使徒行傳(明治元訳) 第十七章

Wikisource:宗教 > 聖書 > 明治元訳新約聖書 (明治37年) > 使徒行傳(明治元訳)

第十七章

1 斯（かく）て彼等（かれら）はアムピポリス及（および）アポロニヤを過（すぎ）てテサロニケに至（いた）る此（ここ）にユダヤ人（びと）の會堂（くわいだう）あり
2 パウロ常（つね）の如（ごと）く彼等（かれら）の中（なか）にいり三回（みたび）安息日（あんそくにち）ごとに聖書（せいしよ）に本（もとづ）きて彼等（かれら）と論（ろん）じ
3 キリストの必（かなら）ず苦難（くるしみ）をうけ死（し）より甦（よみがへ）るべき事（こと）を説（とき）また我（わが）汝（なんぢ）らに傳（つたふ）る所（ところ）の此（この）イエスは即（すなは）ちキリストなる事（こと）を説明（ときあか）せり
4 是（ここ）に於（おい）て其（その）中（うち）の人々（ひとびと）信（しん）じてパウロとシラスに從（つけ）り又（また）神（かみ）を敬（うやま）ふギリシヤ人（びと）の之（これ）に從（つけ）るも多（おほ）く貴（たふとき）女（をんな）も少（すくな）からざりき
5 然（しか）るにユダヤ人（びと）これを妬（ねた）み市井（いちば）にをる匪類（わるものども）をかたらひ群（むれ）を成（なし）て邑（まち）を擾（さわが）せパウロとシラスを執（とら）へ民（たみ）の前（まへ）に曳（ひき）出（いだ）さんとてヤソンの家（いへ）に來（きたり）しが
6 彼等（かれら）を見出（みいだ）さざりければヤソン及（およ）び數人（すにん）の兄弟（きやうだい）を邑宰（まちづかさ）の前（まへ）に曳（ひき）來（きたり）て大聲（おほごゑ）に曰（いひ）けるは天下（てんか）を亂（みだ）す斯（この）者（もの）ども此（ここ）にまで來（きた）れり
7 ヤソンは之（これ）を迎（むかへ）納（いれ）たり此（この）人々（ひとびと）は皆（みな）イエスといふ他（ほか）の王（わう）ありと言（いひ）てカイザルの命（めい）に背（そむ）く者（もの）なり
8 大衆（ひとびと）と邑（まち）の宰（つかさ）等（たち）これを聞（きき）て心（こころ）を傷（いたま）しむ
9 上官（つかさ）はヤソン及（および）その餘（ほか）の人々（ひとびと）より保状（はうじやう）を取（とり）て之（これ）を釋（ゆる）せり
10 兄弟（きやうだい）たち夜間（よのま）に急（いそ）ぎパウロとシラスをベレアに去（さら）しむ彼等（かれら）かしこに至（いたり）てユダヤ人（びと）の會堂（くわいだう）に往（ゆけ）り
11 此（この）處（ところ）の人々（ひとびと）はテサロニケの者（もの）よりは性情（ひととなり）よきが故（ゆゑ）に好（このみ）て道（みち）をきき此（かく）の如（ごとき）こと果（はた）して有（ある）か無（なき）かを知（しら）んとて日々（ひび）に聖書（せいしよ）を究（さぐ）れり
12 是（この）故（ゆゑ）に其（その）中（うち）の人（ひと）おほく之（これ）を信（しん）ず又（また）ギリシヤの貴（たふとき）女（をんな）及（およ）び男子（をとこ）の信（しん）じたる者（もの）も少（すくな）からざりき
13 テサロニケのユダヤ人（びと）は神（かみ）の言（ことば）のパウロに因（より）てベレアにも傳（つたは）りしを知（しり）又（また）(※1)彼處（かしこ）に至（いたり）て人々（ひとびと）を擾（さわが）しめたり
14 是（ここ）に於（おい）て兄弟（きやうだい）たち直（ただち）にパウロを海（うみ）に適（ゆか）しむ然（され）どもシラスとテモテは尚（なほ）この處（ところ）に留（とどま）りぬ
15 パウロを伴（ともな）ひし者（もの）かれを携（たづさへ）てアテンスに至（いた）る其（その）人々（ひとびと）パウロよりシラスとテモテを速（すみやか）に來（きたら）しめよとの命（めい）を受（うけ）て出立（いでたて）り

16 パウロ、アテンスに在（あり）て彼等（かれら）を待（まて）る時（とき）その邑（まち）こぞりて偶像（ぐうざう）に事（つかふ）るを見（み）て甚（いた）く心（こころ）を傷（いた）めたり
17 是（この）故（ゆゑ）に會堂（くわいだう）に於（おい）てユダヤ人（びと）および神（かみ）を敬（うやま）ふ人々（ひとびと）と論（ろん）じ又（また）日々（ひび）市（いち）に於（おい）て其（その）遇（あふ）ところの者（もの）と論（ろん）ず
18 時（とき）にエピクリアン及（および）ストイクの理學者（りがくしや）數人（すにん）これと相（あひ）語（かたれ）り或（ある）人（ひと）いひけるは此（この）嘐啁（さへづる）者（もの）なにを言（いは）んとする乎（か）また或（ある）人（ひと）いふ彼（かれ）は異（こと）なる鬼神（きしん）を傳（つたふ）る者（もの）の如（ごと）しと蓋（そは）パウロ彼等（かれら）にイエス及（およ）び復生（よみがへり）の事（こと）を宣（のべ）しが故（ゆゑ）なり
19 斯（かく）て彼（かれ）を引（ひき）つれアレオ山（やま）に往（ゆき）て曰（いひ）けるは爾（なんぢ）が語（かた）る所（ところ）の此（この）新（あたら）しき教（をしへ）を我儕（われら）知（しら）せらるることを得（う）るや
20 爾（なんぢ）の異聞（ことなること）を我儕（われら）の耳（みみ）に入（いれ）しが故（ゆゑ）に我儕（われら）その何事（なにごと）なるを知（しら）んとすれば也（なり）
21 凡（すべ）て此（この）アテンス人（びと）および其（その）地（ち）に留（とどま）れる人（ひと）は惟（ただ）新（あたら）しき事（こと）をつげ或（あるひ）は聽（きく）事（こと）にのみ其（その）日（ひ）を送（おく）れり
22 パウロ、アレオ山（やま）の中（なか）に立（たち）て曰（いひ）けるはアテンスの人（ひと）よ我（われ）なんぢらが毎事（ことごと）に鬼神（きしん）を敬（うやま）ふの甚（はなはだ）しきを觀（みる）
23 われ途（みち）を行（ゆく）とき爾曹（なんぢら）が敬拜（うやまふ）ところの者（もの）を見（み）しに識（しら）ざる神（かみ）にと刻書（ほりつけ）し一（ひとつ）の祭壇（さいだん）を見出（みいだ）せり故（ゆゑ）に爾曹（なんぢら）が識（しら）ずして敬（うやま）ふ此（この）者（もの）を我（われ）なんぢらに示（しめ）さん
24 それ宇宙（うちう）と其（その）中（なか）の萬物（あらゆるもの）を造（つく）り給（たまへ）る神（かみ）は是（これ）天地（てんち）の主（しゆ）なれば手（て）にて造（つく）れる殿（みや）に住（すみ）たまはず
25 かつ衆人（すべてのもの）に生命（いのち）と氣息（いき）と萬物（よろづのもの）を予（あたへ）たまへば物（もの）に乏（ともし）きことなし人（ひと）の手（て）にて事（つかへ）らるるものに非（あら）ず
26 また此（この）神（かみ）は凡（すべて）の民（たみ）を一（ひとつ）の血（ち）よりつくり(※2)悉（ことごと）く地（ち）の全面（ぜんめん）に住（すま）せ預（あらか）じめ其（その）時（とき）と住（すむ）ところの界（さかひ）とを定（さだ）め給（たま）へり
27 此（こ）は人（ひと）をして神（かみ）を求（もとめ）しめ彼等（かれら）が或（あるひ）は揣摩（さぐり）うる事（こと）あらん爲（ため）なり然（され）ども神（かみ）は我儕（われら）各人（おのおの）を離（はな）るること遠（とほ）からざる也（なり）
28 それ我儕（われら）は彼（かれ）に頼（より）て生（いき）また動（うごき）また存（ある）ことを得（うる）なり爾曹（なんぢら）の詩人（しじん）たちも我儕（われら）は其（その）裔（すゑ）なりと云（いひ）しが如（ごと）し
29 如此（かく）われらは神（かみ）の裔（すゑ）なれば其（その）神（かみ）を金銀（きんぎん）または石（いし）など人（ひと）の工（わざ）と巧（かんがへ）を以（も）て造（つく）れる者（もの）と均（ひとし）く意（おも）ふ可（べか）らず
30 往者（さき）に蒙昧（くらかり）し時（とき）は神（かみ）これを不問（みすぐし）に爲（し）給（たまひ）しが今（いま）は何處（いづこ）の人（ひと）にも皆（みな）悔（くい）改（あらた）むることを命（めい）じ給（たま）ふなり
31 蓋（そは）神（かみ）すでに其（その）立（たて）し所（ところ）の人（ひと）により義（ぎ）をもて世（よ）を鞫（さばく）べき日（ひ）を定（さだ）め此（この）事（こと）に就（つい）ては彼（かれ）を死（し）より甦（よみがへ）らせて其（その）證（あかし）を衆（もろもろ）の人（ひと）に予（あたへ）たまへば也（なり）
32 かれら死（しに）たる者（もの）の復生（よみがへり）の言（こと）を聞（きき）て或（ある）人（ひと）は戯笑（あざけり）ある人（ひと）は我儕（われら）この言（こと）を再（ふたた）び爾（なんぢ）に聽（きか）んと曰（いふ）
33 是（ここ）に於（おい）てパウロ彼等（かれら）の中（なか）より出（いで）去（さ）る
34 然（され）ど數人（すにん）彼（かれ）に從（つき）て信（しん）ぜり其（その）中（うち）にはアレオ山（やま）の裁判人（さいばんにん）デオヌシオ及（および）ダマリスと名（なづ）くる女（をんな）また其（その）他（ほか）の人（ひと）も之（これ）と偕（とも）に在（あり）き

※1 明治14(1881)年版では「又（また）」→「また」。
※2 明治14(1881)年版では「此（この）神（かみ）は凡（すべて）の民（たみ）を一（ひとつ）の血（ち）よりつくり」→「一（ひとつ）の血脈（ちすぢ）より出（いで）し凡（すべて）の民（たみ）を」。