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の)を加へたるに過ぎず、之れを直覺的に確實なる原理とし之れに依りて印象以外に吾人の知識を擴張すべき効力はいさゝかも因果律に存在せざるなり。
《ヒュームの說のポジティヸズムと稱せらるゝ所以。》〔一一〕吾人の知識は啻だ印象以外に出づること能はざるのみならず印象の範圍內に於いても(上に論じたるが如く因果律は主觀的習慣に歸すべきものなるがゆゑに)其の相互の關係、換言すれば印象として吾人の經驗する自然界の法則に就きても吾人は絕對に確實なる知識を有すること能はず。吾人の確實に知り得る所は唯だ個々の印象の直接に經驗されたる樣及び數學に於けるが如き觀念相互の關係の外に出でず。此のゆゑに一切の自然科學も其の根據は確實なる知識と云はむよりも寧ろ信念といふべきものなり。吾人の直接に一現象と一現象との隣接して起こることを經驗する以外、即ち直接に吾人の經驗せざる塲合に於いても同樣なる隣接の關係即ち同樣なる法則の行はるといふことは究竟すれば唯だ吾人がしか信ずといふことの外に出でず。吾人は理性によりて事物の關係を推究すといふも、所謂理性は畢竟聯想の結果として一現象を思ひ浮かぶれば他の現象を豫期することをする一種の本能の如きものに外ならず。