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Page:TayamaKatai-Desk-2016-Sayū-sha.djvu/7

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 ところへ、T君がやって来る。

「どうも出来ない。今度は出来そうもないよ。」

「それじゃ困りますよ。当てにしているんですから。出来ないと、そこがいてしまうんだから……」

「だって、出来ないんだから。」

「じゃ、もう一日待つから。」

 こう言ってT君は帰って行く。

 また、机に向って見る。やはり出来ない。しまいには、筆と紙とを見るのが苦しくなる。筆と紙と自分の心との中に悪魔が住んでいるように思われる。

 妻は気にしてソッとのぞきに来る。それも知れると怒られるから、知れないように……そして筆を執って坐っていると安心して戻って行く。

「書けましたか?」

「駄目だ。」

「だって、さっき書いていらしったじやありませんか。」

「……」

 ところが、ふと、夜中などに興が湧いて来て、ひとりで起きて、そして筆を執る。筆が手と心と共に走る。そのうれしさ! そのカ強さ! またその楽しさ! 見るうちに、二枚三枚、四、五枚は時の間に出来て行く。その時は、さっきの辛い「稼業」などと言った愚痴ぐちは、いつか忘れてしまっている。心は昔の書生時代にかえって行っている。暗いランプの下で、髪の毛を長くしてはげんだ昔の時代に……。その時には文壇もなければ、T君もなければ、世間も何もない。唯、筆と紙と心とが一緒に動いて行くばかりだ。