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の立場よりしてカント哲學に反對し自然を以て有意識なる心靈によりて活動せしめらるゝものの如くに見、自然と精神とを相離れずして發達の段階を成すものとしてカントの二元論を非難せり。彼れは吾人の言語を以て感官上の印象より思考作用に進みゆく媒介を爲すものと考へたり。彼れは又知識の形式と素材とはカントの言ふが如く本來決して相離れたるものにあらず、理性及び感性も亦カントの云ふが如く相離れたるものにあらず、時空は畢竟吾人の經驗的觀念なりと考へ、又天然の活如たる樣を發表するが美の骨髓なりと見、而して此の立場よりして烈しくカントが形式的審美說を駁擊せむと試みたり。彼れがカントに對する攻擊の調子は不必要なるまでに穩當を缺きたる所ありき。

《反對家ヤコービ及びハーマンの說。》〔二〕獨立の立脚地よりカントに反對して一家の思想を建設せむとしたる者にして吾人の注意を惹くべきは


ヤコービ(Friedrich Heinrich Jacobi 一七四三―一八一九)

なり。彼れはカントが知識の素材と見傲したる感覺の由來に就きて其の所說に