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金銅小野毛人墓誌

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原文

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表面

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飛鳥浄御原宮治天下天皇御朝任太政官兼刑部大卿位大錦上

裏面

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小野毛人朝臣之墓営造歳次丁丑年十二月上旬即葬

書き下し文

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飛鳥浄御原宮に天の下治す天皇の御朝で、太政官、兼刑部大卿、大錦上の位を任ぜられる。

小野毛人朝臣の墓。歳次丁丑年十二月上旬に営造し即ち葬る。

現代語訳

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飛鳥浄御原宮で天下を治める天皇[1]の朝廷で、太政官刑部大卿を兼職し、大錦上の位を任じられる。

小野朝臣毛人の墓。丁丑の年[2]の十二月上旬に造営しすぐに葬られる。

脚注

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  1. 天武天皇のこと。
  2. ユリウス暦677年頃を指す。
この文書は翻訳文であり、原文から独立した著作物としての地位を有します。翻訳文のためのライセンスは、この版のみに適用されます。
原文:

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翻訳文:

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