松の位に柳の姿。桜の花に梅が香を、籠めてこぼるる愛嬌は、月の雫か萩の露の情に憧れて、われも迷うや蝶々の、恋しなん身のいく百夜、通う心は深草の、少将よりも浅からぬ、浅香の沼の其処までも、引く手あまたの花あやめ。たとへ昔の唐人の、山を抜くてふ力もて、引くとも引ぬ振袖は、粋な世界の今小町。高き位の花なれば、思ふにかひも嵐山。されど岩木にあらぬ身の、意気な男の手管には、否にもあらぬ稲舟の沈みもやせん恋の渕。逢はぬ辛さに足曳の、山鳥の尾の長き日を、怨み喞ちて人知れず、今宵逢う瀬の新枕。積もる思ひの片糸も、解けてうれしき春の夢。
- 底本: 今井通郎『生田山田両流 箏唄全解』上、武蔵野書院、1975年。
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