へに來た。早く返すがよい」
と叫びます。翁が少し澁つてゐると、それには構はずに、
「さあ〳〵姬、こんなきたないところにゐるものではありません」
といつて、例の車をさし寄せると、不思議にも堅く閉した格子も土藏も自然と開いて、姬の體はする〳〵と出ました。翁が留めようとあがくのを姬は靜かにおさへて、形見の文を書いて翁に渡し、また帝にさし上げる別の手紙を書いて、それに月の人々の持つて來た不死の藥一壺を添へて勅使に渡し、天の羽衣を着て、あの車に乘つて、百人ばかりの天人に取りまかれて、空高く昇つて行きました。これを見送つて翁夫婦はまた一しきり聲をあげて泣きましたが、なんのかひもありませんでした。
一方勅使は宮中に參上して、その夜の一部始終を申し上げて、かの手紙と藥をさし上げました。帝は、天に一番近い山は駿河の國にあると聞し召して、使ひの役人をその山に登らせて、不死の藥を焚かしめられました。それからはこの山を不死の山と呼ぶようにな