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Page:Onishihakushizenshu04.djvu/413

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論上の感覺說とが終に一に結合して一種の純理哲學としての唯物論を形づくることとなれり。英吉利に於いてはロックに始まれる觀念論は漸次に發達して終にヒュームのポジティヸズムに極まり、又自然科學の結果としてはプリーストレーが生理上の唯物論を喚び起こすこととなりたれども其の發達は要するに茲に其の終はりを吿げしが、佛蘭西に於いては右云へる思想の結合よりして更に無神的唯物論となり行けり、而して是れ即ちラ、メトリーの先づ最も明瞭に言ひ現はしたる所なり。

佛蘭西の啓蒙時代に於ける思想の歷史は上に述べたるが如き種々の哲學上、宗敎上、道德上及び政治上の思想のかゝる變遷を爲したることを示すものにして或は一個人に於いてかゝる變遷の段階の認め得らるゝものあり、或は種々の立場の混雜紛糾せる樣を示すものあり、或はまた一の立場より他の立場へ發達しゆく中間に彷徨せる樣を示すものあり、而して上に述べたる啓蒙時代の思想發達の集合點及び絕頂點とも名づくべきは無神論者の經典とも稱せらるゝ書『自然界の組織』("Systeme de la Nature")なり。