創世記2 (フランシスコ会訳)

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『聖書創世記 原文校訂による口語訳』
フランシスコ会聖書研究所、
1958年12月発行
『フランシスコ会訳聖書』
Gen

第二部 太祖アブラハム

第11章[編集]

テラー[編集]

 27テラーの系図は次のとおりである。

 テラーはアブラム、ナホル、ハランを生み、ハランはロトを生んだ。  28ハランは父テラーの存命中、その誕生の地カルデヤのウルで死んだ。アブラムとナホルは妻をめとった。  29アブラムの妻はサライといい、ナホルの妻はハランの娘でミルカといった。ハランは、ミルカとイスカの父である。  30サライはうまずめで子がなかった。  31テラーはむすこアブラムと、ハランのむすこで自分の孫であるロトと、むすこアブラムの妻である嫁サライとを伴い、カルデヤのウルを立ってカナアンの地に向かった。しかしハランに着いた時、そこに住んだ。  32テラーの生涯は二百五年[1]であった。そしてハランで死んだ。


【注】

  1. (7) サマリア五書では百四十五年。これは、アブラハムがその父テラーの死後ハランを去った、という聖ステファノの話(使7:4)に一致する(11:26 12:4参照)。

第12章[編集]

アブラハムの召出し[編集]

[1]

 1ヤーウェはアブラムに言われた、

「おまえの国、おまえの親族、おまえの父の家を離れ、
わたしがおまえに示す地に向かえ。
2わたしはおまえを大きな民にする。
わたしはおまえを祝福し、おまえの名を高くする。
おまえの名は祝福として唱えられる[2]
3わたしはおまえを祝福する者を祝福し、
おまえをのろう者をのろう。
おまえによって、地のすべての民はかれら自身を祝福する[3]」。

 4アブラムはヤーウェの言われたとおりに出発した。ロトもともに行った。アブラムはハランを去った時、七十五歳であった。 5アブラムは、妻サライ、弟のむすこロト、およびかれらの得たすべてのものとハランで手に入れた人々とを連れて、カナアンの地に向かって行った。かれらはカナアンの地に着いた。

 6アブラムはその地にはいり、シェケムの聖所、モレの大木のところに来た[4]。そのころそこにはカナアン人が住んでいた。 7ヤーウェはアブラムに現われて、「わたしはこの地をおまえの子孫に与える」と言われた。アブラムは自分に現われたヤーウェのために、そこに祭壇を築いた。 8かれはそこからベテルの東の山に移り、西にベテルを、東にアイを望むところに、天幕を張り、そこでヤーウェのために祭壇を築き、ヤーウェのみ名を呼んだ。 9さらにアブラムはネゲブ地方[5]に向かって移って行った。

エジプトにおけるアブラハム[編集]

[6]

 10さてその地にききんがおこったので、アブラムはエジプトに下り、そこにとどまった。その地のききんはひどかったからである。 11エジプトにはいろうとした時、かれは妻サライに言った、「わたしはおまえが美しい女であることを知っている。 12エジプト人がおまえを見れば、『あれはかれの妻だ』と言って、わたしを殺し、おまえを生かしておくでしょう。 13おまえはわたしの妹[7]だと言いなさい。そうすれば、わたしはおまえのゆえにねんごろにもてなされ、またおまえによって命が助かるでしょう」。 14アブラムがエジプトにきた時、エジプト人はその女を見て、非常に美しいと思った。 15ファラオの大官らは彼女を見て、ファラオの前でほめたたえたので、サライはファラオの宮殿に召し入れられた。 16ファラオはサライのゆえにアブラムをねんごろにもてなしたので、アブラムは羊、牛、雄ろば、しもべ、はしため、雌ろば、らくだを得た。

 17しかしヤーウェは、アブラムの妻サライのことで、ファラオとその家の者とに大きな災を下した。 18そこでファラオはアブラムを呼んで言った、「あなたはわたしになんということをしたのですか。あの女があなたの妻だということを、なぜわたしに知らせなかったのですか。 19なぜあなたは『あの女はわたしの妹です』と言ったのですか。わたしはあの女を妻にしようとしていました。さあ、あなたの妻です。連れて行きなさい」。 20ファラオはアブラムのことについて臣下に命じた。かれらはアブラムとその妻とすべての持ちものとを送り出した。


【注】

  1. (1) 神によって「アブラム」という名は「アブラハム」に、「サライ」は「サラ」に改められる(17:5 15)。ためらうことなく神の召出しに従ったアブラハムの偉大な信仰を聖パウロはたたえ、アブラハムが高齢でサラがうまずめであったにもかかわらず、アブラハムはその信仰によって選民の祖となったと述べている(ヘブライ11:8- 12)。アブラハムの信仰は、聖パウロがロマ4章で詳しく税明しているように、われわれのキリストにおける信仰の前表である。ウルからハランヘ(11:31)およびハランからカナアンヘの移住については、巻末第四図参照。
  2. (2) 「おまえは祝福(の基)となる」という意味もある。これは3節のギリシャ語訳に符合する。次注参照。
  3. (3) 「人々は『神があなた(またはわれわれ)をアブラハムのように祝福されますように』とあいさつし合うだろう」の意味(48:20、エレミヤ29:22参照)。この「祝福する」の再帰態は18:18と28:14にもでる。これと同じ動詞のもう一つの再帰態も22:19と26:4にでてくる(申29:18、詩72〔71〕17、イザヤ65:16、エレミヤ4:2参照)。以上五か所の動詞はみなギリシャ語訳とラテン語訳では受動態に訳され、「地のすべての民は、アブラハム(または彼の子孫)において祝福されるであろう」という意味になっている。ガラチア3:8に本節の文句が引用され、使3:25に22:18の文句が引用されているが、両者ともギリシャ語訳からのものである。
  4. (4) 「聖所」はいわゆる「聖樹」のあるカナアン人の神域のことであろう。アブラハムはここにまことの神に対する祭壇を築く。申11:30にもでてくるこの「モレの大木」は、シェケムの近くにあるテレビン樹(またはかしの木〕(35:4)で、おそらく「占い人の大木」(士9:37)のことであろう。「モレ」もここでは多分「占う」の義。ヤコブが地所を買い(33:18-20)、井戸を掘るのはこの近くである。この井戸のところでキリストは休み、サマリアの女に話しかける(ヨハネ4:5-6 12)。ヨゼフの骨は埋葬のためエジプトからここに持ち帰られる(ヨシュア24:32)。(使7:16も参照)。
  5. (5) 南部パレスチナ。ユダヤの南。直訳では「乾燥」。この地方はさばくのようであったから、ギリシャ語訳では「さばく」。ラテン語訳では「南」。
  6. (6) アブラハムとサラに関するこの出来事の主題は、20章でくり返され、また同じようなことがイサクとレベッカについて26:6-11で述べられている。この主題は、異民族の支配者が彼らに悪い習慣をおしかぶせたにもかかわらず、またアブラハムがいかがわしい方法をとって危険に対処したにもかかわらず、神がアブラハムとサラを大きな民族にすると約束されたことを忠実に守られている、ということを示すものである。ファラオと宮中の者たちを苦しめた災は、ファラオに疑問をいだかせ、これ以上サラをとどめておくことは危険だと思わせて、彼女をアブラハムのもとに返させる性質のものであったのであろう。20章参照。「婚姻の神聖」に対する神の配慮は、ファラオやアブラハムの考えよりもはるかに深い。アブラハムは神の考え、神の道を悟りはじめたばかりである。
  7. (7) 20:12ではサラはアブラハムの異母妹となっている。

第13章[編集]

アブラハムとロトの別れ[編集]

 1アブラムは妻とともにすべての持ち物を携えて、エジプトからネゲブ地方に上った。ロトもかれとともに上った。 2アブラムは家畜と金銀を非常に多く持っていた。 3かれはネゲブ地方からベテルまで移って行き、ベテルとアイの間で、さきに天幕を張った所に着いた。 4そこは前に祭壇を築いた所である。そこでアブラムはヤーウェのみ名を呼んだ。

 5アブラムとともに行ったロトもまた、羊、牛、天幕を持っていたので、 6その地域はふたりをともに住まわせるにはじゅうぶんではなかった。持ちものがあまりにも多すぎて、ともに住むことができなかったのである[1]7アブラムの家畜の牧者とロトの家畜の牧者との間に、争いがおこった。そのころその地には、カナアン人とペリッジ人[2]が住んでいた。 8アブラムはロトに言った、「わたしたちは身内の者[3]だから、わたしとあなたの間にもわたしの牧者とあなたの牧者との間にも、争いがないようにしよう。 9あなたの前に全地があるではありませんか。わたしから離れなさい。あなたが左ならば、わたしは右に行きます。あなたが右ならば、わたしは左に行きます」。 10そこでロトが目をあげてヨルダンの全盆地を見渡すと、ゾアルのほうまで、ヤーウェの園またはエジプトの地のように、あまねくよく潤っていた。これはヤーウェがソドムとゴモラを滅ぼされる前の状態であった[4]11それでロトはヨルダンの全盆地を選び、東のほうへ移った。かれらは互に別れた。 12アブラムはカナアンの地に住み、ロトは盆地の町々に住み、天幕を移してソドムまで来た。 13ソドムの男たちはよこしまで、ヤーウェに対しはなはだしい罪人であった[5]

アブラハム、ヘブロンにわたる[編集]

 14ロトが別れて行ってから、ヤーウェはアブラムに言われた、「目をあげて、おまえのいる所から東西南北をながめよ。 15わたしはおまえが見渡す地をみな、おまえとおまえの子孫に永久に与える[6]16わたしは、おまえの子孫を地のちりのように多くする。もし地のちりが数えられるようであれば、おまえの子孫もまた数えられるであろう。 17立ち上がってこの地を縦横たてよこに歩き巡れ[7]。わたしがこれをおまえに与えるからである」。 18アブラムは天幕を移しながら、ヘブロンにあるマムレの大木[8]の所に来た。そしてそのかたわらに落着き、そこでヤーウェのために祭壇を築いた。


【注】

  1. (1) アブラハムとロトはその地域を彼らだけで使ったのではない。次節にあるように他の住民もいた。6節の別れの理由と36:7のエサウとヤコブの別れの理由は同じ。両者とも司祭伝承による。本章の大部分(6:11b-12a節を除く)はヤーウェ伝承により、牧者間の争いを別れの理由としている。26:19-20(やはりヤーウェ伝承)と同様、井戸の使用に関する争いのことであろう。
  2. (2) 34:30、ヨシュア17:15、士1:4-5参照。ペリッジ人はセム系ではなく、中部パレスチナの山地に住んでいた古代人の残存種族と思われる。
  3. (3) 直訳では「兄弟」。本節のように近親者(アブラハムはロトのおじ、12:5)、あるいは遠い親類(申2:38)をも意味する。
  4. (4) ソドムとゴモラの滅亡は19:23-28 30にしるされている。ともに死海の南の盆地にあったが、現在は水中に没している。「盆地」は直訳では「環」、すなわち死海を取りまく地域。ゾアル(19:20-23 30参照)はよく潤った盆地の南の境界にあって、川のある楽園(2:6 10)、あるいはナイル川のあるエジプトのようであった。中部パレスチナの山の背にあるベテル(神の家)からは、四面を見ることができた(9a 14節参照)。東のほうにはヨルダン盆地の北部も見えたが、ロトの行った南部盆地はみえなかった。巻末第四図参照。
  5. (5) ロトは罪の中の安易な生活を選び、後にすべてを失う(19章)。神はアブラハムの平和愛好(8節)と無欲(9節)を祝福し、彼に全地域を与える(15節。12:7で約束済み)。またロトが選ばなかった乾燥した山地のちりのように、多くの子孫を彼に与える。
  6. (6) 12:7 17:7 22:18 24:7の場合と同じく、アブラハムの子孫はイスラエル民族、すなわち選民のこと。しかし聖パウロはこれらの箇所に言及して「子孫」または「すえ」はキリストのことであると説いている(ガラチア3:16)。キリストをかしらとする神秘体は永遠に王国を所有する。このことは「地」という語によって予表されている。
  7. (7) 土地を歩き巡ることは、取得を表わす法律上の形式的行為。
  8. (8) または「かしの木」あるいは「テレビン樹」。現存ヘブライ語原文では本節および14:13 18:1の「大木」は複数形。ギリシャ語訳、シリヤ語訳では単数形。後者のほうが原典を反映しているようである。マムレ(ギリシャ語訳、ラテン語訳ではマンブレ)はその木の所有者の名(14:13)。マムレという所はヘブロンの北三キロのところにあり、よくヘブロンと同一視される(23:19および注11 35:27参照)。アブラハムのネゲブ滞在中(20章)を除く居住地。「マムレ」の現在のアラビア名「(神の)友」は、アブラハムをさす(歴下20:7、ヤコボ2:23参照)。後にアブラハム、イサク、ヤコブ、そして彼らの妻も、「マムレに面する」マクペラのほら穴に埋葬される(49:29-31)。

第14章[編集]

四王の遠征[編集]

[1]

 1シンアルの王アムラフェル、エッラサルの王アルヨク、エラムの王ケドル・ラオメル、ゴイムの王チダルの時代に、 2これらの王は、ソドムの王ベラー、ゴモラの王ビルシャー、アドマの王シンアブ、ゼボイムの王シェメベル、ベラーの王すなわちゾアルの王と戦った。 3五人の王は連合して、シッディムの谷、今の塩海に進んだ[2]4かれらは十二年間ケドル・ラオメルに従っていたが、十三年目にそむいた[3]5十四年目にケドル・ラオメルとかれにくみする王たちとがやってきて、アシュテロト・カルナイムでレファ人を、ハムでズズ人を、シャベ・キルヤタイムでエム人を、 6そしてセイルの山々でホル人を撃ち、荒野の近くのエル・バランにまで達した。 7次にかれらは引き返してエン・ミシュバト、すなわちカデシュに行った。そしてアマレク人の全領土、およびハザゾン・タマルに住んでいたアモル人をも撃った[4]8そこで、ソドムの王、ゴモラの王、アドマの王、ゼボイムの王、ベラーの王、すなわちゾアルの王は出て行き、シッディムの谷でかれらに対して戦いの陣をしいた。 9すなわちエラムの王ケドル・ラオメル、ゴイムの王チダル、シンアルの王アムラフェル、エッラサルの王アルヨクの四人の王に対する五人の王である。 10さてシッディムの谷にはチャンの穴が多く、ソドムの王とゴモラの王が逃げた時、ある者はそこに落ちたが、その他の者は山にのがれた[5]11敵はソドムとゴモラのすべての物とすべての食料を奪い去った。 12かれらはアブラムのおいロトとかれの物も奪い去った。かれはソドムに住んでいたのである。

アブラハムの諸王追撃[編集]

 13ひとりの逃げのびた者が来て、ヘブライ人アブラム[6]にこのことを知らせた。アブラムはアモル人マムレ[7]の大木のかたわらに住んでいた。マムレはエシュコルとアネルのきょうだいである。かれらはアブラムと同盟していた。 14アブラムは親族がとらわれの身となったと聞いて、かれの家で生れ訓練された三百十八人の者を召集し、ダンまで追って行った。 15アブラムは、敵に対して夜のうちにそのしもべたちを組に分け、かれらを撃って[8]、ダマスコの北方ホバまで追った。 16かれはすべての物を持ち帰った。また親族のロトとその持ち物および女たちや人々も連れ帰った。

アブラハムを祝福するメルキゼデク[編集]

[9]

 17アブラムがケドル・ラオメルおよびかれと結んだ王たちを撃って帰ってきた時、ソドムの王はシャベ谷、すなわち王の谷[10]にアブラムを迎え出た。 18シャレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒を持って来た。かれは最高の神の司祭である。かれはアブラムを祝福して言った、

19「天地を創造された最高の神によって、
アブラムは祝福されますように。
20敵をあなたの手に渡された最高の神は、
賛美されますように」。

そこでアブラムはすべての物の十分の一をかれに贈った。

 21ソドムの王はアブラムに、「人々をわたしに与えて、物はあなたに取っておきなさい」と言った。 22しかしアブラムはソドムの王に答えた、「天地を創造された最高の神ヤーウェにわたしは誓いました。 23あなたが『わたしはアブラムを裕福にしてあげた』と言わないように、わたしは糸からはきもののひもにいたるまで、あなたの物は何ももらいません。 24わたしは何もいりませんが、ただ若者たちが食べた物と、わたしに同行した人アネル、エシュコル、マムレの分け前とは別です。この人たちには分け前を取らせてください。


【注】

  1. (1) 本章は今まで創世記に用いられてきた伝承とは異なる別の資料による。あるいは非イスラエル系の言伝えかもしれない。そうだとすれば、シャレムの王メルキゼデクが非常にたたえられている(18-20節)ことから判断して、シヤレム(後のエルサレム)にとどめられた言伝えであろう。純粋のイスラエル系伝承ならば、アブラハムのことをヘブライ人(13節)とはあまり言わないし、また古代名称の多くはイスラエル人に知られていることばであらわされる。当時エラム国がカナアンの町々からよくみつぎ物を要求したことについては、考古学上の証拠がある。アムラフェルは、前にそう思われていたあの有名なバビロニア(シンアル)の王ハムラビのことではない。多分北部メソポタミア(イラク)の王であろう。著者が創世記の中に本章の記事を入れた理由は、アブラハムの勇敢(14-16節)をほめ、戦利品に対する彼の無欲(21-24節)を示すためであろう。18-20節はアブラハムをエルサレムに結びつけている。このエルサレムこそ、後に彼の子孫の聖都となり、そこに最高の神ヤーウェの神殿が築かれる。
  2. (2) この五つの町は知10:6で「ペンタポリス」と呼ばれ、11章にその破滅がしるされている。シッディムの谷は今は死海(塩海)の南部の水中に没している(13:10および注4参照)。
  3. (3) おそらく、これからはみつぎ物を納めないと言って、拒んだのであろち。
  4. (4) レファ人、ズズ人(またはザムズム人)、エム人、ホル人は、ヨルダン川東方に住んでいた古代民(申2:10-12 20-27参照)。ここにしるされている地名は、侵入軍が東方ヨルダン地方を北から南に「王の道」(民20:17 21:22、ダマスコからアラビアまでの通商路)に沿って進んだことを示す。これは銅の鉱床に通ずるその通路およびその鉱床の支配権を維持するためであろう。エル・バラン(今のアカバ湾のエラト)にいたり、侵入軍は右まわりをして引き返し、。パレスチナの南エン・ミシュパト(さばきの泉)、すなわちカデシュ(民13:26 20:1-13も参照)を経て、最後にシッディムの谷に南西からはいった。巻末第四図参照。
  5. (5) 本節は「ソドムの王とゴモラの王が逃げた時、彼らはそこに落ちたが、他の者(三人の王)は山にのがれた」とも訳される。この訳によれば、ソドムの王はあとで救い出されたか、あるいは自分ではい上がったことになる(17節参照)。しかし穴に落ちこんだ者は死んだと解するほうが道理に合う。
  6. (6) 「ヘブライ人」は「エベルの子孫」(10:21)の義であろう。「エベル」はおそらく「向こう」すなわち「ユーフラテス川の向こう」の義であろう。アブラハムとその先祖は川向こうから来ている(ヨシュア24:2-3 14-15)。
  7. (7) ここでは人名。13注8参照。
  8. (8) アブラハムが凱旋途上の敵の縦隊のしんがりに対して、幾手にも分れて夜襲(士7:16参照)したのだろう、と解されている。
  9. (9) 歴史上、メルキゼデクは古代シャレムにおけるカナアン人の王のことであろう(ヨシュア10:1のエルサレムの王の名「アドニゼデク」と比べよ。詩76〔75〕3でシャレムはエルサレムと同一視されている)。パンとぶどう酒は申23bにしるされているように、そもそもは帰る途上の飲食物として出されたのであろう。この場合は戦勝感謝のために、王司祭メルキゼデクによって最初神にささげられたものと思われる。メルキゼデクの神エル・エリョン(最高の神、天地の創造主)は、ここではヤーウェ(まことの最高の神、唯一の天地の創造主)と同一視されている。したがってアブラハムは最高の神ヤーウェの司祭としてのメルキゼデクから祝福され、彼に十分の一を贈ってい,る。詩110〔109〕4で、キリストはメルキゼデクのように永遠に司祭である、とうたわれている。。聖パウロはメルキゼデクの系図も出生も死亡も創世記にしるされていないので、彼の司祭職は永遠に続くものであると説いている。またその他の点からも、メルキゼデクの司祭職はキリストの司祭職の前表であることを説いている(ヘブライ6:20-7:25)。教父たちはこの前表論をさらに発展させて、このパンとぶどう酒をミサ聖祭のパンとぶどう酒の前表であると解している。この意味において大司祭メルキゼデクのささげ物のことがミサ典文中にしるされている。ある教父たち(聖アムブロジオなど)は、創世記から漸進的に始まるこの宗教的解釈をさらに推し進めて、メルキゼデクのふしぎな現われを神の子自身の出現であるとまで解している。
  10. (10)「王の谷」はサムエル下18:18に述べられている。エルサレムの郊外セドロンの谷にあったのであろう。

第15章[編集]

アブラハムの信仰[編集]

[1]

 1これらの出来事の後、ヤーウェのことばが幻のうちにアブラムに臨んだ[2]

「恐れるな、アブラムよ、わたしはおまえのたてである。
おまえの報いは非常に大きいであろう」。

2アブラムは、「主ヤーウェよ、わたしに何をくださるのですか。わたしは子どもなしで過ごしています。わたしの家のあとつぎはダマスコ[3]のエリエゼルなのです」と言った。 3アブラムはまた、「あなたはわたしに子孫を与えてくださいません。わたしの家のしもべがわたしのあとを継ぐでしょう」と言った。 4するとヤーウェのことばがかれに臨んだ、「その男はおまえのあとつぎにはならない。おまえの実の子があとつぎになる」。 5そしてヤーウェはかれを外に連れ出し、「天を仰いで見よ。星を数えられるならば、数えてみよ」と言われた。またかれに、「おまえの子孫はあのようになる」と言われた。 6アブラムはヤーウェを信じた。ヤーウェはそれを義としてかれに帰せられた[4]

契約式[編集]

 7また、「わたしはこの地をおまえに与え、これを継がせるために、カルデヤのウルからおまえを導き出したヤーウェである」と言われた。 8アブラムは、「主ヤーウェよ、わたしがそれを受け継ぐことを、どのようにして知ることができますか」と言った。 9ヤーウェはかれに、「三歳の雌牛と三歳の雌やぎと三歳の雄羊と山ばととひなばととを、わたしのもとに持ってこい[5]」と言われた。 10かれはこれらをみな取ってきて二つに裂き、裂いたものをそれぞれ互に向かい合わせておいた。しかし鳥は裂かなかった[6]11猛鳥がそのしかばねの上に降りてきた時、アブラムはそれらを追い払った[7]12日が沈みかけたころ、深い眠りがアブラムに臨み、大きな恐怖〔くらやみ〕がかれを襲った[8]13ヤーウェはアブラムに言われた、「次のことをよく知れ。おまえの子孫はよその国にとどまり、その人々に仕え、四百年[9]の間苦しめられるであろう。 14しかしわたしはかれらが仕える民をさばく。後にかれらは多くの物を携えてそこから出るであろう。 15おまえは安らかに祖先のところに行くであろう。おまえは高齢になって葬られるであろう。 16かれらは四代目[10]にここに帰る。アモル人の罪悪はまだ満ちていないからである[11]」。  17日が沈みやみに包まれた時、煙の立っている火つぼと燃えているたいまつが[12]、その裂かれたものの間を通った。 18その日、ヤーウェはアブラムと契約を結んで言われた、「エジプトの川[13]から大きな川〔ユーフラテス川〕に及ぶこの地を、わたしはおまえの子孫に与える。 19これはケニ人、ケニッジ人、カドモニ人、 20ヘト人、ペリッジ人、ラファー人、 21アモル人、カナアン人、ギルガシ人、エブシ人の地である[14]」。


【注】

  1. (1) 神が幻のうちに現われるという描写法などから、新たな資料エロヒム伝承が、はじめてここにヤーウェ伝承とともに用いられたものと考えられる。
  2. (2) 「ヤーウェのことばは臨む」という語句は、モイゼ五書の中では本章(4節も参照)だけに出てくるが、予言書、特にエレミや書とエゼキエル書の中では、全能の神の啓示をしるす時によく用いられている。
  3. (3) 原語の意味は全然不明であるが、次節に照らして一般に「あとつぎ」と解されている。「ダマスコの」と読まれている原語の意味も不確実。「わたしの家の執事エリエゼルがわたしのあとつぎです」という推測もある。「養子はあとつぎである。ただし実子が後に生れた場合はこの限りではない」ということが古代律法に定められている。
  4. (4) 当然ありえないと思われたことでも、神のことばゆえにそれを信じたので、アブラハムは神のみ旨にかなうものとなり義とされる。ロマ4章で聖パウロはアブラハムの信仰をわれわれのキリストに対する信仰の前表と見なしている(ガラチア3:6、ヤコボ2:23、本書12注1参照)。
  5. (5) アブラハムがしるしを求めたのに答えて、ヤーウェが当時の契約の儀式にしたがって厳粛に約束を保証されることを、アブラハムは承知していた。動物は二つに裂かれ、契約の当事者がその間を歩く。契約を守らなければ、裂かれた動物のようにされるという意味を含んだものであろう(エレミヤ34:18-20参照)。ここではヤーウェだけが煙と火の形でその間を通る(17節)。注12参照。
  6. (6) レビ1:17の規定参照。
  7. (7) アブラハムが追い払った猛鳥は、彼の子孫が約束の地を受け継ぐ前に経験しなければならない試練や困難を象徴している。この凶兆の意味を13-16節で神はアブラハムに説明し、また彼とその子孫に保証を与える(15 16節)。
  8. (8) 「深い眠り」の原語はアダムの場合(2:21)の原語と同じ。ここでは「外自然的な眠り」で、神から知らせを受けている状態。ギリシャ語では「脱魂状態」と訳されている。アブラハムを襲った「恐怖」については、マルコ9:5参照。13-16節の記事が別の資料から取られてここにさしこまれたものだとすれば、〔くらやみ〕は本来は17節の「やみ」というまれな原語を説明しようとして欄外に書かれ、あとでその書入れ箇所をまちがったものかもしれない。〔くらやみ〕はギリシャ語訳とラテン語訳では「恐怖」の修飾語となって「くらい恐怖」と訳されている。
  9. (9) 端数を切り総てたもの。選民がエジプトで過ごした期間は四百三十年(出12:40、ガラチア3:17参照)。
  10. (10) ヤコブの子らがエジプトにくだってから脱出するまでの四代、すなわちレビ、ケハト、アムラム、モイゼ(出6:16-20参照)。
  11. (11) アモル人はここでは「カナアンの住民」あるいは「古代の全パレスチナ人」の義で、20節のように一種族をさすものではない。罪悪についてはレビ18:21-30参照(ここでも神は罪悪に対する罰として彼らをその地から追うと言われている)。神は罪悪がいよいよ満ちるまでしんぼう強く待たれる。
  12. (12) 神はよく煙と火を用い、その存在を象徴する(出19:18 3:2 13:21、使2:3参照)。ヤーウェの火の通過によって神聖なものとされた肉を、祝宴の席で食べたことであろう。
  13. (13) エジプトとパレスチナを分けている「エジプトの小川」(ワディ・エル・アリシュ川)のことであろう(ヨシュア15:4参照)。「川」の原語と「小川」の原語とはよく似ているので混同されたのかもしれない。このパレスチナの境界線に彼らの勢力が及んだのは、実際にはサロモンの時代だけである(列上4:21参照)。「エジプトの川」をナイル川の東方支流「シホル川」(ヨシュア13:3参照)と解する者もある。
  14. (14) 18節の〔ユーフラテス川〕と同様、パレスチナに以前住んでいた民族の名をあげている19-30節も、おそらく後のつけ加えであろう。「カドモニ人」は聖書中ここ以外にはあらわれない。

第16章[編集]

イスマエルの誕生[編集]

[1]

 1アブラムの妻サライは子を産まなかった。彼女には、エジプト人でハガルというつかえめがいた。 2サライはアブラムに、「ヤーウェはわたしに子どもを産ませてくださいません。どうかわたしのつかえめの所にはいってください。おそらくわたしは彼女によって、子どもを与えられるでしょう」と言った[2]。アブラムはサライの言うことを聞き人れた。 3アブラムの妻サライはつかえめのエジプト人ハガルを連れて行って、夫のアブラムに妻として与えた。これは、アブラムがカナアンの地に住んでから十年後のことである。 4かれはハガルの所にはいり、彼女はみごもった。ハガルは自分がみごもったことを知ると、女主人をあなどりの目で見るようになった。 5そこでサライはアブラムに言った、「わたしの受けた侮辱はあなたの上にかかりますように。わたしはあなたの胸にわたしのつかえめを与えたのに、つかえめは自分がみごもったことを知ると、わたしをあなどりの目で見るようになりました。ヤーウェがわたしとあなたの間をさばきますように[3]」。 6アブラムがサライに、「おまえのつかえめはおまえの手の中にある。おまえの好きなように彼女をしなさい」と答えたので、サライはつかえめを苦しめた[4]。それで、彼女はサライのもとから逃げた。

 7ヤーウェの使い[5]が、荒野の泉、すなわちシュル[6]への道にある泉のほとりで彼女と会った。 8そして、「サライのつかえめハガルよ、おまえはどこから来て、どこへ行くのか」と尋ねた。ハガルは、「わたしの女主人サライのもとから逃げているところです」と答えた。 9ヤーウェの使いは彼女に、「おまえの女主人のもとに帰り、その手に身を任せよ」と言った。 10ヤーウェの使いは彼女に[7]、「わたしはおまえの子孫を数えることができないほど多くふやそう」と言った。 11ヤーウェの使いは彼女に言った、

「おまえはみごもっている。
そして男の子を産む。
その子をイスマエルと名づけよ。
ヤーウェがおまえの苦しみを聞かれた[8]からである。
12かれは野生のろばのような人となり、
その手はすべての人に逆らい、
すべての人の手もかれに逆らう。
かれはすべての兄弟と仲たがいして住むであろう[9]」。

 13ハガルは自分に語られたヤーウェに、「あなたはエル・ロイ[10]です」と名づけ、「わたしを見られる御者おんもののうしろ姿を、ここでほんとうに見たのでしょうか[11]」と言った。 14それで、その井戸はベエル・ラハイ・ロイ[12]と名づけられた。それはカデシュとべレドの間にある。

 15ハガルはアブラムに男の子を産んだ。アブラムは、ハガルが産んだその子をイスマエルと名づけた。 16ハガルがアブラムにイスマエルを産んだ時、アブラムは八十六歳であった。


【注】

  1. (1) 1a 3 15 16節は司祭伝承、他はヤーウェ伝承による。本章の大部分に並行する記事(エロヒム伝承)が、21:9-21にしるされている。
  2. (2) 後にラケルやレアがしたように(30:1-6 9-13)、サラは当時の習慣にしたがった。ハムラビ法典にはこの習慣があらわれている。
  3. (3) サラはアブラハムを非難しているが、アブラハムのしたことは彼女自身が彼にすすめたことである。
  4. (4) ハムラビ法典によれば、第二の妻となって子を産んだ奴隷が女主人の気に入らないものとなっても、彼女を売ることはできないことになっている。しかし奴隷のしるしをつけて、他の奴隷と同じように扱うことはできる。
  5. (5) 「ヤーウェの使い」は見える形で現われたヤーウェ自身であることが13節でわかる(22:11-16 31:11-13、出3:2-4、士6:11-24 13:3-23参照)。神に関するこの筆法は、はじめの記事(3:8 8:21など)ほど擬人法的ではない。これはあとで伝承を洗練する時に用いた描写法かもしれない。
  6. (6) 「壁」の義。エジプト王ファラオが北東の国境に築いた「城壁」に結びつけたものかもしれない。ハガルは自分の本国に向かって逃げている。
  7. (7) 11節と同じ語句で始まる9節と10節は、あとでさしこまれたものであろう。
  8. (8) 「イスマエル」は「神は聞かれた」または「神が聞かれるように」の義。
  9. (9) ハガルは、自分の子が自分と同じような奴隷にはならず、主人のない荒野のろばのように(ヨブ39:5-8参照)、全く自由になると保証されている。事実、イスマエルの子孫であるアラビア人とさばくのべドイン人がそうであるパガルはサラに苦しめられるが、サラの子孫はハガルの子孫に苦しめられる。
  10. (10) 「見る神」のことで、「(を)見られる神」または「(に)見られる神」の意味。
  11. (11) 原文の意味不明。「うしろ姿を…見る」については出33:23参照。次節の「井戸」につけられた名称の意味、および人間が神を見れば生きておれないという言伝え(32:31、出33:18-23、士6:22-23 13:21-22参照)に基づいて、原文を改め、「ほんとうにわたしは神を見て、そのあとでわたしは生きているのでしょうか」と推測する者が多い。
  12. (12) 「わたしを見られる生きた御者の井戸」の義。前注の推測に合わせて「(神を)見て(まだ)生きている者の井戸」の意もある。この井戸は24:62 25:11にもでる。ネゲブの少し南、現在のビル・マインにある。巻末第五図参照。

第17章[編集]

割礼と契約[編集]

[1]

 1アブラムが九十九歳の時、ヤーウェはアブラムに現われて言われた、「わたしはエル・シャッダイ[2]である。わたしの前に歩み、全きものであれ[3]2わたしはおまえと契約をして、おまえを非常に多くふやすであろう」。

 3アブラムはひれ伏した。神はかれに言われた、 4「わたしのおまえに対する契約は、おまえが多くの民族の父となるということである。 5おまえの名は、もう、アブラムとは呼ばれない。おまえの名はアブラハム[4]と呼ばれる。わたしがおまえを多くの民族の父とするからである。 6わたしはおまえに非常に多くの子を生ませる。わたしはおまえからもろもろの民族をおこす。王たちはおまえから出るであろう。 7わたしは、おまえとおまえのあとに続く代々よよの子孫とに、わたしの契約を永久の契約として立てる。おまえとおまえのあとに続く子孫の神となるためである。 8わたしは、おまえがとどまっている地、すなわちカナアンの全地を永久の所有として、おまえとおまえのあとに続く子孫とに与える。わたしはかれらの神となる」。 9神はまたアブラハムに言われた、「おまえもおまえのあとに続く子孫も代々よよ、わたしの契約を守れ。 10わたしとおまえとおまえのあとに続く子孫との間で、おまえたちが守るべき契約は次のとおりである。すなわち、おまえたちの中の男はみな、割礼[5]をうけよ。 11おまえたちは包皮の肉に割礼をうけよ。これは、わたしとおまえたちの間の契約のしるしとなる。 12おまえたちのうちの男は代々よよみな、生れて八日目に割礼をうけなければならない。家で生れた者も、またおまえの子孫ではなく異邦人から金で買われた者も同じである。 13おまえの家で生れた者も、おまえが金で買った者も、割礼をうけなければならない。わたしの契約は永久の契約として、おまえたちの肉にしるされる。 14無割礼の男、すなわち包皮の肉に割礼をうけていない者は、わたしの契約を破った者として身内から断たれる。

イサク誕生の約束[編集]

 15神はアブラハムに言われた、「おまえの妻サライの名をサライと呼んではならない。その名はサラ[6]である。 16わたしはサラを祝福し、また彼女によって男の子をおまえに授ける。わたしはサラを祝福する。彼女はもろもろの民族の母となり、もろもろの民の王たちは、彼女からおこる[7]」。 17アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で、「百歳の者に子が生れるだろうか。九十歳のサラが子を産むだろうか」と言った。 18そしてアブラハムは神に、「イスマエルがあなたのご保護のもとに生きますように」と言った。 19神は答えられた、「いや、おまえの妻サラはおまえに男の子を産む。おまえはその子にイサク[8]と名づけよ。わたしは永久の契約として、イサクに契約を立てる。イサクとそのあとに続く子孫の神となるためである。 20イスマエルについては、わたしはおまえの言うことを聞き入れた[9]。わたしはかれを祝福して、多くの子を生ませ、非常に多くふやす。イスマエルは十二人の族長[10]を生む。わたしはかれを大きな民族にする。 21しかしわたしの契約は、イサクに立てる。来年の今ごろサラがそのイサクをおまえに産むであろう」。 22アブラハムとの話を終られて、神はアブラハムから離れてのぼられた。

割礼の実施[編集]

 23アブラハムは、その子イスマエルと、自分の家で生れたすべての者と、自分の金で買ったすべての者とを、すなわちかれの家のすべての男を集め、神がかれに命じたとおり、その同じ日に、かれらの包皮の肉に割礼を施した。 24アブラハムは、包皮の肉に割礼をうけた時、九十九歳であった。 25かれの子イスマエルは、包皮の肉に割礼をうけた時、十三歳であった。 26その同じ日に、アブラハムとかれの子イスマエルとは割礼をうけたのである。 27かれの家の男は、その家で生れた者も異邦人から金で買われた者もみな、アブラハムとともに割礼をうけた。


【注】

  1. (1) 本章は神とアブラハムの契約を物語るもので、司祭伝承による。これは15章におけるヤーウェ・エロヒム伝承による記事(多くの子孫とカナアンの地に関する約束)と、本質的には同じものである。新しい題材として、神の特殊名称「エル・シャッダイ」、アブラハムとサラの改名、契約のしるしとしての割礼、およびサラの子イサク誕生の約束があげられる。司祭伝承は旧約の中に四つの時期を画している。第三期はこの割礼の契約で始まる。第一期はアダムと、第二期はノエと、第四期はモイゼとの契約で始まる。
  2. (2) 司祭伝承においては、「ヤーウェ」という名称はモイゼに啓示される(出6:3参照)まで使用されていない。啓示以前の太祖時代には「エル・シャッダイ」が神の固有名称として用いられている。ラテン語訳とギリシャ語訳の一部にもとづいて、「全能の神」と一般に訳されているが、これは正確ではない。おそらく「山にまします神」の義。この意味は、神のすみかは北の山にあるという古代人の考えによく合致する(詩48〔47〕2-3、イザヤ14:13、巻末図解参照)。また神がシナイ山に現われるという記述(出19:11-25)にもよく合う。
  3. (3) 「わたしの前で歩み」は「神のみまえにあることを意識して暮す」の義。「全きもの」の原語は、ノエの場合(6:9)と同じ。この命令は、契約における人間側の一般的義務を表わす。
  4. (4) 「アブラム」と「アブラハム」は、「高められた父」または「父のゆえに高められる」(高貴の家柄)の義をもつ語から分れ出た別々の形である。「ラハム」はここでは「人だかり」または「多数」の義の「ハモン」に関連する。これによれば「多くの……の父」にするという神の約束に合致する意味になる。古代名称は今日以上に意義を持つ。
  5. (5) 神がにじをノエとの契約のしるしにされる(9:12-17)以前に、すでににじがあったように、割礼もアブラハム以前に、すでにエジプトおよびその周辺で行われていた。しかしアブラハムの生国メソポタミアではこの風習はなかった。一般に種族の一員となる儀式として、また結婚準備の儀式として、成人する前に施された(出4:24-26、本書34:14-17 22参照)。ここでは子どもの時に神の選民に加えられるしるしとして、神がこの儀式を神聖なものとしている。生命の源、すなわち種族を存続させる器官は、儀式的流血によって、聖別されている。割礼は洗礼の前表。しかし心の割礼をうけなければ、すなわち罪や悪欲を切り離し神のみ旨に従わなければ、肉の割礼は無価値である(申10:16 30:6、エレミヤ4:4 9:25-26、エゼキエル44:7 9)。キリストも割礼をうけられるが(ルカ2:21)、新約によって廃止される(使15:5-29)。しかしこの霊的意義は存続する(ロマ2:25-29、フィリッピ3:3、コロサイ2:11、ペトロ一書3:21)。聖パウロはロマ4:11で、アブラハムの割礼を彼が割礼以前に帰せられた信仰の義(15:6)のしるしと見なしている。
  6. (6) 「サライ」と「サラ」は、「女王」という義をもつ別々の方言であろう。標準ヘブライ語としての「サライ」は「わたしの女王」の義であるが、16節の神のことばにしたがって限定されない「女王」の義に拡大されていることは明らかである。
  7. (7) ラテン語訳、ギリシャ語訳、シリヤ語訳では、サラではなくイサクに関する予言としている。
  8. (8) 「笑う」という義の「イサク」は、アブラハムとサラが高齢で子を生むのはおかしいと笑ったこと(17:17 18:13-15 21:5)に関連する(21:9も参照)。最初の名は、「神はほほえまれた」または「神がほほえまれるように」という義の「イサク・エル」だったのであろうう。
  9. (9) もう一度ここで「イスマエル」の義に結びつけている。16:11参照。
  10. (10) 「族長」は6節と15節の「王」とは異なる。その名は25:13-16にあげられている。

第18章[編集]

マムレにおける出現[編集]

[1]

 1ヤーウェはマムレの大木のかたわらでアブラハムに現われた。アブラハムは日盛りに天幕の入口にすわっていたが、 2目を上げて見ると、三人の人がかれに向かって立っていた。アブラハムはこれを見ると、天幕の入口から走り出てかれらを迎え、地に身をかがめて、 3言った、「あるじよ、もしあなたの心にかなうならば、どうかしもべの所を素通りしないでください。 4水を少し持ってこさせますから、どうぞあなたがたの足を洗って、この木の下でお休みください。 5パンを少し持ってきましょう。元気をつけてから旅を続けてください。せっかくあなたがたがしもべの所においでくださったのですから[2]」。かれらは、「どうぞそのようにしてください」と答えた。

 6アブラハムは急いで天幕にはいり、サラの所に行って、「すぐ、麦粉を――よい麦粉を――三セアー[3]こねてパン菓子を造りなさい」と言った。 7そして牛の群れの所に走り、良い柔らかな子牛一頭を選んで召使に渡し、急いでそれを料理させた。 8アブラハムは酸乳[4]と牛乳と調理した子牛とを取り、かれらの前に置いた。アブラハムはかれらが木の下で食べている間、そのそばに立って控えていた。

 9かれらはアブラハムに、「あなたの妻サラはどこにいますか」と言った。アブラハムは、「サラは天幕の中にいます」と答えた。 10かれは[5]、「わたしは来年の春[6]、必ずおまえの所にもどってくる。その,時、おまえの妻サラには、男の子が生れているであろう」と言った。かれのうしろに天幕の入口があったので、サラはそこで聞いていた。 11アブラハムとサラは年を重ね、老人になっていた。サラにはもう女の月のものがなかった。 12それでサラは心の中で笑い、「わたしは老いこんでいるのに、楽しみがあるのでしょうか。わたしの主人も年寄なのに[7]」と言った。 13ヤーウェはアブラハムに言われた、「なぜサラは、『わたしは年をとっているのに、ほんとうにまだ生むだろうか』と言って笑ったのか。 14ヤーウェから見て不思議なことがあろうか。来年の春定めの時に、わたしはおまえの所にもどって来る。その時、サラには男の子が生まれているであろう」。 15するとサラは恐れて、「わたしは笑いませんでした」と言って打ち消した。ヤーウェは、「いや、おまえは確かに笑った」と言われた。

アブラハムのとりなし[編集]

 16その人たちは立ち上がってそこを出発し、ソドムを見おろす所[8]に来た。アブラハムはかれらを見送るために、ともに行った。 17ヤーウェは心の中で言われた、「わたしがしようとすることを、アブラハムに隠しておいてよいであろうか。 18アブラハムは必ず大きな強い民族となり、かれによって地のすべての民族は、かれら自身を祝福するであろうから。 19アブラハムがかれの後の子らと家族に命じてヤーウェの道を守らせ、正と義を行わせるために、わたしはかれを選んだのである。これは、ヤーウェがアブラハムに約束したことを果すためである」。 20そこでヤーウェは言われた、「ソドムとゴモラに対する叫びはまことに大きい。まことにかれらの罪はきわめて重い。 21わたしは下って行って、わたしにとどいた叫び[9]のとおり、実際にかれらがしているかどうかを見よう。わたしはそれを見さだめよう」。 22その人たちは、そこからソドムに向かって進んで行った。アブラハムは、なお、ヤーウェのみまえに立っていた[10]

 23アブラハムは近よって言った[11]、「ほんとうにあなたは義人を罪人つみびとといっしょに滅ぼされるのですか。 24その町の中に五十人の義人がいるとしましょう。それでもあなたは、ほんとうにそこを滅ぼされるのですか。その中にいる五十人の義人のために、そこをおゆるしにならないのですか。 25決してあなたがそういうことをなさいませんように。義人を罪人といっしょに殺して、義人と罪人を同じようにするということを決してなさいませんように。全地をさばく御者おんものは義を行うべきではありませんか」。 26ヤーウェは、「もしわたしがソドムの町の中に五十人の義人を見いだすならば、その人たちのためにそこを全部ゆるそう」と言われた。

 27アブラハムは答えて言った、「わたしはちりと灰にすぎないものですが、あえて主に申しあげます。 28五十人の義人に五人欠けているとしましょう。五人のために、その町を全部滅ぼされますか」。ヤーウェは答えられた、「もしそこに四十五人見いだすならば、わたしは滅ぼさない」。 29かれは重ねてヤーウェに言った、「そこに四十人見いだされるとしましょう」。ヤーウェは、「四十人のために、わたしはそんなことはしない」と言われた。

 30アブラハムは言った、「わたしの言うことに、主がお怒りにならないように。そこに三十人見いだされるとしましょう」。ヤーウェは答えられた、「もしそこに三十人見いだすならば、わたしはしない」。 31かれは言った、「わたしはあえて主に申しあげます。そこに二十人見いだされるとしましょう」。ヤーウェは、「二十人のためにわたしは滅ぼさない」と答えられた。

 32アブラハムは言った、「わたしがもう一度だけ言うことに、主がお怒りにならないように。そこに十人見いだされるとしましょう」。ヤーウェは答えられた、「十人のためにわたしは滅ぼさない」。 33ヤーウェはアブラハムとの話を終えて、立ち去られた。アブラハムも自分の所に帰った。


【注】

  1. (1) 本章と次章(29項節を除く)はヤーウェ伝承(あるいは二つのヤーウェ伝承)による。3:8以下と同様、ヤーウェは本章で人間の形に描かれている。旧約聖書中ヤーウェが食を取る例は8節だけ。筋の中で興味を引くところは、客の超自然的性格が徐々にアブラハム、サラと同じく読者に示されていることである。18:13 22 19:1 5 8 15から、2節の「三人の人」はヤーウェと二位の天使であることがわかる。三人現われているが、アブラハムはひとりだけに敬意を表している(3節)。ある教父たちはこれを三位一体の玄義の暗示と解している。
  2. (2) 旅人がある人の天幕の前に来て立つことは、もてなしを求めていることを意味する(2節参照)。もてなすことは神聖な義務と見なされていた。
  3. (3) およそ三十七リットル。気高くは見えるが、まだだれかもわからない客に対して、アブラハムは物惜しみせずに、もてなしたわけである。
  4. (4) 酸敗して凝固した牛乳。アラビア人の好物で、渇をいやす時に飲む。士5:25、イザヤ7:15参照。
  5. (5) ヘブライ文には主語としての名詞も代名詞もなく、ただ前節の「言った」という複数形動詞を単数形に変えたものがあるだけである。ギリシャ語訳では前節にも5節の最後の所にも単数形を用いている(これに反しサマリア五書では3節の単数形を複数形にしている)。
  6. (6) 直訳では「生き返るころ」。これに並行する17:21の語句と同じ意味、すなわち「来年の今ごろ」と解する者が多い。
  7. (7) 後に生れる「イサク」の名にまた結びつけている(17注8参照)。サラは主客が自分の夫を喜ばすために、無意味なことをていねいに言ったのだと思って笑った。しかし主客が彼女の心中の笑いを見抜いたので(9節ではサラの名を承知)、彼女はその超自然的性格をうすうすと感じ、恐れをいだいた。
  8. (8) アブラハムは翌日また同じ所に来て、そこからソドム滅亡の様子を見おろす(19:27 28)。二つとも同じ動詞。この所は今のベニ・ナイムに近い所だと伝えられている。山の端の小さな村でここからは死海が見える。
  9. (9) 聖書には復しゅうを天に呼び求める罪(号天罪)が四つしるされている。ソドムの罪はその一つ。4:10、出22:22、申24:15、ヤコボ5:4参照。
  10. (1O) 去った「その人たち」は二位の天使(19:1)。もともと「ヤーウェは、なおアブラハムの前に立っておられた」とあったものを、昔の筆写を担当した者が本訳のように書き変えたのだという説がある。
  11. (11) 神とアブラハムとのこの感動的な会話は、アブラハムのように神と親しい者の仲介力がいかに大きいかを示す。また罪人に対する神の怒りは、わずかの義人さえいるならば避けられるということも示す。ここでアブラハムは最小限を十人としているが、後に神はたったひとりの義人を見いだすならばエルサレムをゆるすと言われている(エレミヤ5:1)。しかしソドムの人々はみな悪かった(19:4)。わずかな義人を罪人とともに滅ぼすことよりも、多くの罪人を義人のゆえにゆるすことが、神の正義にふさわしいとアブラハムは主張する。彼はロトがその町と運命をともにするとでも思ったのだろう。しかし神は連帯責任よりも個人の責任について正しくさばき、ロトとその家族を罪人からきり放して救う。預言者はこの個人的責任の原則を主張する(エゼキエル14:12-20 18参照)。

第19章[編集]

ソドムの罪[編集]

 1そのふたりのみ使いは、夕方ソドムに着いた。その時ロトはソドムの門の所[1]にすわっていた。ロトはかれらを見ると、立って迎え、顔が地につくほど身をかがめ、 2「あるじらよ、どうか、しもべの家に寄って足を洗い、お泊まりください。そして朝早く起きて、旅を続けてください」と言った。かれらは、「いや、わたしたちは広場で夜を過ごそう」と答えた。 3しかしロトがしきりにすすめたので、かれらはロトの所に寄って、その家にはいった。ロトはごちそうを用意し、たねなしパン[2]を焼き、かれらにそれを食べさせた。

 4かれらが床につかないうちに、ソドムの町の人々が、若い者も老人も町中こぞって、その家を囲み、 5ロトに叫んで言った、「今晩おまえの家に来た人たちはどこにいるか。われわれに渡せ。かれらを知りたいから[3]」。 6ロトはかれらに会いに戸の外に出て行き、出たあとでその戸をしめて、 7言った、「兄弟たちよ、どうかそんな悪いことをしないでください。 8お聞きください。わたしには、まだ男を知らない娘がふたりあります。娘をあなたたちに渡しますから、好きなようにしてください[4]。ただこの人たちには何もしないでください。この人たちは、わたしの屋根の下に身を寄せたのですから」。 9しかしかれらは言った、「そこをどけ」。また続けて言った、「この男はよそから来た者なのに、裁判官のふるまいをしようとする。それでは、おまえをあのやつらよりもひどい目にあわせてやる」。かれらはロトを強く押し、戸を破ろうとして近よってきた。 10その時そのふたりは手を伸ばして、ロトを家の中に引き入れ、戸をしめた。 11家の戸口にいた人々は、老いも若きもみな、目をくらまされたので[5]、戸口を捜したが、疲れるばかりであった。

ロトの脱出[編集]

 12そこでそのふたりはロトに言った、「ほかに身内の者――婿――がここにおりますか。あなたのむすこや娘たち、またこの町にいるすべてあなたにゆかりのある人を、ここから連れ出しなさい。 13わたしたちはここを滅ぼそうとしています。かれらに対する叫びがヤーウェのみまえに大きくなったので、ヤーウェがここを滅ぼすように、わたしたちをつかわされたのです」。 14そこでロトは出て行き、娘の未来の婿たち[6]に話して、「さあ、この町から出なさい。ヤーウェがここを滅ぼされます」と言った。しかしかれらには、ロトが冗談を言っているように思われた。

 15空がしらみはじめた時、み使いたちはロトをせきたてて、「さあ、町にくだる罰にまきこまれないように、あなたの妻とここにいるふたりの娘を連れ出しなさい」と言った。 16しかしロトがためらったので、ふたりはかれとその妻とふたりの娘の手を取った。ヤーウェはロトにあわれみをたれたのである。かれらはロトを町の外に連れ出した。

 17ふたりがロトたちを連れ出した時、かれ[7]は言った、「逃げよ。命にかかわることである。うしろをふり返ってはいけない。盆地のどこにも止まってはいけない。滅ぼされないように、山に逃げよ」。 18ロトはかれらに言った、「主よ、どうかそうさせないでください。 19しもべはあなたの心にかないました。そしてあなたはわたしの命を救い、大きなあわれみを示してくださいました。わたしは山に逃げることはできません。わざわいが身に迫り、死ぬでしょうから。 20ごらんください。あの町は近いから、あそこへなら、のがれることができます。あの町は小さなものです。あそこへ逃げさせてください。あの町は小さなものではありませんか。そうすれば、わたしの命は助かるでしょう」。 21かれはロトに言った、「わたしはおまえのこの願いも聞き入れよう。おまえの言うその町は滅ぼさない。急いでそこへ逃げよ。 22おまえがそこに着くまで、わたしは何もできないから」。それでその町の名はゾアル[8]と呼ばれた。

ソドムとゴモラの滅亡[編集]

[9]

 23ロトがゾアルに着いた時、日はのぼったばかりであった。 24ヤーウェは硫黄と火をヤーウェの所から――天から――ソドムとゴモラの上に降らせ、

 25これらの町、ならびに全盆地とその町々の全住民、およびその地にはえているものとを、くつがえされた。 26ロトの妻は夫のうしろの所でふり返ったので、塩の柱になった[10]

 27アブラハムは朝早く、かれがさきにヤーウェの前に立った所に来て、 28ソドムとゴモラ、および全盆地のほうを見おろすと、その地の煙がかまどの煙のように立ちのぼっていた。

 29神はその盆地の町々をくつがえされた時、すなわちロトの住んでいた町々をくつがえされた時、アブラハムのことを思い出し、ロトを滅びの中から救い出された。

モアブ人とアンモン人の起こり[編集]

[11]

 30ロトはゾアルに住むことを恐れたので、ゾアルから登って、ふたりの娘とともに山に住んだ。ロトと娘たちはほら穴に住んだ。 31姉は妹に言った、「わたしたちの父は年とっています。また、世のならわしにしたがって、わたしたちの所に来る男はこの地にいません。 32さあ、父に酒を飲ませ、ともに寝て、わたしたちの父によって子孫を残しましょう」。 33ふたりはその晩、父に酒を飲ませ、姉は父の所にはいってともに寝た。しかしかれは娘が寝たのも起きたのも知らなかった[12]34翌日、姉は妹に言った、「昨晩わたしは父と寝ました。今晩も父に酒を飲ませましょう。あなたははいって父と寝なさい。そしてわたしたちの父によって子孫を残しましょう。 35そこでふたりは父にその晩も酒を飲ませ、妹は行って父とともに寝た。しかしかれは娘が寝たのも起きたのも知らなかった。 36このようにして、ロトの娘はふたりとも父のたねをやどしたのである。 37姉は男の子を産み、その子をモアブ[13]と名づけた。かれは今のモアブ人の祖である。 38妹も男の子を産み、その子をベン・アンミ[14]と名づけた。かれは今のアンモン人の祖である。


【注】

  1. (1) 古代では町の門の所で売買や裁判が行われた。用のない者たちもここにたむろしておしゃべりをした。
  2. (2) 「たねなしパン」はすぐにでき上がるからである。
  3. (3) 「知る」は4:1 19:8の場合と同じような意味。しかしここでは自然にもとる関係、すなわち男色の罪をさす(ロマ1:27参照)。
  4. (4) アブラハムがエジプトで自分の命を救うためにサラの操を犠牲にしょうとしたように(12:10-15および注6)、ロトも神聖なもてなしの義務を守るために娘たちの操を犠牲にしょうとした。ロトは悪いとは知りながらも、客を渡すよりはましだと考えた。しかし神がサラを救ったように(12:17)、ここでは天使が助けている(10-11節)。
  5. (5) この語は本節と列下6:18だけに出る。全然見えなくなるのではなく、視力の乱れを意味する。
  6. (6)ギリシャ語訳では「娘をめとった婿たち」。これによれば、ロトにはふたりの娘のほかに嫁に行った娘がいて、彼女らは夫とともにその町に残って死んだことになる。ラテン語訳では未来形になっているので、彼女らはまだロトとともに暮していることになる。
  7. (7) 18:9-10の場合と同様、ヘブライ文には主語がない。前の動詞は複数形であるが、ここの動詞は単数形(ギリシャ語訳、ラテン語訳、シリヤ語訳では複数形のまま)。また18節でロトが話した相手は「彼ら」という複数形になっているが、すぐそのあとでまた単数形になり、会話の終りまでそのままである。18-22節は天使を通じてのヤーウェとロトの会話のように見える(16:7および注5参照)。ユダヤ伝説では天使は一度に一つの使命だけを帯びることになっている。これによって次のようにも考えられる。すなわち一番最初の言伝えの中では、18:2の「三人」のうちのひとりはヤーウェとしてアブラハムに語り、もうひとりはロトを救うために19:17で語り、あとのひとりはソドムとゴモラを滅ぼす使命を帯びて21-22節でヤーウェとしてロトに語ったようになっていたのかもしれない。しかし現存のヘブライ文に書き留められた形から見れば、「三人」は「ヤーウェと二位の天使」ということになる(18注1参照)。
  8. (8) 「ゾアル」は「少量」すなわち「取るに足らないもの」という義の「ミゼアル」に由来する。この語は20節で二度くり返されている。前には「ベラー」と呼ばれていた(14:2)。ローマ時代にこの町は地震によって滅亡し死海の水中に没したが、後に少し高い所に再建された。巻末第五図参照。
  9. (9) 11:8-9の場合と同様、神が第二原因を通じてなされたことが、直接神によってなされたように描かれている。25 29節の「くつがえす」は地震を暗示している。この地震で硫黄ガスが吐き出され、燃えている町の火がこれに引火したのかもしれない。28節の「煙」はチャンの燃えている状態をほのめかしている。シッディムの谷には多くのチャンの穴があった(14:10)。今でも死海南岸の浅い水面にチャンが時々浮かぶ。地震によってアドマとゼボイムの町々を含む谷全体に、死海の水が流れこんだのかもしれない(14:2-3および注2参照)。谷の南端ゾアル(13:10参照)は免れたが、後の地震で水中に没した(前注参照)。罪に対する神の恐るべき罰の戒めとして、ソドムとゴモラの滅亡のことが旧新雨約聖書によくでてくる(アモス4:11、ゼファニヤ2:9、ルカ17:29、ユダ7参照)。
  10. (10)ロトの妻は天使の命令(17節)にそむき、ためらってうしろをふり返ったので、死んでしまう。「塩の柱」は、人間のような形をした塩の柱をロトの妻の死に結びつけた伝説によるものであろう。この記事の最初の読者たちはこのように解している。知恵の書の著者は10:7でこの「塩の柱」に言及している。このできごとに関係のある全地域には今日でも、ロトの物語にちなんだアラビア名がたくさんある。すなわち死海を「ロトの海」、死海南西岸に沿った塩の山を「ソドムの山」、そこにある塩の柱を「ロトの娘」、死海の東側にある柱を「ロトの妻」、その近くにあるものを「ロトの犬」とアラビア人は呼んでいる。ロトの妻はこの世のことにふり返る者の見本である。ルカ17:32でキリストもこのことを述べている。
  11. (11) 「モアブ」「アンモン」という名称に対する軽蔑的な説明が織りこまれている(注13 14参照)。この二種族はシナイ山から約束の地にはいるイスラエル人を非常に苦しめるが、神はモイゼに、彼らはロトの子孫であるから争うなと命じる(申2:9 19 23:3-4)。ロトの娘たちの行為は当時の低い道徳、特に彼女らが住んでいたソドムの道徳、およびいかなる手段を講じても家系を存続させようという強い意欲(レビレート結婚のおきて、申25:5-10参照)を考慮すれば理解はできるが、ゆるされるべきものではない。タマルと義父ユダの場合にも同じ目的で同じことが行われる(38、マテオ1:3)。ユダとタマルの子はキリストの先祖。またモアブ人の子孫ルトもキリストの先祖(ルト1:4、マテオ1:5)。後のモイゼの律法は近親相姦をきびしく禁じる。このことからイスラエル人にはむかう親族、すなわちモアブ人とアンモン人とに対する侮りが本記事に含まれていることがわかる。
  12. (12) ノエの酔態の場合(9:20-24)と同様、ロトも無罪(知10:6、ペトロ二書2:7参照)。
  13. (13) 「モアブ」はここでは「メアブ」、すなわち「父によって」の義を帯びたものと解されている。この説明は姉がくり返して言った「わたしたちの父によって」(メアビヌ)という語句の中に用意されている。
  14. (14) 「わたしの親の子」の義。聖書の中で「アンモン人」のことを「ベネ・アンモン」と呼んでいるが、これは「ベン・アンミ」に由来するものと解されている。ギリシャ語訳、ラテン語訳では「ベン・アンミ」の説明として「わたしの家族または民の子」と書き入れているが、この説明は「わたしの親の子」に劣る。

第20章[編集]

アブラハムのゲラル滞在[編集]

[1]

 1さてアブラハムはそこからネゲブの地に移り、カデシュとシュルの間に住んだ。アブラハムはゲラル[2]に滞在中、 2妻サラのことを、「これはわたしの妹です」と言ったので、ゲラルの王アビメレクは、人をつかわしてサラを召し入れた。 3しかし神が、夜、夢の中でアビメレクに臨み、「おまえは召し入れた女のゆえに死ぬであろう。あの女は夫ある身である」と言われた。 4アビメレクは彼女に近づいていなかったので[3]、「主よ、正しい民を殺されるのですか。 5かれはわたしに『これはわたしの妹です』と言ったではありませんか。また、あの女も自分で『あの人はわたしの兄です』と言ったではありませんか。わたしは純な心と清い手でこの事をしたのです」と言った。 6神は夢の中でかれに言われた、「わたしも、おまえがまじめな心でこの事をしたのを知っている。おまえを守って、わたしにそむいて罪を犯すことのないようにしたのは、このわたしである。それでわたしは、おまえがあの女に触れることを許さなかったのである。 7あの男の妻を返せ。かれは預言者であるから、おまえの命が助かるように、おまえのために祈るであろう。しかしおまえがあの女を返さなければ、おまえもおまえに属するすべてのものも必ず死ぬことを知れ」。 8アビメレクは朝早く起きてしもべをみな呼び集め、この事をすべて語り聞かせた。しもべたちは非常に恐れた。

 9アビメレクはアブラハムを呼びよせて言った、「あなたはわたしたちになんという事をしたのですか。あなたはわたしとわたしの王国とに大きな罪を負わせますが、わたしがいったい、あなたに何をしたというのでしょうか。あなたはわたしに、してはいけない事をしたのです」。 10アビメレクはまたアブラハムに言った、「どういうつもりで、この事をしたのですか」。 11アブラハムは答えた、「この地方には神に対する恐れ[4]が全くないので、わたしの妻ゆえに人々がわたしを殺すだろうと思ったからです。 12それにあの女はほんとうにわたしの妹なのです。わたしの父の娘ですが、母の娘ではありません。そしてわたしの妻になったのです[5]13神がわたしを父の家から離してさまよわせた時、わたしは彼女に『わたしたちがどこへ行っても、わたしを兄と言いなさい。わたしのために、このように心を使いなさい』と言いました」。

 14アビメレクは羊、牛、しもべ、はしためをアブラハムに与え、またかれにその妻サラを返した。  15そしてアビメレクは言った、「ごらんなさい。わたしの領土はあなたの前にあります。好きな所で住みなさい」。 16またサラにも言った、「わたしはあなたの兄に銀千枚を与えます。これは、あなたの身に起ったすべてのことを償うものです。あなたはすべての人の前で、あかしが立っています[6]」。 17そこでアブラハムは神に祈った。神はアビメレクとその妻、およびつかえめをいやされたので、かれらは子を産むようになった。 18ヤーウェがアブラハムの妻サラのゆえに、アビメレクの家のすべての者をうまずめにされたからである[7]


【注】

  1. (1) 本章ではじめてエロヒム伝承がまとまった一つの記事となっている(15注1参照)。主題はヤーウェ伝承(おそらく二つ)による12:10-20 26:6-11の場合と同じ(12注6参照。26注4で三記事の関係をまとめて説明する)。12章と比べると次の点が異なる。(一)神の役割はさらに大きく直接的になっている。(二)サラは償金を受ける。(三)アブラハムは予言者もしくは神の友で仲介力を持つ者と認められ(7:17節参照)、追放されずに滞在を勧められる。18:12でサラは自分のことを「老いこんでいる」と言っているので、この記事は年代順からいえば、18章に先んずるものである。
  2. (2) ゲラルは多分ベエル・シエバ(21:22-24参照)の西または北西の方向。アブラハムが最初行った地(カデシュとシュルの聞)の北方。巻末第五図参照。
  3. (3) 6:17節から、神がアビメレクの妻やはしためらをうまずめにされたように、アビメレクの身体上に欠陥を与えて、この事を防がれたことがわかる。
  4. (4) 古代では外来者の権利を保護する律法は全然なかったので、その土地の宗教に基づいた道徳がこれに代る唯一の保証であった。
  5. (5) 異父(異母)きょうだいとの結婚は後のレビ20:17のおきてによってきびしく禁じられるが、古代では珍しいことではなかった。サムエル下13:13参照。エジプトのファラオ王室でも慣例となっていた。
  6. (6) 16節後半をマソラ点にしたがって読めば、「これはあなたのために、あなたといっしょにいるすべての人の目をおおうものです。あなたはすべての人の前であかしが立っています」となる。「すべての人の前で」は、「すべての点において」とも訳されるが、この箇所ははっきりしない。「目をおおうもの」は法律用語「償金」の義。他人からの軽蔑を忘れさせるほど人の目をくらませる贈り物のようなもの。サムエル上12:3、ヨブ9:24参照。「あなたといっしょにいる」という語の母音を変えて読めば、本訳のように「あなたの身に起った」となる。アビメレクは償金をサラの夫アブラハムに与えるが、アブラハムのことをサラの「兄」と呼んでやさしく皮肉っている。
  7. (7) ヤーウェの名が用いられているので、本節はおそらく前節の説明としてあとで書き入れられたものであろう。アビメレクの病気については何も触れず、女たちが受けたわざわいだけを説明している。

第21章[編集]

イサクの誕生と割礼[編集]

[1]

 1ヤーウェは、さきに言われたとおり、サラに恵みを与えられた[2]。ヤーウェは、さきに語られたとおり、サラになされた。 2サラはみごもり、神が告げられた時になって、年老いたアブラハムに男の子を産んだ。 3アブラハムは、サラが自分に産んだ子をイサクと名づけた。 4アブラハムは、神の命じたとおり、八日目にその子イサクに割礼を施した。 5アブラハムはその子イサクが生れた時、百歳であった。 6サラは言った、「神はわたしを笑わぜてくださいました。この出来事を聞く人はだれでも、わたしのために笑う[3]でしょう」 7また彼女は言った、「だれがアブラハムに『サラは子どもに乳を飲ませるでしょう』と言いえたでしょうか。なぜなら、わたしはアブラハムが年とってから、かれに男の子を産んだのです」。

 8その幼子おさなごは育ち、乳離ちばなれした。アブラハムは、イサクの乳離れの日に、大きな祝宴を催した[4]

ハガルとイスマエルの追放[編集]

[5]

 9サラは自分の子イサクと、エジプト人ハガルがアブラハムに産んだ子とが遊んでいる[6]のを見て、 10アブラハムに、「このはしためとその子を追い出してください。このはしための子は、イサクといっしょにあとつぎになるべきではありません」と言った。 11このことはアブラハムをひどく悩ました。かれのむすこのことだからである。 12そこで神はアブラハムに言われた、「その子とおまえのはしためのことで悩むな。サラがおまえに言うことをみな聞き入れよ[7]。イサクから生れるものが、おまえの子孫と呼ばれるからである。 13しかしわたしは、はしための子をも一つの民族とする。かれもおまえの子だからである」。

 14アブラハムは朝早く起き、水のはいった皮袋とパンを取ってハガルに与え、彼女の肩にその子を負わせて[8]去らせた。彼女は立ち去り、ベエル・シェバの荒野をさまよい歩いた。 15皮袋の水がなくなった時、彼女はその子を灌木かんぼくの下におろし、 16「子どもの死ぬのを見るに忍びない」と言って、矢のとどくほどのかなり離れた所にすわった。彼女が離れてすわった時、その子は声をあげて泣いた。 17神は子の泣き声を聞かれた。神の使いは天からハガルに呼びかけて言った、「ハガルよ、どうしたのか。恐れるな。神は子のいる所に、子の泣き声を聞かれた[9]18立って行き、その子を取り上げおまえの手でしっかりつかまえよ。わたしはかれを大きな民族にするからである」。

 19神はハガルの目を開かれたので、彼女は井戸を認め、そこに行って皮袋に水を満たし、子に飲ませた。 20神は子とともにおられ、かれは成長した。そして荒野に住んで弓を射る者となった。 21かれはパラン[10]の荒野に住んだ。母はエジプトの地からかれの妻を迎えた。

アブラハムとアビメレクの契約[編集]

[11]

 22そのころのことである。アビメレクとかれの軍隊の長フィコルとはアブラハムに言った、「あなたが何をしても、神はあなたとともにおられます。 23今ここで、あなたは、わたしとわたしの子と子孫とを欺かないということを、神かけてわたしに誓ってください。わたしがあなたにしたように、あなたもわたしと、あなたがとどまっているこの地とに好意をもつべきです」。 24アブラハムは、「わたしは誓います」と言った。

 25アブラハムはアビメレクのしもべたちが井戸を奪い取ったことについて、アビメレクを責めた。 26アビメレクは、「わたしは、だれがこのことをしたのか知りません。あなたもわたしに告げたことはなく、わたしもきょうまで聞いたことがありません」と答えた。

 27アブラハムは羊と牛を取ってアビメレクに与え、かれらふたりは契約を結んだ。 28アブラハムは羊の中から七匹の雌の小羊を別にしておいた。 29そこでアビメレクはアブラハムに、「あなたが七匹の雌の小羊を別にしておいたのは、どういうわけですか」と聞いた。 30アブラハムは、「この七匹の雌の小羊は、わたしがこの井戸を掘ったことの証拠となるように、あなたがわたしの手から受け取るべきものです」と答えた。 31したがってその所はべエル・シェバと呼ばれるようになった。すなわち、ふたりがそこで誓いを立てたからである。 32かれらはべエル・シェバで契約を結び、アビメレクとかれの軍隊の長フィコルとは立ち上がって、ペレシェト人[12]の地に帰った。 33アブラハムはべエル・シェバに一本のぎょりゅうを植え、そこで永遠の神[13]ヤーウェのみ名を呼んだ。 34アブラハムはべレシェト人の地に長い間とどまった。


【注】

  1. (1) 1-7節は、ヤーウェ伝承(1a 2a 6b-7)、司祭伝承(1b 2b-5)、エロヒム伝承(6a)から成るものと思われる(各伝承ともさきに約束された重要なイサク誕生に触れている、17:15-22 18:9-15)。したがって1a節と1b節の用語はそれぞれ異なるが、同じことをくり返したものである。また「イサク」にかかる語句6a節と6b節において重なっている。
  2. (2) 直訳では「ヤーウェはサラをかえりみられた(または訪れた)」。本句は18:10bのことば(おそらく同じヤーウェ伝承)にかかっているが、18:10bの「もどってくる」という意味を含んでいるように見えない。この語は、神の場合には恵みを与えるため(例、50:24 25)、もしくは罰するため(例、出20:5、サムエル上15:2)の神の訪れを意味する。
  3. (3) この動詞は「イサク」という名と同音同形で、これに結びつけられたもの(17注8参照)。本節のサラの笑いは、18:12-15の場合と異なり喜びである(詩126〔125〕2参照)。聞く人の笑いは、サラとともに祝い喜ぶこと、もしくは17:17のアブラハムの笑いのようにおかしくて笑うことのどちらかであろう。注1で述べたように、6a節と6b節以下は出所を異にしているらしい。もし6b節を7節のうしろに置けば、四句にまとまったヘブライの詩形になる。多分著者が「笑い」の二つの記事をいっしょにするためにその順序をを変えたのであろう。
  4. (4) 乳離れと祝宴は、子が二、三歳の時に行なう(マカバイ下7:27参照)。今日でもアラビアにはこの習慣がある。
  5. (5) 本記事(9-21節)はエロヒム伝承による。おそらくヤーウェ伝承による16章のハガル逃亡の記事と同一の歴史的事実に基づいたものであろう。両記事の差異はちょうど両伝承によるサラの危険に関ナる二つの記事(12:10-20と20)の場合と同じようなものである。ここでは16章よりも神の役割がさらに直接的になっている。またアブラハムの神に対する絶対服従が特に強調されている。両記事の要点はイサクを絶対的地位に置き、イスマエルを除いていることである。聖パウロはこのことを取り上げ、新約と旧約の関係にあてはめている(ガラチア4:21-31)。ロマ9:7-9も参照。両記事ともイスマエルの義「神は聞かれた」(16:11-21:17)について説明し、またイスマエルはアブラハムの子だから大きな民族になるという約束も含む。著者は一つの出来事から出た二つの言伝えをつなぎ合わすために、16章でハガル逃亡後、彼女をもどらせている(16:9および注7参照)。(12:11-13と20:13を比べよ、20:13の「どこへ行っても」も両記事をつなぐもの)。
  6. (6) 直訳では「笑う」。またここで「イサク」に結びつけている(注3参照)。「自分の子イサク」という語句はヘブライ語原文にはない。ギリシャ語訳、ラテン語訳写本にはある。司祭伝承による16:16と21:5(注4も参照)から判断すれば、イスマエルはここでは十七、八歳ぐらいであろう(この伝承はハガル追放については何も語らず、イスマエルはアブラハムの死の時もまだ家にいたと伝えている、25:9)。したがって「遊ぶ」はむしろ「なぶる」の意であろう。聖パウロはこの語を「迫害する」の意味にとっている(ガラチア4:29)。しかし14 16 18節においてはイスマエルもまだイサク同様小さな子ということになっている。サラはふたりがともにたわむれているのを見て、イスマエルが養子(16:2参照)としてイサクと同じように相続財産を受けるであろうと考え、これを極力防いだのであろう。
  7. (7) サラの要求はアブラハムにとって快いものではなく、またイスマエルのような立場にある子の権利を保護する当時の慣習にも反するので、神はアブラハムに、サラの要求は自分の計画によるものだと告げられる。また神はアブラハムにイスマエルのことも配慮すると保証される。
  8. (8) ヘブライ語原文では、ハガルが肩に負わされたのは「その子」ではなく、「パンと水」ということになっているが、普通はこのようなものを肩には負わない。16節でも同様に、泣いたのは「その子」ではなく「ハガル」になっている。これはイスマエルが十七、八歳であるという考え(注6参照)に合わせるために、あとで書き変えたものであろう。5章で説明したように、司祭伝承中の数字はむしろ象徴的なものである。
  9. (9) 「イスマエル」は「神は聞かれた」の義(16:11参照)。本節に二回出る。イスマエルの泣き声にこたえて、神が「子のいる所に」井戸が見いだされるようにした、という意味かもしれない。
  10. (10)パランはシナイ半島にあって、ネゲブの南。聖パウロ時代にはアラビアに属していた(ガラチア4:24-25、創14:6および注4、民10:12参照)。
  11. (11) 著者はひとりの太祖とアビメレクの間に結ばれた契約について、少くとも三つの言伝えを知っていたようである。すなわちアラブハムに関するものが二つ、イサクに関するものが一つ(26:26-33)。これは太祖の妻の操が危険にさらされたという言伝えが三つあることに似ている(20注1参照)。しかし著者はここでアブラハムに間する二つの言伝えを織り合わせて一つの記事にしている。エロヒム伝承による22-24 27 31節では、「ベエル・シェバ」は「誓い(シヤバ〕の井戸」の義であると説明されている。ヤーウェ伝承の一つによる25-26 28-30 32-33節の中には、「ベエル・シェバ」は「七つ(シェバ)(七匹の小羊)の井戸」の義であるという説明が準備されているように見える。アラム語ではこの意味に言い伝えている。また第三の言伝えの中のヘブライ語(26:33)もこの意味をほのめかしている。34節はアラム語訳にはない。別の資料からとってあとでつけ加えたものであろう。三つの言伝えはみな同様に、神の太祖に対する特別な配慮と保護を物語り(異教徒でさえこの事を認めている)、また人間同志の契約の重大性をほのめかしている。このことから神と太祖の契約はさらに重大かつ神聖であることがわかる。
  12. (12) ペレシェト人はここではアブラハム、後にはイサク(26:1)と親しい間がらのように見える。彼らは、サウルおよびダビド時代のイスラエルにとっては、不倶戴天の敵となる好戦的な種族の初期の先祖のことかもしれない。「ペレシェト」から変化した「パレスチナ」という名称は、この民族消滅後久しい今日でも残っている。
  13. (13) 原語では「エル・オラム」。イザヤ40:28、エレミヤ10:10参照。この地方で使用されていた神の名称かもしれない(アブラハムはこの名称を唯一の神ヤーウェに適用し、記念として聖樹を植える)。「エル・シャッダイ」(17:1および注2)と「エル・エリョン」(14:18および注9)参照。

第22章[編集]

いけにえにされるイサク[編集]

[1]

 1これらの出来事のあとで、神はアブラハムを試みてかれに、「アブラハムよ」と言われた。アブラハムは、「はい」と答えた。 2神は、「おまえのむすこ、おまえの愛するひとり子イサクを連れてモリヤ[2]の地に行き、山々の中のわたしがおまえに示す山で、その子を燔祭はんさいとしてささげよ」と言われた。

 3アブラハムは朝早く起きてろばに馬具をつけ、燔祭に用いるまきを割り、ふたりの若者と自分の子イサクを連れ、神がかれに示された所に向かって出かけた。 4三日目にアブラハムが目を上げると、その所がはるかに見えた。 5かれは若者たちに、「ろばといっしょにここにいなさい。わたしは子どもとあそこへ行き、礼拝してから、おまえたちの所にもどってくる」と言った。 6アブラハムは燔祭はんさいのまきを取ってむすこのイサクに負わせ、自分の手には火と刃物を取った。ふたりはともに進んで行った。 7イサクは父アブラハムに、「父よ」と言った。アブラハムは、「なにか、子よ」と答えた。イサクは、「火とまきはありますが、燔祭の小羊はどこにいるのですか」と尋ねた。 8アブラハムは、「子よ、神みずから燔祭の小羊をお計らいになるであろう」と答えた。ふたりはともに進んで行った。

 9かれらは神の示された所に着いた。アブラハムはそこに祭壇を築き、その上にまきをととのえ、その子イサクを縛って、祭壇のまきの上に載せた。 10アブラハムは手を伸ばして刃物を取り、自分の子をいけにえとして殺そうとした。 11その時ヤーウェの使いが天から、「アブラハムよ、アブラハムよ」と呼びかけた。アブラハムは、「はい」と答えた。 12み使いは、「その子に手を下すな。何もするな。今こそわたしは、おまえが神を恐れ、おまえが神を恐れ、おまえのむすこ、おまえのひとり子さえもわたしのために惜しまないということを認める」と言った。 13アブラハムが目を上げて見ると、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってそれを捕え、むすこの代りに燔祭としてささげた。 14アブラハムはその所を「ヤーウェ・イルエ」と名づけた。それで今日でもなお、「ヤーウェの山で計らわれる」と言われている[3]

 15ヤーウェの使いがふたたび天からアブラハムに呼びかけて、 16言った、「ヤーウェはのたもう『わたしはみずからにかけて誓う[4]。おまえはこのようにして、おまえのむすこ、おまえのひとり子を惜しまなかったがゆえに、 17わたしはおまえを大いに祝し、おまえの子孫を空の星、浜のまさこのようにおびただしく増そう。おまえの子孫は敵の門[5]を打ち取るであろう。 18おまえの子孫によって、地のすべての民はかれら自身を祝福する[6]。おまえがわたしに従ったからである』」。 19アブラハムは若者らの所にもどった。かれらは立ち上がって、ともにベエル・シェバにおもむいた。そしてアブラハムはベエル・シェバに住んだ。

アブラハムの親族[編集]

[7]

 20これらの事のあとで、アブラハムに次のような知らせがあった、「ミルカもまた、あなたの弟ナホルに男の子らを産んだ。 21最初の子はウツ、その弟はブズである。次はカムエルで、かれはアラムの父である」。 22次はケセド、ハゾ、ピルダシュ、イドラフ、ベトエルである」。 23ベトエルはレベッカを生んだ。ミルカはこれら八人をアブラハムの弟ナホルに産んだのである。 24レウマというナホルのそばめ[8]もまた、テバー、ガハム、タハシュ、マアカを産んだ。


【注】

  1. (1) この記事はアブラハムの信仰生活の頂点、彼の受けた最大の試練、およびその信仰と従順を物語る。大部分(1:14 19節)はあきらかにエロヒム伝承による。アブラハム時代およびその後でも、人身ごくう、特に自分の子をいけにえにすることは珍しいことではなかった(列下16:3 21:6、エレミヤ7:31参照)。したがってこのようないけにえが要求されたことよりも、最後の瞬間に止められたことのほうが、アブラハムにとっては意外だったと思われる。神の摂理によってイサクの代りになった雄羊は、ういごをあがなういけにえとしての最初の例である。後に出34:19-20で述べられるういごのあがないのおきては、幼子イエズス奉献の時にも守られている(ルカ2:22-24)。後の聖書は本記事からアブラハムの信仰と誠実を引き出している(知10:5、シラ44:20、ヘブライ11:17-19、ヤコボ2:21)。聖パウロおよび特に教父たちはイサクはキリストの前表であると説いている。イサクが燔祭のまきを運んだように、キリストは十字架をになう。またキリストは、羊がイサクの代りに犠牲となったように、われわれのために過越の小羊、すなわちいけにえとなる。
  2. (2) 現存ヘブライ語原文におけるこの語の形も、14節でアブラハムがいけにえの場所につけた名を説明した句(次注参照)も、本来のエロヒム伝承においては、それぞれ別のものであったようである。各訳本で多様に訳されているのでその印象を受ける。「モリヤ」は本来の伝承中では、「アモル(人の地)」となっていたのだろうと推測されている。アモル人はカナアン人と同様、。パレスチナの古代住民(10:16参照)。この語は本節と歴下3:1に出てくるが、後者では「地」ではなく、エルサレムにある「モリヤ」の「山」を意味している。この山にサロモンは神殿を建て、ここでういごのためのいけにえをささげられる。
  3. (3) 本訳は現存ヘブライ語原文の文脈から取られる一番いい意味と思われる。「ヤーウェ・イルエ」すなわち「ヤーウェはお計らいになる」は、8節の「神はお計らいになる」という考えをくり返したものである。続く語句(「それで…」)は、現存ヘブライ語原文では、「ヤーウェ・イルエ」と名づけたことの結果になっているが、本来のエロヒム伝承中では、その理由になっていて、「なぜなら、彼(アブラハム)が、『きょう、神は山でお計らいになる』と言ったからである」となっていたのかもしれない。本来のエロヒム伝承中の語句がヤーウェ伝承の編者によって、「ヤーウェの山で計らわれる」という通俗なことわざを説明した現在の形に変えられ、エルサレムの神殿に結びつけられたものであろう(メルキゼデクに関する記事、14:18-20 22および注9はじめの部分参照、)。このようなエルサレムとの関連は「モリヤ」(2節)という語にもうかがえる(前注参照)。「ヤーウェの山」はエルサレムの神殿のある所(詩24〔23〕3、イザヤ2:3)。「お計らい」は神殿でささげられる祈りといけにえにこたえてヤーウェがなされる。「モリヤ」の[ヤ」は「ヤーウェ」をさしたものかもしれない。本来の語を「モリヤ」に変えたのも、15-18節をつけ加えたのも、また15節に合わせるため11節で「神(エロヒム)の使い」の代りに「ヤーウェの使い」を用いたのも(シリヤ語訳では両節とも「神の使い」)、このヤーウェ伝承の編者であろう。14節後半の引用語句は、ラテン語訳では、「山で主(ヤーウェ)はご覧になる(またはお計らいになる)であろう」。ギリシャ語訳では、「山で主(ヤーウェ)は現われるであろう」。後者は2節の「モリヤ」のラテン語訳「現われの地」に符合する。またこのギリシャ語訳は、エルサレムの南の山にあるアブラハムに関連した聖所のそもそもの名称であったかもしれない。
  4. (4) 神の上に立つものはないので、神はご自身にかけて誓われる。エレミヤ44:26、アモス4:3 6:8の類句参照。
  5. (5) 門は町の中で一番重要な所で防御の要点(19注1参照)。門を打ち取ることは町の占領を意味する。
  6. (6) 12注3参照。
  7. (7) 一つのヤーウェ伝承によるナホルの系図。24章でイサクとレベッカの結婚を物語る用意として23節にレベッカの名をあげている。ナホルとミルカのことはすでに11:26 29にしるされている。これらは個人名としてあげられているが、大部分は10章の場合と同様、むしろ種族名であるヘブライ民族との関係を略述したものである。
  8. (8) 第二の妻のことで、本妻の下、はしための上。アブラハムの本妻はサラ、そばめはケトラ(25:1)、はしためはハガル。

第23章[編集]

太祖の墓[編集]

[1]

 1サラの生涯は百二十七年であった。これがサラの生きながらえた年である。 2彼女はカナアンの地のキレヤト・アルバ[2]、すなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは中[3]にはいって泣き叫び、サラの死をいたんだ。 3アブラハムは死者のそばから立ち上がって、ヘト人たち[4]の所に行き、次のように言った、 4「わたしはよそから来て、あなたたちの所にとどまっている者です。わたしの死者を運び出して、葬ることができるように、あなたたちの所で埋葬地を譲ってください[5]」。 5ヘト人たちはアブラハムに答えて、 6「あるじよ、それよりも、わたしたちの言うことを聞いてください。あなたはわたしたちの中では偉大な太公[6]です。わたしたちの墓のいちばんいい所に、あなたの死者を葬ってください。わたしたちの中には、あなたが死者を葬ることを断る者はひとりもいません」と言った。

 7アブラハムは立ち上がって、その地の民であるヘト人たちの前に身をかがめた。 8そしてかれらに言った、「わたしの死者を運び出して葬ることにご承知くださるのであれば、わたしの言うことを聞いてください。ゾハルの子エフロンに、 9かれが持っている畑地の端にあるマクペラ[7]のほら穴を、わたしに与えるように言ってください。あなたたちの前で、かれがじゅうぶんなあたいでわたしに埋葬地を譲るようにしていただきたいのです」。 10エフロンはヘト人たちの中にすわっていた。ヘト人エフロンは、ヘト人たち、すなわちかれの町の門に来るすべての者[8]の聞いている所で、アブラハムに言った、 11「いや、あるじよ、わたしの言うことを聞いてください。わたしはあの畑地をあなたにさしあげます。またその中にあるほら穴もさしあげます。わたしの国の人々の面前で、わたしはこれをあなたにさしあげます。あなたの死者を葬ってください」。

 12アブラハムはその地の民の前に身をかがめた。 13そしてその地の民の聞いている所で、エフロンに、「もしあなたが……。それよりも、わたしの言うことを聞いてください。わたしは畑地の値を払います。これをわたしから受け取ってください。そしてわたしは死者をそこに葬りましょう」と言った。 14エフロンはアブラハムに答えて、 15「あるじよ、それよりも、わたしの言うことを聞いてください。銀四百シェケル[9]の士地が、あなたとわたしとの間でどうしたというのでしょう。さあ、あなたの死者を葬ってください」と言った。 16アブラハムはエフロンのことばを入れ、エフロンがヘト人たちの聞いている所で言った値、すなわち銀四百シェケルを、商人の間で通用していた重さにしたがって量り、エフロンに与えた。

 17このようにして、マムレに面しマクペラにあったエフロンの畑地、すなわち畑地、その中のほら穴、畑地の中の木は境界線にある木までもすべて、 18ヘト人たち、すなわちかれの町の門に来るすべての者の面前で、アブラハムの所有となった[10]19この後、アブラハムは、カナアンの地のマムレ(すなわちヘブロン[11])に面しマクペラの畑地にあるほら穴に、妻サラを葬った。 20このようにして、畑地とその中にあるほら穴とは、埋葬地としてヘト人からアブラハムに譲られた。


【注】

  1. (1) 本記事はあきらかに司祭伝承に基づくものだが、その司祭伝承の基礎となっているさらに古い伝承を反映している。内容は非常に法律調で、アブラハムがほら穴および畑地を買い取って、所有権を握ったということが、強調されている。ここにはサラだけでなく、後にアブラハム、イサク、レベッカ、ヤコブ、レアも葬られる(25:9-10 49:29-33 50:13)。本書中の他の箇所でもこの法律上の取得が主張されているので、この所有権についてあとで紛争がおこったのかもしれない。この土地は選民が約束の地で実際に取得した最初のものである。アブラハムの子孫が最後には全域を領有するという約束が果されはじめたわけである(13:15 17および注6参照)。同様にヤコブもシェケムで畑地を取得し、後にヨゼフの骨が埋葬される(33:10、ヨシュア24:32)。この二つの土地は使7:15-16で混同されている。
  2. (2) 「アルバ」はアナク人の祖先の名、およびアナク人中の巨人の名とされている(ヨシュア15:13 14:15)。「キレヤト」は「四」の義。この町は四氏族の中心地だったからであろう(民13:22参照)。現代のヘブロン市には四つの区画がある。
  3. (3) 死者の横たわっている所。ここでアブラハムは地に伏してわめき泣いた(サムエル下12:16-17 20 13:18、マルコ5:38-39参照)。
  4. (4) 直訳では「ヘトの子ら」。現代までの考古学的研究によれば、ヘト人はこれより後にパレスチナに来た民族であるが、司祭伝承中ではカナアンの初期住民の一般名称となっていたらしい(ヨシュア1:4参照)。
  5. (5) アブラハムはよその者で所有権がなかった。彼はヘト人の墓にサラを葬りたくなかったので、墓を買い取って自分のものにしようとした。ヘト人たちは彼に墓を売りたくなかったようである。そこで彼の要求を受け流し貸すことを申し出る(6節)。アブラハムは初志貫徹のため自分が選んだほら穴を要求し、これにじゅうぶんな額を支払うと申し出る(7-9節)。そのほら穴の所有者エフロンはアブラハムの要求に対し、ほら穴だけでなくそのまわりの畑地も「さしあげる」と言う(10-11節)。アブラハムはエフロンが抱合せで売りたがっていると解し、最初はためらうが、それを承知する(12-13節)。そこでエフロンはたいした価格ではないというような口ぶりで遠回しに言う。この価格は相当の高値であるが(14-15節)、アブラハムはすぐ承諾して支払う(16節)。
  6. (6)直訳では「神の太公」。ヘブライ語で表現を最上級にするときには「神の」を加える。30:8の「はげしい争い」参照。10:9の「ヤーウェの前に強いかりうど」も参照。
  7. (7)多分「二重」の義。ギリシャ語訳、ラテン語訳ではこのように訳されている。このほら穴は二重になっているとのことである。おそらくアブラハム自身もここに埋葬されるつもりでいたのだろう。
  8. (8)本節と18節では「門の所で行われる公の集会に議席を有するすべての者」の義(19注1および34:24の類句参照)。アブラハムとエフロンとの土地売買は門の所で公に行われた。
  9. (9)「シェケル」は本来は重量の単位名(24:22参照)。アブラハム時代に通用していたバビロニア式シェケルは軽衡で約八グラム、重衡で約十六グラム。この中にもそれぞれ常衡と王衡とがあった。王衡は軽衡でも重衡においても、わずかに常衡より多い。後のヘブライ式銀シェケルはこれらと異なる。これらの重さに基づいて後に貨弊が鋳造される。
  10. (10)17 18節の文句は法律調を帯びたものらしい。
  11. (11) 17 25:9 49:30 50:13参照。このほら穴はマムレよりもヘブロンの旧跡に面している。マムレはヘブロンの約二・五キロ北。現在ではこのほら穴の上に回教寺院が建っている。さきに三人のふしぎな訪問者がそのかたわらでアブラハムに現われたというマムレの大木(18:1-15)、いわゆる「聖樹」に、後になって人々が巡礼に来て迷信的儀式を行うようになり、著者の時代にもこのようなことがあって、これに反発する意味で、著者がマムレは「聖樹」のある所というよりは、「太祖の墓」に面した所である、と強調したのかもしれない。13:18および注8参照。巻末第六図参照。

第24章[編集]

イサクの嫁[編集]

[1]

 1さてアブラハムは年を重ねた老人であった。ヤーウェはすべての事にアブラハムを祝福された。 2アブラハムは財産を管理させていた自分の家のいちばん年かさのしもべに言った、「おまえの手をわたしのももの下に入れなさい[2]3わたしはおまえに、天の神、地の神であるヤーウェにかけて、誓わせます。それは、わたしが今いっしょに住んでいるカナアン人の娘たちから、わたしの子の妻を選ばずに、 4おまえはわたしの国に出かけ、わたしの子イサクの妻を選ぶために、わたしの親族の所に行くことです」。 5しもべは答えた、「もしその女がわたしについてこの地に来るのを望まない[3]時には、わたしはあなたの子をあなたの出身地に連れ帰るのですか」。 6アブラハムはかれに答えた、「わたしの子をあそこへ連れ帰らないようにせよ。 7わたしの父の家と親族の地からわたしを導き出し、『わたしはおまえの子孫にこの地を与える』と語り、わたしに誓われた天の神、ヤーウェが、み使いをおまえの先に立たせるでしょう。そしておまえは、あそこからわたしの子の妻を見つけるでしょう。 8もしその女がおまえについてくるのを望まなければ、おまえはわたしに対する誓いから解かれます。ただ、おまえはわたしの子をあそこへ連れ帰ってはならない」。 9そこでしもべはその手を主人アブラハムのももの下に入れ、この事についてかれに誓った。

 10しもべは主人のらくだの中から十頭を取り、また主人の貴重な品々を携えて出発し、アラム・ナハライム[4]のナホルの町に行った。 11かれは夕方、水くみ女が出てくるころ、町の外の井戸のほとりにらくだを伏させた。 12かれは言った、「わたしのあるじアブラハムの神、ヤーウェよ、きょう、わたしのためによく取り計らい、わたしのあるじアブラハムにいつくしみを示してください。 13わたしは泉のそばに立っています。町の娘たちは水くみに出てきます。 14わたしが若い娘に『水がめを傾けてわたしに飲ませてください』と言った時に、その娘が『お飲みください。わたしはあなたのらくだにも水を飲ませましょう』と答えたならば、その者こそ、あなたがしもベイサクのために定めたものでありますように。これによって、わたしはあなたがわたしのあるじにいつくしみを示されたのだと悟りましょう」。

 15かれがまだ言い終らないうちに、レベッカが水がめを肩に載せて出てきた。彼女はアブラハムの弟ナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘である。 16その若い娘は美しい処女で、彼女を知った男はいなかった。彼女は泉に降りて行き、水がめを満たして上がってきた。 17その時しもべは走って行き、レベッカに会って、「どうかあなたの水がめの水を一口飲ませてください」と言った。

 18彼女は、「あるじよ、お飲みください」と答え、手早く水がめを自分の腕におろして、かれに飲ませた。 19彼女はかれに飲ませてから、「わたしはあなたのらくだにも、飲みおわるまで、水をくんであげましょう」と言い、 20手早く水がめの水を水ぶねにあけ、また水をくみに井戸に走って行き、すべてのらくだのために水をくんだ。 21その人は、ヤーウェが自分に族の目的を果させてくださったかどうかを知ろうとして、黙って彼女を見つめていた[5]

 22さて、らくだが水を飲みおわった時、その人は重さ半シェケルの金の輪一つをとってレベッカの鼻につけ、重さ十シェケルの金の腕輪二つをその手首にはめた[6]23そして彼女に、「あなたはどなたの娘ですか。どうかおっしゃってください。あなたの父の家に、わたしたちが泊まる所があるでしょうか」と尋ねた。 24彼女は、「わたしはミルカがナホルに産んだ子ベトエルの娘です」と答えた。 25またかれに言った、「わたしたちの所には、わらもまぐさもたくさんあります。また、お泊めする所もあります[7]26その人はひざまずきヤーウェに身をかがめて、 27「わたしのあるじアブラハムの神、ヤーウェは賛美されますように。ヤーウェはわたしのあるじに対するいつくしみと誠を忘れず、またわたしをあるじの兄弟の家への道に導いてくださいました」と言った。

 28さてその娘は走って行き、母の家の者[8]に事の次第を告げた。 29レベッカにはラバンという兄がいた。ラバンは泉の所にいるその人のもとに駆けて行った。 30すなわちラバンは妹の鼻と手首にある輪とを見て、また「あの人はわたしにこのように言いました」という妹レベッカのことばを聞いて、その人の所に行ったのである。その人は泉の所でらくだのそばに立っていた。 31ラバンは言った、「ヤーウェ[9]。に祝せられた方、おいでください。なぜ外に立っていらっしゃるのですか。わたしは家をかたづけて、らくだのために場所を用意しました」。 32そこでその人は家にはいった。ラバンはらくだのひもを解き、わらとまぐさをらくだに与え、その人々と供の人々の足を洗う水を運んだ。 33そして食べものがその人の前に出されたが、その人は、「わたしはわたしの用向きを述べるまでは、いただきません」と言った。ラバンは、「ではお話しください」と言った。

結婚の申し込み[編集]

 34そこでかれは言った、「わたしはアブラハムのしもべです。 35ヤーウェがわたしのあるじを大いに祝福されたので、かれは豊かになっています。ヤーウェはかれに、羊、牛、銀、金、しもべ、はしため、らくだ、ろばをくださったのです。 36あるじの妻サラは、年老いたあるじにひとりの子を産みました。その子に、かれは全財産を譲りました。 37あるじはわたしに誓わせて言いました、『おまえはわたしが住んでいる地のカナアン人の娘の中から、わたしの子の妻を選んではいけない。 38おまえは必ずわたしの父の家、わたしの親族のところに行って、わたしの子の妻を選ばなければならない』。 39わたしは、『その女はわたしについてこないかもしれません』とあるじに言うと、かれは答えました、 40『わたしはヤーウェのみまえに歩んできたので、ヤーウェはみ使いをおまえといっしょにつかわして、おまえに旅の目的を果させてくださるでしょう。おまえはわたしの親族、わたしの父の家から、わたしの子の妻を選ぶのです。 41おまえがわたしの親族のところに行けば、おまえはわたしののろいから免かれます。もしかれらがおまえにその女を渡さなくても、おまえはわたしののろいから免かれます』。

 42それでわたしはきょう泉のところに来て、言いました、『わたしのあるじアブラハムの神、ヤーウェよ、もしあなたがわたしに族の目的を果させてくださるのであれば、次のとおりになりますように。 43わたしは泉のそばに立っています。わたしが水くみに出てきたおとめに、《水がめの水を少し飲ませてください》と言った時に、 44そのおとめが《お飲みください。あなたのらくだにも水をくんであげましょう》と答えたならば、そのおとめこそ、ヤーウェがわたしのあるじの子のために定めた妻でありますように』。

 45わたしがまだ心の中で言いおわらないうちに、レベッカが水がめを肩にして出てきて、泉に降りて行き、水をくみました。そこでわたしが、『どうか水を飲ませてください』と言いますと、 46彼女は手早く水がめを降ろして、『お飲みください。わたしはあなたのらくだにも水を飲ませてあげましょう』と言いました。わたしは飲みました。レベッカはらくだにも飲ませました。 47それでわたしは、『あなたはどなたの娘ですか』と尋ねますと、彼女は、『わたしはミルカがナホルに産んだ子ベトエルの娘です』と答えたのです。そこでわたしはレベッカの鼻に輪をつけ、手首に腕輪をはめました。 48そしてわたしはひざまずいてヤーウェに身をかがめ、わたしのあるじアブラハムの神、ヤーウェをたたえました。あるじのきょうだいの娘をあるじのむすこに迎えるために、わたしを正しい道に導いてくださったからです。 49さあ、もしあなたがたがわたしのあるじに好意と誠を示すおつもりならば、そうだとおっしゃってください。もしそうでなければ、わたしが右にするか左にするかを決めることができるように、そうでないとおっしゃってください」。

家族の了承[編集]

 50ラバンとベトエル[10]は答えて言った、「これはヤーウェから出たことですから、わたしたちはあなたに、よしあしを言うことはできません。 51ごらんください。レベッカはあなたの前にいます。連れて行って、ヤーウェが言われたとおり、あなたのあるじの子の妻にしてください」。 52アブラハムのしもべはかれらのことばを聞き、地に身をかがめてヤーウェを拝した。 53しもべは銀や金の飾りと衣服を取り出してレベッカに与え、その兄と母にも高価な品を贈った。

 54しもべとその供の者たちは飲み食いして、そこに泊まった。あくる朝、かれらが起きた時、かれは、「わたしのあるじの所に帰らせてください」と言った。 55するとレベッカの兄と母は、「娘はしばらくの間、少くとも十日、わたしたちの所にいて、それから行かせましょう」と答えた。 56しかし、しもべはかれらに、「ヤーウェはわたしに旅の目的を果させてくださったのですから、わたしを引き留めないで、あるじの所に帰ることができるようにさせてください[11]」と言った。 57そこでかれらは、「娘を呼んで直接聞いてみましょう」と言って、 58レベッカを呼び、「おまえはこのかたといっしょに行きますか」と尋ねた。するとレベッカは、「行きます」と答えた[12]59そこでかれらは妹[13]レベッカとそのうば[14]をアブラハムのしもべとその供の者たちといっしょに行かせた。 60かれらはレベッカを祝福して言った、

「われらの妹よ、おまえは千万ちよろずの母となれ[15]
おまえの子孫は敵の門を打ち取るように」。

61レベッカとつかえめたちは、らくだに乗ってその人について行った。しもべはレベッカを引き取って出発した。

 62イサクはべエル・ラハイ・ロイの荒野に行っていた。かれはネゲブ地方に住んでいたのである[16]63暮れかかるころ、イサクは野でそぞろ歩き[17]をしようとして出かけた。目を上げると、らくだが近づいてくるのが見えた。 64レベッカも目を上げて、イサクを見た。そしてらくだから降りて、 65しもべに尋ねた、「野原を歩いて、わたしたちのほうに来るあの人はだれですか」。しもべは、「あれはわたしのあるじです」と答えた。そこでレベッカはヴェールを取ってかぶった[18]

 66しもべは自分のしてきたことをすべて、イサクに語った。 67イサクはレベッカを天幕に連れてはいり、レベッカをめとって妻とした。イサクはレベッカを愛して、母の死後、慰めを得た[19]


【注】

  1. (1) 摂理によってイサクの嫁をさがしあてるという牧歌的色彩に富んだこの記事は、ヤーウェ伝承による。しかし重複箇所があるので(例、ラバンは二度井戸に行く、29b 30b節。注7参照)、本伝承は少し異なった他の言伝え(エロヒム伝承?)と組み合わされたもののようである。レベッカの直系尊族についても二つの異なる伝承がある。一つはヤーウェ伝承で、ラバンとレベッカはアブラハムの弟ナホルの子となっている(29:5)(27 48節参照)。他は司祭伝承で、ふたりはアラム人ベトエルの子となっている(25:20 28:2 5)。著者は22:22にしるしているように、ベトエルをナホルの子ということにして両者を調和させている(15 24 47節)。1-9節はアブラハム臨終の情景のようである。したがってアブラハムはしもべ(15:2のダマスコ出身のエリエゼルのことであろう)に、単に命令を与える代りに、誓約を要求している。ヤーウェ伝承による「アブラハムの死」は本来は61節のあとにあったのかもしれないが、おそらく著者が司祭伝承による「アブラハムの死」の記事を次章7-10節で述べるために、これを省いたのであろう。したがって年代順からいえば、25:1-6は24章に先立つものである。
  2. (2) このようなしぐさは本節と47:29(ヤコブの臨終)だけ。46:26の「生れる」は直訳では「ももから出る」。本節でも同様に「もも」は生命を生み出す身体の一部分を象徴しているので、最も神聖視されている。このようなしぐさによる誓約は、神聖にして犯すべからざるものであるという意味であろう。
  3. (3) アッシリア古代法典によれば、女は結婚後も自分の父の家にとどまることができた。58節のレベッカに対する質問も参照。
  4. (4) 「川のアラム」。上メソポタミアのことで、ここにナホルの町ハランがあった(10節)。11:31 29:4-5参照。ギリシャ語訳とラテン語訳では単に「メソポタミア」と訳している。25:20ではこの地域は「パッダン・アラム」となっており、ベトエルとラパンは「アラム人」と呼ばれている。
  5. (5) しもべは自分の定めた条件どおり事が運んだので、今度は自分のあるじが定めた条件(4節)に合うかどうか、すなわち彼女がアブラハムの親族の娘かどうかを確かめようとする。
  6. (6) これらは親切なレベッカヘの贈り物であるが、感謝のしるしとしてはあまりにも高価すぎるので、多分結婚申込の用意という意味を含んだものであろう。「シェケル」については23注9参照。金シェケルは銀シェケルより多少重い。
  7. (7) 23-25節にそれぞれ関連のない二つの質問とそれに対する二つの返事がしるされている。ここにも二つの言伝えが用いられたという形跡があらわれているようである(注1前部参照)。
  8. (8) レベッカの父は死んでいたのであろう。レベッカの母の家の長は兄ラバンのようである(29 50節参照)。
  9. (9) 異教徒ラバン(31:30)が「ヤーウェ」の名を用いたのは、妹からあの人はヤーウェに祈っていた。(27節)、と聞いたからであろう。ラバンは親切からではなく、強欲から、金持ちの他国人をとめたように見える。この性癖は後にヤコブを遇する時、はっきりあらわれる(29-31章)
  10. (10) 「ベトエル」はレベッカの父として、またミルカの子として、15 24 47節に書き入れられたものであろう(注1参照。「レベッカ」は伝承中では「ミルカがナホルに産んだ娘」〔34:1ディナの場合参照〕となつていたようである)。ここには「ベトエル」としるされているが、これはおそらく「ミルカ」または「彼女の母」に取って代ったものであろう。このあと「兄と母」(53 55節)は出てくるが、ベトエルのことは何も述べられていない。もし父がいたのであれば、本節で「ラバン」の前に置かれ、53節では妻子と同じように贈り物を受け、娘の出発の時に祝福を与えたはずである。父がその場にいなかった事実、および「母の家」という文句(28節)から、父は死んでいるという結論になる。
  11. (11) しもべは主人がまだ生きているだろうと期待して、急いでこの吉報を持ち帰ろうとする。注1参照。家族がレベッカの出発を延ばそうとしたのは、こまやかな愛情のあらわれである。
  12. (12) 51節ですでに婚約はととのい、57節ではただ出発の時期が問題となっている。58節の質問はこの意味で本人に出発の時期を尋ねたものかもしれないが、むしろ、レベッカがとどまってイサクに来てもらうという意味の質問(5節および注3参照)、あるいはまた、父が死亡しているので兄が妹の結婚を決める前に本人の承諾を求めたものかもしれない。古代メソポタミアの婚約にこのような例が見られる。
  13. (13) これは家長である兄ラバンとのつづきがらをさす(34:8でも同様に、ディナは「あなたたちの娘」と呼ばれている)。レベッカには数人の兄がいたと考える必要はない。ラテン語訳とあるギリシャ語訳写本では、53 55節の「兄」を複数にしているが、これはこの呼び名の由来を理解しなかったためであろう。
  14. (14) 「デボラ」? 35:8および注6参照。
  15. (15) 直訳では「一万の数千倍となれ」(17:16参照)」。「一万」の原語と「レベッカ」とは発音が似ている。おそらくしゃれを含めたものだろう。彼女の多産と子孫の繁栄を祈る別れのあいさつである。
  16. (16) しもべがもどってきた時、イサクがベエル・ラハイ・ロイ(16:13-14参照)にいたということは、アブラハムはすでに死んでいるという印象を固めるものである(注1参照)。というのは、25:11にイサクはアブラハムの死後ベエル・ラハイ・ロイの近くに住んだとしるされているからである。
  17. (17) ここにだけ出る語で意味不明。本訳とシリア語訳は似ている。ギリシャ語訳は「話し合う」。ラテン語訳では「もの思いにふける」。「(夕涼みに外で)寝そべる」という意味もほのめかされている。
  18. (18) 女が身分の高い男に会う場合、礼儀として下馬することになっていた(ヨシュア15:18、サムエル上25:23参照)。男が自分の未来の夫である場合には、結婚式後までその男の前ではヴェールで顔をおおうことになっていた(29:23-25参照)。しもべがイサクのことを「あるじの子」と言わずに「あるじ」と呼んでいることは、アブラハムの死を暗示している。
  19. (19) ヘブライ文には「天幕」の次に「母サラ」が書きこまれているが、これは文法に合わない。本節後部に「母の死後」という語句が出てくるので、その必要な進備として本節前部にさしこんだのかもしれない。このことから、「母の死後」は伝承中では「父の死後」となっていたのかもしれない、という推測がある程度なりたつ。神に仕える者の生涯における摂理を物語るこの感動的な話はここで終る。トビト書はもっと詳細にわたって摂理のことを扱っている。

第25章[編集]

ケトラによるアブラハムの了承[編集]

[1]

 1アブラハムはまた妻[2]をめとった。その名をケトラという。 2彼女は、ジムラン、ヨクシャン、メダン、ミドヤン、イシュバク、シュアーを、アブラハムに産んだ。 3ヨクシャンは、シェバとデダンを生んだ。デダンの子孫は、アッシュル人、レトシュ人、レウッム人であった[3]4ミドヤンの子孫は、エファ、エフェル、ハノク、アビダー、エルダアであった。これらはみな、ケトラの子孫である。

 5アブラハムは、イサクに全財産を与えた。 6アブラハムはそばめたちの子らには物を与え、かれの生存中、かれらを東のほう、東国に移らせて、その子イサクから遠ざけた。

アブラハムの死[編集]

[4]

 7アブラハムの生涯は百七十五年であった。 8アブラハムは老いて天寿を全うし、高齢になって息絶え、死んでかれの身内のなき数に入れられた[5]9その子イサクとイスマエルとは、かれをヘト人ゾハルの子エフロンの畑地にあるマクペラのほら穴に葬った。ここはマムレに面した所で、さきにアブラハムがヘト人から手に入れた畑地である。 10そこにアブラハムと妻サラは葬られた。 11神は、アブラハムの死後、その子イサクを祝福された。イサクはベエル・ラハイ・ロイの近くに住んだ。

イスマエルの子孫[編集]

 12サラのはしためであったエジプト人ハガルが、アブラハムに産んだ子イスマエルの系図は、次のとおりである。 13イスマエルの子の名は生れた順にしたがえば、ネバヨト[6]、すなわちイスマエルの長子、次はケダル、アドベエル、ミベサム、 14ミシュマー、ドマ、マッサ、 15ハダド、テマ、エトル、ナフィシュ、ケドマである。 16これはイスマエルの子で、村と宿営地にしたがって分けられた名であり、種族にしたがって分けられた十二の族長[7]である。

 17イスマエルの生涯は百三十七年であった。かれは息絶えて死に、かれの身内のなき数に入れられた。 18イスマエルの子孫は、ハビラから、エジプトの東にあってアッシュル[8]への道にあるシュルにかけて、住んだ。イスマエルはすべての兄弟と仲たがいして住んだ[9]


【注】

  1. (1) 1-18節でアブラハム物語は終る。ここには各種の伝承が用いられているが、今まで使用されてきた他の伝承と必ずしも完全に一致するものではない。著者はアブラハムについて知っていることはなんでも書き残そうとしたようである。シェバとデダンは10:7ではハム系のクシュの子孫であるが、ここではセム系アブラハムの子孫となっている。さらにシェバは10:28ではヨクタンの子、ここではヨクシャンの子。シェバはサロモンを訪れた「シェバの女王」の名のおこり(列上10:1-13、マテオ12:42、ルカ11:31参照)。概して2-4節と13-15節の名は、イスラエル人とその東と南に住むアラビア人との関係を示すものである(6節参照)。大体においてケトラの子孫はアラビアの南部と西部を、ハガルの子イスマエルの子孫は北部を占めている。ケトラの六人(ギリシャ語訳では七人)のむすこのうちミドヤンはよく知られている。この名は後のヨゼフの伝記(37:28 36)にも、またモイゼの義父の国の名としてもでてくる(出2:15以下)。36:35、士6-8章も参照。
  2. (2) 本句は23章のサラの死を前提としたもののようであるが、6節の「そばめ」という語(歴上1:32でははっきりケトラをさす)はサラの存命を暗示している。
  3. (3) デダンの三組の子孫は歴上1:32-33語では省かれている。ギリシャ語訳では五組。アッシュル人はおそらくエジプトの近くに住むアラビア人の一種族であろう。
  4. (4) 7-10節は23:20でとだえた司祭伝承の続きであろう。アブラハムの死と前章の出来事との関係については24-注1後半、照、16、17後半、18参照。司祭伝承ではイスマエルはアブラハムの死の時、家にいたことになる(9節)。これは21:9-20および本章6節と少し矛盾しているように見える。
  5. (5)本来は家族の墓に埋葬されることをさすが、よみのくににいる先祖の所に行くことを意味するようになった。17 15:15 35:29 47:30参照。
  6. (6) 「ネバヨト」は28:9 36:3、イザヤ60:7にもでる。後のネバテア人はおそらく彼の子孫であろう。ネバテア人の首都は南トランス・ヨルダンのペトラ。その王アレタ四世はヘロデ・アンチパスの義父にあたり、聖パウロがダマスコから逃げた当時、そこを支配していた(コリント後11:32-33)。これより以前のアラビア王アレタのことは、マカバイ下5:8にしるされている。
  7. (7) 17:20の予言の成就。
  8. (8) 2注9後部参照。3節のアッシュル人の国と解する者もある。注3参照。シュルについては16注6参照。
  9. (9) 直訳では「落ちた」。士7:12に「いなごの大群が降りてきたように」という意味の表現がある。ここではその意味に用いられている。16:12の予言の成就。アブラハム物語はイスマエルの系図で終る。次に神の選民イスラエル人の歴史がヤコブの誕生で始まる。