コンテンツにスキップ

マタイ傳聖福音(新契約聖書) 第二十六章

提供:Wikisource
  • : この文書ではルビが使用されています。ここでは「単語ルビ」の形で再現しています。一部の古いブラウザでは、ルビが正しく見えない場合があります。

第二十六章

[編集]

1 かくてイエスすべて此等の言を終り給ひしときかくありき、弟子等にのたまへり、
2 汝等二曰の後に逾越すぎこしとなることと、人の子は十字架につけらるるためにわたさるることを知る。
3 そのとき祭司長等及び學者等幷に民の長老等、カヤパと云はるる祭司長の中庭に集まりて、
4 いつはりにてイエスをとらへ、且つ殺すために協議せり。
5 されど彼等云へり、民のうちにさわぎおこらざるやう、節會せちゑのうちには〔爲さ〕ざれ。

6 またイエスのベタニヤの癩病者なるシモンの家におはししとき、
7 〔一人の〕婦、價高き香油の〔入りたる〕蠟石の壼を持ちて彼の許に進み來れり。かくて彼の席に着き給ひしとき、その頭に注げり。
8 然るに弟子等見て腹立てり、云ひけるは、此の無益なる費は何のためぞや。
9 そは此の香油を多くの〔銀子〕に賣りて、貧しき者に施すことを得たればなり。
10 乃ちイエス知りて彼等にのたまへり、汝等は何とて婦を惱ましむるや、そは良きわざを彼は我がために行ひたればなり。
11 そは毎に貧しき者を汝等は己自らと共にもてど、我をば毎に汝等はもたざればなり。
12 そは此の〔婦〕の我が體に此の香油を注ぎしは、我が葬のために爲したればなり。
13 誠にわれ汝等に云はん、全世界いづれの處にても、此の福音の宣べらるる處にて、此の〔婦〕の爲ししことも、その憶ひ出のためにものがたらるるならん。

14 そのとき十二のうちの一〔人〕なるイスカリオデのユダと云はれし者、祭司長等の許に往きて、
15 いひけるは、われ彼を汝等にわたさば、何を汝等は我に與へんと欲するや。乃ち彼等は銀三十を彼に据ゑたり。
16 さればそのときより彼をわたさんために、好き機をば彼は索めたり

17 かくて酵除たねのけの始〔の日〕に弟子等イエスの許に進み來りて、云ひけるは、逾越を喰ふべく汝のため、何處に我等の備へんことを欲し給ふや。
18 乃ち彼のたまへり、市のかくかくの者の許に往け、且つ彼にいへ、師は云ひ給ふ、我が期は近づけり。われ汝の許にて我が弟子等と共に逾越を爲すべし。
19 乃ち弟子等イエスの彼等に指圖し給ひし如くに爲して、逾越を備へたり。

20 かくて夕になりければ、彼は十二と共に席に着き給へり。
21 また彼等の食しつつありしとき、彼のたまへり、誠にわれ汝等に云はん、汝等のうちの一〔人〕我をわたすならん。
22 されば彼等一方ならず哀しみておのおの彼に云ひ始めたり、主よ、或ひは我なるか。
23 乃ち彼答へてのたまへり、我と共に手を皿に浸せる者、此の者は我を付すべし。
24 如何にも人の子は彼に就きて録されたる如くに往く。されど人の子を付すかの人は禍なるかな、かの人は生まれさりしならば良かりき。
25 然るにユダ、彼をわたせし者答へていへり、ラビ、或ひは我なるか。彼に云ひ給ふ、汝はいへり。

26 また彼等の食しつつありしとき、イエス パンを取り、且つ祝してき給へり。かくて弟子等に與へて曰へり、取れ、喰え。此は我が體なり。
27 また杯を取り、且つ感謝し、彼等に與へて云ひ給ひけるは、みなそれより飮め。
28 そは是れ新契約の我が血にて、多くの者に就きて罪の赦のために流さるるものなればなり。
29 されどわれ汝等に云はん、かの日我が父の國にて、新しき〔もの〕を汝等と共に飮むまで、葡萄の此の實より〔のものを〕我は必ず飮まじ。

30 かくて讃美を歌ひつつ彼等はエライヲンの山にまで出で往けり。
31 そのときイエス彼等に云ひ給ふ、汝等みな此の夜のうちに我に躓かさるるならん。そは、われ牧者を撃たん、されば群の羊は散さるべし、と録されたればなり。
32 されどわれ起きて後、汝等に先立ちてガリラヤに往くべし。
33 然るにペテロ答へていへり、假令みな汝に躓かさるるとも、我は決して躓かされまじ。
34 イエス述べ給ひけるは、誠にわれ汝に云はん、此の夜のうち鷄の鳴くに先んじ、三たび汝は我を否むべしと。
35 ベテロ彼に云ふ、假令われは必ず汝とともに死なざるべからざることありとも、必ず汝を否まじ。弟子等もみな等しくいへり。

36 そのときイエス彼等と共にゲツセマネと云ふ處に來り給ふ。然るに弟子等に云ひ給ふ、此處に坐せよ、その間我は去つて彼處にて祈るべし。
37 かくてペテロとゼベダイの二〔人〕の子とを携へ〔往き〕つつ、哀しみ且つうなじ垂れ始め給へり。
38 そのとき彼等に云ひ給ふ、我が魂は死なんばかりにいと哀し。此處に留まれ、且つ我と共に目を覺ましをれ。
39 かくて少し進み往きて、その顏を伏せて祈り、且つ云ひ給ひけるは、我が父よ、もし能ふべくんば、此の杯を我より過ぎ去らしめ給へ。されど我が欲するままにあらず、されど汝のままに〔爲し給へ〕。
40 かくて弟子等の許に來り、且つ寢ぬる彼等を見出だし給ふ、さればペテロに云ひ給ふ、汝等はかく一と時も、我と共に目を覺ましをること能はざるか。
41 目を覺ましをれ、且つ試に入り來らぬやう祈れ。是れ靈は如何にも切に望めども、肉弱きなり、
42 復た二たび去つて祈り、云ひ給ひけるは、我が父よ、もし此の杯を飮まで、我より過ぎ去らしむること能はずば汝の意をならしめ給へ。
43 かくて彼は來りて復た寢ぬる彼等を見出だし給ふ。そは彼等の目疲れたればなり。
44 かくて彼等を差しおき、復た去つて三たび同じことばのたまひつつ祈り給へり。
45 そのとき彼は弟子等の許に來り、且つ彼等に云ひ給ふ、此の餘は寢ねよ、且つ休め。見よ、時は近づけり。乃ち人の子は罪人等の手に付さるるなり。
46 起きよ、いざ往くべし。見よ、我を付す者近づけり。

47 かくて尚ほ彼のものがたりておはししとき、見よ、十二のうちの一〔人〕なるユダ到れり。また彼と共に大なる群衆は劒と棒とをもちて、祭司長等及び民の長老等より〔來れり〕。
48 また彼を付しつつありし者、合圖あひづを彼等に與へて、云ひけるは、我が接吻する者は彼なり、それを拘へよ。
49 乃ち直に彼はイエスの許に進み來りていへり、ラビ、めでたし。かくて幾度も接吻せり。
50 然るにイエス彼にのたまへり、ともよ、何のために來れるや。そのとき彼等進み來りて手をイエスにかけ、且つ彼を拘へたり。
51 されば見よ、イエスと共にありし者の一〔人〕手を伸べ、劒を引き拔き、且つ祭司長の奴僕を撃ちてその耳を取りはなせり。
52 そのときイエス云ひ給ふ、汝の劒をその場所に歸せ。そはすべて劒を執る者は劒にて亡ぶべければなり。
53 或ひは我は現に我が父を呼ぶこと、また彼は十二軍に餘る天使等を、我がために備へ給ふこと能はずと汝等思ふや。
54 さすれば必ずかくならさるべからずと、〔録されたる〕聖書は如何にして成就せらるべきや。

55 その時イエス諸群衆に對ひてのたまへり、汝等は我を捕へんとて强盜に對ふが如く、劒と棒とをもて出で來れるや。日に循ひて我は神殿にて敎へつつ、汝等と偕に坐せしに、汝等は我をとらへざりき。
56 されど此は全く、豫言者等の書の成就せらるるために發れるなり。そのとき。弟子等みな彼を差しおきて遁れたり。

57 かくてイエスを拘へたる人々は、學者等と長老等との集まりし、祭司長カヤパの許に彼を連れ往けり。
58 またペテロは祭司長の中庭まで、遠くより彼に從へり。かくて内に入り來りて、彼はこの終を見んとて使丁等のうちに坐せり。
59 また祭司長等と長老等卽ち全議會は、これを死罪に處せんために、イエスに逆らひて僞のあかしを索めたり。
60 されど何をも見出だささりき。また多くの僞の證人あかしびと等も進み來りたれど、何をも見出ださざりき。
61 然るに最後に二〔人〕の僞の證入進み來りて、此の者はわれ神の聖所を壞り、且つこれを三日にて建つることを得と述べたり、といへり。
62 かくて祭司長立ち上がりて彼にいへり、汝は何をも答へざるか。此等の者の汝に逆らひて證するは何ぞや。
63 されどイエスは默し給ひき。されば祭司長答へて彼にいへり、汝はキリスト、神の子なるや否やを我等にいはんことを、われ生ける神に循ひて汝に命ず。
64 イエス彼に云ひ給ふ、汝はいへり。尚ほわれ汝に云はん、今より後、汝等は力の右手にて坐し、且つ天の雲に乘りて來る人の子を目のあたり見るべし。
65 そのとき祭司長己が衣を裂きて、云ひけるは、彼はけがせり。何ぞ此の上に證人あかしびとの要あらんや。見よ、今汝等は彼のけがしを聞けり。
66 汝等には如何に思はるるや。乃ち彼等答へていへり、彼は死罪に當れり。
67 そのとき彼等は彼の顏に唾し、且つこぶしにてこれを搏てり。また彼等はてのひらにてたたき、
68 云ひけるは、キリストよ、豫言せよ、汝を撃ちしは誰なるか。

69 またペテロは外にて中庭に坐せしに、一〔人〕の婢進み來りて、云ひけるは、されば汝はガリラヤ人イエスと共にありき。
70 然るに彼はすべての〔者の〕前にて否めり、云ひけるは、汝は何を云ふかをわれ知らず。
71 かくて彼は門口まで出で來りしとき、別の〔婢〕これを見て、そこなる人々に云ふ、されば此の者はナザレ人なるイエスと共にありき。
72 乃ち復た彼は誓をもて否めり、我はこの人を知らずと。
73 暫くして傍に立てる人々進み來りてペテロにいへり、眞に汝も彼等のうちなり、そは汝のものがたりも汝をあらはせばなり。
74 そのとき彼は認ひ且つ誓ひ始めたり、我はこの人を知らずと。かくて直に鷄鳴けり。
75 さればペテロは鷄の鳴くに先んじ、三たび我を否むべし、と彼に謂ひ給ひしイエスの詞を憶ひおこせり。かくて外に出で來りていたく泣けり。