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Page:Onishihakushizenshu04.djvu/498

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彼れが一方に於いてはヺルフ學派に於いて極まれる唯理學派の潮流に應接し、他の一方に於いてはヒュームに於いて極まれる經驗學派の潮流に應接し而して此の二大潮流を自家の所說に萃め、同時に此の兩者を脫出して茲に新らしき「批評哲學」を打ち立てたる所に在り。


第四十七章 イムマヌエル、カント(Immanuel Kant

《唯理學派と經驗學派との間に立脚せるカントの「批評哲學」。》〔一〕カントは其の思想發達の上より云へば、ヺルフ學派に出立して中ごろ經驗學派の影響を受け、後遂に其の「批評哲學」の新見地を開ける者なり。今試みに翻りて彼れに至るまでの歐洲哲學思想の發達を案ずるに、唯理學派と經驗學派との二大潮流ありて前者に於いてはデカルト之れを創めてより偉大なる純理哲學上の組織を打ち建てたる人々の續出し來たれるあり、而してライブニッツを經ヺルフに至りては吾人の槪念を唯だ論理的に取り扱ふことによりて吾人の一切の知識を形づくり得る如くに考ふるに至りたり、換言すれば、彼等が哲學硏究の方法は演懌的また數學的なりきといふ可く、數學上吾人の槪念の關係を確實に定め得るが