Page:Sengo ōbei kenbunroku.pdf/45

提供:Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動
このページは検証済みです


邁にして先見の明ある御方なりし由、かのアフリカなる金剛自由國は元は王の私有地にして最初の程は利益少しも擧らずして莫大の投資も結局失敗に了るべしとせられ爲に王も一時は非常の貧乏にて加藤氏の談によればいつも垢だらけの襯衣を纒ひ居られしと云ふ程なりしが其後次第に發展して遂に今日では白耳義の一大寳庫となりし也、しかも先王は之を私せず、前途の見込立つや其全部を白耳義國に捧ママ又其崩ずるに際しては僅か一二の宮殿を殘して凡ての私有財產を白耳義政府に讓られたりと云ふ實に以上の如き白耳義王室の措置並に王室と人民との親密なる關係は余等の欽ママに堪へざる所にして我皇室の如きも深く此邊に留意せられむ事切望の至なり、余は今日