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り。且つ余は彼れを親切に爲したればなり。

ソー 君は今ま來りしばかりなるか。

クリ 否な、暫時以前に來れり。

ソー 何故に直に余を目覺ますことなく、坐して何事も云ふことなかりしや。

クリ ソークラテースよ、實に余自身にしても、目覺めて君の現在の如き大なる憂慮と不安とに在るは好まざる所なり。然るに余は來つて君の熟睡せるを見て、驚歎して眺め居たるなり。之れ余が君を覺まさゞりし理由にして、暫時なりとも君をして苦痛を忘れしめんと慾せしなり。余は常に君の氣質の靜穩なるを見て、君は幸福の人なりと思ひしに、今や此くの如き悲歎の境界に在りと雖も、而も尙ほ靜平にして快活なる態度を保てるを見るは實に他に比する者あらざるなり。

ソー 何ぞや。クリトーンよ、老年余の如き者には、死近づきたればとて、別に悲み怨むの要なきなり。

クリ 然りと雖、他の老人にして同樣なる不幸に遭遇する時は、たとひ