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《カントの法理哲學思想。》〔四〇〕カントは其の倫理說に基ゐして法理哲學上の思想を形づくれり。彼れに從へば、道德上にては吾人の行爲の動機の如何を問ひ法律上は動機の如何を問はず、後者に在りては唯だ規定したる所に外形上かなへる行爲に出づれば足れり。而して法律上吾人の行爲を規定する所の眼目は遍通的法則の下に個々人の人格を互に傷つくることなく相互に其の自由を保ち得る樣にすることに在り。かくてカントは人々の自由を保全すといふ此の思想よりして一切法理上の規定を演繹し得と考へたり。彼れが刑罰を行ふ理由を言ふや、そは社會の安寧を維持し若しくは罪人を改悛せしむることにあるよりも寧ろ單に報償といふ觀念に基ゐするものなりと考へたり。以爲へらく、刑罸は其れを行ふより來たる何等の結果の爲めに行ふべきものに非ず、其れを行ふべき理由は唯だ其の犯罪に對して必ず爲すべき報償といふことにあるのみと。カントは政治上自由主義を賛せり、曰はく、行政權と立法權との一手に合せらるゝは專制政治を來たすもの、其等兩權の相分かたれたるを以て正當なる政體を爲すべしと。彼れは又民約說を取りて社會は個々人が訂結したる相互の約束に基ゐしたるものなりと考へたり。然れど