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ローティノスは發出論を以て二元論の困難を除かむとせる者なり。

〔四〕萬物の太原(τὸ πρώτον)は限りなきもの、形なきもの、性質の定むべからざるもの、一言に云へばよろづの物を超絕せる唯一絕對の有(τὸ ὅν)なり、凡べての對峙と差別とを絕したるものなり。故に吾人は物體又は精神上の性質を附與して之れを形容することを得ず、思想ともいふべからず、意志若しくは活動とも名づくべからず、思想(νόησις)と存在(οὐσία)との對峙、主觀と客觀との對峙を絕したるものなり、故にまた自意識とも名づくべからず、一言にいへば凡べての差別を超絕したる宇宙の根原また窮極にして能く萬物の發出する本となるもの、即ち宇宙の原力(πρώτη δύναμις)なり。而してプローティノスは之れを神と名づけたり。プローティノスの思想に於いて最も注意すべき所は神を以て萬物を超絕せるものとすると共にまた能く萬物の根原となるものと見たる所に在り。

〔五〕神は萬物の太原なり。されど世界萬物は神の意志の力によりて創造せられたるにあらず、また神自らが分離せるにもあらず、また其の一部分が變化したるにもあらず。神は常に一にして變ぜず圓滿にして增減する所なし。萬物は皆