創世記4 (フランシスコ会訳)

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『聖書創世記 原文校訂による口語訳』
フランシスコ会聖書研究所、
1958年12月発行
『フランシスコ会訳聖書』
Gen

目次


第四部 ヨゼフの伝記 [1]

第37章[編集]

ヨゼフ、兄たちからきらわれる[編集]

[2]

 1ヤコブは父がとどまっていたカナアンの地に住んだ。 2ヤコブの家の歴史は次のとおりである。ヨゼフは十七歳の時、兄たちとともに羊を牧していた。かれはまだ少年で、父の妻ビルハとジルパの子らとともにいた。ヨゼフはかれらの悪いうわさを父に告げた [3]

 3ヨゼフは年寄り子なので、イスラエルはすべての子のうちでかれをもっとも愛した。そこでそでつきの長い服[4] をヨゼフにつくってやっていた。 4兄たちは父がすべての兄弟のうちでヨゼフをもっとも愛するのを見て、かれを憎み、かれについて穏やかに語ることはできなかった。

ヨゼフの夢[編集]

 5ある時、ヨゼフは夢を見て、これを兄たちに告げた。するとかれらはますますヨゼフを憎んだ。 6ヨゼフはかれらに言った、「どうかわたくしが見た夢を聞いてください。 7わたしたちは畑の中で束をつかねていました。その時、わたしの束が起きて立つと、あなたたちの束がわたしの束のまわりにきて、身をかがめたのです」。 8兄たちはかれに、「おまえは王となってわれわれに君臨しようというのか。ほんとうに支配者となってわれわれを治めようというのか」と言った。かれらはヨゼフの夢とそのことばのゆえに、ますますかれを僧んだ。

 9ヨゼフはまた夢を見て、それも兄たちに語った。かれは、「わたしはまた夢を見ました。太陽と月と十一の星がわたしに身をかがめたのです」と言った。 10ヨゼフ[5]が父と兄たちにこれを語った時、父はかれをしかって、「おまえはなんという夢を見たのだ。わたしもおまえの母も兄たちもおまえの所にやってきて、地に身をかがめるというのか」と言った。

兄たちの悪だくみ[編集]

 11兄たちはかれをねたんだが、父はそのことを心におさめた[6]12兄たちはシェケムで父の羊を牧するために出かけた。 13イスラエルはヨゼフに、「兄たちはシェケムで羊を牧している。さあ、わたしはおまえを兄たちの所へつかわそう」と言った。ヨゼフは、「はい」と答えた。 14イスラエルは、「さあ行きなさい。兄たちは無事か、羊も無事かを見てきて、わたしに知らせなさい」と言って、ヨゼフをヘブロンの谷からつかわした。ヨゼフはシェケムに来た。

 15ひとりの男が野をさまよい歩いているヨゼフに出会い、かれに、「なにを捜しているのですか」とたずねた。 16ヨゼフは、「兄たちを捜しているのです。兄たちがどこで羊を飼っているか、どうぞ教えてください」と答えた。 17その男は、「かれらはもうここを去りました。かれらが『ドタン [7]に行こう』と言っているのをわたしは聞きました」と言った。そこでヨゼフは兄たちのあとを追い、ドタンでかれらを見つけた。 18かれらはヨゼフをはるかに見て、ヨゼフがかれらに近づかないうちに、かれを殺そうとたくらんだ。 19かれらは互に言った、「夢見る男がやってくる。 20さあ今こそかれをうちころし、これらの水だめの一つに投げいれて、悪い獣がかれを食い殺したのだと言おう。そしてかれの夢がどうなるかを見よう [8]」。

 21レウベン[9]はこれを聞くと、「かれの命をとるのはやめよう」と言って、ヨゼフをかれらの手から救った。 22レウベンはかれらに、「血を流してはいけない。かれを荒野にある水だめに投げ入れよ。しかしかれに手を下してはいけない」と言った。これは、ヨゼフをかれらの手から救って、父のもとに返すためであった。

 23さてヨゼフが兄たちの所に来た時、かれらはヨゼフの長い服、かれが着ていたそでつきの長い服をはぎとった。 24かれらはヨゼフを捕えて水だめの中に投げ入れた。その水だめはからで、中には水がなかった[10]25そしてかれらは食事をしようとしてすわった。時に目を上げて見ると、ギレアドからやってくるイスマエル人の隊商が見えた。らくだに樹脂、香脂、もつ薬[11]を背負わせて、エジプトに下るところであった。

ヨゼフ、エジプトに売られる[編集]

 26ユダは兄弟たちに言った、「われわれが弟をうちころし、その血を隠して[12]なんの益があろう。 27さあヨゼフをイスマエル人に売って、かれに手を触れないようにしよう。かれはわれわれの弟、われわれの肉身だから」。兄弟たちはこれを聞き入れた。

 28ミドヤン人の商人が通りかかった時、かれはヨゼフを水だめから引き上げた。かれらはヨゼフを銀二十枚[13]でイスマエル人に売った。その人々はヨゼフをエジプトへ連れて行った。

 29レウベンが水だめのところにもどってきて見ると、水だめの中にはヨゼフはいなかった。レウベンは自分の着物を引きさき、

 30弟たちのところにもどってきて、「こどもがいなくなった。わたしは、わたしはどこへ行けばよいのか」と言った[14]

 31かれらはヨゼフの長い服をとり、雄やぎをほふって、その血に長い服を浸した。 32かれらはそのそでつきの長い服を父に送り届けて、「わたしたちはこれを見つけました。あなたの子の長い服かどうか、見さだめてください」と言った。 33父はそれを見さだめ、「わたしの子の長い服だ。悪い獣が食い殺したのだ。ヨゼフはかみさかれてしまったのだ」と言った。 34ヤコブは自分の着物を引きさき、荒布を腰にまとい、その子のために幾日も嘆いた。

 35むすこと娘はみな、かれを慰めようとして立ちあがったが、かれは慰められることを拒み、「いやわたしはよみのくにのむすこの所に嘆きながら下る」と言った。その父はヨゼフのために泣いた。

 36かのミドヤン人はエジプトでファラオの宮人みやびとである護衛隊長ポチファル[15]にヨゼフを売った。


【注】

  1. (1) ユダとタマルのことを物語る38章とヤコブの死を物語る49章を除けば、第四部はヨゼフに関するもので、劇的に描かれている。その主旨は50:20にあらわれている。すなわちヨゼフの兄たちの、悪だくみから始まって、悪から善を引き出される神の摂理を物語っている(50:20a)。歴史的に見れば、この物語はイスラエル人がどうしてエジプトに来たかを説明したもので、民族としてのイスラエルの誕生(出エジプト記)の序となっている。裏切られて売られ、「多くの民の命」(50:20b)の救い主となるヨゼフは、人類の救世主キリストの前表。またエジプトの副王となって民の世話をするヨゼフは、全教会の守護者である聖ヨゼフの前表で、その名まで同じ(41:55b「ヨゼフのもとに行け」参照)。
  2. (2) 本章はおもな二つの伝承からとってこれをたくみに織り合わせたヨゼフの伝記の第一幕で、1 2節は司祭伝承の断片からとった前置きである。1節は36:6-8の続き。2a節は創世記の十の「トレドス」の最後のもの(2注4参照)で、本来はこのあとにヤコブの子らの系図(35:22b-26)が続いていたものと思われる。
  3. (3) 一般に認められている資料区分法による各記事の中に、ヨゼフが兄たちからきらわれた理由がそれぞれ一つずつある。すなわち、(一)ビルハとジルバの四人の子の不評判を父に告げたこと(2節、司祭伝承)、(二)父からつくってもらったそでつきの長い服(3-4節、ヤーウェ伝承)、(三)ヨゼフの夢(5-11節、エロヒム伝承)。著者はこの三つを実にたくみにつないでいる。
  4. (4) ラテン語訳では「多彩の服」。族長とか高貴の者が着るような特殊な服で、優位を示すものであったらしい(サムエル下13:18-19も参照)。ヨゼフは時々新しい服をつくってもらっていたのであろう(サムエル上2:19参照)。
  5. (5) 35注11後部参照。43:29および注7も参照。
  6. (6) ヤコブはヨゼフが無邪気に語る夢を、自分にとっては芳しくないが神からのものと悟る。ヨゼフが後に解く他の夢は彼の生涯の後半で重要な役割を演ずる(40-41章参照)。
  7. (7) ドタンはシェケムから北に歩いて約四時間(二十ニキロ)の所にあり、牧草に富む。東国からエジプトにいたる通商路にある。ここにある小山のようなつかは今日でも「テル・ドタン」と呼ばれ、その名をとどめている。巻末第五図参照。
  8. (8) ユダヤ伝説では最初に言いだしたのはシメオンになっている。42:24から判断したものであろう。シメオンはヨゼフを救おうとしたレウベンの次の兄。血を流すことを好むシメオンの性癖は34章に見られる。
  9. (9) 多くの理由から本節はすぐあとの22節よりも26節によく結びつく。組み合わされる前の本来の言伝えの中ではレウベンではなくユダが提案したように語られたものと思われる。それはとにかく伝承を組み合わした本文中ではレウベンの提案になっている。
  10. (10) パレスチナの水だめは通常下部は広く、上部は狭い。ヨゼフの訴えと苦しみは42:21に述べられる。
  11. (11) この三つの香料はエジプトで非常に重んじられた。死体をミイラにする時に用いられ、また薬にも使われた(43:11、エレミヤ8:22、46:11 51:8参照)。
  12. (12) 復しゅうを天に呼び求めないように、血を隠すこと(4:10および注6参照)。
  13. (13) 五歳から二十歳までの男子の代価は二十枚(レビ27:5参照)。おとなの奴隷の代価は三十枚(出21:32参照)。ユダはこの値で主イエズスキリストを売る(マテオ26:15 27:3)。
  14. (14) ここに組み合わされているように見える二つの伝承を次のように分けることができる。(一)エロヒム伝承―レウベンは弟たちを説き伏せてヨゼフを殺すかわりにからの水だめに入れさせる。あとでヨゼフを救いにもどってみると彼はいない。通りがかりのミドヤン人がヨゼフを見つけてエジプトに連れて行き、彼を売る。(18a 19-20 22 24 28a 28C 30……36。40:15も参照)。(二)ヤーウェ伝承―兄たちはヨゼフの服をはいだあと、彼を殺す前に食事をしょうとしてすわる。しかしエジプトに下るイスマエル人が近づいてきた時、ユダの提案に基づき、彼らはヨゼフを殺すかわりにイスマエル人に売る(18b 21〔注9参照〕23 25-27 28b 31-33a……。45:4も参照)。イスマエル人がエジプトでヨゼフを売ることは39:1に述べられる。著者はイスマエル人とミドヤン人を同一人物のようにし(両者ともアブラハムの子孫、異母兄弟) 、またヨゼフが売られる時にはレウベンがいなかったことにして、この二つの伝承を組み合わしている。
  15. (15) 39:1および注2参照。

第38章[編集]

[1]

ユダの子ら[編集]

 1そのころの事であった。ユダは兄弟から離れて下って行き、ヒラというアドッラム人の近くに天幕を張った[2]2ユダはそこでシュアというカナアン人の娘を見て、これをめとり、彼女の所にはいった。 3彼女はみごもって男の子を産んだ。そしてその名はエルとつけられた[3]4また彼女はみごもって男の子を産み、その名をオナンとつけた。 5彼女はさらにまた男の子を産み、その名をシェラとつけた。シェラを産んだ時、彼女はケジブにいた。 6ユダは長子エルにタマルという嫁を迎えた。 7ユダの長子エルはヤーウェから悪者わるものと見られた。ヤーウェはかれを殺された。

オナンの罪、ユダの恐れ[編集]

 8ユダはオナンに、「おまえの兄嫁の所にはいり、彼女に義弟としての務[4]を果し、兄のために子孫をおこせ」と言った。 9オナンはその子が自分のものとならないことを知っていたので、兄嫁の所にはいった時には、兄のために子孫を与えないように、地にながした。 10かれのしたことは、ヤーウェの目に悪い事であったので、ヤーウェはかれをも殺された。

 11そこでユダは嫁タマルに、「わたしの子シェラがおとなになるまで、おまえの父の家でやもめのままでいなさい」と言った。ユダは、シェラもその兄たちのように死ぬといけないと思ったからである。タマルは父の家に行って住んだ[5]

ユダ、タマルのわなにかかる[編集]

 12かなり日がたって、シュアの娘、ユダの妻は死んだ[6]。喪が明けてから、ユダはその友アドッラム人ヒラとともに、自分の羊の毛を刈る者たちがいるチムナへと上って行った。 13ある人がタマルに、「あなたのしゅうとは羊の毛を刈りにチムナに向かっています」と告げたので、 14タマルはやもめの服をぬいでヴェールをかぶり、身に布をまとってチムナへの道にあるエナイムの入口にすわった。彼女は、シェラが成人したのに、自分がまだその妻にされないのを知ったからである。

 15ユダが彼女を見た時、彼女は顔をおおっていたので、かれはあそびめと思った。 16かれは道ばたの彼女のかたわらに行き、子の妻であることを知らずに、「さあ、あなたの所にはいらせなさい」と言った。彼女が、「わたしの所にはいるために、何をくださいますか」とたずねると、 17かれは、「わたしは群れの中からやぎの子を一匹送りましょう」と答えた。彼女は、「それを送ってくださるまで形をくださるのであれば」と言った。 18ユダが、「形として何をあげようか」とたずねると、彼女は、「あなたの印形いんぎょうとひもとあなたが持っているつえを[7]」と答えた。かれはそれを与えて、彼女の所にはいった。彼女はかれによってみごもった。 19彼女は立ちあがって去り、ヴェールをぬいでやもめの服を着た。

 20ユダはその女からかたを受けもどそうとして、自分の友アドッラム人に託してやぎの子を送ったが、その女は見いだせなかった。 21そこでその友は、「エナイムの道ばたにいたみこあそびめ[8]はどこにいますか」とその所の人々にたずねた。かれらは、「みこあそびめはここにいたことがありません」と答えた。

 22かれはユダの所にもどってきて、「わたしはあの女を見いだせませんでした。その上、あの所の人々は、『みこあそびめはここにいたことがありません』と言いました」と言った。 23ユダは、「われわれが恥をかかないように、そのまま彼女に取らせておこう。わたしは子やぎを送ったのだが、私はあの女を見いだせなかったのだ」と言った。

ユダ、タマルをさばく[編集]

 24約三か月後のことである。ある人がユダに、「あなたの嫁タマルはあそびめのふるまいをし、その上、そのあそびめのふるまいによってみごもっています」と告げた。ユダは、「彼女を引き出して焼き殺せ[9]」と言った。 25引き出される時、彼女はしゅうとのもとに人をつかわして、「これらの物の持ち主によってわたしはみごもったのです」と言わせた。また言った、「この印形とひもとつえはだれのものか、どうか見さだめてください」。 26ユダはこれらを見定めて、「彼女はわたしよりも正しい。わたしが彼女をわたしの子シェラに与えなかったためである」と言った。かれはこの時から彼女を知らなかった。

ふたご、ペレツとゼラー[編集]

 27彼女の出産の時になって見ると、胎内の子はふたごであった。 28出産の時、ひとりの子が手を出したので、産婆は、「これが先に出てきたのだ」と言って、まっかな糸を取ってその手に結びつけた。 29しかしその子が手を引っこめると、兄が出てきた。産婆は、「あなたはなんという破れ目をつくったのか!」と言った。そこでかれの名は。ペレツ[10] とつけられた。 30あとで手にまっかな糸をつけた弟が出てきた。かれの名はゼラー[11]とつけられた。


【注】

  1. (1) 本章はヤコブの子らの系図を受け継ぎユダのことをしるしている。しかもこの系図はダビドを経て最後にキリストに至る(マテオ1:3-5:16)ので、本章はユダヤ人の歴史に欠くことのできないものである。表現法からヤーウェ伝承に属するものと思われるが、ヨゼフの伝記中のヤーウェ伝承とは全然無関係。ユダは37章までは兄弟たちとともにいて(37:26参照)、後に彼らがエジプトに下る時にまた兄弟たちといっしょになっているので(44:14 46:28参照)、この話は38章としてここに入れられている。しかし本章と前後にある章の年代は一致しない。これは各種伝承を比較する場合よくあることである。ここに述べられるオナンとユダの罪は、道徳上の見地から次章のヨゼフの貞潔の徳をきわ立たせるために役立っている。
  2. (2) アドッラム、ケジブ(5節。ヨシュア33:44アケジブと同じ)、チムナ、エナイム(12 14 21節)は、ユダ高地とペレシェト平野の間にある低い山地シェフェラ地方(マカバイ上12:38「低地」)の地名である(ヨシュア15:33 35 44 57、34)。ユダが兄弟から離れたことは歴史上はおそらくユダ族が仲間の種族から離れたことであって、このことは申命33:7のユダ復帰の祈りの中に反映しているようである。シェラ、ペレツ、ゼラーはユダ族の祖として後に出る(民26:20)。
  3. (3) ヘブライ文には主語がない。動詞は三人称単数男性能動形。「彼(ユダ)はその名をエルとつけた」と訳すこともできる。しかし25:26 29:34、士1:17と同じく非人称動詞であろう。4 5節の場合と同じく女性形になっている写本もある。子の名をつけるのは父よりもむしろ母であるとするのはヤーウェ伝承の特徴である。
  4. (4) 子なくして死んだ者の兄弟は、その死者の妻をめとり、彼女に子を産ませ、その者の家系の断絶を防ぐべきことが、古代イスラエル人、アッシリア人、ヘト人などの問で律法として規定されていた(申25:5-10、ルト4:5ー12、マテオ22:23-28参照)。聖書にはこの義務のあるのは弟だけとなっているが、ヘト人の律法ではまず弟、次に父となっている。タマルはヘト人であったかもしれない(エゼキエル16:3 45参照。ダビドの町エルサレムはヘト人の子孫として描かれている。タマルはダビドの先祖)。そうだとすれば、彼女がオナンの死後、義父のたねを宿そうとしたことは、ヘト人のおきてに基づいたもので、彼女は自分としては正当なことをしたのだと思っていたのかもしれない。26節のユダのことば「彼女はわたしよりも正しい」参照。
  5. (5) レビ22:13、ルト1:8参照。イスラエルでは、未亡人は実父の家に帰って住んでも義父の支配をうけ、義父は彼女に新らしい夫を世話する義務があった。しかしユダは自分の最初の子がふたりとも死んだのはタマルのせいだと思って(トビト7:11参照)、シェラが成人した後でも彼をタマルに与えていない(14節)。
  6. (6) 著者は、ユダがやがてタマルにかかわって犯す罪を見のがしてはいない。しかしユダがもはや妻帯者ではないこと、彼はその女がむすこの妻タマルであることに気がつかなかったこと(15節)、および気がついてからは彼女と関係していないこと(26節)を、著者はことさらにしるしている。
  7. (7) タマルが亡夫と血のつながりのある者のたねを宿そうとした如才なさが、この要求の中にあらわれている。彼女が求めた形はその持ち主がだれであるかをはっきり示すものである。これらの物は彼女が宿そうとした子の父はだれかを証明するばかりでなく、彼女を死の刑罰から救うものである(26節)。「印形」は指輪として指にはめられたり、特殊なひもを通して菅にぶらさげられたりした。25節の「ひも」は復数形なので、胸にぶらさげる装身具を兼ねたものと考える者もある。「つえ」は歩行用ではなく権力の象徴として用いられ、通常その頭に特殊な装飾が施されていた。情欲のとりこになったユダはあとですぐ取りもどすからかまわないと考え、彼にとって貴重なこれらのものを手離す。しかし後に彼はその品を自分の評判を悪くしてまで取りもどす価値のあるものとは考えない(23節)。
  8. (8) 直訳では「身をささげた者」。ここでは女神アスタルテに仕える女。古代異教徒の祭儀にけこのような「みこあそびめ」との結合が行われ、この行為によって女神と一致できると考えられていた。15:24節に「あそびめ」という普通のことばが用いられているので、ユダとタマルの行為は宗教を悪用したものではないということは明らかである。おそらくカナアン人ヒラが彼女を捜すにあたって、ユダの行為は情欲的なものではなく宗教的動機によるものであるとして、ていさいのいい尋ね方をし、「みこあそびめ」という語を用いたのであろう。申23:18にこのような祭儀的淫行はきびしく禁じられている。
  9. (9) ユダは、タマルがシェラと結ばれることになづているにもかかわず姦淫の罪を犯したので、家長として罰 を言い渡す。後のイスラエルでほ、火刑は司祭の娘が私通をした場合だけに限られ(レビ21:9)、普通の者に対する 刑罰としては石殺しが規定される(申22:23-24、ヨハネ8:5)。また父と嫁との近親相姦の場合、両者とも死の刑罰を受けることが規定される(レビ20:12)。後に定められたこの禁令の線に沿って、著者は26節後部の文句をつけ加えたのであろう。
  10. (10) 「破れ日」の義。門がとざされている時、急いで外に出るために壁を破る。そういう場合の「破れ目」。
  11. (11) 語根の基本的意義は「輝く」。したがって「赤」とか「まっか」の義を帯びている。同名は36:13 17 33にエサウ の孫およびエドム人として出る。ペレツとゼラーの誕生は25:24-26のヤコブとエサウ(別名エドム「赤」)の誕生に並行する。

第39章[編集]

ポチファル家におけるヨゼフ[編集]

[1]

 1さてヨゼフはエジプトに連れて行かれた。ファラオの宮人みやびとで護衛隊長であるエジプト人ポチファル [2] は、ヨゼフを連れてそこに下ったイスマエル人の手からかれを買い取った。 2ヤーウェがヨゼフとともにおられたので、かれのすることはすべてうまくいった。かれはエジプト人である主人の家にいた。 3その主人は、ヤーウェがヨゼフとともにおられ、ヨゼフが手をつけることはすべてヤーウェが成功させられるのを見た。 4ヨゼフは主人に気に入られ、その身近に仕えた。主人はヨゼフにかれの家をつかさどらせ、その持ち物をすべてヨゼフの手にゆだねた。 5かれがヨゼフに自分の家とすべての持ち物をつかさどらせた時から、ヤーウェはヨゼフのゆえに、そのエジプト人の家を祝福された。ヤーウェの祝福は、かれの家と畑にあるすべてのものの上に及んだ。 6かれは自分のものをすべてヨゼフの手にまかせ、自分が食べる物のほかは [3] 、ヨゼフがいるので、何事にも気をつかわなかった。ヨゼフは姿がよく、顔だちもよかった。

主人の妻の誘惑[編集]

[4]

 7このようなことの後、主人の妻がヨゼフに目をつけて、「わたしといっしょに寝なさい」と言った。 8かれは拒んで主人の妻に言った、「ごらんください。わたしの主人はわたしがいるので、家のことについては、何も気をつかわず、その持ち物をすべてわたしの手にゆだねています。 9この家の中でわたしの力が及ばないものはありません。また、主人はあなたのほかはどんなものでも惜しみません。あなたは主人の妻ですから。それなのに、どうしてわたしがそんなだいそれた事をして、神に罪を犯すことができましょう [5] 」。 10彼女は日ごとにヨゼフに言い寄ったが、かれは彼女のそばに寝ることも、ともにいることも聞き入れなかった。 11ある日いつものように、かれが仕事をしようとして家の中にはいった時、そこには家の者がだれもいなかった。 12そこで彼女はヨゼフの服をつかんで、「わたしといっしょに寝なさい」と言った。しかしヨゼフは服を彼女の手にのこして、外に逃げて行った。

不幸なヨゼフの投獄[編集]

 13彼女はかれが服を自分の手にのこして外に逃げたのを見て、 14家の者どもを呼び、かれらに言った、「ごらんなさい、ヘブライ人を連れてきたものだから、わたしたちに戯れて困ります。かれがわたしといっしょに寝ようとしてはいってきたので、わたしは大声で叫びました。 15かれはわたしが声を上げて叫ぶのを聞いて、服をわたしのそばにのこしたまま、外へ逃げて行きました」。 16彼女はかれの服を手もとに置いて、かれの主人が家に帰るのを待った。 17彼女は夫にこれらのことを語った、「あなたがわたしたちの所に連れてきたヘブライ人のしもべは、わたしに戯れようとして、わたしの所にはいってきました。 18わたしが声を上げて叫んだので、かれはわたしのそばに服をのこしたまま、外へ逃げました」。 19主人は妻が、「あなたのしもべはわたしにこのようなことをしたのです」と語ることばを聞いて、怒りに燃えた。 20ヨゼフの主人はかれを捕え、王の囚人がつながれている獄舎にかれを入れた。ヨゼフは獄含の中にいたが、

ヨゼフ、獄舎を任される[編集]

 21ヤーウェはヨゼフとともにおられ、かれにいつくしみを施し、獄舎がしらの心にかなうようにされた。 22獄舎がしらは獄舎にいる囚人をすべてヨゼフの手にゆだねたので、かれらはそこですべてのことを、ヨゼフのさしずどおりに行なった。 23獄舎がしらはヨゼフの手にゆだねたことは何事にも干渉しなかった。ヤーウェがかれとともにおられ、かれが何をしても、ヤーウェが成功させられたからである。


【注】

  1. (1) 38章によって切断されたヨゼフの伝記は本章に続く。明らかに、ほとんどが37章に用いられたヤーウェ伝承で、エロヒム伝承が少しつけ加えられている(例、1節のポチファルの身分、次注参照)。ヤーウェ伝承では「宮人ポチファル」ではなく、ただの「エジプト人」。このエジプト人は金持の地主のようで、その妻がヨゼフに拒まれ彼を獄舎に入れる。獄舎がしらは、地主がヨゼフにその家をつかさどらせたように、囚人をことごとくヨゼフの手にゆだねる。エロヒム伝承(40章)はヨゼフが誘惑され投獄されたことについては、全然伝えていないようである。ヨゼフの主人ポチファルは妻を持たないほんとうの宦官(かんがん)であったかもしれない(次注参照)。ポチファルは護衛隊長としてファラオの囚人を監督し、そのしもべヨゼフはファラオの怒りを招いた酒人がしらとパン焼き人がしらを託される。そしてこのところで二つの伝承がふたたび組み合わされる。伝記の主題、すなわちヨゼフに対する神の摂理と配慮は特に3-5節と21-23節にはっきりあらわれている。
  2. (2) 著者はエロヒム伝承による37:36の「ファラオの宮人である護衛隊長ポチファル」をここでくり返し、二つの伝承を組み合わしている。「ポチファル」は41:45のオンの司祭でヨゼフの義父にあたる「ポチフェラー」(おそらくヤーウェ伝承)と形が少し異なるだけで同名。「ポチフェラー」は「ラ(太陽神)からのおくりもの」の義で、聖書以外の古代文献にもあらわれるエジプト名。ここで「宮人」と訳されている語の本来の意味は「宦官」。古代では宮人はほとんど宦官であった。宦官が妻をもったという例がなかったわけでぽない。著者が両伝承を組み合わしたところから見ると、この語の意味を拡張して「宮人」と解したほうがよさそうである。「護衛隊」と訳されている語の本来の意味は「畜殺人」または「料理人」(サムエル上9:23-24参照)。ギリシャ語訳ではポチファルは「料理人がしら」、「……または畜殺人がしら」となっている。
  3. (3) 民族的偏見ゆえの制限と解する者もあるが(43:32参照)、本句は「彼が食べること以外は」を意味する慣用句と解したほうがよかろう。
  4. (4) 古代エジプトの道徳は高くなかった。姦婦の甘いことばに気をつけるようにと若者を戒めている格2:16 5:3 6:24 7:5 21参照。
  5. (5) 主人に感謝していること、および彼女が主人の妻であることは、ヨゼフが彼女の要求を拒んだ最初の二つの理由である。このようなことは当時のエジプト文学の中にもあるいは見られたかもしれない。第三の、神に罪を犯さないためという理由は、聖書にふさわしいものである。現存原文の9a節は「この家の中では主人はわたしより強い力をもっていません」。本訳はギリシャ語訳に基づいて現存原文中の形を少し改めたもので、文脈から見てこのほうが適当と思われる。

第40章[編集]

ヨゼフ、二つの夢を解く[編集]

 1このようなことの後、エジプト王の酒人とパン焼き人が、その主君エジプト王に対して罪を犯した。 2ファラオは酒人がしらとパン焼きがしらのふたりの宮人[1]にむかって怒り、 3護衛隊長の家にかれらを監禁した。すなわちヨゼフがつながれている獄舎に入れたのである。 4護衛隊長はかれらの世話をするようにヨゼフに命じたので、ヨゼフはかれらに仕えた。かれらはしばらくの間、監禁されていた。

 5さて獄舎につながれていたエジプト王の酒人とパン焼き人とは、ふたりとも同じ夜にそれぞれ意味ありげな夢を見た。 6朝、ヨゼフがかれらの所に来て見ると、かれらはしょげていた [2]7そこでヨゼフは主人の家に自分とともに監禁させているファラオの宮人に、「どうしてきょうはあなたがたは顔色が悪いのですか」とたずねて言った。 8かれらはヨゼフに、「わたしたちは夢を見ましたが、これを解く者がいないのです」と答えた。ヨゼフはかれらに、「解くことは神のなさることではありませんか。どうぞわたしにそれを話してください」と言った。

 9そこで酒人がしらは夢をヨゼフに語って言った、「夢の中で一本のぶどうの木がわたしの前にありました。 10そのぶどうの木には三つのつるがあって、芽を出し、花が開き、ぶどうのふさが熟してきました。 11わたしの手にファラオの杯があったので、わたしはそのぶどうをつんで、それを杯にしぼり、その杯をファラオの手にささげました」。 12ヨゼフはかれに言った、「その解きあかしはこうです。三つのつるは三日のことです。 13三日以内にファラオはあなたの頭を上げて、あなたをもとの位にもどすでしょう。あなたは前にファラオの酒人であった時のように、ファラオの手にその杯をささげるでしょう。 14しかしあなたに運が開けた時には、わたしのことを覚えていて、わたしに好意を示し、この家からわたしを出すように、ファラオにわたしのことを話してください。 15わたしはヘブライ人の地からさらわれて[3]きた者です。ここでも、わたしはろうやに入れられるようなことは、何もしたことがありません」。

 16パン焼きがしらはヨゼフが都合よく解きあかしたのを見て、ヨゼフに言った、「わたしの夢の中でも、わたしの頭の上に菓子[4]のかごが三つありました。 17いちばん上のかごには、ファラオの食べ物としてパン焼き人がつくったあらゆるものがはいっていましたが、鳥が頭の上のかごからそれを食べていました」。 18ヨゼフは答えて言った、「その解きあかしはこうです。三つのかごは三日のことです。 19三日以内にファラオはあなたの頭を〔あなたから取って〕[5]上げ、あなたを木につるすでしょう。そして鳥はあなたの肉をあなたから取って食べるでしょう」。

夢判断の実現[編集]

 20さて三日目はファラオの誕生日であった。その時、ファラオはすべての家来のために祝宴を張り、家来の前で酒人がしらの頭とパン焼きがしらの頭とを上げた。 21ファラオは酒人がしらをもとの酒人の職にもどし、酒人がしらはファラオの手にその杯をささげた。 22しかしファラオは、ヨゼフがかれらに解いたとおり、パン焼きがしらをつるした。 23酒人がしらはヨゼフのことを思い出さず、忘れてしまった。


【注】

  1. (1) 酒人がしらとパン焼きがしらにはポチファルと同じ称号「宮人」が与えられている。この称号は直訳では「宦官」の義(39注2参照)。彼らは実際に宦官であったかもしれない。彼らの職名についている「かしら」という語も、獄舎がしらの「かしら」(39:21 23)も、ポチファル護衛隊長の「長」(37:31 39:1 40:3 4)もみなヘブライ語では同じ。ファラオの酒食の毒味は彼らの主要任務の一つであった。当時のエジプト文献は、20節にしるされているような公のさばきがあったこと、およびファラオをたおそうという政治的陰謀が宮廷内で行われ、それが成功したということを物語っている。本章と次章はほとんどエロヒム伝承とみなされている。宮人はさばきをうけるまでボチファルの家に監禁され、ポチファルはヨゼフに彼らの世話を命じる。ヨゼフを囚人とし、ふたりの宮人は獄舎につながれていたとするのはおそらくヤーウェ伝承。ふたりはヤーウェ伝承中では「かしら」ではなく、王に仕えるただの酒人とパン焼き人となっていたようである。
  2. (2) ふたりがしょげているのは、監禁ゆえに夢を解く人の所に行けないからである。エジプト文献の一つに、夢の中の当人の行為を解く夢判断の基準をくわしくしるしたものがある。ヨゼフは「解くことは神のなさることではありませんか」(8節)と彼らに言って、夢を正しく解くのは神の力によるもので、人間がつくった解きあかしによるものではないと教えている。
  3. (3) 直訳では「盗まれて」。これはエロヒム伝承によるヨゼフのエジプト下りに一致する(37注14(一)参照)。しかしヨゼフは自分が奴隷の生れでもなければ、とりこでもなく、自由人であること、そして不正にも奴隷にされてエジプトに連れられてきたのだということを述べ、兄たちのしうちについては語っていない。
  4. (4) この語はここに一回出るだけ。「白い」という義の語根からきたものであろう。「白い」は高級な粉を意味し、ここでは「菓子」をさす。この語を「穴」という義の語根からきたものとして「枝編みの(かご)」と解する者もある。
  5. (5) 二つのヘブライ語写本とラテン語訳には本句が欠けている。本節後部に適切に用いられている語句を、ここに重複して書き入れたもの。この書入れは反対の意味をはっきりさせている。 「頭を上げる」の普通の意味は、酒人の場合のように(13節)、獄舎から出して(列下25:27、エレミヤ52:31参照)、喜ばせること(4:7参照)。著者は20節で本句を用い、同様に二重の意味を持たせている。罪ありげなパン焼き人は、自分の夢も酒人の夢と同じように「三」で始まっているので、自分につごうのいい解きあかしを期待する。ヨゼフは最後のところまでまったく同じ解きあかしをして、パン焼き人の不当な望みをささえている。凶兆としての鳥については15:11および注7参照。

第41章[編集]

ファラオの夢[編集]

[1]

 1二年の後、ファラオは夢を見た。かれがナイル川[2]のほとりに立って、 2見ていると、りっぱな肥えた七頭の雌牛が川から上がってきて、あしの中で草をはんでいた。 3するとそのあとから、醜いやせ細った他の七頭の雌牛が川から上がってきて、岸にいるさきの雌牛のかたわらに立った。 4そして醜いやせ細った雌牛はりっぱな肥えた七頭の雌牛を食いつくした。そこでファラオは目がさめた。

 5ファラオはまた眠ってふたたび夢を見た。見ていると、一本の茎に太ったよい七つの穂が出てきた。 6するとそのあとから、東風ひがしかぜに焼けた細い七つの穂がはえてきた。 7そして細い穂は太って実った七つの穂をのみこんだ。そこでファラオは目がさめたが、それは夢であった。

 8あくる朝、ファラオは気をもみ、人をつかわしてエジプトのすべてのうらない師[3]とすべての賢人を呼んだ。ファラオはかれらに自分の夢を語ったが、それを解く者はひとりもいなかった。 9その時、酒人がしらがファラオに言った、「わたしはきょうこそ、わたしのあやまちを申しあげましょう。 10かつてファラオはそのしもべらにむかって怒り、わたしとパン焼きがしらを護衛隊長の家に監禁したことがあります。 11わたしとかれは同じ夜、夢を見ました。それぞれ意味ありげな夢を見たのです。 12そこにはわたしたちといっしょに、護衛隊長のしもべ、ヘブライ人の若者がいました。わたしたちがかれに話しますと、かれはわたしたちの夢を解きあかしました。かれはそれぞれの夢にふさわしく解きあかしたのです。 13そしてかれがわたしたちに解きあかあかしたとおりになって、わたしはもとの位にもどされ、パン焼き人はつるされました」。

ヨゼフ、ファラオの夢を解く[編集]

 14ファラオはヨゼフを呼びに人をつかわしたので、かれは急いでろうやから連れ出された。ヨゼフはひげをそり、服を着替えてから、ファラオの前に出た。 15ファラオはヨゼフに、「わたしは夢を見たが、それを解く者がいない。聞くところによると、おまえは夢を聞いてそれを解くそうだが」と言った。 16ヨゼフはファラオに答えて、「わたしではありません。ファラオにさいさきのよい答を与えるのは神です」と言った。 17ファラオはヨゼフに語った、「夢の中でわたしが川の岸に立って見ていると、 18肥えたりっぱな七頭の雌牛が川から上がってきて、あしの中で草をはんでいた。 19するとそのあとから、活気のない非常に醜いやせた他の七頭の雌牛が上がってきた。わたしはこのような醜いものをエジプト全国で見たことがない。 20このやせた醜い雌牛は、さきの肥えた七頭の雌牛を食いつくした。 21腹に入れても腹に入れたことがわからないほど、はじめと同じく醜かった。そこでわたしは目がさめた。 22また夢の中でわたしが見ていると、一本の茎に実ったよい七つの穂が出てきた。 23するとそのあとから、東風に焼け、枯れた細い七つの穂が出てきた。 24そして細い穂は、七つのよい穂をのみこんだ。わたしはうらない師に話したが、わたしにそのわけを説明してくれる者はいなかった」。

 25ヨゼフはファラオに言った、「ファラオの夢は一つであります。神がなさろうとすることをファラオに示されたのです。 26七頭のよい雌牛は七か年のことで、七つのよい穂も七か年のことであります。夢は一つなのです。 27そのあとから上がってきたやせた醜い七頭の雌牛も七か年のことです。実のはいっていない東風に焼けた七つの穂もそうです。これらは七か年のききんのことです[4]28こういう事は、わたしがファラオに申しあげたとおり、神がなさろうとすることをファラオに啓示されたものです。 29エジプト全国には七か年の大豊作がおとずれます。 30しかしそのあとに七か年のききんがおこって、すべての豊作のことはエジプトの地で忘れられてしまい、ききんは地を荒らしつくします。 31その豊作は、あとに続くききんがあまりひどいので、この地では忘れられてしまいます[5]32夢が二度もファラオにくり返されたのは、このことが神によって定められ、神がそれをするために急いでおられるからです。

 33今ファラオは思慮深い賢い人を見つけて、エジプトの地を治めさせたほうがよいでしょう。 34ファラオはさっそく国中に監督官を置き、七か年の豊作のうちに、エジプトの地から五分の一を取り立てるほうがよいでしょう。 35これからの豊年の食糧をかれらにすべて集めさせ、麦を食糧としてファラオの管理のもとに、町々に積み上げさせ、保管させたほうがよいでしょう [6]36その食糧は、エジプトの地におこる七か年のききんに対する国のたくわえとなり、この地はききんで滅びることはないでしょう」。

ヨゼフの立身と結婚[編集]

 37ファラオとすべての家来はこれを名案だと思った。 38そこでファラオは家来たちに、「神の霊のやどっているこのような人を見いだせるだろうか」と言った。 39ファラオはヨゼフに言った、「神はこのことをことごとくおまえに示されたからには、おまえのように思慮深く賢い人はいない。 40おまえにわたしの家をつかさどらせよう。そしてわたしのすべての民をおまえのことばに従わせよう。わたしはただ王位の点でおまえにまさっているだけである [7]」。 41ファラオはヨゼフに言った、「見よ、わたしはおまえをエジプト全国のつかさにする」。 42ファラオは印形いんぎょうの指輪を手からはずしてこれをヨゼフの手にはめ、かれに亜麻織の服を着せ、その首に金の首飾りをかけた [8]43そして自分の持っている第二の車にかれを乗せた。かれの前では「アブレク [9]」ということばが叫ばれた。このようにしてかれをエジプト全国のつかさにしたのである。 44ファラオはヨゼフに言った、「わたしはファラオである。おまえの許しがなければ、エジプト全国において何人も手足を動かすことはできない」。

 45ファラオはヨゼフの名をザフェナト・バネアーとつけ、オンの司祭ポチフェラーの娘アセナトを妻として与えた [10]

 46ヨゼフはエジプトの地をまわった。「ヨゼフがエジプトの王ファラオの前に立った時は三十歳であった。かれはファラオの前を去ってエジプトの国をあまねくめぐった[11]

豊年と凶年、ヨゼフの子ら[編集]

 47さて七か年の豊作の間、地は豊かに[12]物を産した。 48ヨゼフはエジプトの地に豊作があった時の七か年の食糧をことごとく集め、それを町々にたくわえさせた。すなわち各町のまわりにある田畑からとれた食糧を、それぞれその町の中にたくわえさせた。 49ヨゼフは麦を海の砂のように非常に多く積みあげ、ついに量りきれなくなったので、量ることをやめた。

 50ききんの年がおとずれる前に、ヨゼフにふたりのむすこが生れた。これはオンの司祭ポチフェラーの娘アセナトが産んだのである。 51ヨゼフは、「神はわたしのすべての苦労とわたしの父の家のすべてのことを、わたしに忘れさせました」と言って、長子の名をメナッシェとつけた。 52またかれは、「神はわたしの苦しみの地で、わたしに子を生ませてくださいました」と言って、二番目の子の名をエフライムとつけた [13]

 53さてエジプトの地の七か年の豊作は終った。 54そしてヨゼフが言ったように、七か年のききんがおとずれはじめた。すべての国々はききんであったが、エジプト全国には食物があった。 55そしてエジプト全国がききんに悩んだ時、人々はファラオに叫んで食物を求めた。ファラオはすべてのエジプト人に、「ヨゼフのもとに行き、かれがおまえたちに言うことをせよ」と言った。 56ききんは地の全面に広がったので、ヨゼフはすべての麦の倉を開いてエジプト人に売った。ききんはエジプトの地においてはげしかった。 57全地の人々が買い付けのために、エジプトのヨゼフのもとに来た。ききんが全地においてはげしかったからである。


【注】

  1. (1) 本章中に描かれている多くの事がらは、当時のエジプト文献にしるされている一般生活と宮廷生活の模様に符合する。
  2. (2) 直訳では「川」。この語は多分エジプトからの外来語で常に冠詞がついている(次節以下の「川」の場合も同じ)。したがって「ナイル川」をさす。エジプトの全生命は毎年土地に生命を与えるナイル川の出水にかかっている。水かさが高くて広範囲にわたれば、収穫が多く、低ければ収穫は少なかった。
  3. (3) うらないをするエジプトの司祭は、同時に魔術師でもあったということが、出7:11 22 8:3から明らかである。神から与えられたヨゼフの知恵は、後のヤーウェの代理者としてのモイゼとアーロンの場合と同じく(出7:12 8:14-15 9:11)、彼らの知恵にまさる。ダニエル1:20-2:23も参照。
  4. (4) はじめのところがまったく同じように「三日」のことであると解かれた酒人の夢とパン焼き人の夢の場合のように、ファラオの夢もそれぞれ二つの部分のはじめのところがまったく同じく七年と解かれている。またパン焼き人の夢の解きあかしが最後のところで急に恐ろしく変っているように、ここでもそうなっている。夢全体の詳しい説明は次節以下。40注5参照。
  5. (5) この表現は21節のファラオのことばに符合する。両節ともヘブライ文では同じ。
  6. (6) 33-35節のファラオに対するヨゼフの忠告は多様にわたっている。これらは、単に一大計画をいろいろな角度から見たものであると説明することもできるが、二つの伝承によるそれぞれ並行した二つの計画が組み合わされたものであると見るほうが順当である。すなわち、(一)ひとりの監督官が任命され、その者が収穫の五分の一を徴収してそれを直接ファラオの管下に置く。(二)多くの地方監督官が任命され、その者らが(余剰)食糧をことごとく徴収してそれを各町に保管する。
  7. (7) ヨゼフの地位は「宰相」に相当する。この文字はエジプトの各宰相の墓碑銘にあらわれている。「おまえのことばに従わせよう」を現存原文にしたがって直訳すれば、「おまえの口に接ぶんする」、すなわち「おまえが言う時には(土に)接ぶんする(土下座のように)」の意であろう。
  8. (8) 多分特殊な首飾り。おそらくファラオ自身が首にかけていた物と同じようなもの。「亜麻織」と訳されている語はエジプトからの外来語で、このような服は高位の者だけが着た。
  9. (9) これもエジプトからの外来語で、その正確な意味についてはいろいろの説がある。これと類似音のヘブライ語「ベレク」は「ひざまずけ」すなわち「下にいよ」の意であろう。エジプト語にその由来を求めれば、単に「気をつけ」の意。これに似たような事がペルシャでも行われたようにしるされている(エステル6:6-11参照)。次節の「わたしはファラオである」という文句は宣誓の礼式。
  10. (10) 「ザフェナト・パネアー」はおそらく「神が語られたので(名を受ける)その者は生きている」の義。ラテン語訳では「世の救い主」。その他多様に解されている。「アセナト」は「(女神)ネイトに属するもの」の義。「ポチフェラー」については39注2参照。「オン」のギリシャ名は「ヘリオポリス」(太陽の町)。カイロの北東十一キロの所にあり、太陽神「ラ」をまつった有名な神殿があった。ここの大司祭はエジプト政界で相当の力を持っていた。したがってファラオ自身がとりきめたヨゼフの結婚は、最高階級の一家族にヨゼフを結びつけたものである。
  11. (11) 45節後部と46節後部は重複記事(注6参照)。
  12. (12) 直訳では「手いっぱいに」。
  13. (13) ヨゼフの子の名がヤコブの子の場合のように(29:31-30:24)、俗間語原説によって説明されている。すなわち「ナッシャニ(彼はわたしに忘れさせた)」は「メナッシェ」を、「ヒフラニ(彼はわたしに子を生ませた)」は「エフライム」を説明したものである。

第42章[編集]

ヨゼフの兄たちエジプトへ[編集]

[1]

 1ヤコブはエジプトに穀物があると知って、その子らに、「おまえたちはなぜ顔を見合わせているのか」と言った。 2かれはまた、「エジプトには穀物があるということを、わたしは聞いた。おまえたちはあそこへ下って、あそこでわたしたちのために買ってきなさい。そうすれば、わたしたちは生きながらえて、死を免れるであろう」と言った。 3そこでヨゼフの兄十人は麦を買うためエジプトに下った。 4しかしヤコブはヨゼフの弟ビンヤミンを兄たちとともにつかわさなかった。災がビンヤミンにふりかかるといけないと思ったからである [2]5イスラエルの子らは人々にまじって買いにやってきた。ききんがカナアンの地にあったからである。

 6ヨゼフはエジプトの国の支配者であり、この地のすべての民に穀物を売るのはかれであった。ヨゼフの兄たちは来て、かれの前で顔が地につくほど身をかがめた。 7ヨゼフは兄たちを見て、それとわかったが、かれらに対して見知らぬ者のようにふるまい、荒々しく語ってかれらに、「おまえたちはどこから来たのか」と言った。かれらは、「カナアンの地から食糧を買いにまいりました」と答えた。

 8ヨゼフは兄たちだとわかったが、かれらはヨゼフだとわからなかった。 9ヨゼフはかつてかれらについて見た夢のことを思い出した。そしてかれらに、「おまえたちは回し者で、この国のすきをうかがいに来たのだ」と言った [3]10かれらは言った、「いいえ、あるじよ、しもべらは食糧を買いに来たのです。 11わたしたちはみな、ひとりの人の子で、正直者です。しもべらは回し者ではありません」。 12ヨゼフはかれらに、「そうではなくて、おまえたちはこの国のすきをうかがいに来たのだ」と言った。 13かれらは言った、「わたしたちしもべは十二人兄弟で、カナアンの地にいるひとりの人の子です。末の弟は今わたしたちの父といっしょにおります。 14そしてもうひとりはいなくなりました」。ヨゼフはかれらに言った、「わたしがおまえたちに言ったとおりだ。おまえたちは回し者だ。 15おまえたちは次のことによってためされるのだ。ファラオのいのちにかけて言う[4]。おまえたちの末の弟がここに来ないかぎり、おまえたちはここから出ることはならない。 16おまえたちのうちのひとりをつかわして、弟を連れてこさせよ。その間おまえたちはつないでおかれる。おまえたちにまことがあるかどうか、おまえたちのことばがためされるわけだ。もしまことでなければ、ファラオの命にかけて言うが、おまえたちは回し者だ」。 17ヨゼフはかれらをみないっしょに、三日の間、監禁所に入れた。

シメオン、人質として残される[編集]

 18三日目にヨゼフはかれらに言った、「こうすれば、おまえたちの命は助かるであろう。わたしは神をおそれる者だ。 19もしおまえたちが正直者ならば、兄弟のうちひとりをおまえたちのいる監禁所につないで、おまえたちは家族の飢えを救うために、穀物を携えて行け。 20そして末の弟をわたしのところに連れてこい。そうすれば、おまえたちのことばがほんとうだということになり、おまえたちは死を免れるであろう」。かれらはそのようにした。 21かれらは互に言い合った、「まことに弟のことについては、われわれにとががある。かれがわれわれにあわれみを求めた時、われわれはかれの心の苦しみを見ながら、これを聞き入れなかったのだから。それでこの苦しみがわれわれにかかってきたのだ」。 22レウベンはかれらにこたえて言った、「わたしは『あの子に罪を犯すな』と言ったではたいか。しかしおまえたちは聞き入れなかった。その上、見なさい。かれの血が求められているのだ」。 23かれらはヨゼフが聞きわけているのを知らなかった。相互の間に通訳者がいたからである。 24ヨゼフはかれらから離れた所に行って泣いた。やがてもどってきて、かれらに語った。そしてかれらの中からシメオンを捕え、かれらの目の前で縛った [5] [6]

 25ヨゼフは、かれらの入れ物に麦を満たし、各人の銀をそれぞれの袋の中に返すように、また道中の食料をもかれらに与えるように命じた。そのとおりかれらになされた。 26かれらはその穀物をろばに背負わせて、そこを去った。 27とまり場所でそのうちのひとりが、自分のろばにまぐさを与えようとして袋を開いたところ、自分の銀を見た。しかも、それが麦袋の口にあった。 28そして兄弟たちに、「わたしの銀が返されている。しかも、ごらんなさい。わたしの麦袋の中に」と言った。かれらは肝をつぶし、身をふるわせて、それぞれ互に見合い、「神がわれわれになさったこのことは、いったいなんだろう」と言った [7]

兄らの帰国とヤコブのうれい[編集]

 29かれらはカナアンの地にいる父ヤコブのもとに帰り、その身におこったことをすべて、告げて言った、 30「かの国のあるじである人が、わたしたちに荒々しくものを言い、わたしたちをかの国を探る回し者とみなしました。 31そこでわたしたちはその人に『われわれは正直者で回し者ではありません。 32われわれは十二人兄弟で、同じ父の子です。ひとりはいなくなりましたが、末の弟は今カナアンの地で父といっしょにいます』と言いました。 33かの国のあるじであるその人はわたしたちに言いました、『次のことによって、おまえたちが正直者かどうかがわたしにわかる。おまえたち兄弟のうち、ひとりをわたしのところに残し、おまえたちは家族の飢えを救うために、穀物を持って行け。 34そして末の弟をわたしのところに連れてこい。そうすれば、おまえたちが回し者でなく正直者であるということを、わたしは知るであろう。その上で、おまえたちのきょうだいを返してやる。そしておまえたちは、この地をめぐり歩いてよい』」。

35かれらが袋をあけてみたところ、おのおのの袋の中には、各人の金つつみがあった。かれらも父も金つつみを見て、恐れた。 36父ヤコブはかれらに、「おまえたちはわたしに子を失わせようとしている。ヨゼフはいなくなり、シメオンもいなくなった。そしてビンヤミンをも取ろうとしている。わたしの上に、これらすべての事がのしかかっているのだ」と言った。 37レウベンは父にこたえて、「もしわたしがあなたのもとにビンヤミンを連れて帰らなければ、わたしのふたりのむすこを殺してください。かれをわたしの手にまかせてください。わたしはきっとあなたのもとにかれを連れ帰ります」と言った。 38ヤコブは、「わたしの子をおまえたちといっしょに行かせない。かれの兄は死に、ただひとりあの子が残っている。おまたちの行く道すがら、あの子に災がおこれば、おまえたちはこのしらがのわたしを、悲しみのうちによみのくにに下らせることになるのだ」と言った [8]


【注】

  1. (1) 本章は前の二章と同じく主としてエロヒム伝承による。これに反して続く二つの章(43 44)はほとんど大部分がヤーウェ伝承とみなされている。本章中にヤーウェ伝承の形跡をはっきりのこしている箇所は27-28 38節(注6参照)。
  2. (2) エジプトにおけるヨゼフと兄たちの間におこった劇的事件のかなめとなっているのは、ビンヤミンに対する愛である。第一回のエジプト行きの時、ビンヤミンを行かせなかったのは父ヤコブの愛である。そして彼は第二回のエジプト行きにビンヤミンが加えられることを悲しむ(38節)。ヨゼフのビンヤミンに対する特別の愛と彼に会いたがっている気持は、特に43:30 45:12 14にあらわれている。最後に兄たちも父を愛するがゆえに弟ビンヤミンを愛したということ、特にかつてはヨゼフを売ろうと提案した。ユダのビンヤミンに対する愛が44:16-34にしるされている。このことは、彼らがヨゼフに罪を犯してから後、ほんとうに改心したことを示すものである。
  3. (3) ヨゼフに夢を思い出させたのは、兄たちが彼に身をかがめたからである(37:7-10も参照)。彼らが回し者と見られてとがめられたのは当然のことである。大ぜいでやってきたので、エジプト東部国境の監視隊に怪しまれ(アジアからの敵は常にこの攻めやすい地点を突いた)、直接にヨゼフの取調べをうけることになったのであろう。あるいは、ヨゼフがききんのために兄たちがエジプトに来るだろうと予想して、監視隊に彼らがあらわれた時には連れてくるようにと命令していたのかもしれない。ヨゼフのとがめに対する兄たちの答もきわめて当然なものである。スパイを派遣するにあたって兄弟十人が選ばれることはありえないし、またその父がそれに同意するということもありえない。
  4. (4) 直訳では「ファラオのいのち」。エジプト人が宣誓する時の礼式。41:44のファラオのことば参照。
  5. (5) ヨゼフはレウベンがあの時自分を救おうとしたことを聞き、次の兄シメオンを縛る。37注8も参照。ヨゼフが三日目に最初の条件を急にゆるめたのは(16節と19節を比べよ)、彼が神をおそれる者であり、また彼らの家族の飢えをあわれんだからである(18-19節)。最初のきびしい条件と三日間いっしょに監禁したことは、兄たちに過去の罪を反省する機会を与えた。
  6. (6) 27-28節はヤーウェ伝承からひかれたものと一般にみなされている(注1参照)。この伝承は、お金の発見を帰路の出来事とし(27節)、ぴとりが発見したのではなく、兄弟全員がそれぞれ発見したように伝えたものであろう。同伝承に基づく43:21にこのことがはっきりしるされている。しかしながら、ここではお金を最初に発見した者のことを述べただけで、すぐに断ち切られている。そして、あとの九人のことについては帰ってからお金が発見されたとするエロヒム伝承(33節)にゆずっている。
  7. (7) 36節後部でヤコブは子をひとりずつなくし、その損失をうけるのは、父としての自分であると言って嘆く。そこでレウベンが37節でこれにこたえて、もし自分がビンヤミンを連れて帰らなければ、人質として自分のふたりの子(後の46:9では子は四人)のいのちをさしあげると言う。これに続く38節はヤーウェ伝承でこれによれば、ヤコブがひたすら愛したふたりの子というのは、愛妻ラケルの産んだヨゼフとビンヤミンをさす。「よみのくにに下る」という表現はヤーウェ伝承の特徴(37:35 44:29参照)。死後も死の時の「悲しみ」(あるいは喜び)の状態が続くものだと信じられていた。49:28-33のヤコブの実際の死と対照せよ。
  8. (7) 36節後部でヤコブは子をひとりずつなくし、その損失をうけるのは、父としての自分であると言って嘆く。そこでレウベンが37節でこれにこたえて、もし自分がビンヤミンを連れて帰らなければ、人質として自分のふたりの子(後の46:9では子は四人)のいのちをさしあげると言う。これに続く38節はヤーウェ伝承でこれによれば、ヤコブがひたすら愛したふたりの子というのは、愛妻ラケルの産んだヨゼフとビンヤミンをさす。「よみのくにに下る」という表現はヤーウェ伝承の特徴(37:35 44:29参照)。死後も死の時の「悲しみ」(あるいは喜び)の状態が続くものだと信じられていた。49:28-33のヤコブの実際の死と対照せよ。

第43章[編集]

兄らビンヤミンをともなう[編集]

[1]

 1その地のききんはひどかった。 2かれらがエジプトから持ってきた穀物を食べつくした時、父はかれらに、「またわれわれのために行って、少し食糧を買ってきなさい」と言つた。 3ユダは父にこたえて言った、「あの人はわたしたちに、『おまえたちの弟がいっしょでなければ、おまえたちはわたしの顔を見ること[2]はならない』ときびしく言いました。 4もしわたしたちといっしょに弟をつかわすならば、わたしたちはあなたのために下って行って食糧を買ってきます。 5もし弟をつかわさないならば、わたしたちは下って行きません。あの人がわたしたちに『おまえたちの弟がいっしょでなければ、おまえたちはわたしの顔を見ることはならない』と言ったからです」。 6そこでイスラエルは、「なぜおまえたちは、もうひとりの弟がいるとあの人にしゃべって、わたしを苦しめるのか」と言った。 7かれらは、「あの人がわたしたちと身内のこととを詳しくたずね、『おまえたちの父はまだ生きているか。おまえたちに弟がいるのか』と言ったので、問われるままにわたしたちはかれに告げたのです。かれが『弟を連れて下ってこい』と言いだすとは、思いもよりませんでした」と言った。

 8ユダは父イスラエルに言った、「あの子をわたしといっしょにつかわしてください。わたしたちは立って行きます。そうすれば、あなたもわたしたちもわたしたちの家族も、生きながらえて、死を免れるでしょう。 9わたしはかれの身代り [3]になります。わたしの手からあの子を求めてください。もしわたしがかれをあなたのところに連れて帰らず、あなたの前にあの子を立たすことができなければ、わたしはあなたに対して永久に罪を負います。 10もしわたしたちがためらわなかったならば、今までにもう一度行って帰ってこられたでしょうに」。

 11父イスラエルはかれらに言った、「それならこのようにしなさい。この地の名産である、香脂を少しと、みつを少し、樹脂ともつ薬、ふすだしうの実とへんとう[4]を入れ物に入れて、あの人に贈り物として持って行きなさい。 12そして倍額の銀を持って行きなさい。おまえたちの麦袋の口に返されていたあの銀をまた持って行って返すのです。これはまちがいかもしれない。 13さあ、弟を連れてあの人のもとに行きなさい。 14エル・シャッダイ [5]がおまえたちにその人のあわれみを得させてくださるように。そうすれば、その人はもうひとりのきょうだいとビンヤミンをおまえたちに返すでしょう。もしわたしが子を失わなければならないのなら、失ってもしかたがない」。

ヨゼフ、兄弟らをもてなす[編集]

 15そこでその人たちは贈り物をととのえ、倍額の銀を持って立ち、ビンヤミンを伴ってエジプトへ下って行った。そしてヨゼフの前に立った。 16ヨゼフはビンヤミンがかれらとともにいるのを見て、自分の家をつかさどる者に、「この人たちをわたしの家に連れて行きなさい。この人たちは、昼にわたしといっしょに食事をするから、家畜をほふってしたくしなさい」と言った。 17その者はヨゼフの言ったとおりにして、その人たちをヨゼフの家に連れて行った。 18その人たちはヨゼフの家に連れて行かれたので、「はじめの時にわれわれの麦袋の中に返してあったあの銀のことで、われわれは連れてこられたのだ。われわれをおとしいれて襲い、捕えて奴隷にし、ろばをも取ろうとするのだ」と恐れて言った。 19そこでかれらはヨゼフの家をつかさどる者に近づき、家の入口で話しかけて、 20言った、「失礼ですが、あるじよ、わたしたちは最初、食糧を買いに下ってきたのです。 21ところがとまり場所に着いて麦袋を開いてみると、各人の銀がそれぞれの麦袋の口にあって、銀の重さはもとのままでした。そこでわたしたちはそれをまた持ってきました。 22そして食糧を買うために、ほかの銀も持ってきました。わたしたちの麦袋の中にだれが銀を入れたのか、わたしたちは知りません」。 23その人は、「安心しなさい。恐れてはいけません。あなたたちの神、あなたたちの父の神が麦袋の中に宝を入れて、あなたたちに賜わったのです。あなたたちの銀は、わたしが受けとりました」と言った。そしてかれはシメオンをかれらのところに連れてきた。

 24その人はヨゼフの家にかれらを連れてはいり、水を与えて足を洗わせ、またろばにもまぐさを与えた。 25かれらはそこで食事をするのだと聞いたので、昼に来るヨゼフのために、贈り物をととのえた。

 26さてヨゼフが家に帰ってきた時、かれらはその家に携えてきた贈り物をヨぜフにささげ、かれの前で地に身をかがめた。 27ヨゼフはかれらの安否を問い、そして、「おまえたちの父、おまえたちがさきに話したあの老人は元気か。まだ生きておられるか」とたずねた。 28かれらは、「あなたのしもべであるわたしたちの父は元気で、まだ生きております」と答え、ひざまずいて身をかがめた [6]29ヨゼフは目を上げ、同じ母の子である弟ビンヤミンを見て「これはおまえたちがわたしに話した末の弟か」と言い、また、「わたしの子よ [7]、神がおまえを恵まれるように」と言った。 30ヨゼフは急いでその場を去った。弟なつかしさに胸がせまり、涙が出かかったからである。かれは奥のへやに退いて、そこで泣いた。

 31やがてヨゼフは顔を洗って出てきた。そして自分をおさえて、「食事を運べ」と言った。 32食事は、ヨゼフとかれらとヨゼフの相伴をするエジプト人とに、それぞれ食卓を異にして運ばれた。エジプト人はヘブライ人とともに食事をすることはできなかった。それはエジプト人の忌みきらうところであったからである [8]33かれらはヨゼフの前にすわらされたが、長幼の序にしたがっているので、互に驚き合った。 34ヨゼフのもとから別の分がかれらに運ばれたが、ビンヤミンの分は他のだれのものよりも五倍も多かった [9]。れらはヨゼフとともに飲み、酔いこごちになった。


【注】

  1. (1) 著者はここでエロヒム伝承からヤーウェ伝承に切り替えているようである(42注1参照)。ヤーウェ伝承中の主役は、レウベンではなくユダである。これと同じような相違点は37章に用いられている両伝承聞にも見られる(37注14参照)。また44:25-29にあらわれているように、ヤーウェ伝承中ではビンヤミンのエジプト行きの問題は、イスラエル(ヤコブは本伝承中ではこう呼ばれる)が、子らにふたたびエジプト行きを命ずるまではおこらなかったようである。本伝承に属する42:38の語句はおそらく本章のはじめのほうにあったもので、ここから抜き取られて前章最後部に移され、レウベンの提案に対する最後的拒否として用いられたのであろう。本章における本来の箇所では、おそらくユダに対する一応の拒否となっていたのであう。両伝承間の他の相違点については、7節と42:12-13を比べよ(42注6も参照)。シメオンが人質にされていることは、14:23節を除く箇所では述べられていないので、両節中のシメオンに関する句は、著者がエロヒム伝承に基づいて織りこんだものとみなされている。
  2. (2) 33:10の類句およびその注4参照。
  3. (3) ユダは自分が言いだした保証について、心を変えていない(44:32-34参照)。
  4. (4) 六つの品目のうち三つは37:25のものと同じ(37注11参照)。
  5. (5) 17注2参照。神の名称として用いられているこの語は、エロヒム伝承とヤーウェ伝承中では、ここ以外どこにも出ないので、創世記の著者もしくは編者が司祭伝承にならってここに書き入れたものか、あるいはすでにあった語と取り替えたものとみなされている。
  6. (6) 宰相から父の安否をたずねられたことは、兄弟たちにとって大きな光栄なので、彼らはヨゼフの前にふたたび身をかがめる。ここにおいてヨゼフの夢は三度果されたわけである(26節42:6 37:7-10参照)。
  7. (7) ヨゼフとビンヤミンはその年齢にかなりのひらきがあった。37:3ではヨゼフはまだ一番末の子のようであるが、第二の夢を見たころ、すなわち彼が売られる少し前と思われるころには、37:9の「十一」という数から、当然ビンヤミンも生れていたと解される。したがってヨゼフはせいぜい乳幼児のころのビンヤミンしか知らなかったのであろう。
  8. (8) 「忌みきらう」という語は宗教上の意味を含んだものである。不浄なものとして避けなければならない行為、物、人に適用される。同語は46:34にも出る。かかる食事の差別は古代ヘブライ人にとって非常にふしぎに思われたにちがいない。
  9. (9) ヨゼフの食卓から運ばれた別の分は礼遇のしるし。ビンヤミンに特別な分が与えられているが、これに似たもう一つの例はサムエル上9:23-24に見られる。

第44章[編集]

ビンヤミンの袋に銀の杯[編集]

 1ヨゼフは自分の家のつかさに命じて言った、「あの人々の麦袋に運べるだけの食糧を満たし、各人の銀をそれぞれの麦袋の口に入れなさい。 2そしてわたしの杯、あの銀の杯を、いちばん年下の者の麦袋の口に、穀物の代金といっしょに入れておきなさい [1]」。かれはヨゼフが言いつけたことばのとおりにした。 3夜が明けると、その人々はろばとともに送り出された。 4かれらが町を出てまだそう遠く行かないうちに、ヨゼフは自分の家をつかさどる者に言った、「さあ、あの人々のあとを追いなさい。そして追いついた時、かれらに、『なぜあなたたちは悪をもって善に報いるのですか [2]5これはわたしのあるじが飲み、また占いをする物 [3]ではありませんか。あなたたちのしたことは悪いことです』と言いなさい」。

 6かれはその人々に追いついて、このことばを語った。 7かれらは答えて言った、「なぜあるじはこのようなことをおっしゃるのですか。しもべらは決してそのようなことはいたしません。 8わたしたちは麦袋の口に見つけた銀をカナアンの地からあなたのもとに返しに来たほどです。どうしてわたしたちがあなたのあるじの家から銀か金を盗みましょう。 9しもべらのうちだれのところで、それが見つかっても、その者は死に、その上わたしたちはあるじの奴隷となりましょう」。 10かれは、「それではあなたたちのことばを聞き入れてこのようにしよう。それを持っているのを見つかった者は、わたしの奴隷とならなければならない。ほかの者は無罪です」と言った。 11かれらは急いでそれぞれの麦袋を地におろし、おのおのその麦袋を開いた。 12年上の者からしらべ始め、いちばん年下の者におよんだところ、杯はビンヤミンの麦袋の中に見つかった。 13その時、かれらは着物を引きさき、おのおのそのろばに荷を負わせて町に引き返した。

 14ユダと兄弟たちがヨゼフの家に来た時、かれがまだそこにいたので、かれらはヨゼフの前で地にひれ伏した。 15ヨゼフはかれらに、「おまえたちはなんということをしたのだ。 16わたしのような者は占い当てるということを、おまえたちは知らないのか」と言った。ユダは、「わたしたちはあるじに何を言い、何を話しえましょう。また、どうして身のあかしを立てえましょう。神はしもべらのあやまちをあばかれました。さあ、わたしたちも、杯を持っているのを見つかった者も、あるじの奴隷となりましょう」と答えた。 17しかしヨゼフは、「わたしは決してそのようなことはしない。ただ杯を持っているのを見つけられた者だけが、わたしの奴隷となれ。ほかの者どもは安心して父のもとに帰るがよい」と言った。

ユダの嘆願[編集]

 18この時ユダはヨゼフに近づいて言った、「あるじよ、お願いです。しもべにひと言あるじの耳に入れさせていただきたいのです。しもべをおこらないでください。あなたはファラオのようなかたですから。 19さきにあるじは『おまえたちに父や弟があるか』と言って、しもべらにたずねました。 20そこでわたしたちは『年とった父と小さな年寄り子があります。その兄は死にましたので、同じ母から生れて残ったのはかれだけです。父はかれをかわいがっています』とあるじに答えました。 21するとあなたはしもべらに『その者をわたしのところに連れてこい。わたしはかれに目をかけたい』と言われました。 22わたしたちはあるじに『あの若者は父を離れることはできません。もしかれが父を離れるならば、父は死ぬでしょう』と言いました。 23しかしあなたはしもべらに『おまえたちの末の弟がいっしょに下ってくるのでなければ、おまえたちはふたたびわたしの顔を見ることはならない』と言われました。 24わたしたちはあなたのしもべであるわたしの父のもとに帰った時、父にあるじのことばを告げました。 25そして父が『われわれのためにまた行って、少し食糧を買ってきなさい』と言った時、 26わたしたちは『下って行くことはできません。もし末の弟もいっしょならば、わたしたちは下って行きます。末の弟がわたしたちといっしょでなければ、あの人の顔を見ることができないからです』と答えました。 27するとあなたのしもべであるわたしの父は『おまえたちも知っているように、わたしの妻はふたりの子をわたしに産んだのだが、 28ひとりはわたしから離れて出て行ってしまった。あの子はかみさかれてしまったのだ、とわたしはその時言った。そして今になってもわたしはあの子を見ない。 29おまえたちがまたこの子をわたしから取り去って、災がかれの身におこったならば、おまえたちはこのしらがのわたしを、苦しみのうちによみのくにに下らせることになるのだ』とわたしたちに言いました。 30ですから、わたしがあなたのしもべであるわたしの父のもとに帰った時に、この若者がわたしたちといっしょでなければ、父の魂はかれの魂に固く結びついていますので、 31若者がいないことを見たら、父は死んでしまうでしょう。しもべらはあなたのしもべであるしらがの父を、悲しみのうちによみのくにに下らせることになります。 32しもべは父に対して若者の身代りになり、『もしわたしがかれをあなたのところに連れて帰らなければ、わたしはあなたに対して永久に罪を負います』と言ったのです。 33ですから、お願いします。しもべを若者の代りにあるじの奴隷としてとどまらせ、若者を兄たちといっしょに帰らせてください。 34この若者を伴わずに、どうしてわたしは父のもとに帰ることができましょう。父におこる不幸を見るに忍びません [4]」。


【注】

  1. (1) 二度目の時に袋に返された穀物の代金は、物語の中でそれ以上の役割を演じていないので、この記述は一度目の出来事が、ここに重複してしるされたものと考える者が多い。この見解の根拠となる理由もあるが、これに反する理由もかなりある。またギリシャ語訳では、杯は「袋の口」ではなく、ただ「袋」の中に入れられたことになっている。これは12節に符合する。しかし以上二つはたいした問題ではない。
  2. (2) ギリシャ語訳ではこのあとに「なぜあなたたちはわたしから銀の杯を盗んだのか」をつけ加えている。ラテン語訳、シリア語訳もこれに似た語句をつけ加えて意味をはっきりさせている。しかしヘブライ語原文にしるされているそのままでも、意味はじゅうぶん成立する。この場合は家令は前の晩にいいつけられたことから(2節)、ヨゼフが何を意味しているかをよく知っている。そして兄弟らに問いただす時には神秘さを高めるために、家令は盗まれた貴重な器の名を言わなかったのかもしれない。これは8節で兄弟らが「銀か金」というあいまいな言い方をしたことに符合する。
  3. (3) 後に占いはイスラエルにおいて厳禁される(レビ19:26、申18:10参照)。しかし古代の司祭とか高貴の人たちは常習的にこれを行った。占いの方法にはいろいろあった。杯を用いる次の一例はバビロンから伝わったものである―水のはいった器に油を落し、その油の動き方を見て、規定にしたがって吉凶を読む。ヨゼフ自身は夢判断の力を神のたまものと考え(40:8および注2:41 16参照)、また同様に占う力も人聞にはないとみなしているが、ここではエジプトの賢人のようにふるまい、兄弟たちもそう思いこんでいる。15節でヨゼフが兄弟たちに言った質問は、はっきりこの意味を含んでいる。「占う」というこの動詞が出る創世記中の他の箇所はただ一つだけで、異教徒ラバンによって話されている(30:27および注13参照)。
  4. (4) 本章後半のすべてを占めるユダの話はヨゼフの伝記の頂点である。ヨゼフは兄弟らを試み、彼らが過去の罪を後悔しているだけでなく、完全に改心して善徳のほうに進んでいるというじゅうぶんな証拠を得た。以前は父にかわいがられている年寄り子ヨゼフをねたむ心から、兄弟らはヨゼフを奴隷としてエジプトに売り、無情にも父を欺いて野獣に殺されたように思わせた。しかしこのたびは父に今かわいがられている年寄り子ビンヤミンを愛する心から、また父を悲しませたくない気持から、兄弟らはエジプトに奴隷としてとどまる覚悟をする(16節)。かつて、ヨゼフを売る提案をしたユダは、特に自分が父に言いだした保証(43:9)について心を変えず、ビンヤミンに代って奴隷として残ると申し出る。ヨゼフは彼らが改心しているこれ以上の証拠を見つけることはできなかった。ユダが最後に年老いた父のことに触れた時の話し方は、ヨゼフを強く感動させ、これ以上、身の上を隠しておくことができないほどにした。彼が身をあかしたことは、次章冒頭に劇的にしるされる。

第45章[編集]

ヨゼフ、自分のことを打ち明ける[編集]

[1]

 1ヨゼフはかたわらに立っているすべての人々の前で、自分をおさえきれなくなったので、「みんな、わたしのところから出てくれ」と叫んだ。そして兄弟たちに自分のことを打ち明けた時には、だれもかれのところに残っていなかった。 2かれが声を出して泣いたので、エジプト人はこれを聞き、ファラオの家の者もこれを聞いた。 3ヨゼフは兄弟たちに、「わたしはヨゼフです。わたしの父はまだ生きていますか」と言ったが、兄弟らはこれに答えることができなかった。かれらはヨゼフを前にして驚き恐れたからである [2]4ヨゼフは兄弟たちに、「わたしに近寄ってください」と言い、かれらが近寄ると続けて言った、「わたしはあなたたちがエジプトに売った弟ヨゼフです。 5わたしをここに売ったからといって、あなたたちは気を落したり、残念がってはいけません。というのは、神が命を救うために、わたしをあなたたちより先につかわされたからです [3]6この二年の間、国中にききんがあり、あとの五年の間は耕すことも刈入れることもないでしょう。 7神はあなたたちの子孫をこの地におこし、またあなたたち多くの者の命を救うために、わたしをあなたたちより先につかわされたのです。 8ですからわたしをここにつかわしたのはあなたたちではなく、神です。神はわたしをファラオの父 [4]、ファラオの全家のあるじ、エジプト全国の統治者とされました。

ヨゼフ、父ヤコブを呼ぶ[編集]

 9あなたたちは急いでわたしの父のところに帰り、むすこのヨゼフが次のように申していると伝えなさい、『神はわたしを全エジプトのあるじにされました。ためらわずにわたしのところに下ってきてください。 10あなたはゴシェン [5]の地に住み、子と孫と、羊と牛と、あなたのすべての持ち物といっしょに、わたしの近くにいることになります。 11ききんはあと五年もありますから、あなたも家族もあなたのすべての持ちものも困らないように、わたしはそこであなたを養いましょう』。 12あなたたちも弟ビンヤミンもその目で見るとおり、あなたたちに口ずから話しているのは、このわたしです [6]13エジプトにおけるわたしのすべての栄えと、あなたたちが見たいっさいの事を、わたしの父に話して、急いで父をここに連れてきなさい」。 14ヨゼフは弟ビンヤミンの首をだいて泣き、ビンヤミンもヨゼフの首にすがって泣いた。 15ヨゼフはすべての兄弟に接ぷんし、かれらをだいて泣いた。そのあとで、兄弟たちはかれと語った。

ファラオ、ヤコブを招く[編集]

 16ヨゼフの兄弟がきたという知らせがファラオの家に伝わった。そのことはファラオとその家来にとってよいことであった [7]17ファラオはヨゼフに言った、「兄弟たちにこう言いなさい、『あなたたちはこのようにしなさい。獣に荷を積んでカナアンの地にもどり、 18父とあなたたちの家族を連れてわたしのところに来なさい。わたしはエジプトの国にできる最上のものをあなたたちに与え、あなたたちにこの地のすぐれたもの [8]を食べさせます』。 19またおまえはかれらにこう命じなさい、『あなたたちはこのようにしなさい [9]。あなたたちの子どもと妻たちのために、エジプトの国から車を持って行き、父を乗せてきなさい。 20あなたたちの物に未練を残してはいけません。エジプト全国にできる最上のものは、あなたたちのものとなるからです』」。

兄弟らまたカナアンへ戻る[編集]

 21イスラエルの子らはそのとおりにした。ヨゼフはファラオの命にしたがってかれらに車を与え、道中の食料も与えた。 22またかれらすべてにそれぞれ晴れ着を与えたが、ビンヤミンには銀三百枚と晴れ着五かさねとを与えた。 23父にはエジプトの最上のものをのせた十頭のろばと、父のための麦とパンと道中の食べ物をのせた十頭の雌ろばとを贈った。 24ヨゼフは兄弟たちを送り出した。かれらが出発するにあたって、ヨゼフは、「あなたたちは途中心配 [10]してはいけません」と言った。

 25かれらはエジプトを出て上って行き、カナアンの地にいる父ヤコブのもとにもどった。 26かれらは父に告げて、「ヨゼフはまだ生きていて、エジプト全国の統治者です」と言ったが、父は感動しなかった。かれらを信じなかったからである。 27そこでかれらは、ヨゼフが自分たちに語ったことばをことごとく父に話した。かれは自分を乗せるためにヨゼフがつかわした車を見た。その時、かれらの父ヤコブは元気づいた。 28イスラエルは、「満足だ。わたしの子ヨゼフはまだ生きている。わたしは死ぬ前に、ヨゼフに会いに行こう」と言った。


【注】

  1. (1) 本章では著者が両伝承による大団円を組み合わせているので、同じことがらが相つぐ節にあるいは同一の節の中に、ちょっと異なった形でくり返されている。しかし巧みに組み合わされているので、場面の劇的雰囲気が高められている。
  2. (2) 兄弟らは50:15以下で言っているように、ヨゼフの復しゅうを恐れたのである。これはエロヒム伝承によるものとみなされている。本節中のヨゼフの質問はユダが父について語ったあととしては適当とは思われない。これもおそらくエロヒム伝承によるものであろう。本伝承によるヤコブに関する事がらは、42:13から本節までには何も述べられていない。年齢からみてヤコブがいつ死ぬかわからないので、ヨゼフは兄弟らをせきたてている(9:13節)。ヤーウェ伝承中では4節はおそらく1節に直結していたのであろう。
  3. (3) ヨゼフは兄弟らを心からゆるし、自分が復しゅうしないということを彼らに得心させるために、本節と8節と50:20に次の真理を訴えている――神の摂理はすべてに及び、善をもたらすためには神は人間の悪でさえ利用される。この深遠な真理はヨゼフの伝記を特色づけるものである(37注1参照)。
  4. (4) 「親友、相談役」の義。エステル3:13f 8:12l〔13:6 16:11〕、イザヤ22:21、マカバイ上11:32参照。
  5. (5) エジプトの北東部国境に近い地方。ここでイスラエル人は牧者としての今までの生活を続けることができた。この地方は牧畜のためには「一番よい所」であり、ここでファラオの群れも飼うことになる(47:6)。47:11では「ラーメセス地方」と呼ばれる(47注5参照)。ギリシャ語訳には「アラビアの」という語がつけ加えられているが、おそらくこれはヨシュア10:41 11:16 15:51にしるされている他の「ゴシェン」と区別するためのものであろう。
  6. (6) ヨゼフはもう通訳なしに直接兄弟らに話す(42:23参照)。兄弟らが目で見た事実および次節に述べられることは、エジプトのふしぎな宰相はまさしくヨゼフであるということを、兄弟らが父に納得させる材料となっている。ヤコブはヨゼフがあやぶんだとおり最初は疑う(26節参照)。
  7. (7) ファラオと家来が喜びの色をあらわしたことは、当時のファラオはエジプト人ではなく、ヨゼフと兄弟らと同じ東国出身のヒクソスである、という説によく適合する。「ヨゼフのことは何も知らず」、イスラエル人を苦しめた出1:8の「新しい王」は、最後のヒクソスがエジプトを追われたあとに立ったエジプト出身のファラオのひとりである。
  8. (8) 直訳では「地の脂肪」。近東では動物の脂肪は特別なごちそうとみなされた。
  9. (9) 現存ヘブライ語原文を直訳すれば、「おまえ(単数名詞、ヨゼフのこと)は命じられる。これをせよ(複数動詞、兄弟らに対する命令」。本訳はギリシャ語訳、ラテン語訳にならった。車についてのさしずはヨゼフ自身の命令(27節に暗示)ではなく、ファラオがヨゼフを通じて命じたものだという記述は(本節と21節)、創世記の著者もしくは編者が本来の伝承につけ加えたものであろうと思われるふしがある。この差異は46:5にも反映している。すなわちギリシャ語訳の46:5はヘブライ語原文のように「ファラオ」ではなく、45:27にならって「ヨゼフ」となっている。
  10. (10) このヘブライ語は他の箇所で「なじり合う」を意味する場合もある。ギリシャ語訳、ラテン語訳はこの意味に解している(42:22-23参照)。

第46章[編集]

ヤコブ、エジプトへ[編集]

[1]

 1イスラエルは自分の持ちものをことごとく携えて出発し、ベエル・シェバに来た時、父イサクの神に会食祭のいけにえをささげた。 2神が夜の幻のうちにイスラエルに語り、「ヤコブよ、ヤコブよ」と言われたので、かれは、「はい」と答えた。 3するとさらに言われた、「わたしは神である。おまえの父の神である。エジプトに下ることをおそれるな。わたしはあそこでおまえを大きな民にするからである。 4わたしはおまえとともにエジプトに下り、また必ずおまえを導き上る。ヨゼフはその手でおまえの目を閉じるであろう [2]」。

 5ヤコブはべエル・シェバを立った。イスラエルの子らはヤコブを乗せるために、ファラオがつかわした車に、父ヤコブと子どもらと妻たちとを乗せた。 6ヤコブとその子孫は、家畜とカナアンの地で得た家財を携えて、ことごとくエジプトに来た。 7かれはむすこ、孫、娘、孫娘、すなわち子孫をことごとく連れてエジプトに来たのである。

ヤコブの子らの系図[編集]

[3]

 8エジプトに来たイスラエルの子らの名は次のとおりである。ヤコブとその子ら、すなわちヤコブの長子レウベン。 9レウベンの子らはハノク、パッル、ヘツロン、カルミ。 10シメオンの子らはエムエル、ヤミン、オハド、ヤキン、ゾハル、およびカナアンの女が産んだ子シャウル。 11レビの子らはゲルション、ケハト、メラリ。 12ユダの子らはエル、オナン、シェラ、ペレツ、ゼラー。しかしエルとオナンはカナアンの地で死んだ。ペレツの子らはヘツロンとハムルである。 13イッサカルの子らはトラー、プワ、ヨブ、シムロン。 14ゼブルンの子らはセレド、エロン、ヤーレエル。 15これらはパッダン・アラムでレアがヤコブに産んだ子らである。彼女は娘ディナも産んだ。その子女は合わせて三十三人である [4]

 16ガドの子らはジフヨン、ハッギー、シュニ、エツボン、エリ、アロディ、アルェリ。 17アシェルの子らはイムナ、イシュワ、イシュビ、ベリア、およびこれらの妹セラー。ベリアの子らはへベルとマルキエル。 18これらはラバンがその娘レアに与えたジルバの子らで、彼女がヤコブに産んだのは十六人である。

 19ヤコブの妻ラケルの子らは、ヨゼフとビンヤミン。 20エジプトの地でヨゼフに生れた子らはメナッシェとエフライム。これらはオンの司祭ポチフェラーの娘アセナトが産んだものである。 21ビンヤミンの子らはベラー、ベケル、アシュベル、ゲラ、ナアマン、エヒ、ロシュ、ムッピム、フッピム、アルド。 22これらはラケルがヤコブに産んだ子らで、合わせて十四人である。

 23ダンの子はフシム。 24ナフタリの子らはヤーゼエル、グニ、エゼル、シッレム。25これらはラバンがその娘ラケルに与えたビルハの子らで、彼女がヤコブに産んだのは合わせて七人である。

 26ヤコブに属しかれから生れてエジプトに来たすべての者は、かれの子らの妻を除けば、合わせて六十六人である。 27エジプトでヨゼフに生れた子はふたりである。それでエジプトに来たヤコブ家の者は合わせて七十人である [5]

ヨゼフ、ヤコブをゴシェンに迎える[編集]

 28さてイスラエルはユダをヨゼフのもとにつかわして、ヨゼフがゴシェンで自分の前にあらわれるようにさせた [6]。そしてかれらはゴシェンの地に来た。 29ヨゼフは車のしたくをさせ、父イスラエルを迎えるために、ゴシェンへ乗って行った。父の前にあらわれた時、かれは父の首をだき、しばらくその首にすがって泣いた。 30イスラエルはヨゼフに、「わたしはおまえの顔も、おまえがまだ生きていることも見たから、もう死んでもよい」と言った。

 31ヨゼフは兄弟たちと父の家の者らに言った、「わたしはファラオのところに行って告げ、かれに『カナアンの地にいた兄弟と父の家の者たちがわたしのところに来ました。 32この人たちは羊飼いです。かれらは家畜の牧者だったのです。そして羊、牛、持ちものすべてを携えてきました』と言いましょう。 33ファラオがあなたたちを呼んで、『おまえたちの職業はなにか』と聞いたら、 34あなたたちはゴシェンの地に住むことができるように、『しもべらは若いころから今まで家畜の牧者でした。わたしたちも先祖もそうでした』と答えなさい」。羊飼いはすべて、エジプト人の忌みきらうものだからである [7]


【注】

  1. (1) 本章のはじめの数節は前章における混合記事の続きである。このあとには司祭伝承によるまとまった部分(6-27節)が続く。残りの部分と次章の数節を除く大部分(47注3参照)はヤーウェ伝承による。
  2. (2) ベエル・シェバにおけるこの出現を伝える伝承と、45:28の伝承とは異なる。45:28ではイスラエルはヨゼフのもとに行くことをためらっていないが、ここではヤコブがこの地を離れることを恐れたことになっている(この地は神がしばしばアブラハム、イサク、ヤコブに出現の時約束されたもの、例、17:8 26:3-4 35:12)。かつての出現の時、しかも同じようなききん状態の時、ヤコブの父イサクはエジプト行きを禁じられている(26:2)。神はヤコブのメソポタミア行きの時ベテルで言われたように(28:13-15)、ここでも彼を守りまた連れ帰ると保証される。しかしこの場合はヤコブを後世、大きな民として導き上るという意味。
  3. (3) 本系図の出所は民26:5-50の出所に非常に近い。出1:5にヤコブの直系子孫は七十人(申10:22参照)としるされているが、この「七十」は象徴的意義をもつ数字である。エジプト移住者(出1:1と本章8節とを比べよ)としてのこれら七十人の名をあげるために本系図がここにはめられたのであろう。しかしカナアンで死んだエルとオナンの名も含まれているので(12節)、本系図の最初のものはヨゼフの伝記に適合したものではないということがわかる。またユダの嫁の系統である彼の孫(12節)、ビンヤミンの十人の子(21節、ギリシャ語訳ではこのうち六人が孫、ひとりがひまご)も含まれているので、年代上、前章の記事にあまり調和しない。これは七十人が移住したことに合わせるために、本来の系図を多少変えたものである。注4 5参照。他の系図との相違点については10節と民26:12および歴上4:24、13節と民26:24歴上7:1、16節と民26:15-16、21節と民26:38-40とを比べよ。
  4. (4) エルとオナンは本来の系図中でレアの三十三人の「むすこ」の中に数えられていたものと思われる(12節)。しかし彼らはエジプトに移住していないので、彼らに取って代ってヤコブが8節に、「娘」ディナが15節に書きこまれている。ところがヤコブはレアの子孫とはいえないので、ラビたちは系図をさらに正確なものにしようとして、ヨケベド(出2-6:20参照)をレビの娘としてつけ加えている。ヨケベドはちょうどエジプト入国の時に生れたとラビたちは言っている。
  5. (5) 26節の「六十六」はヤコブ、ヨゼフおよびそのふたりの子を減じた数。したがって本節の「七十」はやヤコブを含む(申10:22も同じ)。出1:5はそうではない。ギリシャ語訳は20節でヨゼフのふたりのむすこが生んだ三人のむすことふたりの孫の名をつけ加え、27節前半でうかつにヤコブとヨゼフをその子孫といっしょに数え、合わせて九人が「エジプトでヨゼフに生れた」ことにしていろ。そしてこの「九」を26節の「六十六」に加えて「七十五」としている。聖ステファノは使7:14でこの「七十五」を用いている。
  6. (6) 古代語訳および文脈からこのように訳した。ヘブライ文そのものは不完全で、ただ「示すように」となっているだけ。「道を(ゴシェンヘの)」)あるいは「住む場所を(ゴシェンにおける)」(45:10参照)のような目的語が必要である。
  7. (7) しばしばこの最後の文句はヨゼフが兄弟にさしずしたことがらの中にはいるものと解されている。しかし著者がヨゼフの知恵を説明したものと見るほうがよさそうである。すなわちヨゼフは彼らを国境の内側、当時の宮廷に近いところへ(47注5参照)、しかもナイル川沿岸の貴族階級の地主たちから離れた所に住まわせている。あるいは本句は外国から来た粗野な牧者を一般にけいべつしたというヒクソス以後の世情を反映したものかもしれない。おそらく牧者と群れが増加したため、彼らは後に圧迫を受け、ついにはエジプト脱出をしなければならないようになったのであろう。

第47章[編集]

兄弟5人の拝謁[編集]

 1ヨゼフはファラオのもとに行って告げ、「わたしの父と兄弟たちが、カナアンの地から羊、牛、すべてのものを携えてきて、今ゴシェンの地におります」と言った。 2かれは兄弟の中から五人 [1]を選び、ファラオに拝謁させた。 3ファラオがヨゼフの兄弟たちに、「おまえたちの職業はなにか」と聞いた時、かれらはファラオに、「しもべらは、わたしたちも先祖も、羊飼いであります」と答えた。 4かれらは、「わたしたちはこの地にとどまるために来ました。カナアンの地にはききんがひどく、しもべらの羊のための牧草がないからです。それでお願いします。しもべらをゴシェンの地に住まわせてください [2]」とファラオに言った。 5-6[5a]ファラオはヨゼフに、[6b]「かれらはゴシェンの地に住んでもよい。もしかれらのうちに有能な者がいるのを知っているならば、その者らをわたしの家畜を飼う者のかしらにせよ」と言った。

父ヤコブの謁見[編集]

[3]

 [5b]ヤコブとその子らはエジプトのヨゼフのもとに来た。エジプトの王ファラオはそのことを聞いた。ファラオはヨゼフに[5c]語り、「おまえの父と兄弟がおまえのところに来た。[6a]エジプトの地はおまえの自由になるのだから、国の中でいちばんよい所におまえの父と兄弟を住まわせよ」と言った。 7ヨゼフは父ヤコブを導き入れて、ファラオに謁見させた。ヤコブはファラオにあいさつした。 8ファラオはヤコブに、「あなたの年はいくつか」とたずねた。 9ヤコブはファラオに、「わたしの旅路の年月は百三十年です。わたしのよわいの日は短くあわれであり、わたしの先祖が送った生涯の旅路の年月には及びません」と答えた [4]10ヤコブはファラオにあいさつしてファラオの前からさがった。 11ヨゼフはファラオの命じたとおり、父と兄弟たちをエジプトの地に住まわせ、国のいちばんよい所、すなわちラーメセス地方 [5]に所有地を与えた。 12またヨゼフは父と兄弟および父の家の者すべてに、その家族の数に応じて食べ物を与えて養った。

 13さてききんはきわめてひどかったので、全地には食べ物がなく、エジプトの地もカナアンの地も、ききんのために衰えていった。 14ヨゼフは人々が買った穀物と引替えに、エジプトの地とカナアンの地にあった銀をことごとく集めた。そしてヨゼフはその銀をファラオの家に納めた。

 15エジプトの地にもカナアンの地にも銀がことごとく尽きた時、すべてのエジプト人がヨゼフのもとに来て、「食べ物をください。銀が尽きはてたからといって、われわれがあなたの前で死んでよいでしょうか」と言った。 16ヨゼフは、「おまえたちの家畜をひいてこい。銀が尽きはてたのであれば、家畜と引替えに与えよう」と言った。 17そこでかれらはヨゼフのもとに家畜をひいてきた。ヨゼフはかれらに、馬、羊の群れ、牛の群れ、ろばと引替えに、食べ物を与えた。かれはすべての家畜と引き替えた食べ物で、かれらにその年を切り抜けさせた。

 18その年も終り、次の年になった時、かれらはヨゼフのもとに来て、「われわれはあるじにかくさずに申しあげます。われわれの銀はことごとく尽き、家畜の群れもあるじのものとなりましたので、われわれのからだと土地のほかには、もう何もあるじの前にはありません。 19われわれと土地が、あなたの目の前で滅んでよいでしょうか。ですから、食べ物と引替えに、われわれと土地を買い取ってください。われわれは土地もろともファラオの奴隷となりましょう。われわれが生きながらえて死を免れるように、また土地も荒れることのないように、種を与えてください」とかれに言った。

 20そこでヨゼフはエジプトの地をことごとくファラオのために買い取った。ききんがエジプト人にきびしかったために、かれらがおのおのその畑地を売ったからである。このようにして地はファラオのものとなった。 21エジプトの国境のはしからはしにいたるまで、ヨゼフは民をすべて奴隷とした。 22ただ司祭らの土地は、買い取らなかった。司祭らはファラオから食禄しょくろくを受けており、ファラオの与えるその食禄で暮していた。それゆえかれらは土地を売らなかったのである。

 23ヨゼフは民に言った、「見よ、わたしはきょうファラオのために、おまえたちとおまえたちの土地とを買い取った。ここにおまえたちのための種がある。これを土地にまくがよい。 24そして収穫の時、その五分の一をファラオに納め、五分の四をおまえたちのものとし、畑地の種のため、またおまえたちと家族の食糧、また子どもの食糧のためとせよ」。

 25するとかれらは、「あなたはわれわれの命を救ってくださった。あなたの心にかなえば、われわれはファラオの奴隷となりましょう」と言った。 26ヨゼフは、ファラオに五分の一を納めることをエジプトの土地についてのおきてとした。これは今日に及んでいる。ただし司祭の土地だけは、ファラオのものとならなかった [6]

ヤコブの死近づく[編集]

 27さてイスラエルはエジプトの国のゴシェンの地に住んだ。かれらはそこに定住し、子を生み、非常にふえた。 28ヤコブはエジプトの国で十七年生きながらえた。ヤコブの生涯の年月は百四十七年であった。 29イスラエルは死ぬ時が近づいたので、その子ヨゼフを呼んで言った、「もしおまえの心にかなうならば、お願いする。どうかおまえの手をわたしのももの下に入れてくれ [7]。わたしに親切とまことを尽してもらいたい。 30どうかわたしをエジプトに葬らないでくれ。わたしが先祖といっしょに眠る時には、わたしをエジプトから運び出して、かれらの墓に葬ってくれ」。ヨゼフは、「わたしはあなたのことばどおりにいたします」と答えた。 31するとイスラエルが、「わたしに誓え」と言ったので、ヨゼフはかれに誓った。イスラエルはとこかみのほうに向かって身をかがめた [8]


【注】

  1. (1) 五という数(および五を分母とする分数)がよく出る(41:34 43:34 45:22 47:24 26参照)。エジプト人は特に「五」に縁起をかついだのであろう。イスラエル人は「七」「十二」などを好んだ。
  2. (2) エジプト文献には、東国遊牧民の窮乏の時に彼らのエジプト滞在を許したという二つの類似例がある。ヤーウェ伝承による本記事中では「牧草」だけが問題となっている。司祭伝承による11節の「所有地」と比べよ。
  3. (3) 5ー6節はギリシャ語訳の順序にしたがった。 現存ヘブライ語原文の順序は5a 5c 6a 6bで、5bは欠けている。ギリシャ語訳のほうが古い形を保持しており、このほうがヤーウェ伝承らしいここまでの部分と、司祭伝承らしいここからの部分(――11 27h 28節)との区別がはっきりする。現存原文には、調和した記事にするために各種伝承を少しずつ組み合わせたところがある。本記事の二つの形を比較することは、このことを知るのに役立つ。特にここの場合はギリシャ語に訳されてから後に改訂されているので、そのことがはっきりわかる。ここに使用されている司祭伝承によれば、ファラオは自発的であり、気前のよさを示している。12節は多分エロヒム伝承を反映したものである。
  4. (4) アブラハムは百七十五年(25:7参照)、イサクは百八十年(35:28参照)。ヤコブは本節では百三十年、エジプトで十七年生きて百四十七歳で死ぬ(28節)。年数をしるすこのような記事は司祭伝承の特徴。
  5. (5) イスラエル人が労働を課せられて建設した二つの貯蔵の町の一つ(出1:11)で、ラーメセス二世の時に完成され、彼が自分の名にちなんでつけたもの(正式名称は「勝利の大王ラーメセスの家」)。その所在がアバリス(後のタニスまたはゾアン、詩78〔77〕12 43、民13:22参照)と同一でないとすれば、少くともその近くである。 このアバリスはラーメセス二世時代より四百年前のヨゼフ時代の王ヒクソスの首都であった。ヨゼフ時代以前とラーメセス二世時代以後、およびその間の期間のエジプトの首都はほかの所。ラーメセスはゴシェンのすぐ北、東部デルタ地帯にあった。ギリシャ語訳の46:28-29は、出1:11のもう一つの貯蔵の町ピトム(ラーメセスのすぐ南、ギリシャ語でヘロオンポリス)をゴシェンにおけるヤコブとヨゼフの再会の地としている。ラーメセスはエジプト脱出の出発点(出12:37参照)。巻末第四図参照。
  6. (6) ヒクソスが君臨しはじめた時代とモイゼ時代との間のある時期に、エジプトの社会的経済的機構の改革が行われたということは、エジプト史からはっきりうかがえる。ヒクソスが君臨する以前には土地はまだ個人によって私有されていたが、モイゼ時代には司祭の土地を除くすべての土地がファラオの絶対管理のもとに置かれていた。歴史と符合するもう一つの点は、17節にはじめてしるされた馬のことである。馬はヒクソスがもたらしたもの(12:6には馬のことはしるされていない)。他の近東諸国の徴税に照らしてみれば、収穫豊かなエジプトにおける五分の一(24 26節)という率は法外ではなかった(マカバイ上10:30の三分の一参照)。
  7. (7) 24注2参照。
  8. (8) 老衰したヤコブはおそらく寝台に腰をかけたまま(48:24 9:33参照)、神に感謝するために(24:46 48参照)、通例の地の上(48:12参照)ではなく、寝台の上で身をかがめたのであろう。列上1:47では年老いたダビドが同じようなことをする。ギリシャ語訳は「床」というヘブライ語を誤読し「彼のつえ」と訳している。ヘブライ11:21はギリシャ語訳から引用したもので、ヨゼフのつえを意味する。この場面に並行する記事は49:29-32に見られる。前者はヤーウェ伝承、後者は司祭伝承によるものとされている。

第48章[編集]

ヤコブ、ヨゼフの子を自分の子とする[編集]

[1]

 1これらの事のあとで、ヨゼフに、「あなたの父は病気です」という知らせがあったので、かれはふたりの子、メナヅシェとエフライムを連れて行った。 2ある人がヤコブに告げて、「あなたの子ヨゼフがあなたのもとに来ました」と言うと、イスラエルは力をふるいおこしてとこに腰をかけた。 3ヤコブはヨゼフに言った、「エル・シャッダイはかつてカナアンの地のルズ [2]でわたしに現われ、わたしを祝福して、 4『わたしはおまえに子を生ませ、おまえをふやし、おまえを多くの民とする。またこの地をおまえのあとに続く子孫に永久の所有として与えよう』とわたしに言われた。 5わたしがエジプトのおまえのところに来る前に、エジプトでおまえに生れたふたりの子はわたしのものだ。エフライムとメナッシェはレウベンとシメオンと同じようにわたしのものとなるのだ。 6しかしかれらの後におまえが生む子はおまえのものとなる。その者らは財産相続のためには、その兄たちの名を名のることだ。

 7パッダンから帰る途中、わたしはカナアンの地でラケルに死なれた。そこからエフラトに行き着くにはかなりの道のりがあった。わたしは彼女をエフラト〔すなわちベトレヘム [3]〕への道のかたわらに葬った。

ヤコブはエフライムとメナッシェを祝福する[編集]

 8イスラエルはヨゼフの子らを見て、「これらはだれか」とたずねた。 9ヨゼフは父に、「神がここでわたしに授けてくださったわたしの子です」と答えた。するとかれは、「どうかかれらをわたしのところに連れてきなさい。わたしはかれらを祝福しよう」と言った。 10イスラエルの目は老齢のためにかすんで見えなかった。ヨゼフはかれらをそのもとに近寄らせたので、イスラエルはかれらに接ぷんし、かれらを抱いた。 11イスラエルはヨゼフに、わたしはおまえの顔が見られようとは思わなかったのに、神はおまえの子らもわたしに見せてくださった」と言った。 12ヨゼフはかれらをイスラエルのひざの間から引き出し [4]、かれの前で顔が地につくほど身をかがめた。

 13ヨゼフはふたりの子のうち、エフライムを自分の右にしてイスラエルの左に向かわせ、メナッシェを自分の左にしてイスラエルの右に向かわせ、かれに近寄らせた。 14しかしイスラエルは右手をのばして若いほうのエフライムの頭の上に置き、左手をメナッシェの頭の上に置いた。メナッシェが長子であるのに [5]、このように手を交差したのである。 15かれはヨゼフ [6]を祝福して言った、

「わが先祖アブラハムとイサクが仕えた神よ、
きょうまでわが生涯の牧者であった神よ、
16わたしをすべての悪からあがなわれたみ使いよ、
若者らを祝福してくださるように。
わが名と先祖アブラハムとイサクの名が、
かれらの中に続きますように。
またかれらが地の上に数多くふえますように」。

17ヨゼフは父が右手をエフライムの頭に置いているのを見てこれを喜ばず、エフライムの頭からメナッシェの頭に移そうとして父の手を握った。 18そしてヨゼフは父に、「父よ、そうではありません。こちらが長子ですから、右手をかれの頭の上に置いてください」と言ったが、 19父は拒んで、「子よ、わかっている。わたしはわかっているのだ。かれもまた一つの民族となる。かれもまた大きくなるのだ。しかし弟はかれよりも大きくなって、その子孫は多くの民族となるであろう [7]」と言った。 20そしてかれはその日にかれらを祝福して言った、

「イスラエルはおまえのことを取り上げ、
次のように祝福を述べるであろう、
『神があなたをエフライムやメナッシェのようにせられるように』」。

このようにして、かれはエフライムをメナッシェより先に立てた。

 21イスラエルはヨゼフに言った、「見よ、わたしは死のうとしている。しかし神はおまえたちとともにおられ、おまえたちを先祖の地に導き返されるであろう。 22わたしはおまえの兄弟よりもむしろおまえに、一つの「肩 [8]」を与える。これはわたしが刀と弓でアモル人の手から取ったものである」。


【注】

  1. (1) 本章はエロヒム伝承とヤーウェ伝承とがだいたい二三節ずつ交互に連なったもののようである。しかし3ー6節は文体、用語から司祭伝承に属するものとみなされている。三伝承とも後のエフライム族とメナッシェ族の優勢をヤコブの最後の処置に起因するものとしている。ヤコブがエフライムとメナッシェを自分の子としたので(司祭伝承による5節、エロヒム伝承による12a節)、彼らから出る種族は、そのおじたちから出る種族と同列となる。これはヨゼフに敬意を表してなされたもので、長子として二つの分(領地)を受ける権利(申21:17)は、レウベンからヨゼフに移された(歴上5:1参照)。ヤコブがメナッシェとエフライムを祝福する時の手の置き方(ヤーウェ伝承による13-14 17-19節)、および祝福の文句の中で唱えられる名の順序(エロヒム伝承による20節)は、弟エフライムがメナッシェに優先していることを説明するものである。ヤーウェ伝承ではヤコブの目はもう見えなくなっている(10節)。8節と対比。ヤコブが祝福を受ける時のイサクの場合と同じ。
  2. (2) 「ベテル」のこと。28:19および注8、35:6参照。ヤコブはここで35:9 11-12の出現に触れている(35注8参照)。
  3. (3) 35注12参照。ヤコブが愛妻ラケル(ギリシャ語訳では「おまえの母ラケル」)の第一子ヨゼフを前にしてべテルの出現のことを思い出していると、そのあとに続いておこったビンヤミン出産時の彼女の死のことが目の前に浮かんだのである(35:16-20)。ヤコブはかつてラケルをめとるために喜んで七年働いた(29:20)。ここでは彼女の子孫二種族を三種族にして愛妻への愛情を新たにしている。ヤコブはラケルのかたわらに葬ってもらおうと考えているのだと想像する者もある。
  4. (4) 本句から養子縁組の古代儀式がここで行われたことがわかる。30:3および注1参照。ヨゼフも自分のひまごをこのようにして養子にしたのかもしれない(50:23)。このあとの子(6a節)の名は出ない。
  5. (5) 本句はギリシャ語訳にはない。おそらく「手を交差する」というわかりにくい語句の説明として書きこんだものであろう。右手のほうが大きな祝福を与える。
  6. (6) 15-16節はエロヒム伝承中ではヨゼフのことを物語る12節に直結していたのであろう。ギリシャ語訳では、ヤーウェ伝承による13-14節にならって文脈に合わせ、「ヨゼフ」の代りに「彼ら」(エフライムとメナッシェ)としるしている。このあとに続く神を呼び求める三つの句は、それぞれ、(一)17-24:40「(神の)みまえに歩む」(ここでは「仕えた」と訳した)、(二)牧者としてのヤコブの生涯(49:24、詩23〔22〕 80〔79〕2も参照)、(三)32:25-31の神の使い(16注5参照)を思い出させる。ヤコブはペヌエルで「神の使い」に祝福を願ったように(32:27)、ここでヨゼフの子らのために神の祝福を願う(16節)。13-14節は17-20a節(ヤーウェ伝承)につながり、15-16節のヤコブのヨゼフヘのことばは20b-22節につながる。
  7. (7) 申33:17でメナッシェの数千に対してエフライムは数万となっている。ここに用いられている伝承はこの場面に関するかぎり、次節のはじめの句「かれはかれらを祝福した」のところで終っている。続くヤコブのことばはこれと異なる伝承からのものである。「おまえ」(ヨゼフをさす)という単数形からそのことがわかる。ギリシャ語訳では15節の場合と同じように、現在の文脈に合わせるために「おまえ」を複数形(すなわちエフライムとメナッシェ)にしている。祝福の時に子孫の名が唱えられるであろうという類似例については22:18 26:4 28:14参照。ユダヤ人は今なおこの祝福の文句を用いている。
  8. (8) 「肩」という語は三重の意義を含む。すなわち、(一)特別な「分」(ラテン語訳ではこうなっている)を暗示したもの(民6:19、申18:3参照)。(三)ヘブライ語では「シェケム」。地名と同じ(ギリシャ語訳ではこの意味にとって単に「シキマ」としるしている)。(三)シェケムは「肩」のような形をした二つの山(メナッシェとエフライムの境界に近い)の間にある谷の入口にある(34注1後半参照)。ヤコブはここに百ケシタで埋葬地を買い(33:18ー19)、後にヨゼフがここに葬られる(ヨシュア24:32)。ヤコブが刀と弓でシェケムを取ったことは、聖書中ここ以外には出ない(外典中にはあるいはそうかもしれないような伝説が1つある)。またヨシュア24:12およびシメオンとレビの虐殺行為をとがめるヤコブのことば(49:5-7)といちじるしく異なるので、「刀と弓で」の代りに「百ケシタ」でと変えて読む者もある。本節のアモル人は15:16の場合と同じく、単にカナアン人をさす。

第49章[編集]

ヤコブの祝福[編集]

[1]

 1ヤコブは子らを呼び寄せて言った、「集まりなさい。わたしはおまえたちに将来起こることを語ろう [2]

2ヤコブの子らよ、集まって聞け、
父イスラエルのことばを聞け。
3レウベン[3]よ、おまえはわが長子、
わが勢い、わが力の初穂、
自負心の張い者、腕力の強い者。
4水のようにむやみにほとばしるので、
おまえはすぐれることがない。
おまえは父の床に上がり、
わが寝床に上ってけがしたから。
5シメオンとレビ[4]はまさに兄弟、
かれらのつるぎは暴虐の武器。
6わが魂よ、かれらの仲間にはいるな。
わが心よ、かれらのつどいに加わるな。
かれらは怒りにまかせて人を殺し、
むやみに雄牛の足の筋を切ったから[5]
7のろわれよ、かれらの怒りは激しく、
その憤りはむごいゆえに。
わたしはかれらをヤコブの中に分け、
イスラエルの中に散らそう。
8ユダ[6]よ、おまえこそ兄弟がたたえる[7]
おまえの手は敵の首の上にあり、
父の子らはおまえの前に身をかがめる。
9ユダこそ若いしし、
わが子よ、おまえは獲物を奪って上って行く。
かれは雄じしのようにうずくまり、
雌じしのように身を伏せる。
だれがかれを起こすだろうか。
10しゃくはユダを離れず、
統治者のつえもかれの足の間[8]から離れない、
持ち主の来るまでは[9]
もろもろの民はその者に服従する。
11かれはろばをぶどうの木につなぎ、
めろばの子をよいぶどうの木につなぐ。
かれは着物をぶどう酒の中で洗い、
衣をぶどうのしるの中で洗う。
12かれの目はぶどう酒によってうるみ、
歯は乳によって白い。
13ゼブルン[10]は海べに住み、
舟のつく浜べとなり、
そのわき腹はシドンに向く。
14イッサカル[11]はたくましいろばで、
羊の囲いの間に伏す。
15かれは定住の暮しをよいとし、
その地を楽しいと見た。
その肩をかがめて荷をにない、
苦役[12]をしいられる奴隷となった。
16ダン[13]は自分の民をさばくであろう、
イスラエルの他の支族のように。
17ダンは道ばたのへび、
小道のほとりのまむし、
馬のひずめにかみつき、
乗る者はうしろに落ちる。
18ヤーウェよ、わたしはあなたの救いを待ちのぞむ。
19ガド[14]には襲撃隊が襲うであろう。
しかしかれはかれらの背後を襲う。
20アシェルの食べ物は豊か[15]となり、
王たちの珍味をつくり出す。
21ナフタリ[16]は放たれた雌じかで、
枝の形の角をかざす。
22ヨゼフ[17]は牛の子、泉のほとりの子牛、
わたしの若者の子らは若い牛、
23弓射る者はかれを悩まし、
射かけてかれをうらんだ。
24しかしかれらの弓は力ある御者おんものによって折られ、
その腕の力はくじかれる、
ヤコブの大能者の手によって、
イスラエルの石〔牧者〕の名によって[18]
25父の神によって――その神がおまえを助けるように、
シャッダイご自身によって――その御者がおまえを祝福するように、
上からの天の祝福、
下に伏している深淵しんえんの祝福、
乳ぶさと胎の祝福をもって[19]
26おまえの父の祝福はまさる、
永遠の山の祝福よりも[20]
永久の丘にある好ましいものよりも。
それらはヨゼフの頭の上、
兄弟のうちですぐれた者の頂にあれ。
27ビンヤミン[21]はかみさくおおかみ、
朝にはえじきをくらい、夕には獲物を分ける」。

 28これらすべてのイスラエルの支族は十二で、これはその父がかれらに語ったことである。ヤコブはかれらを祝福し、それぞれにふさわしい祝福でかれらを祝福した。

ヤコブの遺言と死[編集]

[22]

 29ヤコブはかれらに命じて言った、「わたしは身内のなき数に入れられようとしている。わたしをヘト人エフロンの畑地にあるほら穴に、先祖といっしょに葬ってくれ。 30そのほら穴はカナアンの地のマムレに面し、マクペラの畑地にある。これはアブラハムがヘト人エフロンから埋葬地として畑地とともに買ったものである。 31そこにはアブラハムとその妻サラが葬られ、イサクとその妻レベッカも葬られている。そしてそこにわたしはレアを葬った。 32畑地とその中にあるほら穴はヘト人から買い取ったものである」。 33ヤコブは子らに命じ終って、床の中に足を入れ、息絶えて身内のなき数に入れられた。


【注】

  1. (1) 祝福されるのはヨゼフだけで、ユダはたたえられ、レウベン、シメオン、レビはとがめられる。ヤコブから出た十二支族がカナアンに定住してから後の状態を描いたもので、臨終のヤコブが語った予言のようにしるされている。しかし10節には未来のことを述べた真の予言が含まれている。ユダから出るメシアに関するものである(注6参照)。この詩は本来は今まで創世記に用いられてきたどの基本伝承とも無関係であったらしい(次注参照)。ゼブルン、イッサカル、ナフタリの場合を除き、ヤコブの子らの誕生の順にしるされている(29:31-30:24 35:16-18参照)。前章(および民1 2章)中の伝承と異なり、エフライムとメナッシェのことを述べていない。しかしヨゼフに関する詩はエフライムについて語ったものである。ユダ、ダン、ガドなどの名にはしゃれが含まれている。ユダ、イッサカル、ダン、ナフタリ、ヨゼフ、ビンヤミンは、それぞれ動物にたとえられ、その特徴が描かれている。
  2. (2) 1節は二句から成り前置きの役目をしているが、詩の本来の前置きは2節である。1b節の前置きとこれに符合する28a節の結びは、おそらくこの古代詩を創世記の基本伝承(ヤーウェ伝承?)に取り入れる時につけ加えたものであろう。1a節の前置きとこれに符合する28b節の結びは司祭伝承によるもので、祝福の記事を囲む額ぶちの役目をしている。この司祭伝承は引続き29-32節に用いられている。この詩は伝統的に「ヤコブの祝福」と題されているが、司祭伝承による28b節に「祝福」という語が用いられているので、そう呼ばれるようになったのである。
  3. (3) 3節でレウベンの過剰の力と活気がたたえられるが、それらは抑制されず破滅の原因となる(4節)。すなわちビルハとの近親相姦のゆえに(35:22)、レウベンは長子の権を失う。優柔不断なその一族(士5:15b-16)は、支族としてはほとんど姿を消す(申33:6)。
  4. (4) 順位からいえば、シメオン、次はレビが相続するわけであるが、彼らは乱暴のゆえに支配権を与えられない(シェケム人虐殺34:25-29参照)。6節には彼らの好戦的精神をきらうヤコブの気持(34:30参照)と民族感情があらわれている。彼らは罰として土地の分配にあずからず、各族の中に分散させられる。シメオン族はユダ族に吸収され、モイゼの祝福にあずからない(申33)。レビ族は司祭職によっておのれを償い、モイゼは彼らの司祭職をたたえる(申33:8-11)。
  5. (5) ウガリト文学では「男」の意味として「雄牛」という語がよく用いられている。これによれば、「むやみに雄牛の足の筋を切った」は34:25の「すべての男を殺した」の詩的表現かもしれない。そうだとすれば、本句は前句の「人を殺した」と並行し、「牛」を傷つけずに「取った」とする34:28と矛盾しない。
  6. (6) 支配権はついに第四子ユダに授けられる。彼は百獣の王「しし」として描かれている。この優越権はユダ族の中に伝わり、キリストにいたるまで続く。キリストは「すべての被造物の長子」(コロサイ1:15であり、永遠からその権利を持ち、「もろもろの民の王」であり、卓絶した「ユダ族のしし」(黙5:5)である。メシアに関するこの予言は、3:15の予言よりもかなりはっきりしたもので、メシアがユダ族から出ることを述べている。11-12節はユダ族の豊かな土地を描いたもの――ぶどうの木はろばのつなぎ場にされるほど繁茂する。これはメシア時代の霊的恵みの豊かさに適用される。ゼカリヤ9:9の句はこの11節が映じたものであろう。その句はマテオ21:5、ヨハネ12:15では枝の主日のキリスト(ユダ族から出たダビドの子)をさす。
  7. (7) ユダが名づけられた時のしゃれと同じ(29注16参照)。
  8. (8) 古代の王たちは王座にすわっている時つえをひざの間に立てて持った。
  9. (9) 現存ヘブライ語原文を直訳すれば、「彼がシロに来るまでは」または「シロが来るまでは」。「シロ」はきたるべきメシアの名であると、ラビたちの間では伝えられている。本訳は古代語訳にたらった。並行句はエゼキエル21:31〔27〕に出る。
  10. (10) 本節の二行目は不明であるが、ゼブルンに関するこの描写から彼の一族の領地はかつて海に境していたものと思われる(申33:19も参照、ヨシュア19:10ー16と対比)。シドンはパレスチナのすぐ北のフェニキアにある有名な港であるが、ここでは国をさしているようである。
  11. (11) イッサカルが遊牧生活よりも豊沃なエスドレロン平野における安易な生活を好んだということが描かれている。14b節の「羊の囲い」と訳されているヘブライ語は、くわしくは羊を囲いに導き入れるじょうご型の通路の両側にある二つのさくのことであろう。あるいは「二つのくら袋」のことかもしれない。ろばはくら袋をつけたままその聞に伏して休むのを好む。
  12. (12) これより少し以前にエスドレロン平野の町々でファラオのためにこのような労働が行われた。そのことをしるした手紙がエジプトに送られているが、その手紙の中にこれと同じ語が見られる。
  13. (13) 「さばき」の義、30:6および注2参照。ダン族から士師サムソン(士13-16章)が出て有名になるというのではなく、むしろ隣国のペレシェト人から攻撃を受けても、わずかな人数でへびのように機敏に戦い、戦車上の敵をうしろにおとして完全な独立を築き上げるので有名になるという意味である。ダン族から六百人がイスラエルの最北端に移住し、そこでダンという町を建てる(士18章)。
  14. (14) 本節に三回用いられている語根「グド」(襲う)に関連する。30:11の場合とは異なる。勇敢なガド族(歴上12:8 15参照)は、トランス・ヨルダン地方のおのれの領地を東から侵された場合、ただ守るだけにとどまらず、攻め返した。
  15. (15) 直訳では「あぶら」。おそらくアシェルの名産オリーブ油に結びつけたもの(申33:24参照)。
  16. (16) ナフタリ族は冒険好きで活気に満ちていたので(士5:18b参照)、「放たれた雌じか」と呼ばれたのであろう。続く句はナフタリ族の紋章を描いたものかもしれない。本節は古代語訳にも近代語訳にも多様に訳されている。
  17. (17) 現存原文中の22-26節は詩の中で最も不明。本訳の22節は、(一)ヨゼフを雄牛と呼んでいる申33:17に並行する(また動物にたとえられている詩中の他の例にもつり合う)。(二)現存原文と部分的に異なるサマリア五書とギリシャ語訳による。(三)次節の「弓射る者(ヨシュア17:14-18の竜の戦車に乗ったカナアン人のことかもしれない)が彼を射かける」という考えに一致する。また本訳の「若者の子ら」は「ヨゼフの子エフライムとメナッシェ」をさし、申33:17の場合と同じになる。現存原文に対する伝来の訳は、「ヨゼフは実を結ぶ若木、泉のほとりの実を結ぶ若木、その枝はへいを越える」。詩全体の背景はカナアン的色彩が強い。古代カナアンにおいて牛が崇拝されたということを連想させないように、特に本節が取り替えられたのかもしれない。このカナアン人の牛崇拝は後のイスラエル人にうつった(列上12:25-33参照)。本節全体は、現存原文においても本訳においても、申33:17の場合と同様、ヨゼフの子メナッシェ、時にエフライムの力と数が強大であることを意味している。
  18. (18) 本節はじめの二行は22節以下の文脈に合わせて、ギリシャ語訳ならびにシリア語訳とアラム語訳の一部にならった。現存原文では「しかし彼の弓(もつ手)はゆろがずもちこたえ、その手と腕はすばやい」となっていて、ヨゼフが自分を守っているように描かれている。「牧者」はヤーウェの比喩として無遠慮に用いら九ている「石」という語の説明として書き入れられたものであろう。「石」は後に「岩」という語で表わされ、普通の表現となる(例、申32:4 15 30-31)。「名によって」(シリア語訳)はヘブライ語原文では「そこから」とも読まれる。ラテン語訳は神によってイスラエルを慰める牧者として(エジプトヘ?)派遣されたヨゼフのことだと解しているようである。
  19. (19) 「天の祝福」は雨露。「深淵の祝福」は大地を豊沃にする泉と地下水(申8:7、本書7:11参照)。深淵は伏している怪物と想像されていた。「乳ぶさと胎の祝福」は子宝。ホセア9:14と対比。
  20. (20) この行のヘブライ語は不明で、ラテン語訳は「わたしの先祖の祝福よりも」と解している。本訳はギリシャ語訳と申33:15にならった。申33:4の思想にならって前の行のヘブライ語をわずかに変えて読めば、本節のはじめの三行は文脈にふさわしい句となる。すなわち「穂(レビ2:14参照)と花(亜麻の花、出9:31参照)の祝福、永遠の山の祝福、永久の丘の好ましいものをもって」。
  21. (21) ここに描かれているのは、「少年ビンヤミン」ではなく、「好戦的ビンヤミン族」である(士3:15-30 19:16参照)。
  22. (22) アブラハム、イサクの死と同じく(25:7-11 35:28-29)、ヤコブの死も司祭伝承によって語られている。イスラエル人の落ち着くところはエジプトではなく、カナアンであるということが、本記事中に強く主張されている。この考えは先祖を葬ってあるマクペラの埋葬地は買い取ったものであるという文句(23章参照)に要約されている。32節(ラテン語訳にはない)はカナアンがイスラエル人の国となることを主張したものである。これはあとでつけ加えられたものか、あるいは本来30節に直結していたものかであろう。

第50章[編集]

エジプトにおけるヤコブの弔い[編集]

[1]

 1ヨゼフは父の顔に取りすがって泣き、接ぷんした。

 2ヨゼフはしもべである医者たちに、父をミイラにするように命じたので、医者たちはイスラエルをミイラにした。 3そのために四十日を費した。ミイラにするには、これだけの日数を要するのである。エジプト人はかれのために七十日の間、喪に服した。

カナアンに葬られる[編集]

 4喪が明けた時、ヨゼフはファラオの家の者に語って言った、「あなたがたのご好意にあずかることができますならば、どうかファラオに伝えて言ってください [2]5『父はわたしに誓わせて、《見よ、わたしは死のうとしている。わたしのためにカナアンの地に掘っておいた墓に、わたしを葬ってくれ》と言いました。ですから、どうか、今わたしを上り行かせ、父を葬らせてください。わたしはまた帰ってきます』」。 6ファラオは、「おまえの父がおまえに誓わせたように、上って行ってかれを葬れ」と言った。

 7そこでヨゼフは父を葬るために上って行った。かれとともに上って行ったのは、ファラオのすべての家来、その家の長老、エジプトの国のすべての長老、 8またヨゼフの家のすべての者、ならびに兄弟たちと父の家の者たちであった。ただ家族と羊と牛はゴシェンの地に残した。 9なおいくさ車も騎兵もかれとともに上って行ったので、非常に盛大な一行であった [3]

 10かれらはヨルダン川の向こうのゴレン・ハアタド [4]に着いて、そこで大いに泣き叫び、非常に嘆き悲しんだ。ヨゼフは父のために七日の間、追悼の儀式をおこなった。 11その地の住民カナアン人はゴレン・ハアタドにおける追悼の儀式を見て、「あれはエジプト人の盛大な追悼の儀式である」と言った。このゆえに、その所の名はアベルニ・ミツライム [5]と呼ばれた。これはヨルダン川の向こうにある。

 12ヤコブの子らは父の命じたとおりに、父におこなった。 13すなわちヤコブの子らは父をカナアンの地に運び、マク。ヘラの畑地にあるほら穴に葬った。これはアブラハムがへト人エフロンから埋葬地として畑地とともに買ったもので、マムレに面している。

 14ヨゼフは父を葬ってから、兄弟と、父を葬るためにかれといっしょに上って行ったすべての人々とともにエジプトに帰った。

ヨゼフの寛大[編集]

 15ヨゼフの兄弟たちは父の死に会い [6]、恐れて、「ヨゼフはわれわれをうらみ、われわれがかれにしたすべての悪のしかえしをするかもしれない」と言い合った。 16かれらはヨゼフにことづけを送った、「あなたの父は死ぬ前に命じてこう言いました、 17『ヨゼフに言いなさい、《お願いだ。おまえたちの兄弟たちはおまえに悪いことをしたが、どうかそのとがと罪をゆるしてやってくれ》』。今われわれもお願いします。あなたの父の神に仕えるしもべらのとがをゆるしてください」。ヨゼフはかれらのことばを聞いて泣いた。

 18兄弟らもまたかれのもとに来て、その前にひれ伏し [7]、「われわれがあなたのしもべであること、このとおりです」と言った。 19ヨゼフはかれらに言った、「恐れることはありません。わたしが神に代ることができましょうか。 20あなたたちはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変えられました。これは今日なされたように、多くの民の命を救うためでした [8]21だから、恐れることはありません。わたしはあなたたちも家族も養いましょう」。このようにヨゼフはねんごろに語って、かれらを慰めた。

ヨゼフの晩年と死[編集]

 22ヨゼフは父の家の者とともにエジプトに住んだ。ヨゼフは百十年生きながらえた [9]23そしてエフライムの三代目の子孫も見た。メナッシェの子マキルの子らもヨゼフのひざの上で生れた [10]

 24ヨゼフは兄弟らに、「わたしは死のうとしています。しかし神はきっとあなたたちを訪れ、この地から、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に、あなたたちを導き上るでしょう」と言った。 25またヨゼフは、「神があなたたちを訪れた時、あなたたちはわたしの骨をここから携え上るのです」と言って、イスラエルの子らに誓わせた [11]

 26ヨゼフは百十歳で死に、ミイラにされ、エジプトでひつぎに収められた。


【注】

  1. (1) 本章の大部分もヤーウェ伝承とエロヒム伝承から成っているようである。ただ12-13節の埋葬の記事だけが司祭伝承によるものとされている。本章前半はヤコブの葬式を物語り、後半はヨゼフの伝記の結末で、伝記全体の基礎となっている主題、すなわち「神の摂理」(特に20節を見よ、37注1参照)が強調されている。
  2. (2) ヨゼフは死者に接していたので、ファラオに近づかなかったのであろう。後のイスラエルにおけるかかる場合のおきて、(民19:14-16)参照。
  3. (3) 古代エジプトの彫刻絵画などにいくさ車は見られるが、「騎兵」は見られないので、この語はここではいくさ車に乗った者をさすと解するほうがよかろう。
  4. (4) 「アタドの打ち場」または「いばらのやぶの打ち場」の義。位置不明。本節と次節の「ヨルダン川の向こう」という句は不可解。11節の「アベル・ミツライム」はエジプトとカナアンとの境に近い所と思われる。この考えに基づいて「ヨルダン川」は最初ただ「川」(エジプトの川、民34:5参照)としるされてあった語に取って代ったものであろうという説がある。しかしここではむしろ各種伝承の残った部分がつなぎ合わされているように見える。すなわち一つの伝承はヤコブがカナアンで自分のために掘った墓(5節参照、ラケルの墓のかたわら?48:7および注3後部参照)のことを物語り(エジプト人らはその墓までヨゼフに同行したことになっている)、もう一つの伝承はトランス・ヨルダン(パヌエルなど、ヤコブのことで有名な地がある)にある墓のことを物語っていたのかもしれない。ヤコブ埋葬に関する各種伝承のうちでいちばん有力なのは、マクペラのことを述べる司祭伝承である(49:29-32 50:12-13)。各種伝承を組み合わせた現存ヘブライ語原文からは、彼らはモアブを通ってトランス・ヨルダンに至り、そこでエジプト人らはヤコブの子らがヘブロンに埋葬しに行ってもどってくるのを待っていたという感じを受ける。
  5. (5) 「エジプト人の牧草地」の義。他の「アベル」(例、民33:49、士11:33)と区別するためにこう呼ばれていたのであろう。「アベル」〔ギリシャ語訳では「エベル」)はここではエジプト人の「追悼」(エベル)を意味している。ゴレン・ハアタド(前注参照)のことだとなっているが位置不明。
  6. (6) 直訳では「父の死を見て」。次句「恐れて」はシリア語訳による(ラテン語訳も参照)。現存原文にはない。
  7. (7) ヨゼフの夢の最後の成就(37:7-10 42:6 43:26 28参照)。
  8. (8) ここに用いられている伝承からは、ききんがまだ続いているように見える(次節も参照)。ヤコブがエジプトに来てから十七年後に死んだとしている伝承(47:28)とくいちがう。
  9. (9) エジプト記録によれば、百十年生きれば天寿を全うしたことになるようである。22bと26a節は、あきらかに重複したものである。
  10. (10) 30注1 48:12および注4参照。マキル族は後に有名になるので、特にここにしるされる。士5:14ではメナッシェ族を代表している。
  11. (11) そのとおりに果される。すなわちイスラエル人のエジプト脱出の時、ヨゼフの骨は携えられ(出13:19)、シェケムに葬られる(ヨシュア24:32)。次の最終節で太祖時代は静かに幕を閉じ、約束の地に携えられることを待つヨゼフのからだは、きたるべきエジプト脱出のしるしとなる。