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頭腦を具へたりし者は彼れならむ。彼れは當時の辯證家の俊秀なる者にしてスコラ哲學の辯證法は彼れに於いて其の頂上に達したりと云ふことを得べし。アベラルドス以爲へらく、言辭又は名稱は唯だ一言一名としては通性のものにあらで一個のもの一特殊のものたるに外ならず。譬へば人間といふ名又は聲は唯だ其の名たり其の聲たる所に於いては一個の名一個の聲たるに過ぎず、故に打ちつけに通性は唯だ名のみなりとは云ふべからず、若ししか云はば人間てふもの(卽ち通性)は名に外ならずといふに陷るべし。されば極端なる唯名論は解すべからざるものとなる。一言一名が通性の意味を得るはそが或事物の上に就きて言ひ表はさるゝ(立言さるゝ)に由れり。例へば某は人なりと立言することに於いて人てふ名稱は始めて通性の意義を得るなり。然れば通性は立言(sermo)に存すと云ふべきなりと。是れアベラルドスが通性論の主意なり。彼れ尙ほ以爲へらく、其の如き立言(即ち一主語につきて言ひ表はさるゝ客語)は吾人の槪念的思想によりて始めて形づくらる。吾人は五官によりて知覺する事物を取りこれよりして槪念を形づくることによりて始めて通性の意味を有する客語を造ることを得。例へ