河上が讀み終󠄁つた眼を舉げると、
『ニブイね――』
木村はいかにも慨歎に堪へぬものゝやうな顏をし、
『怖るべき機密指令だよ、つまり東京及び大阪を敵機が爆撃するらしいナ、そこで燈火管制中でも重耍目的物が爆撃出來るように、その目的物を中心にして肉󠄁眼には見えない赤外線燈をビルか何かにつけて置け、といふ意味だよ――だから參謀本部なら參謀本部を中心にしてABCDの四つの赤外線燈を上空に向けて備へろ、といふんだらう、そしたらAとC、BとDとを直線で結ぶその線の交󠄁叉󠄀が目的の參謀本部、といふ寸法ぢやないか、そんなことをされたなら、君、大變なことになるぞ、赤外線は肉󠄁眼では識別出來ないくせに、設備をもつてゐれば少々の霞や霧を透󠄁しても上空からちやんとわかるんだからなア』
『ふーん』
『ふーんなんていつてゐる時ぢやないぜ、君、あのレコード何處で手に入れたんだ』
『だからさ、昨日もいつたやうに、うちの品物の中にまぎれこんでゐたんだが……』
『――すると、その荷物は何處から來たんだ』
木村は、まるで訊間するやうな激しい調子だ。
『あれは……、さう〳〵獨逸󠄁から香港上海を廻つて来た
『え? 香港上海廻り――?』
『うん、そんな事を云つてゐた』
『それだ! 途󠄁中で開封されたやうな形跡はなかつたかい』
『別に――、尤も角はだいぶやられてゐたし、日本の稅關でも開けたかも知れないが』
『ふーん……』
河上自身も、いつか木村の語氣に引こまれて額には竪皺をよせ、頸をすくめて木村を見上げてゐた。
『あの荷物が南支󠄂を廻つて來る途󠄁中で何者かゞこつそりレコードを入れ、密輸入したといふわけだね』
『さうさ、ところが荷物を間違󠄁へて君の所の箱に入れたんぢやないかナ、いや、若しかすると故意にやつてあとで盜出すつもリかも知れない、君の所󠄁の倉庫、注意する必耍があるぜ』
『なるはど、――耍心して置かう』