はず唇（くちびる）を緘（とぢ）て詭譎（いつはり）を言（い）はざらんことをせよ』〔彼（ペトル）前三の十〕

問　十誡（じっかい）の第十か條は如何（いか）に唱（とな）へらるるや

答　『隣人（となり）の妻（つま）及（およ）び其（その）僕（ぼく）婢（ひ）牛（うし）驢（ろば）等（など）並（ならび）に凡（すべ）て隣人（となり）の物（もの）を貪（むさぼ）る勿（なか）れ』

問　神（かみ）は此（この）誡（いましめ）を以（もっ）て如何（いか）なることを禁（きん）じ給（たま）ふや

答　他（た）人（にん）に対（たい）し唯（た）だ悪（あし）きことを行（おこな）ふことのみならず少（すこ）しにても其（その）心（こころ）に悪（あし）きことを行（おこな）はんとする思（おもひ）と望（のぞみ）を起（おこ）すことをも禁（きん）じ給（たま）ふ

問　此（この）誡（いましめ）を破（やぶ）るの罪（つみ）は何（なに）なりや

答　嫉妬（しっと）姦淫（かんいん）貪婪（どんらん）なり

問　此（この）誡（いましめ）を守（まも）るの心（こころ）得（え）は何（なに）なりや

答　我（われ）等（ら）は神（かみ）の授（さづ）け給（たま）ひし分限（ぶんげん）を以（もっ）て満足（まんぞく）し又（また）他（た）人（にん）に対（たい）しては親切（しんせつ）を行（おこな）ふべきことなり

• 十誡（じっかい）は信経（しんけい）と同（おな）じく祈（き）祷（たう）の文（ぶん）にはあらず然（しか）れども信（しん）徒（と）たる者（もの）は能（よ）く之（これ）を心（こころ）に記（しる）し此（この）誡（いましめ）に照（て）らして其（その）行（おこない）を矯正（きょうせい）すべし若（も）し一日（いちにち）中（ぢゅう）此（この）誡（いましめ）を破（やぶ）らざりし時（とき）は其恩（そのおん）を神（かみ）に感謝（かんしゃ）すべし又（また）此（この）誡（いましめ）を破（やぶ）りし時（とき）は真実（しんじつ）其罪（そのつみ）を懺（ざん）悔（げ）して以後（いご）再（ふたた）び之（これ）を破（やぶ）らざることを奴（つと）むべし

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