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り、その際a後段の弁状傷が生じたとみれば、これまた創傷の状況は〔己〕の供述に符合して微妙である。

(ホ) 被害者の鮮血は、同女の頭髪、前胸部、背部、腰部に流れ、その衣類はもとより敷布団、畳に大量に滲みわたり、蚊帳の南側中央下部、座敷南西隅のタンスの下部、その附近の柱の下部等には明らかに迸出飛散した状況で附着していたこと、被害者のすぐ北隣りに寝ていた長女にも鮮血が飛び散つていたことが認められる。
 木村鑑定および村上鑑定を総合すれば、左総頸動脈部に損傷を受けた場合に、創口と凶器の密着の度合如何によつて、犯人が凶器を刺したときから、抜き終る瞬間および抜き終つた極く短い時間内に合計して少量の(大量でない)血液が被害者の右側創口から「迸出」または「噴出」と称すべき状態において出る可能性はあり、さらに凶器を抜き終つた後の短時間内(数秒ないし三〇秒位までの間)に被害者が頭部や顔の姿勢を変化せしめた直後に、せいぜい一〇秒間のところはなお血液を「迸出」または「噴出」する力は残りうるものであつたこと、また左頸部の傷は僅徴ながら上正中方から下側方に傾いているため、血液は直線的の噴出ではなくともかなり強い力で左頸部に沿い、左耳殻およびその後方に向つて流出したものと推定されることが認められる。
 そうすると〔己〕が凶行によつて手の平から手首にかけて被害者の血がついたが、着衣には気付くほどには附着していなかつたと供述するごとく、凶器を一気に抜いて直ちにその場から立ち去つたとすれば、その極く短時間内においては、被害者の右側創口から血液が迸出して着衣に容易に