万葉集 (鹿持雅澄訓訂)/巻第十九
の の に、春の苑の の花を て める歌
4139 春の苑紅にほふ桃の花下 る道に出で立つ
4140 吾が園の李の花か庭に降るはだれのいまだ残りたるかも
び る を見てよめる歌
4141 春 けて物 しきにさ夜更けて羽 き鳴く鴫 が田にか む
、 を攀ぢて を ふ歌一首
4142 春の日に張れる柳を取り持ちて見れば都の し思ほゆ
の花を る歌一首
4143 もののふの 乙女らが汲み ふ寺井の上の堅香子の花
帰る雁を見る歌二首
4144 燕来る時になりぬと雁がねは 偲ひつつ雲隠り鳴く
4145 春 けてかく帰るとも秋風に む山を越え来ざらめや 一ニ云ク、春されば帰るこの雁
千鳥の鳴くを聞く歌二首
4146 ちに寝覚めて居れば川瀬 め心もしぬに鳴く千鳥かも
4147 夜降ちて鳴く川千鳥うべしこそ昔の人も偲ひ来にけれ
に鳴く を聞く歌二首
4148 杉の野にさ る雉いちしろく にしも泣かむ り妻かも
4149 あしひきの の雉鳴きとよむ の霞見れば悲しも
を る の唄を 聞く歌一首
4150 朝床に聞けば遥けし 朝榜ぎしつつ唄ふ船人
、 大伴宿禰家持が にて宴する歌
4151 今日のためと思ひて しあしひきの の桜かく咲きにけり
4152 奥山の八峰の椿つばらかに今日は暮らさね の
4153 も船を浮かべて遊ぶちふ今日そ我が背子花 せな
、 を詠める歌一首、また
4154 あしひきの 山坂越えて 往きかはる 年の緒長く
しなざかる 越にし住めば
の 敷きます国は都をも ここも
じと 心には 思ふものから語り
け 見放くる人眼 しみと 思ひし繁しそこゆゑに 心なぐやと 秋づけば 萩咲きにほふ
野に 馬だき行きて をちこちに 鳥踏み立て
白塗りの
もゆらに あはせ遣り 振り放け見つついきどほる 心のうちを 思ひ延べ 嬉しびながら
枕付く 妻屋のうちに
結ひ 据えてそ が飼ふの鷹
し歌
4155 矢形尾の真白の鷹を屋戸に据ゑ掻き撫で見つつ飼はくしよしも
ふ歌一首、また短歌
4156 あら玉の 年ゆきかはり 春されば 花咲きにほふ
あしひきの 山下
み 落ち ち 流る の川の瀬に 鮎子さ走り 島つ鳥
伴なへさし なづさひ行けば が 形見がてらと
紅の
に染めて おこせたる 衣の裾も 徹りて濡れぬ反し歌
4157 紅の衣にほはし辟田川絶ゆることなく かへり見む
4158 に鮎し走らば辟田川鵜八つ けて川瀬尋ねむ
の 、 の政に りて の村に行き、道の に目を物花に くる 、また興の中によめる歌
の埼を過ぎて、 の の樹を見る歌一首 樹名つまま
4159 磯の のつままを見れば根を へて年深からし神さびにけり
の常無きを悲しむ歌一首、また短歌
4160 の 遠き初めよ 世の中は 常無きものと
語り継ぎ 流らへ来たれ 天の原 振り放け見れば
照る月も 満ち欠けしけり あしひきの 山の
も春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜負ひて
風
り もみち散りけり うつせみも かくのみならし紅の 色もうつろひ ぬば玉の 黒髪変り
朝の笑み 夕へ変らひ 吹く風の 見えぬがごとく
行く水の 止まらぬごとく 常も無く うつろふ見れば
にはたづみ 流るる涙 とどめかねつも
反し歌
4161 言問はぬ木すら春咲き秋づけばもみち散らくは常を無みこそ 一ニ云ク、常なけむとそ
4162 うつせみの常無き見れば世の中に心つけずて思ふ日そ多き 一ニ云ク、嘆く日そ多き
めよめる の歌一首
4163 妹が袖われ枕かむ川の瀬に霧立ちわたれさ夜更けぬとに
の名を ふを慕ふ歌一首、また短歌
4164 ちちの実の 父のみこと ははそ葉の 母のみこと
おほろかに 心尽して 思ふらむ その子なれやも
や 空しくあるべき 梓弓 末振り起し
投ぐ矢持ち
射わたし 剣大刀 腰に取り佩きあしひきの
踏み越え 差し る 心 らず後の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも
反し歌
4165 大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね
右の二首は、山上憶良臣が作める歌に追ひて
ふ。
また時の花を詠める歌一首、また短歌
4166 時ごとに いやめづらしく に 草木花咲き
鳴く鳥の 声も変らふ 耳に聞き 目に見るごとに
打ち嘆き
えうらぶれ 偲ひつつ 有り来るはしにの し立てば りに 鳴く霍公鳥
古よ 語り継ぎつる 鴬の
し かもあやめ草 花橘を をとめらが 玉
くまでにあかねさす 昼はしめらに あしひきの 八峯飛び越え
ぬば玉の 夜はすがらに
の 月に向ひて往き還り 鳴き
むれど 如何で飽き足らむ反し歌二首
4167 時ごとにいやめづらしく咲く花を折りも折らずも見らくしよしも
4168 毎年に来鳴くものゆゑ霍公鳥聞けば偲はく逢はぬ日を多み 毎年、としのはト謂フ
右、
、未だ時及ばずと雖も、 に けてめよめる。
が に す に贈らむ為に、 へらえてよめる歌一首、また短歌
4169 霍公鳥 来鳴く に 咲きにほふ 花橘の
かぐはしき 親の
朝宵に 聞かぬ日まねく天ざかる 夷にし居れば あしひきの 山のたをりに
立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら 安けなくに
思ふそら 苦しきものを 奈呉の海人の
き取るちふの 見がほし御面 ただ向ひ 見む時までは
の 栄えいまさね 貴き が君 御面、みおもわト謂フ
反し歌一首
4170 白玉の見がほし君を見ず久に にし居れば生けるともなし
、 に れり。此に因りて の 、忽ち の に喧かむ声を ひてよめる歌二首
4171 常人も起きつつ聞くそ霍公鳥この に来鳴く初声
4172 ほととぎす来鳴き響まば草取らむ花橘を屋戸には植ゑずて
の が家に贈れる歌一首
4173 妹を見ず越の国辺に年 れば が の ぐる日も無し
筑紫の の時の春の苑の梅を追ひてよめる歌一首
4174 春のうちの楽しき へば梅の花手折り持ちつつ遊ぶにあるべし
右の一首は、
、 に けてよめる。
霍公鳥を詠める二首
4175 ほととぎす今来鳴きそむ かづらくまでに るる日あらめや ものは三箇ノ辞闕ク
4176 我が門よ鳴き過ぎ渡る霍公鳥いやなつかしく聞けど飽き足らず ものはてにを六箇ノ辞闕ク
四月の三日、 の 大伴宿禰池主に贈れる霍公鳥の歌、感旧の に へずて を述ぶる 、また短歌
4177 我が背子と 手携はりて 明けくれば 出で立ち向ひ
夕されば 振り放け見つつ 思ひ延べ 見なぎし山に
八峯には 霞たなびき 谷辺には 椿花咲き
うら悲し 春の過ぐれば 霍公鳥 いやしき鳴きぬ
独りのみ 聞けば
しも 君と 隔てて恋ふる飛び越えゆきて 明け立たば 松のさ枝に
夕さらば 月に向ひて あやめ草 玉貫くまでに
鳴き響め
し さず 君を悩ませ4178 のみし聞けば寂しも霍公鳥 の山辺にい行き鳴けやも
4179 ほととぎす夜鳴きをしつつ我が背子を な せそゆめ心あれ
霍公鳥を づる心に飽かず、懐を述べてよめる歌一首、また短歌
4180 春過ぎて 夏来向へば あしひきの 山呼び響め
さ夜中に 鳴く霍公鳥 初声を 聞けばなつかし
あやめ草 花橘を ぬきまじへ
くまでに里
め 鳴き渡れども なほし偲はゆ反し歌三首
4181 さ夜更けて暁月に影見えて鳴く霍公鳥聞けばなつかし
4182 霍公鳥聞けども飽かず網捕りに捕りてなつけな れず鳴くがね
4183 霍公鳥飼ひ通せらば今年経て来向かふ夏はまづ鳴きなむを
より せる歌一首
4184 山吹の花取り持ちてつれもなく れにし妹を偲ひつるかも
右、四月の
、 に留れる より せたるなり。
の花を詠める歌一首、また短歌
4185 は 恋を繁みと 春 けて 思ひ繁けば
引き攀ぢて 折りも折らずも 見るごとに 心なぎむと
繁山の 谷辺に生ふる 山吹を 屋戸に引き植ゑて
朝露に にほへる花を 見るごとに 思ひはやまず
恋し繁しも
4186 山吹を屋戸に植ゑては見るごとに思ひはやまず恋こそまされ
、 の に びてよめる歌一首、また短歌
4187 思ふどち の の の 繁き思ひを
見明らめ 心遣らむと 布勢の海に
連なめ真櫂かけ い榜ぎ巡れば
の浦に 霞たなびきに 藤波咲きて 浜清く 白波騒き
しくしくに 恋はまされど 今日のみに 飽き足らめやも
かくしこそ いや年のはに 春花の 繁き盛りに
秋の葉の にほへる時に あり通ひ 見つつ偲はめ
この布勢の海を
反し歌
4188 藤波の花の盛りにかくしこそ浦榜ぎ みつつ年に偲はめ
を越前判官大伴宿禰池主に贈れる歌一首、また短歌
4189 天ざかる 夷としあれは そこここも じ心そ
家
り 年の経ぬれば うつせみは 物 ひ繁しそこゆゑに 心なぐさに 霍公鳥 鳴く初声を
橘の 玉にあへ貫き かづらきて 遊ばくよしも
ますらをを 伴なへ立ちて
なづさひ上り平瀬には
さし渡し 早瀬には 鵜を けつつ月に日に しかし遊ばね
しき我が背子反し歌二首
4190 叔羅川瀬を尋ねつつ我が背子は鵜川立たさね心なぐさに
4191 鵜川立て取らさむ鮎のしが は にかき向け思ひし はば
右、
、使に附けて贈れる。
霍公鳥また藤の花を詠める歌一首、また短歌
4192 桃の花 紅色に にほひたる のうちに
青柳の
し を 笑み曲がり 朝影見つつをとめらが 手に取り持たる
にの の 茂き谷辺を 呼び め 朝飛び渡り
夕月夜 かそけき野辺に
に 鳴く霍公鳥立ち
くと に散らす 藤波の 花なつかしみ引き
ぢて 袖に れつ まば染むとも反し歌
4193 霍公鳥鳴く羽触にも散りにけり盛り過ぐらし藤波の花 一ニ云ク、散りぬべみ袖に扱入れつ藤波の花
同じ九日よめる。
また霍公鳥の くこと晩きを怨む歌三首
4194 霍公鳥鳴き渡りぬと告げれども 聞き継がず花は過ぎつつ
4195 がここだ はく知らに霍公鳥いづへの山を鳴きか越ゆらむ
4196 月立ちし日より きつつ打ち ひ待てど来鳴かぬ霍公鳥かも
に贈れる歌二首
4197 妹に似る草と見しより が し野辺の山吹 か 折りし
4198 つれもなく れにしものと人は言へど逢はぬ日まねみ思ひそ がする
右、
に留れる女郎の為に、 に へらえてよめる。女郎は、即ち大伴家持が
なり。
、布勢の水海に び、 の に船 め、藤の花を て、 を述べてよめる歌
4199 藤波の影なる海の底清み く石をも玉とそ が見る
守大伴宿禰家持。
4200 多古の浦の底さへにほふ藤波を して行かむ見ぬ人のため
。
4201 いささかに思ひて しを多古の浦に咲ける藤見て一夜経ぬべし
久米朝臣廣繩。
4202 藤波を に作り浦 する人とは知らに海人とか見らむ
久米朝臣
。
霍公鳥の喧かぬを恨む歌一首
4203 家に行きて何を語らむあしひきの山霍公鳥一声も鳴け
久米朝臣廣繩。
れる を見る歌二首
4204 我が背子が捧げて持たる あたかも似るか青き
。
4205 の はい敷き折り酒飲むといふそこの
守大伴宿禰家持。
還る時に、浜の にて を る歌一首
4206 をさして が行くこの浜に 飽きてむ馬しまし止め
守大伴宿禰家持。
、判官久米朝臣廣繩に贈れる、霍公鳥の の歌一首、また短歌
4207 ここにして に見ゆる 我が背子が の谷に
明けされば
のさ枝に 夕されば 藤の繁みにに 鳴く霍公鳥 我が屋戸の 植木橘
花に散る 時をまたしみ 来鳴かなく そこは恨みず
然れども 谷片付きて 家居れる 君が聞きつつ
告げなくも憂し
反し歌
4208 がここだ待てど来鳴かぬ霍公鳥独り聞きつつ告げぬ君かも
霍公鳥を詠める歌一首、また短歌
4209 谷近く 家は居れども くて 里はあれども
霍公鳥 いまだ来鳴かず 鳴く声を 聞かまく
りとには 門に出で立ち 夕へには 谷を見渡し
恋ふれども 一声だにも いまだ聞こえず
反し歌
4210 藤波の茂りは過ぎぬあしひきの山霍公鳥などか来鳴かぬ
右、二十三日、
久米朝臣廣繩が ふ。
墓の歌に追ひて ふる 、また短歌
4211 いにしへに ありけるわざの くすはしき 事と言ひ継ぐ
壮子の うつせみの 名を争ふと
玉きはる 命も捨てて 相共に 妻問ひしける
処女らが 聞けば悲しさ 春花の にほえ栄えて
秋の葉の にほひに照れる
の 盛りをすらにの しみ 父母に 申し別れて
家
り 海辺に出で立ち 朝宵に 満ち来る潮の八重波に 靡く玉藻の
の間も 惜しき命を露霜の 過ぎましにけれ 奥つ
を ここと定めて後の世の 聞き継ぐ人も いや遠に 偲ひにせよと
しか刺しけらし 生ひて靡けり
反し歌
4212 処女らが後の と黄楊小櫛生ひ代り生ひて靡きけらしも
右、五月の六日、
に けて大伴宿禰家持がよめる。
4213 をいたみ奈呉の浦廻に寄する波いや千重しきに恋ひ渡るかも
右の一首は、京の
が家に贈る。
一首、また短歌
4214 天地の 初めの時よ うつそみの は
に まつろふものと 定めたる にしあれば
の 命畏み 夷ざかる 国を治むと
あしひきの 山川
り に 言は通へどに逢はぬ 日の重なれば 思ひ恋ひ 息づき居るに
玉ほこの 道来る人の
に に語らくしきよし 君はこの頃 うらさびて 嘆かひいます
の 憂けく辛けく 咲く花も 時にうつろふ
うつせみも 常無くありけり たらちねの 母の命
何しかも 時しはあらむを 真澄鏡 見れども飽かず
玉の緒の 惜しき盛りに 立つ霧の 失せぬるごとく
置く露の
ぬるがごとく 玉藻なす 靡き い伏し行く水の 留めかねきと
や 人し言ひつるか 人の告げつる 梓弓 く の
にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる涙
留めかねつも
反し歌二首
4215 遠音にも君が嘆くと聞きつれば のみし泣かゆ相 ふ は
4216 世間の常無きことは知るらむを心尽くすな にして
右、大伴宿禰家持が、聟南の
の家藤原の
の へる。五月二十七日。
晴るる日、よめる歌一首
4217 卯の花を す長雨の に寄る なす寄らむ子もがも
の を見る歌一首
4218 突くと海人の灯せる漁火の にか出ださむ が下 ひを
右の二首は、五月。
4219 我が屋戸の萩咲きにけり秋風の吹かむを待たばいと遠みかも
右の一首は、
、 を見てよめる。
より せる歌一首、また短歌
4220 の 神の命の み に 貯ひ置きて
くとふ 玉にまさりて 思へりし が子にはあれど
うつせみの 世の
と の 引きのまにまにしなざかる 越道をさして
ふ蔦の 別れにしより沖つ波
む 大船の ゆくらゆくらに面影に もとな見えつつ かく恋ひば 老いづく
が身けだし
へむかも反し歌一首
4221 かくばかり恋しくしあらば真澄鏡見ぬ日時なくあらましものを
右の二首は、大伴氏坂上郎女が、
の に賜ふ。
の三日、宴の歌二首
4222 この時雨いたくな降りそ に見せむがために 採りてむ
右の一首は、掾久米朝臣廣繩がよめる。
4223 よし奈良人見むと我が背子が めけむ 土に落ちめやも
右の一首は、守大伴宿禰家持がよめる。
4224 朝霧の棚引く に鳴く雁を留め得めやも我が屋戸の萩
右の
は、吉野の宮に ましし時、藤原の のるなり。但し年月 ならず。十月の五日、
朝臣東人(あそみ あづまひと)が伝へ誦めり。
4225 あしひきの山の黄葉にしづくあひて散らむ を君が越えまく
右の一首は、同じ月の
、を する時、守大伴宿禰家持がよめる。
雪ふる日、よめる歌一首
4226 この雪の 残る時にいざ行かな山橘の実の照るも見む
右の一首は、
、大伴宿禰家持がよめる。
雪の歌一首、また短歌
4227 大殿の この りの 雪な踏みそね しばしばも
降らざる雪そ 山のみに 降りし雪そ ゆめ寄るな
人や な踏みそね雪は
反し歌一首
4228 ありつつも したまはむそ大殿のこの廻りの雪な踏みそね
右の
は、 が、藤原の北の
の を承けて、 めり。聞き伝ふるは、
なり。また後に伝へ読む は、の 久米朝臣廣繩なり。
天平勝宝
4229 しき年の初めはいや年に雪踏み し常かくにもが
右の一首歌は、
の二日、守の館にて せり。その時
、 なりき。即ち大伴宿禰家持此の歌を作める。
4230 降る雪を腰になづみて参ゐり来し もあるか年の初めに
右の一首は、三日、介内藏忌寸繩麻呂が館に
ひて
せる時、大伴宿禰家持が作める。
その時、積もれる雪重なる の趣を り成し、 に草樹の花を り く。此に きて 久米朝臣廣繩がよめる歌一首
4231 撫子は秋咲くものを君が家の雪の巌に咲けりけるかも
が歌一首
4232 雪の島巌に てる撫子は千世に咲かぬか君が に
ここに、 にして、 鳴く。此に因りて主人内藏伊美吉繩麻呂がよめる歌一首
4233 打ち き は鳴くともかくばかり降り敷く雪に君いまさめやも
守大伴宿禰家持が ふる歌一首
4234 鳴く はいやしき鳴けど降る雪の千重に積めこそ が立ちかてね
藤原の家の の が、 に奉れる歌一首
4235 天雲を に踏みあたし も今日にまさりて けめやも
右の一首、伝へ
めるは掾久米朝臣廣繩。
れる を む歌一首、また短歌 作主未詳
4236 天地の 神は無かれや しき が妻 る
光る神 鳴り
手携ひ 共にあらむと思ひしに 心
ひぬ 言はむすべ 為むすべ知らに肩に取り掛け を 手に取り持ちて
な
けそと 我は めれど きて寝し 妹が は 雲に棚引く反し歌一首
4237 うつつにと思ひてしかも のみに手本巻き と見ればすべなし
右の二首、伝へ誦めるは遊行女婦蒲生なり。
の三日、守の館に ひて宴して、よめる歌一首
4238 君が もし久ならば梅柳 と共にか が かむ
右、
久米朝臣廣繩、正税帳を以ちて、に らむとす。 守大伴宿禰家持、此の
歌を
めり。但 の 、 、咲き初む。
霍公鳥を詠める歌一首
4239 の の の に籠りにし霍公鳥待てど未だ来鳴かず
右、四月の
、大伴宿禰家持がよめる。
にて 、藤原の のよみませる御歌一首。即ち 藤原朝臣 に賜ふ
4240 大船に真楫しじ きこの を へ遣る へ神たち
藤原朝臣清河が歌一首
4241 春日野に く の梅の花栄えてあり待て還り来むまで
藤原の の家にて、 等を する の歌一首 即チ主人卿ヨメリ
4242 天雲の往き還りなむものゆゑに思ひそ がする別れ悲しみ
がよめる歌一首
4243 に く が と行くとも とも船は早けむ
大使藤原朝臣清河が歌一首
4244 あら玉の年の緒長く が へる子らに恋ふべき月近づきぬ
、入唐使に贈れる歌一首、また短歌 作主未詳
4245 そらみつ 大和の国 青丹よし 奈良の都ゆ
押し照る 難波に下り 住吉の 御津に
乗り渡り 日の入る国に はさる 我が の君を
懸けまくの
し畏き 住吉の が大御神の に きいまし に み立たしまして
さし寄らむ 磯の崎々 榜ぎ
てむ に荒き風 波に遇はせず 平けく
て還りませ もとの に反し歌一首
4246 沖つ波 波な立ちそ君が船榜ぎ還り来て津に泊つるまで
阿倍朝臣 が、 に遣はさるる時、母に奉れる の歌一首
4247 天雲のそきへの極み が へる君に別れむ日近くなりぬ
右の
の は、伝へ誦める人、越中の高安倉人種麻呂なり。但し年月の
は、聞ける時の、 げたり。
の 、 に されて、 の歌を作みて、 掾久米朝臣廣繩が館に れる
既に六載の期に満ち、忽ち遷替の運に値ふ。是に
に別るる しみ、心中に れ、涕の袖を ふ。いかにか能く かむ。 悲しみの歌二首を作みて、莫忘の志を遺せり。其の に曰く4248 あら玉の年の緒長く相見てしその心引き忘らえめやも
4249 に秋萩 ぎ馬 めて だにせずや別れむ
右、
の 贈れりき。
便ち大帳使を け、八月の五日に、京師に らむとす。此に因りて四日、国の の を介内藏伊美吉繩麻呂が館に けて、 す。その時大伴宿禰家持がよめる歌一首
4250 しなざかる越に 住み住みて立ち別れまく惜しき宵かも
、 す。 より、諸の まで、 視送りす。その時 の の が門の前の林の に、預め の を す。時に大帳使大伴宿禰家持が、内藏伊美吉繩麻呂が を捧ぐる歌に和ふる
4251 玉ほこの道に出で立ち行く は君が を負ひてし行かむ
正税帳使 久米朝臣廣繩、事畢りて れり。 の掾大伴宿禰池主が館に き遇ひて、共に す。その時久米朝臣廣繩が、 の花を てよめる歌一首
4252 君が家に植ゑたる萩の初花を折りて さな旅別るどち
大伴宿禰家持が和ふる歌一首
4253 立ちて居て待てど待ちかね出でて来て君にここに逢ひ挿頭しつる萩
に る路にて、 に け預め作める、 に侍りて詔を はる歌一首、また短歌
4254 大和の国を 天雲に 浮べ
に に 真櫂しじ き い榜ぎつつ 国見しせして
りまし ひ平らげ 千代重ね いや嗣ぎ継ぎに
らし来る の日継と 神ながら 我が の
天の下 治め賜へば もののふの
を撫で賜ひ 整へ賜ひ
す国の の人をもあぶさはず 恵み賜へば 古よ 無かりし
度まねく
し賜ひぬ きて 事無き御代と天地 日月と共に 万代に 記し継がむそ
やすみしし 我が大皇 秋の花 しが色々に
し賜ひ 明らめ賜ひ き 栄ゆる今日の に貴さ
反し歌一首
4255 秋の花 なれど色ことに し明らむる今日の貴さ
橘の卿を かむと、預めよめる歌一首
4256 古に君が三代経て仕へけり我が は七代 さね
の 、 の朝臣が家にて宴する歌三首
4257 手に取り持ちて朝狩に君は立たしぬ棚倉の野に
右の一首は、
の伝へ誦める、の の時の歌なり。 しらず。
4258 明日香川 を清み後れ居て恋ふれば都いや遠そきぬ
右の一首は、
中臣朝臣清麻呂が伝へ誦める、古き京の時の歌なり。
4259 時雨の降れば我が背子が屋戸のもみち葉散りぬべく見ゆ
右の一首は、少納言大伴宿禰家持が、当時梨の
をて、此の歌を作めり。
〔天平勝宝〕四年
の年の 、 らぎし の歌二首
4260 は神にしませば赤駒の腹這ふ田居を都と成しつ
右の一首は、
大伴の卿の作みたまふ。
4261 大王は神にしませば水鳥の く を都と成しつ 作者未詳
右の件の二首は、〔天平勝宝四年〕二月の二日に聞きて、
に ぐ。
、 大伴 の宿禰が家にて、 じ胡麿の宿禰等を する歌二首
4262 に行き足らはして還り来むますら に 奉る
右の一首は、多治比真人鷹主が、
大伴胡麻呂の宿禰を
く。4263 櫛も見じ も掃かじ草枕旅ゆく君を ふと ひて 作主未詳
右の件の
伝へ誦めるは、大伴宿禰村上、同じ清繼等なり。
に して、難波に遣はし、 を 藤原朝臣清河等に賜へる 一首、また短歌
4264 そらみつ 大和の国は 水の は ゆくごとく
の は に居るごと 大神の へる国そ
四つの船
の 並べ 平らけく 早渡り来て返り言
さむ日に 相飲まむ そ この は反し歌一首
4265 四つの船早帰り と 付け が裳の裾に ひて待たむ
右、勅使ヲ発遣シ、マタ酒ヲ賜フ
ノ日月、未ダ
ラカニスルコトヲ得ズ。
詔を らむが為に、 めよめる歌一首、また短歌
4266 あしひきの の上の の木の いや継ぎ継ぎに
松が根の 絶ゆることなく 青丹よし 奈良の都に
万代に 国知らさむと やすみしし 我が大王の
神ながら 思ほしめして
す今日の日はもののふの
伴の の 島山に 赤る橘に挿し 紐解き けて き ほさき もし
ゑらゑらに 仕へまつるを 見るが貴さ
反し歌一首
4267 すめろきの御代万代にかくしこそ し明らめめ立つ年の に
右の二首は、大伴宿禰家持がよめる。
と と、共に 藤原の家に しし日、 せる を抜き取りて、内侍 に持たしめ、大納言藤原の卿また の に へる 一首
が へて へらく
4268 この里は継ぎて霜や置く夏の野に が見し草は ちたりけり
の 、 、左大臣橘朝臣の に して、 きこしめす歌四首
4269 よそのみに見つつありしを今日見れば年に忘れず思ほえむかも
右の一首は、太上天皇の
。4270 はふ賎しき屋戸も大王の さむと知らば玉敷かましを
右の一首は、左大臣橘卿。
4271 松陰の清き浜辺に玉敷かば君来まさむか清き浜辺に
右の一首は、右大弁藤原八束朝臣。
4272 天地に足らはし照りて我が大王敷きませばかも楽しき
右の一首は、少納言大伴宿禰家持。 未奏。
、 の に、詔を はる歌六首
4273 天地と相栄えむと大宮を仕へまつれば貴く嬉しき
右の一首は、大納言巨勢朝臣。
4274 天にはも つ綱 ふ万代に国知らさむと五百つ綱延ふ
右の一首は、
石川 朝臣。4275 天地と久しきまでに万代に仕へまつらむ を
右の一首は、
4276 島山に照れる橘 に挿し仕へ らな たち
右の一首は、右大弁藤原八束朝臣。
4277 垂れていざ我が苑に鴬の ひ散らす梅の花見に
右の一首は、
藤原 朝臣。4278 あしひきの山下日蔭かづらける上にやさらに梅を はむ
右の一首は、少納言大伴宿禰家持。
、林王の宅にて、 橘奈良麻呂の朝臣を せる 三首
4279 能登川の後は逢はめど しくも別るといへば悲しくもあるか
右の一首は、治部卿船王。
4280 立ち別れ君がいまさば の人は我じく ひて待たむ
右の一首は、
大伴宿禰黒麻呂。4281 白雪の降り敷く山を越え行かむ君をそもとな息の緒に ふ 左大臣尾ヲ換ヘテ云ク、いきのをにする。然レドモ猶喩シテ曰ク、前ノ如ク誦メト。
右の一首は、少納言大伴宿禰家持。
の 、 が家にて、宴する歌三首
4282 繁み相問はなくに梅の花雪にしをれて移ろはむかも
右の一首は、
石上朝臣宅嗣。4283 梅の花咲けるが中に めるは恋や れる雪を待つとか
右の一首は、
。4284 しき年の初めに思ふ い群れて居れば嬉しくもあるか
右の一首は、
。
、大雪 もれること、 。 を述ぶる歌三首
4285 大宮の内にも にもめづらしく降れる大雪な踏みそね惜し
4286 の竹の林に鴬はしば鳴きにしを雪は降りつつ
4287 鴬の鳴きし ににほへりし梅この雪にうつろふらむか
、 に ひて、千鳥を聞きてよめる歌一首
4288 にも雪は降れれや宮の内に千鳥鳴くらし居むところ無み
の 、左大臣橘の家の宴に、攀ぢ れる柳の を見る歌一首
4289 の 攀ぢ取りかづらくは君が屋戸にし千年 くとそ
、 に けてよめる歌二首
4290 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも
4291 我が屋戸の 群竹吹く風の音のかそけきこの夕へかも
、よめる歌一首
4292 うらうらに照れる に雲雀あがり心悲しも独りし思へば
春ノ日
トシテ、ヒバリ正ニ啼ク。悽惆ノ意、歌ニアラザレバ撥ヒ難シ。仍此ノ歌ヲ作ミ、式テ
締緒ヲ展ク。但此ノ巻中、作者ノ名字ヲ
ハズ、年月所処縁起ヲノミ録セルハ、皆大伴宿禰家持
ガ裁作セル
ナリ。